【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~ 作:???second
「気を落とすなよ。先生の言ってたことは正しい。君が直していけば文句言わないさ」
「へい…」
既に昼休みの時間帯だ。教室へ向かう中、ミウラ隊員からハジメはそのように励まされた。ちなみにヤナセ隊員は、謎の電波発信源を突き止めるためには二手に分かれた方が効率が良いだろうとのことで、別行動をとって生徒たちに聞き取り調査をしている。
ミウラ隊員の言う通り、確かに愛子の言ったことは正しい。授業態度の悪さは、授業を請け負う教師側にとって、個人的な意味でも不快なものだ。それに、仕事だろが趣味だろうが、夜更かしをするほどに無理を連続し続ければ、日の当たる時間帯にそれが悪い形で結果をもたらす。ただの居眠り程度で済めばよいのだが、車で運転する場合だと居眠り運転、仕事中ならば仕事に置いてミスの連発の要因になり、それで周りに迷惑を被ることになる。そんなことになって一番困るのは、他でもないハジメ自身なのだ。大人であるミウラもそれを理解しているから、こうしてハジメに自分の生活態度を変えることを勧めている。
しかし、ハジメには今の生き方を変える気はなかった。寧ろ放っておいてほしいとさえ思う。成績もちゃんと平均点以上を維持してるし、両親の仕事でアルバイトしてるのも、一重に趣味の世界に没頭する快感と同時にお金を稼げるメリットを同時に得られるからだ。アイデアというのは一期一会、その時にしか浮かばない貴重なものであることだってある。多少の夜更かしをしてでもそれを得られるならば、たかが居眠り程度の迷惑などいくらでもかけてやる。…本当はダメだけど。
まして…
「よぉ、キモオタ!また、徹夜でゲームか?どうせエロゲでもしてたんだろ?」
「うわっ、キモっ。エロゲで徹夜とかまじねぇわー」
こういった関わる気すら起こらない不良生徒なんかに構ってなどいられない。
こいつらは同じクラスの…檜山、近藤、中野、斎藤という4人の不良学生だ。ハジメの姿を見るや否や、下卑た笑い声と侮蔑の籠った言葉を投げかけてくる、いわゆるいじめっこだ。そんな下種な言葉遣いを一切許さないGUTSの隊員たちの目の前で、堂々と。その後ろでは、香織たちが不快感を露にした視線を自分たちに向けていることに気づいていない。同じクラスになってから毎日飽きもせずにだ。
「出会いがしらずいぶんな言い方だな。同じクラスメイト同士、普通に挨拶すればいいのに。親御さんが悲しむぞ」
「っ…なんだこのおっさん」
しかし、ミウラ隊員から当然の注意を下される。その注意に対し、反省するどころか逆切れしかける檜山。
「お、おいよせ檜山!このおっさん…」
彼に突っかかろうとする檜山だが、同じく気にくわない中年オヤジへの意趣返しをしようとした近藤が、ミウラ隊員の服装を見て咄嗟に我に返って檜山を押しとどめた。
「が、GUTS!なんでこの学校に…」
「もしかしてさ、天之河君をスカウトに来たとか?」
「そういやちょっと前の職場体験、天之河はGUTSに行ってたんだっけ。もしかしたら…」
「マジ…?」
近藤から止められた檜山も、ようやくミウラ隊員を見て息を呑んだ。なぜただの一般の公立高校に、地球防衛の任を担う組織の隊員が、それも不真面目オタクという周知で知れているハジメと一緒にここにいるのか理解できずにいる。中には光輝スカウトに来たのではと推察する者もいたが推測の域を出なかった。自分が誘われるかもしれないと聞いた光輝の中に、それへの期待を抱かせたのは別の話だ。
「仕事さ仕事、それよかそこの少年、この子に謝ったらどうなんだ?」
