【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~   作:???second

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奈落の底

「…ぅ」

背中に感じる固さに苦痛を感じてか、ハジメは目を覚ました。

「気が付いたか、南雲君」

「ミウラさん…?っ痛つつ…」

体を起すと、火を焚いているミウラの姿が目に入った。上着は脱いでおり、Tシャツ一枚だけが彼の鍛え抜かれた上半身に着込まれている。脱いだ隊員服のジャケットはハジメの毛布替わりにかけられていた。四方が固い岩というフロアであったこともあり、起床と同時に痛みがハジメを襲う。

「悪いな。ちゃんとした毛布がありゃ、少しは寝心地良くなると思ってたんだけどな。

いや、それ以前に満足の行く形で君たちを守り抜けることができなかった。ホントに済まん…」

ミウラは、GUTSの隊員としてハジメを守りきれず、こうして奈落への落下を許してしまったことについて深く詫びた。

「いえ、僕だけじゃどうにもならなったと思いますし…」

自分の無能ステータスを振り替えりながら、自分一人だけならベヒモスを相手にミンチにされてたと思えてならないハジメ。すると、空気が冷たいこともあってハジメははっくし!と盛大にくしゃみする。

「…そこに居たら冷えるだろ。こっち来いよ」

「はい…」

言葉に甘え、ミウラの傍に起きた焚火に近づくハジメ。目覚めた直後の冷え込みと比べると、天国のような温もりが彼を包み込んだ。

本当にミウラがいてくれたのは心強かった。魔法適正のない自分と違い、ちゃんとこうして魔法も使うことができるだけでもアドバンテージに差がある。もし自分だけだったら、そこら辺の子供でも10センチほどの魔法陣で火を出せるはずのところ、1メートルもの複雑な式を書かなければならないという、焚火一つを起こすだけで無駄な詠唱時間を要していたことだろう。

「やっぱこの辺りは冷えるよな。洞窟の中ってのもあるけど…あれが見えるか?」

ミウラが、自分達のいる奈落の上層への吹き抜けを指差し、ハジメは頭上を見上げる。

「水が吹き出てる…通りで」

頭上の崖から多量の水が吹き出ており、それが滝のように流れ落ちて川となっていた。あの水に突っ込んだことで、それがクッション代わりとなり、落下の衝撃が大幅に軽減されたのである。

「まぁな、落ちてる間にバリアバレットも使ってノーダメだ。俺たち、案外運に恵まれてたわけだ」

でも水だけではなかった。ハジメたちが落下した際もミウラが、GUTSハイパーのバリアカードリッジを撃って二人まとめてバリアに包み込んで、ハジメたちの身を守ってくれていたのだ。

まさに九死に一生を得た二人。…だが、はっきり言って今の自分たちの状況は絶望的だ。

「これからどうしましょう。上層はここからだと全然見えないし、本当に帰れるんでしょうか…?」

ミウラの存在は心強い。これまで怪獣や侵略目的の異星人から地球を救ってきた防衛チームの隊員の一人。戦闘においてはプロの領域だ。でも、自分は魔法適正も高いステータスもない無能練成師。そして今の香織は昏睡状態。彼の足を引っ張りかねない。その分だけ全員が帰れる確率はガクッと下がっていることだろう。それを思うと心苦しくある。

「確かにな。ここはベヒモスと戦った65層目よりもさらに下層だろう。もしかしたら、あのベヒモスでさえかわいく見えるような敵も生息しているだろうよ。この辺りに食料になれそうなもんも見当たらない。ここからの脱出も当然だが、何か食い物になるものを探さねぇとな。救援を待つにしても、それまで俺たちが持ちこたえられる保証はないに等しい」

「…」

しかしそんな頼りのミウラの見立てでも、今の自分たちは問題の山積、というだけでは片付けられない懸念が多かった。生息している魔物、食料、出口までの道筋。あらゆる面を考慮しても、ここからの脱出は非常に困難でもあった。

