【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~ 作:???second
防御魔法でも防げない強烈な鞭の一撃が迫り来る。その寸でのところで、香織は指輪をつけた右手の甲を盾のように突き立てる。すると…パキン!
ロックマウントの時と同様に、魔法陣のような模様の光の壁が現れ、魔人族の女の鞭の攻撃を防いで見せた。
胸から血を長し倒れているハジメは、香織と魔人族の女の攻防を見ていた。血を流しすぎて視界もぼやけていた。まさに死に体とはこのことか。あの奈落で取ってきた神水を飲もうにも、神水を溜めている小瓶を手に取る力もない。
薄れかける意識の中だからか、ハジメは、まるで夢でも見ているような感覚に苛まれた。でも、今見ているのは紛れもない現実。
(白崎…さん…)
香織の髪色が神々しい銀色に染まり、魔人族の鞭の攻撃を、先ほどとは打って変わってことごとくを防いで見せている。
そして数度防いで見せたところで、今度は香織が攻撃に転じた。
銀色の光で構成された光の刃を出現させ、魔人族の女に向けて打ち放った。
まるで何百人もの大人数で構成された一小部隊が、敵将に向けて射掛けるように降り注ぐ光の刃の雨に対し、魔人族の女はその手の鞭を収束させると、鞭はバトンへと形を変える。彼女はそれをくるくると巧みに回しながら、香織の放つ光の刃を弾き飛ばしていく。
魔人族の女が光の刃を防いでいく中、香織は次なる一手に出る。右手の指輪をかざすと、光の刃を全て打ち終えたタイミングで、目に見えない強い衝撃波が魔人族の女を吹っ飛ばした。
「っぐあ…!」
壁に背中を打ち付け、石床に落ちる魔人族。同時に口から血反吐も飛ぶ。
今の一撃はかなり効いたらしく、魔人族の女は立ち上がろうとするも体がふらついていた。
香織は、魔人族の女にハジメの痛みを味あわせてやろうと、指輪を着けた右手を付き出し…
…が、ここで偶然にも香織の目に、ハジメの姿が映った。
「…っ、南雲君!」
しまった、とこの時の彼女は己の軽率さを呪った。あの女への報復より、真っ先に確認すべきことが、ハジメの容態を見なければならなかった。
彼女はハジメの元にすぐに駆けつける。傷は酷いものであった。胸に深々と穴が開けられ、血が湧水のように出て止まらない。
(酷い傷…それに急所も貫かれて…!どうすれば…!)
香織は、なんとかしてハジメを助けられないか方法を探ると、ハジメとの会話に一つ思い当たるものを思い出した。
あの奈落でハジメ自身が発見した神結晶より採取した神水。本当ならミウラに飲ませようと思っていたが、奈落の底で心が折れたせいでできなかった、絶対的回復効果を持つアイテム。
香織はハジメのポケットを探ってそれを見つけ、瓶の蓋を外してそれをハジメの口に流し込む。だが、もうハジメは死の淵にあった。飲むだけの力すら残っておらず、虚しく彼の口から外に流れる。
(死なないで…生きて!)
