【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~   作:???second

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死せる勇士、生ける治癒士を走らす

 体に感じる石の冷たさや固さと、自分を包み込む温もりを同時に自覚し、香織はようやく目を覚ました。

「…うぅ…あれ?私…」

 酷い疲労感全身を行き交い、頭もかなりボーッとしている。ずいぶん長く眠っていたようだ。石畳の上だからか冷たくて寝心地も悪い。体を起こして周囲を見渡すと、ほぼ真っ暗な洞窟の中であった。

「ここは…?私、確か…」

 香織は、意識を失う最後の記憶を辿ってみる。檜山のせいで全員が65層目に飛ばされ、最強の魔物とされるベヒモスと相対して、ハジメが皆を逃がすために足止め役を引き受け、皆が離脱しきったところでハジメとミウラも離脱しようとしたところで、なぜか味方側のフレンドリーファイアが彼らに当たったせいで脱出できず、そして彼らは奈落へと落ちていった。自分はそれでもハジメを助けたいがあまり…

(だめ…南雲君が落ちてからの記憶が曖昧だ。南雲君とミウラさんが落ちて…手を伸ばしても届かなくって…

もしかしてここって、あの奈落の中!?)

 香織は、気を失う前の記憶がなかった。周囲の仲間たちを吹き飛ばすほどの衝撃を与える力と共に自分の髪が光った自覚もない。だが、記憶が途切れる直前で見た、ベヒモスによって崩落した橋の光景から、今自分がいるのは、ハジメたちも落ちたあの奈落の中ではないかと確信した。

(そうだ、南雲君は!)

 奈落に飛び込んででも助け出そうとした少年の姿を求めて周囲を見渡す香織。だが、探し求めていた彼は、視界の中にいなかった。共にいるであろう頼もしいGUTSの隊員のいない。

「っくしゅん!っ…寒」

 寒気が走り、香織はくしゃみする。太陽の光が決して届かない暗闇の中。そして自分は今、ずぶ濡れだ。意識が覚醒したことで、自分が今洞窟内の池の岸に流れ着いていたことに気づいた。しかも空腹感もやや強い。意識を失ってから、大分時間が経過していたようだ。

 このままでは風邪を引いてしまう。香織は濡れた服を脱いで水を絞りとり、魔法で火をつける。外で一糸纏わぬ、と言うのは気が引けるが仕方ない。

 火の温もりが、心地よい。肌寒い冬の季節、外をほっつき歩くと凍え死ぬと大袈裟に捉える人間が、ヒーターで暖まった温かい家に戻ってきた途端に生き返ったとはしゃぎたくなるようだ。自分も雫たちと外で遊んでから中に入ったときはよくその快感を分かち合ったものだ。後は、寒さと同じくらい感じている空腹感を満たすだけの食料もあれば良いのだが、こんな場所にそういったものはやはり無さそうだ。

 雫たちの姿を脳裏に思い浮かべた香織は、洞窟の天井を見上げる。最後の記憶では、自分がハジメを助けるために奈落に飛び込もうとして、それを必死に止めようとしていた。きっと今ごろ心配しているに違いない。その事にちょっぴり罪悪感と孤独感を覚えるも、今さら引き返せない。

 自分がこうして、迷宮のどことも知れない場所で生きているのだ。ならば、

(南雲君たちもどこかで生きてるかもしれない)

 ここは65層目よりも深い奈落の中だ。一刻も早くハジメたちを見つけなければならない。

服が渇いたら、すぐに動こう。

 

 

 

 服が渇き、奈落の洞窟を歩いて数時間たった。

(うぅ…お腹空いたな。でも、南雲君はきっともっと苦しんじゃってるだろうし…)

ろくな食料もないままの強行軍のため、香織は迷宮の魔物よりも己の空腹感と戦いながら奥へ進んでいた。

 すると、香織は闇の中に、何かがこそっと動いているのを目にした。魔物かもしれない。そう思って咄嗟に岩影に隠れた。見つからぬよう息を殺しながら、岩の向こうにいる影の正体を見定める。

 足にピチャッと、水溜まりを踏む音が耳に入り、香織の鼻を鉄のような、でもひどく生々しい臭いが突き刺さる。

(まさか…)

 これはもしや、血の臭いか!?もしかしてハジメだろうか?いや、それとも魔物の?