「心配すんなよ。俺が必ず君たちを元の世界へ帰す。約束する」

だがそれでも、ミウラはハジメたちを地球へ連れ戻すことを諦めていなかった。自分に任せろと、迷わず言い切る。

「なんで、そんな自身満々に言えるんですか?GUTSの隊員だからって、今の僕らの状況は…」

ハジメは、自分の未来が見えなくなっていた。ミウラの足を引っ張って死ぬ未来しか想像できなくなりつつある。

ミウラはそれを聞いて,っふ…と笑った。

「自信がある訳じゃねぇ。GUTSの隊員としての義務ってのもある。

けどな、何も義務感とかそういったことじゃない。俺はただ、こんなところでくたばりたくないってだけさ。帰りを待ってる妻と息子がいるからな」

そう言いながら、ミウラはシャツの内側に隠していたロケットペンダントを取り出す。ロケットの蓋を開くと、彼が家族と撮った家族写真が焼き付いている。笑顔で自分と共に写っている、愛する妻と息子の笑顔。ありきたりだろうが、それを見る度に、ミウラは心を強く持って異星人や怪獣達の脅威から、家族を含めた人類を守ってくることができた。

「それとも君はここでくたばるのを望むのか?君の家族に会えないまま…」

「そんなわけ!」

誰が好き好んでこんな場所にいるものか。

神様だろうがなんだろうが、顔も知れない誰かの下らない気紛れで呼び出され、戦争を強要されて、挙げ句の果てに自分を疎むクラスメイトの誰かにこの奈落へ追い落とされた。はっきり言ってふざけんな、と言うものだ。オタク故に異世界という存在への憧れこそあったが、今ではこの世界に対する印象は最悪だ。

元の世界でもやりたいことが数えきれないほどあるのに、こんな世界で骨をうずめたくはない。

「だろうな。できるできないなんてことは考えるこったねぇんだ。俺たちは必ず帰る。それだけを考えりゃいい。絶望したって帰れるもんも帰れねぇからな」

ハジメの意思を聞き入れ、その意気やよしと讃えるように笑みをこぼした。

「あ…もしかして、僕を励ましてくれたんですか?」

「さぁてな」

奈落の底へ落ちたことで、立て続けにここしばらくの間に起きたことに対するストレスの連続で気落ちしていたところが確かにあった。そんな自分を奮い立たせるようにミウラが言ってきたのではとハジメは見たが、ミウラからは曖昧な返答であった。

ハジメは、ミウラが共にいればなんとかなるかもしれない。その期待を胸に、また地球でのありふれた平和な日常を取り戻すべくやる気を出して見せるのだった。

 

 

 

 

 

「そういや、君とこうしてると、息子とオフの日にキャンプに出掛けたときのことを思い出すな」

ふと、ミウラは燃えたぎる薪を見つめながら呟いた。

「息子さん、さっきも言ってた…おいくつくらいなんですか?」

「8つくらいだな。妻に似て、体育会系の俺よりも頭の出来が良い。実はこの前のオフん

時に、パソコンを買ってやったんだんだ。GUTSの隊員となると、中々家に帰れる日もなくてな。せめてメールのやり取りとかできるようにしたり、後は…パソコンの扱い方をものにしてあの子の将来に役立てるようにしてやりたくてな。

そしたらあっという間に使い方を覚えやがってな。今じゃ毎日メールを寄越してくるし、プログラミングすら簡単にできるようになってた。

キャンプの時だって、一回釣りの仕方を教えただけですぐにものにして見せたんだ。

全く、子供の成長ってのは早いな」

「へ、へぇ…何て言うか、親子というか友達か兄弟みたいですね」

すらすらと口から出るミウラの息子自慢。相当息子に入れ込んでるミウラの溺愛ぶりにハジメは少し引き気味な乾いた笑みを浮かべる。

「褒め言葉として受けとるよ。妻に対しても言えることだが、俺にはもったいないくらいの息子だよ。俺が家にいない分、寂しい思いをさせちまってるのに、口では文句を言わないんだからな」