「はぁ?なんで俺らがこんな奴に…」
「バカ、やめろ近藤…!こいつらに逆らったら俺らもただじゃ済まねぇぞ。檜山も、な?」
真っ当な注意を受けたのに逆切れかまそうとする近藤を、中野が止める。斎藤も同じ見解で、突っかかろうとする檜山を止めていた。さすがにGUTSを相手に下手なことをいうべきではないと察し、檜山は面白くなさそうに「…悪かった」とだけ言った。
(こいつら反省してねぇな)
ミウラは檜山たちの謝罪に、全く誠意がこもってないことを察した。ハジメも同じく気づいていたが、いちいほじくりかえすとかえって面倒なので気づかないふりをした。
そんなハジメのもとに、彼の来訪に気づいた香織が駆け寄ってきた。
「南雲君、おはよう!今日はお昼からなんだね」
「あぁ…うん」
「眠たそう…夜更かししたんでしょ?ダメだよ、体壊しちゃうよ」
「…うん」
お前は俺のおかんかよと言いたくなる小言。しかし母のそれと比べるとうっとおしさはさほどないのが救いか。それに彼女の言うことは否定のしようがないことだ。最悪徹夜を数か月間こなしても人間は死なないというのは実際にとある人物の手で実行された実験で立証されている…が、ハイリスクハイリターン。無理をした分だけ、その分の故障を引き起こしてしまうこともまた事実。ハジメには、言葉だけでも素直に聞き入れるしかない。
何より、言い返したところで面倒だ。
「………」
しかし頭がまだぼーっとしてきたのか、香織の顔を寝ぼけ眼で見つめていくうちに、昨日の夢の光景が頭の中を過る。香織そっくりの、銀色の髪と青い瞳を持つローブの少女の顔と、今の香織の顔が重なる。
「え?あ…あの、南雲君どうしたの?そんなにじっと見てきて」
ハジメから凝視されていくうちにちょっと頬を染める香織の今の言葉を聞いて、ハジメは我に返る。
「え、あ…いや…」
実は昨日、君が夢に出てきました…などと言えるはずもない。だって現に今、香織の後ろや自分たちの周囲から、「何じろじろと白崎さんを見てやがるんだこのオタクが!」とでも言いたげなクラスメイト達の多くの視線が、ハジメを視線で突き刺さしてやろうとばかりに睨みつけていたからだ。これも寝ぼけたままのハジメの意識が覚醒した一因でもある。
「お、かわいい子じゃん。君の彼女か?」
「かの!?」
ミウラ隊員がニヤニヤとハジメにそう言うと、ハジメは息を詰まらせた。しかしそれは気恥ずかしさからくる声ではなかった。
今のミウラの一言を聞いて、教室中のクラスメイトたちのハジメを見る目がますます鋭くなる。ハジメは普段の遅刻居眠り常習犯ぶりが災いして一生徒としての評価も著しく低い。なのに、二大女神と揶揄されている香織から積極的に気にかけられているという、特に非モテ男子生徒たちから見てあまりにも羨ましい日々を過ごしている。一方で女子生徒たちは、香織から気にかけてもらってるのに生活態度を改善しないハジメに嫌悪感を抱いている。
とはいえ全員ではない。ハジメの生活態度をよく思わないが、だからといって皆が皆、ハジメを嘲笑っているわけではない。中にはハジメに批判的な者を言いすぎだとか、彼を見下している檜山たちを目障りに思う心の広い生徒もいる。
周囲からの妬みと侮蔑の視線に、ハジメは萎縮していく。いつもこの視線に耐えてなんとか学校生活を送っているのだが…今日はいつも以上に視線に重みを感じる。なぜなら…
「か、彼女!?そ、そんな…違いますってもうやだぁ!」
香織のこのリアクションである。ハジメの彼女だと疑惑されたことで、口では否定してはいるのだが、気恥ずかしそうにしつつも明らかに嬉しそうに笑っている。はっきりいって、誰の目から見てもまんざらでもないと言ったのがひしひしと表れてしまっていた。