「ねぇ、雫ちゃ…」

 息を殺しながら、ついいつもの癖で幼馴染みの名前を呼んだが、当然帰ってこなかった。いつもならいるはずの幼馴染みたちが誰もいないと言うことを再認識させられ、ゾッと押し寄せる不安が、香織の足を竦ませた。このまま進めば、見たくもない現実を見せつけられるかもしれない。血にまみれた誰かの姿を…そして、このおびただしい血を垂れ流す元凶の、呼吸すらままならなくなる程の恐ろしさを知ることになる。

 香織の不安はさらに肥大化する。

 ガタガタ震える足を震わせる。ハジメが待っているであろうこの先に行きたいのに、行きたくない、引き返したいと言う生存本能も芽生える。

(怖がったらダメ!南雲君が待ってるんだから)

 ハジメに会いに行かなくては。そう決めてこの奈落に自ら飛び込んだのだ。逃げたりなんて今更できるものか。

 自分の頬を両手でパンと挟むように叩き、自分をふるい立たせた。

 香織は慎重に、息を殺しながら岩影の向こうを覗き見た。

 数匹の狼の魔物が、何かを貪っている。クチャクチャ…獲物の肉を食べている、生々しい嫌な音だ。

 狼たちは肉を食うのに気を取られてこちらに気づいているようには見えない。

魔物たちが食事に気を取られている今ならこっそり通りすぎることができそうさが、嫌な予感がする。

 闇の中で、狼たちが何かを咥えながら顔を上げる。食い千切った肉を喉に流し込めようと顔を上げたのだろうか。わずかな緑鉱石の光が、その瞬間の狼の顔を照らした。狼が咥えていたもの。それは…

 

血でまみれた、人間の足だった。

 

「!?き、きゃあああああ!」

 千切れた人間の体の一部を見て、香織は尻餅をつき、声を殺せずに悲鳴を上げてしまった。

 その悲鳴を、狼たちが聞き逃すはずもなく、魔物たちも香織の存在に気づいてしまう。

しまった、と思ったのも後の祭りであった。新たな獲物が来たことに狂喜でも起こしたのか、狼たちは食いかけを放り出して、一斉に香織へ襲いかかった。

刹那、香織の頭に死の文字が浮かぶ。

 

まさか、こんなところで…こんな形で…

 

そしてハジメの顔が脳裏を過る。

 

(南雲君…!

…嫌だ。こんなところで、南雲君とも再会できないまま、魔物の餌さなんかになりたくない!)

 

「近寄らないでぇ!」

 

香織が身を丸めながら拒絶の叫びを響かせる。

 

その瞬間、不思議な現象が再び、彼女の身に起きた。

 

 香織の指輪の菱形の紋様が光り輝き、彼女の髪もまた神々しい輝きを放つと、香織の周囲を白い光の壁が取り囲み、四方から襲ってきた狼たちを一斉に吹き飛ばした。

狼たちは次々と壁に激突、中には勢いよく吹っ飛ぶあまり、洞窟の突起に体を串刺しにされて絶命する個体もいた。

「…え…?」

 食われるとばかり思っていた香織は、自分でも呆気に取られていた。その時香織は、自分の体から何かが発光していることに気がつく。

光っているのは、母のくれた指輪。菱形の紋様が、まるで光に照らされた宝石のように輝いている。

(お母さんの指輪が!)

 だが指輪の輝きは、ほどなくして消えた。

 今のは一体なんだったのだろうか。指輪が光るなんて。それにさっき、魔法の詠唱を全くしてもいないのに、魔物たちが勝手に吹き飛んだような…指輪の光に何か関係があるのだろうか?

 すると、唸り声と共に、今の衝撃を耐えた狼の一匹が立ち上がった。その目には、香織という脅威に対する警戒と畏怖があった。今のうちに殺さなければという必死さが見受けられた。

「!」

 香織もその狼に気づいて身構える。でも、支援と回復をメインとする治癒師である香織に、この狼を倒せる手段はない。さっきの光の壁についても、発動手段が明確ではない。どうにかして身を守ろうと知恵を絞ろうとする香織に、最後の狼が牙を剥き出して襲いかかった。

 その瞬間、闇の中から一線の閃光が、狼を貫いた。閃光に身を貫かれた狼は、そのまま絶命した。

「い、今のは…」

「誰か…そこにいるのか?」

 闇の中から、人の声が香織の耳に入った。暗闇の中の声ということもあり、つい悲鳴を漏らしかけるが、気をしっかり持とうと己の心に鞭撃った香織は、声の主の正体を探る。

「この声…ミウラさん!」

「君は、まさか…白崎さんか?」

 お互いに視認にくい暗闇の中、顔見知りとついに遭遇した。香織は声を辿りながら薄暗い闇の中からミウラを見つけ出した。暗闇に目が慣れたからか、ミウラの姿をなんとか見つけた香織だが…

 

 片腕や両足を失い、頭からも胴体からも滝のように流れる血にまみれたミウラの無残な姿に、全身を凍りつかせた。

 