そう言いながら、遠い目で少し頭上を見上げるミウラ。目に映る光景は、暗い洞窟の天井ではなく、息子や妻と共に過ごしてきたありふれた日常だ。

「早く帰って顔を見せてやりてぇな。その時にゃ、君のことも紹介しときたい。年は離れちゃいるが、君もパソコンとか強い方だろ?なら、きっと良い友達になれそうだ」

「友達、ですか…」

友達と聞いて、ハジメは昔の記憶の中にある、

 

法被を羽織った赤い髪の幼い少年の姿が過った。

 

 

 

 

父と母の仕事の仕事柄、彼らの影響を受けて自分も創作の世界に傾倒し、二人の仕事を真似るように手伝いだした。それを親や彼らの会社の部下たちにも褒められ、次第に本気で創作活動に取り組み、ゲーム制作をも独自に行うまでに至った。そのときの両親や会社の人たちは笑顔で満たされ、自分もそれが嬉しくて、誇らしかった。

その技術を生かして、ゲームで一次元の活動にも役立てられるシミュレーターの開発を父の会社の戦力の一員として携わった。その結果、地球を守る誇り高い戦士たちに間接的に助力ができたこと、ひいては大勢の一般の人たちの命を救うことにも繋がった。

だがそれも一重に、創作に傾倒していたがゆえに友人がいなかった半生の中で、ただ一人だけ友になってくれた、一人の少年がいてくれたからだ。

小学生の頃、今と変わらず創作に傾倒していた自分に、外でたまたま携帯ゲームをプレイしていた時のこと。

 

――――すげぇ面白いなこのゲーム!お前の親御さんの会社作なんだって?

 

親の会社で開発されたゲームを遊んでいたところ、通りがかった彼が興味を持ってくれた。それがきっかけとなって交流を深めあった。

 

――――いつかお前の作ったゲーム、俺様にプレイさせてくれよ!

 

――――俺様ん家に来いよ!宇宙の超技術ってもんを教えてやる!

 

――――きっとお前なら、地球だけじゃなくて、宇宙のみんなを笑顔にできる最高のゲームクリエイターになれるぜ!この俺様が保証してやる!

 

彼との交流を経て、ハジメは機械操作、技術を次々とものにしていき、それらを活かせる将来の夢を定めた。

 

でもある日、彼は………

 

 

 

「…君、南雲君?」

名前を呼ばれて、ハジメは我に返った。

「どうかしたのか?」

「い、いえ…何でもないんです。そろそろ」

ハジメは誤魔化すように、立ち上がって焚き火の傍で渇かしていた服を拾い上げた。

 

 

 

 

服も渇ききり、着替えたハジメは食料になりそうなものを求めて、暗がりの迷宮の中をさ迷い始めた。

さて、と呟きながら、ミウラは暗闇に満ちた迷宮の奥深くへ続く通路を見つける。緑鉱石の明るさも、65層目以前と比較しても暗すぎる。明かり一つない真っ暗な夜の闇の田んぼ道のようであった。この闇に紛れて魔物たちは獲物を狙って襲い来るだろう。

「南雲君、俺から離れるなよ。万が一は俺が魔物と戦うが、極力見つからないように、ここからは慎重に行くぞ」

「はい」

いざというときは、ミウラが魔物と戦うことになる。とはいえここはベヒモスの待ち構えていた65層よりも深い奈落。ベヒモス以上の魔物がいる可能性が高いため、戦闘は決して行わずに逃げる、絶対に見つからない前提で進まなければならない。