本人に飲む力がないのなら、こうするまで。
香織は、迷わなかった。脳内で選択肢を上げることもなく、何の躊躇もなく、自ら神水を口に含み…
ハジメの口に自らの唇を押し当てた。
香織の口移しにより、神水はハジメの体内に流れ込んでいき、その身に浸透していく。
そこからはあっという間に、ハジメの胸を貫いていた傷は塞がっていった。香織はハジメの胸に耳を当てると、ドクンドクンと、心臓の鼓動が聞こえる。
「しら…き…さ…」
かすれた声で、意識が回復したハジメは、香織の顔を見て彼女の名を呼んだ。
「よか…た…」
危うく治療を怠り、ハジメを死なせるところであった。でもなんとか間に合ったことに安堵する。
だが、ここで銀色に輝いていた髪色が、元の黒髪に戻っていく。光が収まると同時に、香織は意識を失った。
「白崎さ…白崎さん!」
回復したハジメは、倒れかける香織を受け止め、容態を確認する。見たところ、意識を失っただけのようだ。少なくとも死んだわけではないと知り、ハジメはほっとする。
(こんなになるまで、僕を守るために…)
魔人族の女との戦いで香織の体は傷だらけだ。消耗も激しかったこともあって意識を失ったのだろう。感謝と申し訳なで一杯になりそうだ。
「っち、思いの外手古摺らせてくれたね。さすがは『トータス星警護団団長』といったところか…」
「!!」
魔人族の女の声が近づいてきて、ハジメの背筋が凍り付いた。振り返ると、手傷こそ追っているがまだまだ余力を残していると言わんばかりに、魔人族の女が近づいてきた。
ハジメは、今度こそGUTSハイパーの引金を向け、引き金を引いた。これを受ければいくら宇宙人や魔人族の女でもダメージを負うだろう。
…だが、魔人族の女はハジメの射撃の軌道を見切って、氷の剣でGUTSハイパーの閃光を弾き飛ばしてしまう。
「そんな!?」
最後の一手も通じず動揺するハジメを、魔人族の女は氷の剣から変形させた鞭でハジメを香織のもとから弾き飛ばした。
「ぐあぁ!!」
今の一撃で、ハジメが宙へ放り出されると同時に、彼の首に下げられていたトルグの紋章の紐が千切れ、地面に落ちた彼の目の前にカランと落ちた。
「でも…」
魔人族の女は、ハジメと引き離され一人眠りについている香織のもとへ歩みより、その寝顔を見下ろす。
「覚醒した力に、体の方が着いていかなかったみたいだね。人間なんかに生まれ変わったりなんてしなけりゃ少しは持っただろうに。ましてやそのもやし坊やのために残りの力を使いきるとは」
香織をそのように、まるで彼女が判断を誤ったかのごとく吐き捨てる。
「けど、やっと力が覚醒したんだ。このままあんたを連れていかせてもらうよ、ユザレ。
今度こそ『あれ』を手に入れるためにもね」
彼女は香織の襟首を持ち上げ、運び出した。
「ま、待て…」
魔人族の女が香織を運び出したところで、鞭の一撃で一気に瀕死の重傷を負っていたハジメは残り少ない力で錬成を使って地面を触手状に変形させ、魔人族の女の足を絡み付かせて足止めするも、不十分な力では足止めにもならない。
「もやしのくせに大したもんだよ。急所を貫いてそれだけ血が流れた上に、あたしの一撃を受けて即死を免れて持ちこたえるとは。せめてもの情けで止めは刺さないでおくよ。せいぜい、来もしない助けを祈ることさ」
ハジメの錬成の拘束を、足を軽く動かしただけで砕いて自由となった魔人族の女は、今度はハジメの元に歩み寄って彼を見下ろした。
(もっとも…あんたを蘇らせるためにいずれまたここに来るつもりだけどね…それに、今のユザレはあのもやし坊やに気がある。ならここに生かして閉じ込め、ユザレが言うことを聞くための人質になってもらうとするか)
魔人族の女は、後ろを振り返って自らが『トリガー』と呼んだ石像を見上げる。あの石像については、やりたいことこそあれど、今はどうすることもできない。ユザレと呼ぶ香織も手に入れた。ユザレが自分の命令を素直に聞くか否かについての懸念も、この石室を牢獄代わりにハジメを生きたまま閉じ込めて人質にしてしまえばひとまず解決だ。
魔人族の女は踵を返し、今度こそ、この石像の間から立ち去るつもりでいた。それをただ、倒れたまま見ていることしかできないハジメ。
マルゥルに別れを告げられた時と、
奈落に落とされた時と、
ミウラが自分の身を挺して爪熊から守ろうとした時と、
そして今香織が、魔人族の女に連れて行かれようとしている現実が折り重なった。
—————また僕は、見ているしかできないのか。
—————自分を気遣い、支えてくれた人が、目の前で消えていくのを、また見ているしかできないのか。
—————この奈落の闇の底で、一人ここで取り残されて、餓死するだけなのか。
—————嫌だ……
—————死にたくない…
—————生きたい
—————生き延びたい
—————帰りたい
—————両親から命を授かり、唯一無二の親友と共に過ごしてきた、役に立たない自分のために命を懸けてくれた人によって守られていた、ありふれた日常に溢れたあの世界へ…
—————僕を認め、見つめ続けてくれていた…
—————『彼女』と、一緒に!