「ち、違いますって。ただのクラスメイトですよ」
ハジメも慌て気味に、香織とは交際関係を結んでいないことをGUTSの隊員に告げる。香織が自分に好意を抱いているなんて考えるほど自惚れているつもりはない。自分のような平凡な一介のオタク男子生徒ごときが彼女と釣り合うとは思えないことは百も承知だ。それにハジメに殺気めいた視線を向けるクラスメイトの存在もあって、悪意こそないものの、彼女はある意味自分の平穏な日常を歪めてしまっている元凶と言えるため、苦手意識の方が強い。
なのに…乙女ちっくに「きゃ♥」と赤らめた頬を両手で覆いながら照れ臭そうにくねくねしている香織。そんな彼女の態度がより一層、ハジメに対する殺意の視線を重くしてしまっていた。視線で彼らは語っていた。「なぜあんなオタクなんかが白崎さんと!」と。なぜこの視線に気づかないのだ…とハジメは香織を呪いたくなる。
「そうですよ、香織が南雲なんかと付き合うわけがないじゃないですか。いい加減なことを言わないでください」
すると、ハジメの自惚れ防止の言葉に便乗するように、彼の言葉を肯定してきた者がいた。
天之河光輝である。香織がハジメの彼女であるという疑惑が気に食わないというのが、その不機嫌そうな表情と、ハジメを「なんか」呼ばわりしてる口の聞き方から見て取れた。
「ははは、悪かった悪かった。どうやらちゃんとした彼氏さんがいたみたいだな」
ミウラ隊員は、光輝のイケメンな容姿と、香織を気安く呼び捨てで呼び合う様子を見て、彼こそが香織の本当の彼氏なのだと推察し謝罪する。
「え?あ、いや、その…俺…いや、僕と彼女は幼馴染でして」
それを聞いて、今度は彼氏扱いされた光輝が照れ臭そうに後頭部を掻きながら笑う。これについては、他の生徒たちは深いため息を漏らしたり、覆せない現実への絶望しきった表情を浮かべる。光輝と香織は幼馴染で、どちらも異性から大変評判の間柄。大多数が、この二人が付きあっても文句は言えない、普通に考えてこの組み合わせがお似合いとしか思えない…という暗黙の認識を共有していた。
しかし…
「いえ。違います。私たちは幼馴染ですけど、あくまでただの友達です」
グサ!!
「ぐあ…」
「光輝!?」
直後に、まるでスイッチでも切り替えたかのように香織がきょとんとしながら、さらりと真っ向からミウラ隊員の疑惑を否定した。それもさっきまでの自分や、彼氏疑惑を持ち掛けられた光輝と違い、図星を突かれて恥ずかしそうに…などといった感じも、何の躊躇もなく、だ。あまりにも無遠慮でさも当たり前に放たれた言葉の矢は、光輝の胸に深々と入り込んで彼の心を傷つけた。思わぬ言葉の矢が相当大ダメージだった光輝は胸を押さえながら崩れかけ、それを龍太郎が咄嗟に受け止めて支えた。当然、今の話を聴いていた他のクラスメイトたちも困惑と動揺を表し、改めてハジメに対する敵対心を抱く。
「あ、そ…そうなんだ」
あまりにも淡々と否定した香織に、ミウラも即座に光輝と香織の交際関係が匂わせもしない幻に過ぎないものだと察した。しかしハジメとの交際関係を疑われた際の香織の照れ具合を振り返れば、確かにそれもそうかと納得させられた。…後ろで地味に精神的ダメージを受けた光輝に申し訳ない気持ちが沸く。
ちなみに一部始終を見ていた雫だったが、言いがかりをつけたことを注意しようとした時に出た香織の思わぬ言葉の矢を受けた光輝を見てつい「ぶ!」と噴き出してしまっていた。
「あ、そうそう…君は確か、職場体験でうちに来た子だったな。確か…天之河君、だったかな」
「は、はい!覚えていてくれたんですね!」