食料も非常食程度しかない今、ここならの生存は絶望的だが、生き延びたいと願う以上、何がなんでも生き延びなければ。

「っし、隠れろ!」

その時、ミウラがハジメを引っ張って岩陰に身を隠した。急にどうしたのだと視線でミウラに問うハジメに答えるように、ミウラは小声で囁きながら岩影の向こうを指差す。

「見ろ」

その方角にいたのは、一匹の白兎だった。

でも兎にしては妙に体が、何より後ろ足が大きすぎて、地球で見かけるタイプの兎と比べると可愛げがない。これもあの兎も魔物に過ぎないということの表れだろう。

見た目だけなら、随分と弱そうだ。でも見た目に反して滅茶苦茶強いかも知れないし、ここであいつを倒すメリットもない。もしあいつが魔物でなければ、食用として殺すことも考えただろうが、魔物を食うと体が崩壊して死ぬと聞いていたので断念せざるを得ない。

「奴が通りすぎたらすぐに横切るぞ」

「は、はい」

兎に気付かれぬよう小声で話し合う。

しばらくして、兎はミウラたちに気付くことなく、彼らのいる場所から間反対の方へと歩み出す。とりあえずほっとしたが、今度は見つからぬよう急いで、かつ静かに通りすぎなければ。

兎が引き返す前に、ハジメたちは岩影から出てきて抜き足差し足で突破を試みる。

しかし、この層は20階層目以前より暗い視界下にある。故に、

 

カラン…!

 

足元の石ころに気付かずに蹴って物音を立ててしまうという痛恨の凡ミスを、ハジメは犯してしまった。

兎はその物音にピクッと気付く。

「やば…!」

案の定というべきか、兎は今の物音でハジメたちの存在に気づき、赤黒い瞳で睨み付けた。

兎はその大きな後ろ足で瞬時に跳躍する。

「避けろ!」

ミウラはハジメを突き飛ばし、その反動で自らも反対側へ飛び退く。瞬間、兎の蹴りが二人のいた地点の地面を…文字通り抉るように削り取った。

(な…)

見た目で判断するなという、その模範にもなりうる威力。あんなものを食らえば、人間の肉体など爆弾を浴びせられたかのように爆ぜ飛ぶだろう。それを思い知らされたハジメは、後ずさるしかない。このまま走って逃げたところで、次も避けられる自信がなかった。

(やばいやばいやばい!)

蛇に睨まれた蛙の気持ちとはまさにこのことか。蹴り兎の自分を見る目に、下等で弱小な生物への嘲りの感情すら見えてきた。

ハジメのその一瞬の間で思考する間に、まずは弱い奴から仕留めて食らおうと、蹴り兎はハジメに向けて飛ぼうと…したその途端。

「やめろ!」

ミウラのGUTSハイパーから閃光が飛び、蹴り兎を貫いた。

「ぎゅぅ…」

ハイパーのレーザーでその身を貫かれた蹴り兎は、糸が切れた人形のように地面に落ちた。目の前に転がり落ちたその蹴り兎の遺体を、呆然と見下ろすハジメの元へ、急いでミウラが駆けつける。

「ボサッとするな!早く…………………………………………………………………!!!?」

叱責を飛ばすミウラだが、なぜか彼はそこで言葉を切った。なぜ言葉が途切れたのだろう。疑問を感じたハジメは、ミウラが自分の後ろの方角を見ていることに気づき、振り返ってみる。

そして、そこで見えた巨体を見て、恐怖で息を呑んだ。

 

そこにいたのは、簡単に言えば熊であった。

 

白い毛並みに、2メートル以上もの大きな体、両手には刃渡り30センチほど延びているであろう鋭い無数の爪。特に恐ろしいのはその傷痕だらけの顔だ。人間で例えるなら反社会組織の幹部のような凄みがあり、しかし実際のヤクザどころか、ベヒモスですら可愛く見えるやも知れない、目についた獲物を徹底して殺して貪らんとする、凶暴な肉食獣の風貌であった。小さな怪獣、といっても良いかもしれない。事実この時のハジメは、怪獣と実際に真正面から相対したような恐怖心に見回れ、腰を抜かして動けずにいた。