—————そのためにも…
倒れているハジメは、目の前に転がっているトルグの紋章を掴んで握りしめると、魔人族の女や香織が『トリガー』と呼んだ、巨人の石像を見上げ、ギリッと奥歯を噛んで、叫んだ。
「僕に…君の力をくれ!
トリガアアァァァァァァー!!!」
その時、不思議なことが起きた。
胸中の願い、生き延びたいという本能。その全てを叫びとして放ったハジメに応えるように……
トルグの紋章が光り輝き、ハジメを包み込んだ。
その輝きと同じくして『トリガー』の石像の、額の菱形の装飾部位が白い輝きを放ち、
トルグの紋章の光に包まれたハジメを吸い込んだ。
「何!?」
香織を担いでいた魔人族の女も足を止め、ハジメを取り込んだトリガーの石像に対して目を見開いた。
(ま、まさか…)
そのまさかの出来事が、今彼女の目の前で起ころうとしていた。
光となって巨人の石像に取り込まれたハジメは、真っ白な光に包まれた空間の中を漂っていた。
(ここは…)
不思議と、懐かしくて暖かい気持ちになる。
ひたすら光の中を漂っていると、遠くから黒い点のような異物がハジメのもとへ向かってきた。近づいていくうちにその形や色が見えてくる。
まるで宇宙空間に漂う漂流物のようにくるくると回りながら近づいてきたそれは、青銅色の神具。
すると、ハジメの手に握られていたトルグの紋章が仄かに光りながら、彼の手を一人でに離れていくと、その神具の中へと吸い込まれていった。
(マルゥルのペンダントが!)
思わず紋章を取り返そうと、ハジメはトルグの紋章を吸い込んだ神具を掴むと、脳裏にある光景がよぎった。
古代人らしい衣裳を纏う自分そっくりの青年が、そのアイテムの引き金を引くと同時に、翼を広げYの字を描くようにアイテムのカバーが開かれ、その奥に隠れた宝珠…トルグの紋章が稲妻をほとばしらせながら光を解き放つ…というものだ。
(もしかして、これがイシュタル教皇が言ってた…!そうか、トルグの紋章は、元々これの部品だったのか!)
脳裏に過ったその光景が、いつぞやイシュタルがあの光のピラミッド内にて巨人の石像たちと共に安置されていた壁画と重なった。
ならば、自分の次にとるべき行動は決まった。
ハジメはその神具『エンシェントスパークレンス』の引金を引いた。すると、脳裏に過ったヴィジョンの通りにスパークレンスのカバーが広げられた翼のように開かれ、その奥に隠れていたトルグの紋章が、再びハジメを光で包み込んだ。
ハジメを取り込んだ巨人の石像に、異変が起きた。
額の菱形の装飾部位がパラパラと音をたてながら崩れ、ダイヤモンドのようなクリスタルが露出する。同じように、巨人像の胸のプロテクターらしき部分の中央にある菱形も、青い光を放つ発光体となって現れた。
そこから巨人像の更なる変化が加速した。今度は全身にヒビが行き渡って行き、そのヒビの内部から石像の間全体を白く包み込むほどの強い光が放たれていく。
そのまばゆい光に魔人族は顔を覆う。その白い光の内部から、彼女に向けて白く大きな腕が伸びてきた。その腕は魔人族の女から、香織を奪い取ると、次第に人の形を成していき、香織をその手のひらに乗せた状態で天井へと吸い込まれた。
魔人族の女が目を開けた時には、確保したはずの香織も、自分が致命傷を与えたはずの少年も、そして何より巨人の石像が影も形もなくなった。