哀れに思うあまり、何か別の話を振ろうと記憶を練ると、ミウラは光輝の顔に見覚えがあったことを思い出した。授業の一環である職場体験にて、ミウラは一度光輝の顔を見ていたようである。憧れのGUTSの隊員が自分を覚えていてくれたことを知り、香織の言葉の矢で崩れた姿勢を整えた光輝。香織の言葉の矢のことも、きっと彼女は照れてるんだろうと、己の中で都合の良い解釈をして流した。
「と、ところで、GUTSの方々がどうしてわざわざこちらに?」
つい吹き出してしまったことを反省しつつ、雫はGUTSの隊員たちに来訪の目的を問う。
「あ、ああ。ちょっと君たちから直接訊きたいことがあってこの学校を訪ねたんだ。南雲 君はその次いでで送ってきたんだよ。案内役にもなるからな」
それを聞くと、光輝が表情を険しくしてハジメに詰め寄ってきた。
「な、南雲…GUTSの方々のお手を煩わせたのか?彼らは地球の平和を守る偉大な人たちなんだぞ。そんな人たちの貴重なお時間を君の遅刻緩和のためなんかに使わせるなんて恥ずかしくないのか!君のその行いが地球の平和にも支障をきたすんだぞ!もし今回のことで、例えば地球侵略を目論む異星人がいたとしよう。君が今回のようにGUTSの方々の時間を削げば、その分だけ彼らの足を引っ張るんだ。たとえ地球を守り抜けたとしても、君に対して時間を削いだ分だけ彼らの対応が遅れ、万が一犠牲者が出てしまうことになったらどう責任を取るつもりだ!
これまで数えきれない宇宙人共のせいで、どれほどの犠牲者たちが出たのか、知らないとは言わせないぞ」
「あ、あはは…」
またも出てきた言いがかり。ハジメが意図的にGUTSをタクシー代わりに利用したと決めつけている光輝に、乾いた笑みを浮かべて適当に流そうとするハジメ。結果的にそうなってしまっただけに釈明し辛くなってしまった。
「だいたい、君の行いについては指摘すべき点があまりにも多すぎる。普段の生活・授業態度もそうだし、さっきの宇宙人絡みについて最も許しがたいのは……
君が宇宙人を擁護する姿勢をいまだに取り続けていることだ!」
光輝はその目に、これまで地球を侵略しに飛来し、多くの人々を苦しめてきた宇宙人たちへの怒りの炎をたぎらせながら、さらに強くハジメに怒鳴り声をぶつけてくる。
「宇宙人はみんな卑怯で悪い奴らだ。こうしている間にも地球を侵略しようと付け狙っているに決まってる!そんな悪人どもから地球を守ろうと、俺はGUTSを目指して常に研鑽に励んでるのに、君はオタクなんかに甘んじてゲームやアニメに漫画なんて役に立たないものばかりにかまけ、あまつさえ宇宙人に媚を売ってる自分が恥ずかしいと思わないのか!」
「そうだそうだ!いい加減にしろよ南雲!」
「ったくもう、端から見てるだけで私たちもうんざりなのよ。いい加減光輝君の言う通り少しは自分を省みたら?」
「あ、あははは…」
もう言わずともわかる人は分かるが、光輝はハジメにとって、香織以上に厄介者であった。香織との関わりに素直に喜べない最大の要因でもある。こちらの生活態度が改善しないからといって、あることないこと、根拠のない推論で推し進めて、ハジメを一方的に悪者扱いする。しかもハジメの趣味やバイトを真っ向から、引いては実家の家業すらも間接的に否定する。加えれば、妙に異星人に対する差別的にも取れる敵意を露にした上で。檜山を始め、他の心無い同級生たちも、冷たい視線や言葉を持って光輝に便乗する。
もはやこれは説教や指摘のラインを逸脱した……