爪熊がそんなハジメを掴もうと腕を伸ばしてくる。

(南雲君を食う気か!)「させるか!」

ミウラは再度ハイパーの引き金を引いた。さっきの蹴り兎の時もだが、もう詠唱して応戦するだけの余裕はない。ましてこの世界の魔法を学び始めたばかりの今の自分の力では、低級魔法しか使えない。GUTSハイパーでなければ倒せないだろう。そう考えたミウラの判断は僅か一瞬のことだった。ハイパーの閃光は爪熊の顔にバチン!と直撃した。

「グ、グアアアアアアアア!」

苦悶の咆哮を上げながら、顔を押さえ込む爪熊。攻撃を受けてなお、その圧倒的な迫力にハジメはまだ動けないままだ。

ミウラは爪熊が苦しんでる間にハジメのもとに辿り着くが、それに気づいた爪熊は、手で覆い隠された顔から、怒りと苦痛に、ゆえに激しい憎悪と殺意に満ち溢れた獰猛な眼でミウラたちを見下ろしていた。

「南雲君、早く立…」

ミウラが、腰を抜かしたままのハジメを無理矢理立ち上がらせる。その直後、ミウラの耳に爪熊の「グゴオオオ!」という唸り声が入ってきた。ミウラはその時の判断も一瞬で済ませた。咄嗟にハジメたちを突き飛ばした。

その直後だった。

ハジメの顔に、ピチャッと…鉄のような匂いの液体が付着したのは。

「え」

口から出たのは、場違いにも聞こえるきょとんとした声。何が起きたのか、薄暗い空間というのもあってすぐに理解できなかった。

いや、そのまま理解できないままの方が幸せだったかもしれない。

全てを理解した時に目にした光景が、絶望を促すには十分すぎた。

宙を舞うのは、腕。それも人間のものだ。その腕の持ち主とは…

 

 

ぐあああああああああ!!!!!!!!

 

 

ミウラのものだった。右腕のあった場所から、シャワーのように血が吹き出ていた。

 

「あ…あ、あああ…

 

あああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!

 

グロテスクアニメ等でしか見られない残酷な場面を目の当たりにし、なにが起きたのかを理解してしまったハジメはパニックに陥った。

頼れる守護者の存在を拠り所にしていた心を根元からへし折られ、ハジメは悲鳴を上げるしかなかった。

ミウラの腕を切断した一撃は、爪熊の固有魔法〈風爪〉。爪をさらに30センチほど瞬間的に伸ばし、遠距離の相手の身すらも切断する恐るべき技だ。人間サイズならば異星人であっても瞬殺しかねない。それを思うと、寧ろ腕一本で済んだのは不幸中の幸いと言うべきか。

ミウラの切断した右腕と、たまたまその近くに転がっていた蹴り兎の死骸を見下ろした爪熊は、両方ともいっぺんに拾い上げると、それを一気に頬張った。

「あ、ああああ…」

ムシャムシャと、ただ食事をとるだけの光景が、ハジメの絶望をさらに煽る。その発端が、自分がこうして腰を抜かして動けなくなっていたせいでもあるという事実が、彼の心を蝕む。歯がガチガチと震え、涙と汗と涎で顔がベトベトになった。

傍らで腕のなくなった右肩の血を、激痛の悲鳴と共に漏らし続け押さえ込もうとするミウラを通りすぎて、爪熊は蹴り兎の死骸とミウラの腕を食い尽くすと、今度はハジメの方に向き直った。片腕を奪った以上もうミウラはとるに足らない、いつでも食える獲物でしかないと判断し、ハジメにターゲットを変更したようだ。

蹴り兎の時以上の恐怖心で満たされるハジメ。そこからは反射的かつ無意識であった。

ハジメは必死に壁の方へ後ずさる。腰に力が抜けてうまく立つこともできず、それでも醜く見苦しく、1秒でも長く生きようと逃げ仰せようとしている。しかし、腰が抜けたままで満足に歩くことも叶わなかった。