「と…トリ…ガー…!?」
一人残された魔人族の女は、たった今目の前で起きた状況に、ひたすら驚いてその場に立ちすくんでいた。
地上、気絶させた光輝を背中に乗せ、龍太郎は鈴と優花、そして恵理を連れてキングベヒモスの手から逃げきろうと必死に走り続けていた。
最後に残っていたメルドも、聖絶を解いた後、風の魔法で自ら体をキングベヒモスの反対側に吹き飛ばして一気に距離を離して離脱、龍太郎たちと共に走り続けた。
だが、ここにきて痛恨な不幸が訪れる。
「あ!」
この場のメンツで一番体力がなかったのが災いしてか、鈴がついに足をもつれさせ、すっ転んでしまった。
「鈴!」「谷口!」
龍太郎たちが足を止め、鈴のもとに向かう。
「す、鈴のことはいいよ!早く行って!」
「馬鹿言ってんじゃねえ!お前一人残して逃げられるかよ!」
自分のことは構わないで逃げてくれと懇願する鈴だが、龍太郎はそれを撥ね付けて彼女のもとに走ろうとする。
「坂上、あんた今天之河抱えてるじゃない!そんな余裕…」
「俺が運ぶ!お前たちは先に…」
優花が龍太郎を咎め、メルドが鈴を抱き抱えようとしたが、もう遅すぎた。
キングベヒモスに、その間に追い付かれていた。
キングベヒモスの角が赤く明滅し、龍太郎たちに向けて右腕を振り下ろそうとする。
「きゃあああああ!」
もうだめだ。自分達はここで死ぬのだ。それを理解せられ、龍太郎たちは目を閉じた。
だが、その時であった。
ガン!と、鈍器が地面に落ちたような音が響いた。
「…?」
いつまでも襲ってこないベヒモスの一撃に龍太郎たちは困惑し、恐る恐る目を開けるが、目を開けようとした瞬間に目映い光が自分達の視界を塗り潰した。その強い輝きは次第に収まっていき、その輝きの主の正体が辛うじて見えそうになる。
「な…!」
一言でいえば、その光の正体は…『光の巨人』であった。両腕を×印に組んで盾とし、ベヒモスの攻撃から龍太郎たちを守ったのだ。
「ダァッ!」
その掛け声と共に光の巨人を包む光は完全に収まり、巨人はその両腕を押し上げ、キングベヒモスを押し飛ばした。
「あれは…!」
「嘘…」
「マジかよ…」
額の透明なクリスタルと、それと同じ菱形の青く光る胸の宝珠、それをとり囲うように胸部を覆う黄金の胸当て、乳白色に輝く二つの目、四肢の隅々まで行き渡る銀・赤・紫色の三色の肌。
メルドや龍太郎、優花、そして鈴はその巨人の背中を見て驚きのあまり、言葉通り開いた口が塞がらなかった。
現れた光の巨人は龍太郎たちの方へと振り返ると、その巨大な左腕を龍太郎たちのもとへ下ろし、広げる。すると、その手の中から…
「か、香織!?」
「カオリン!」
なんと手の中から出てきたのは、奈落に落ちて消えたはずの、しかし意識を失っている香織だった。もう二度と会えないと思っていた少女の姿に、龍太郎たちはより一層唖然となる。
「な、なんだありゃ!?」
「光の、巨人…」
「なんと神々しい…!」
龍太郎らに限らず、ホルアドの町の人々に冒険者、そしてクラスメイトたちを見捨ててホルアド郊外へ脱した神の使徒たち全員が、キングベヒモスの前に現れた光の巨人に目を奪われ、そして見惚れた。あるいは畏れを抱いた。
「あれが…光の救世主…
『ウルトラマン』……!」
悠久の時を超え、異世界に蘇りしその光の巨人は…
ーーーーー未来を築く希望の光
『ウルトラマントリガー』!