「そ、その怪我って…」

 片腕もそうだが、両足もない血塗れた姿。じゃあ、さっきの魔物たちが食ってたの、この人の…

「っぅ……ぉぇ」

 あまりにおぞましい事実を思い知らされ、香織は吐き気を催したが、異性の目の間ということもあって堪えた。

「…へへ、みっともねぇ姿を、見せちゃったな…」

「っ…何言ってるんですか!傷を癒しますね。

天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒しをもたらさん――〈天恵〉」

 ゾッとしている場合ではない。吐き気から回復した香織はミウラの傷を治療しようと回復魔法を詠唱する。

 詠唱と共に光がミウラを包んで、彼の傷を塞いでいくが、ミウラの容態は悪化の一途を辿っていた。

「そんな、なんで!」

「…もういいさ。その…魔力は、あの子のために使ってやれ…これから、死ぬ人間にかけたって、無駄でしかねぇ…」

 既に大量の出血でミウラはもはや助からない状態であった。加えると、治癒師という天職である香織だが、魔力や体力切れならまだしも、死の淵にある人間を元の健康状態に戻せるだけの技量をまだ備えていなかった。

「そんな、まだ間に合います!うぅん、間に合わせます!だから…!」

 再度回復魔法をかけようとするが、血で真っ赤になったミウラの手が、彼女の腕を掴んだ。

「いい…んだ。もう見ただろ?俺は血を流しすぎた。もう助からねぇ…南雲君を、逃がすために、体張りすぎた、からな…

それに、足だって持ってかれちまった…こんなんじゃ、どのみち逃げきれねぇさ…」

「…!」

 その言葉と、魔法を遮るために自分の手を取ったミウラの手から感じる力が酷く弱々しかった。愕然と香織は膝を着き、今の未熟な自分では彼を助けられないという事実を思い知らされる。

「私が、私が弱いから…!」

「…こら、自分を責めてる場合じゃない、だろ…」

 ミウラは、重くなった残りの右腕を上げて、正面の壁の方を指差した。

「南雲君は、この壁の中に、いる…錬成で、奥深くまで、穴掘って逃げきった…でも、こんな場所で孤独なのは…誰にとっても地獄だ…きっと、心が弱っちまってるはず、だ…

だから…君の言葉で、救ってやってくれ」

 彼の指差した方角にハジメがいる。それを聞いて香織の心に光が宿る。…が、直後にその事で喜んだ己を恥じた。確かにハジメが、会いたいと思っていた少年の生存は嬉しいことだが、ならば…

 ここで今にも息絶えそうなミウラのことはどうするのだ。

「でもミウラさんはどうするんですか!帰りを待ってるご家族がいるはずです!」

「…俺は、GUTSの、隊員だ……君たちの命が、最優先…だ…」

 ミウラはそういうと、残された右腕のみでGUTSハイパーを収納しているホルスターやPDI…彼が持っているGUTSの装備一式と、隊員服を香織に押し付ける。

「俺の装備を全部…南雲君に渡してやってくれ…錬成を極めりゃ…あの子に、使いこなせるはずだ…」

「ミウラさん…」

 自分の命を守る装備すらも渡すというミウラの行いに、香織はますます、ミウラが自分たちの未来を守るために己のそれを捨てる決断を下したことに、胸を締め付けられていく。

「…ここに…衝撃を…望む……〈風球〉」

 ミウラは、最後の魔力を振り絞り、先ほど指を刺した方角の壁を〈風球〉の魔法で破壊する。

 爪熊から逃げるのに必死のあまり、あまり丈夫ではなかったため、穴は簡単に開いた。それでも爪熊がハジメを取り逃がすほどまでに、何重にも石壁がその先にできていたが、それらも辛うじて残っていたミウラの魔力でこじ開けることができた。

 奥へと一本道に続く狭い道を、改めて指さすミウラ。

「ほら……もう行け……俺を、こんな風にした…熊が、またここに来る…急いで…あの子のもとへ…行ってやれ……」

 ミウラは、一刻も早くハジメのもとへと香織を急かした。

香織は、後ろ髪を引っ張られる思いに駆られた。今すぐにでも彼をこの穴に運んで安全を確保しておきたい。でも、香織には大人の男性一人を運ぶだけの筋力も体力もない。ミウラ自身にも、移動するだけの力は残っていなかった。

「ミウラさん…お世話に、なりました…!」

「あぁ…行ってらっしゃい」

 香織は涙を流しながらも、ミウラから託されたGUTSの装備一式を手に、ハジメの待つ穴の奥へと進んでいった。

 

 

 

「…ふぅ…」

 香織の姿が穴の奥へと消えたのを確認したミウラの脳裏に、昔の記憶が過る。

上官との出会いを経て妻と出会い、惹かれ合い、結婚した。病院にて生まれた息子を抱き上げ、命の重さと神秘、何より我が子と初めて出会えた喜びに満ちた記憶。

これが走馬灯というものなのだろう。

 

自分が死んだら、きっとあの二人は悲しむだろう。でも、ボロボロの今の自分にはどうすることもできない。だから、信じるだけだ。

 

きっと自分の家族は、自分が死んだ悲しみを超えて未来に向かって走れるのだ、と。

 

(ごめんな、トモキ…メグミ…)

 

息子と妻の笑顔を最期に…GUTS隊員、ミウラ・カツヒコの映像は途切れた。

 

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