「ぐ、ぐ………が…」

ミウラは、血が吹き出続ける肩の切り口を押さえつつ、痛みで歪みきった表情でハジメの方を見る。あの様子では自力で逃げることはできないだろう。頼みの綱であるGUTSハイパーも右腕をもぎ取られた時にあらぬ方へと飛んでいってしまい、拾いに行こうにも、その間にハジメたちが食われてしまう。

だがこの時のミウラの脳裏に、故郷で待っているであろう愛する我が子と妻の姿が脳裏を過った。

中々家に帰れない間、我慢を強いることになっても、帰ってきたその日に自分に飛び込んでくる息子。そんな息子と家のことを託し息子同様に帰ってくる度に暖かな眼差しで迎えてくれる妻。

そう、自分にも帰りを待つ家族がいる。故にこうも考えてしまった。ここでGUTS隊員としての使命を放り出し、ハジメを見捨てて逃げることを。もし檜山のように強い相手にただ媚びるような卑怯な小物だったらそれを選んでいたであろう。

もしミウラの家族がこの事態を知っているなら、ミウラに他者を見捨ててでも生きてくれとも願うかもしれない。

だが、ミウラはそれを選ぶどころか選択肢にすらもあげなかった。

(動け…!ここであの子を助けなかったら…!GUTSの隊員以前に、

 

あいつらの家族として、格好がつけられないいだろうが!)

 

ミウラは、たとえその直後に死ぬとわかっても、愛する家族に誇れる人間であることを選んだ。ここで逃げれば、たとえ生き延びれたとしても、ハジメを見捨てた罪悪感に苛まれ続け、次第に腑抜けて、いずれ家族の失望を買うだけとしか思えなかった。

だから、自らの命を放り出す覚悟でハジメを救うことを選んだ。

「ウオオオオオオオ!!」

痛みも流血も感じてないかのような勢いで、彼は爪熊に飛びかかり、残った左腕を爪熊の首に、両足を爪熊の胴に回して動きを封じにかかる。

「み、ミウラさん!」

「来るな!俺に構わず逃げろ!」

「で、でも…」

爪熊も当然、ミウラを振り払おうと体を乱暴に振り回すが、ミウラは腕を捥がれる大怪我とは思えないほどの力でがっしりと捕まり続けて離れない。自分を見捨てて逃げろと促すミウラだが、人として情故に、ハジメの中に躊躇が生じる。

「早くしねぇか!死にてぇのか!?」

口調を乱暴に、ありったけの怒鳴り声をハジメに浴びせ、ハジメは爪熊がまだ自分に餓えを向けていることで恐怖心が甦ったことを自覚する。そこからハジメの動きは速かった。

「れ、錬せええええええい!」

ちょうど真後ろの石壁に触れて錬成を発動し、穴を空けその中に入り込み、そして即座に壁を塞いだ。

爪熊は獲物を取り逃がしたことで怒り狂い、遂にミウラを引き剥がし、宙に放り投げた彼に向けて風爪を放った。それを避けられるだけの体力は、ミウラに残っていなかった。

 

ザシュ!

 

肉を切り裂く生々しい残酷な音が、奈落の中に響いた。

 

 

 

 

最初の穴を塞いだその瞬間、肉を切り裂く生々しい死の音が響いていた。爪熊のミウラに向けて放たれた一撃は、穴倉に逃げ込んだハジメにも襲ってきた。

「っっぐあああああ!!」

薄い壁程度なら破壊してしまえる一撃。それによってハジメは足に深すぎる切り傷を負ってしまう。もやしステータスでありながら、今の一撃で即死せずに足をやられた程度にとどまったのも、錬成で塞いだ入口の壁が防御壁代わりになってくれたおかげだろう。現に、爪熊の一撃で開かれた穴はほんのちょっとしか開かれていない。だが、それはその分だけ塞いだ壁が脆くなっているという状態。

激しい激痛がハジメを襲うが、爪熊が自分を食らおうとまた襲ってくることを思い出すと、迫りくる死の恐怖から痛みを忘れて錬成を壁に向けて発動する。

「ひっぐ、…う、うぅ…ううああああ…うアアアアアアアア!!」

入口の壁を作り直して塞ぎ直し、ミウラを置いて錬成で穴を空けた壁の中へと逃げ込んだ後も、ハジメは錬成をくり返して穴を掘り起こし、更に奥の方へと逃げ延びていく。足の痛みは、皮肉にも死の恐怖が麻酔替わりになって感じない。

いずれ爪熊は、この穴を掘り進んでこっちを再び狙ってくるだろう。また命を狙われる恐怖が、壁の向こうでミウラに起きたであろう最悪の光景がイメージされ、

「錬成!錬成!錬成!錬成!錬成ええええいいいいいい!」

狂ったように、ハジメは必死こいて錬成で奥の方へ空洞を開き続けた。

 

それからどれほど時間が経っただろうか。

 

「錬成!錬成…!錬成!れんしぇい!れん…せい…!

 

錬…成…

 

れん……

 

錬…」

 

錬成を使い続け、遂に魔力が底をついた。

体力も、精神的にもどっと疲労が押し寄せ、ハジメは遂に倒れ込んだ。

もう立ち上がる気力すらない。逃げきれたようだが、爪熊がここに追い付いてきても、また逃げきれるだけの力はない。当然、ミウラを助けに向かうだけの気力も今のハジメにはなかった。

糸が切れたように、ハジメはぶつん、と意識が途切れた。

 

 

 

 

 

 

ピチャっと、顔から頬を伝うように天井から落ちてきた水滴がハジメの口の中へ吸い込まれると、ハジメは目を覚ました。

「…あれ…僕、は…?

緑鉱石もこの壁の中にはないため、真夜中のように周囲は真っ暗だ。まるで、死の世界に放り込まれたかのようだ。

「助かったのか…痛!?」

意識を取り戻したハジメは頭を起こすが、突然ゴツン!と頭をぶつけてしまう。

(ってて…そうか、逃げるのに必死過ぎて…)

頭をぶつけたことで、意識を失う前に自分は爪熊から逃げようと、穴を奥深くまで掘り進む以外考えてなかったため、今自分のいる場所が大して広くもない閉所だったことを思い出す。

そんな薄暗い空間の中、わずかな、ほんのうっすらと光るものを見つける。頭上の壁から、水の滴る水晶体がある。

(水…?)

結晶体の水が、再びハジメの口元にぴちょんと落ちる。すると…ハジメはあることに気が付いた。

(っ!痛みが…)

さっき頭を天井にぶつけた際の痛みが、一瞬で消え失せていた。それに加え、意識を失う直前に空っぽになったはずの魔力も全回復していることにも気付いた。…もしやと思い、ハジメは自分の足を見る。ミウラの助力で爪熊から逃げる際、奴の風爪がわずかに足を掠り、骨まで届くほどの深い切り傷を負っていたはずだが、その怪我も傷跡も残らず治っていた。体中を支配していた倦怠感に疲労もない。

(この結晶体、もしかして…回復効果のある水を作っているのか?)

ハジメは胸中に抱いた予想を確かめるべく、錬成を作ってこの狭い空間を広く形成し直した。魔力が切れそうになったら、また水を飲んで魔力を回復し、空洞をさらに広くする。その繰り返しの結果、小屋一つ分程度の空間を作ることができた。

間違いない。この結晶体は回復薬を常時精製している。大怪我すらも治癒する効果とは、この大迷宮の奥底に冒険者にとって喉から手が出るようなアイテムが眠っていたとは。

『神結晶』。これは、図書館で知識を蓄えていたハジメでも知らなかった存在。現代では失われた、歴史でも最大級の秘宝でもあったのだ。大地に流れる魔力が千年という長い時間をかけて偶発的に結晶化し、さらにそこから数百年以上の時間をかけると、内包した魔力が液体…『神水』となって溢れる。効果のほどは、実際にハジメ自身がたった今体感した通り。その圧倒的回復力なだけあって不死の霊薬としても捉えられていた。

(っ…!そうだ、この水があれば…ミウラさんを…)

死の危機から生還したハジメは、この水を持ってミウラのもとへ行って彼の傷を癒し、反撃に映せるのではと考えた。しかし……

脳裏に、蹴り兎やあの爪熊の自分を見る目を…食い物としか思っていない捕食者の目を思い出した。

続いて、圧倒的脅威の巣穴に迷い込み、奴らから自分を庇って片腕を失ったミウラの脱落。その記憶も思い出し、ハジメの中に恐怖が蘇り、彼の足をすくませる。

もし自分に他の皆のようなチートステータスがあれば…否、たとえあったとしても立ち向かう気力すら湧かないだろう。

爪熊によってミウラの片腕がもぎ取られた光景が、数多の怪獣や異星人から地球を守り抜いてきたGUTSの隊員でも叶わない敵がこの迷宮にわんさかいるという現実が、そんな怪物に食われかけたという事実が、ベヒモスが相手でも不屈の精神を維持していた彼の心を見事にへし折った。ただでさえもやしのようなステータスしか持ち得ない、無能扱いされてる自分だ。ベヒモスを足止めできただけでも奇跡だろう。でも、蹴り兎相手にビビってしまった自分が、加えてあの爪熊相手にベヒモスの時と同じようにできる自信は湧いてなかった。あいつの自分を見る目は、食い物を見る捕食者だ。血に飢えたギラついた目が、今も頭の中で自分を睨み付けている。

(ミウラさん…ごめんなさい…ごめんなさい…ごめんなさいごめんなさい…)

それがハジメの、ミウラを助けようという勇敢さを粉々に打ち砕いた。

外に出ても待つのは死。しかし食料のないこの穴蔵、中で待つのも餓死。ここにあるのは、偶然にも穴蔵の天井の結晶体から滴り落ちる水滴だけ。

じっとすることしかできないハジメは、その水滴のお陰で死からは逃げ延び続けているが…精神的なダメージは癒えるはずもなかった。

暗闇の中、ハジメの心は言葉通りの闇に染まって行った。

空腹が苦しい。何か食べたい。でも、外に出たところで、痛めつけられて殺されるだけ。

(どうせなら、いっそのこと殺されてしまった方が…)

外に出て殺されてしまった方が楽かもしれない。そう思ってハジメは突発的に自殺衝動を起こして元の道を再び辿ろうとしたが、そこで足が止まる。

(…嫌だ…死にたくない、死にたくない…)

結局のところ、死して全てを失うこと、死のために伴う苦痛を恐れて実行に移すこともなかった。

それが同時に、ミウラを見捨てることに繋がるだろうと、頭で理解しても……

ここを出た瞬間、殺されてしまう。そう思えてならず、動くことができない。

 

……時間が過ぎていく。1日どころか、それ以上の時間が過ぎていく。

 

ただひたすら穴倉の中にいて、延々と続く空腹と疲労感で苦しみが続いていく。

それらをやわらげんと本能が働いたのか、ハジメは懐に手を突っ込み、首から服の下に隠してぶら下げていたペンダントを取り出した。

 

「助けて…マルゥル

 

ハジメは、今はどこかにいなくなってしまった、唯一無二の、かつての友からもらったペンダントを、暖かさを手放したくない思い出握りしめて助けを呼ぶ。

 

――――――こいつをお前に預けるよ

 

親友が、別れ際に託してくれた、再会の願いを込めた菱形の宝石のペンダントの感触だ。

ミウラという頼れる大人もいなくなり、壊れかけた心を繋ぎ止めようと、すがり付く思いでハジメはペンダントを握り締め、意識を失った。

 

その時であった。

 

ハジメが意識を失ったところで、

 

彼の握っていたペンダントの宝珠が、光を解き放っていた。

だがその一方で、白い光だけでなく、

 

 

 

 

 

ドス黒いモヤのような闇(・・・・・・・・・・・)も、宝珠からあふれ出ていた。

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