笑って流すといういつもの手段でかわそうとしているハジメ。よくもまぁこんな言いがかりを浮かべるものだと、逆に関心さえ抱きそうだ。確かに結果として彼らの送迎を甘んじて受けたのだが、ハジメとて迷惑をかけたかったわけではない。まして相手は、父の仕事の取引先とも言える、何より光輝自らが言っていたように地球の平和を守ってくれている組織の一員だ。送迎を願うなんて避けた方がいいことくらい理解できる。だというのに、こっちの都合も意図も考えずにズバズバと言いがかりをつける光輝に、笑いながらも内心で青筋を立てていく。
「ちょっと待てよ!そんなきつく言わなくたっていいじゃないか。それにさっきも言ったろ。俺たちがそうしたかったんだって」
ハジメに対して、しかもクラスのほぼ大半が揃いも揃ってたった一人に対して、あんまりな言いようではないか。さすがに言いすぎだと光輝たちに注意するミウラだが、光輝は全く止まろうとしない。
「いいえ、あなた方のその南雲に対する行いは彼への甘やかしになるんです。こいつは悪いところを改善しようともせず、そんな自分を気遣う香織の彼女の貴重な時間を削いでいるんです。今だって…!」
「光輝君なに言ってるの!私が南雲君と話したいから話しかけてるだけだよ」
あまりにもハジメを悪く言い続ける光輝に、香織は嘘偽りなくそう答えた。可憐な顔の眉間に皺が寄っており、光輝の一方的すぎる言い分に、彼女も苛立ちを覚えていた。だというのに、光輝はそれでも止まらない。止まろうとしない。
「香織、君の誰にも分け隔てなく接する優しさは幼馴染みとして尊敬できるよ。でも南雲は全く自分の悪いところを直そうとしない、やる気のないオタクだ。君が幾度も注意しても治っていないのがその証拠…」
「ちょっと、そこまでにしておきなさい光輝」
もうこれ以上言わせてはならない。雫は光輝の肩を掴んだ。
「邪魔をしないでくれ雫!君まで…」
「冷静に考えなさいよ。GUTSが、たかがいち高校生のためにわざわざタクシーをやってくれるわけでないでしょ」
「それは…でも!」
ごく当たり前の、尤もなことを指摘されて光輝は息を詰まらせる。
「それに聞いてなかったの?この人は任務でこの学校に来てたのよ。そのついでで南雲君を学校まで送ってくれた。そう、あくまで
「……」
雫からミウラの話の内容を掘り起こされ、そして冷静に考えるように促され、ようやく光輝も押し黙った。
「皆も南雲君に対して、言い過ぎじゃないかしら。光輝が言ったからって、寄ってたかってみんなで責めて…それこそ恥ずかしいことだと思わないの?しかもGUTSの隊員さんの前で」
雫は、今度は檜山たちをはじめとした、ハジメを侮辱した一部のクラスメイトたちに向けて強く指摘する。二大女神の片割れの痛い言葉に、檜山たちは悔しそうに押し黙らされる。
これまで雫は、ハジメに突っかかる光輝について「悪気はないから許してほしい」くらいの詫びをハジメに入れて、はっきりと光輝を叱るようなことはなかった。実際悪気がなかったし(その分かえってたちが悪いが)、言ったところで光輝が無意識に都合のよい解釈をして自分をろくに省みないから、心のどこかで諦めがついていたためだ。でも、今はGUTSの目の前、いつも通り諦めをつけて叱らないままでいさせてはならない。光輝にとってもGUTSは将来なりたい職業でもあるので、なおさらこの事態を放置して恥ずべき姿を見せるわけに行かないのだ。
「彼女の言う通りだ。君たちは彼を酷く言ったけど、俺からすれば君たち全員彼に感謝と謝罪をしないといけないぜ」
「感謝と謝罪だって…!?」
GUTSの隊員という、本来なら学生たちとは無関係のミウラからも一人の大人として指摘されたほか、ハジメに詫び以外にも感謝しなければならないと言われた光輝たちは意味が分からず困惑を露にする。
「だって南雲君は」
「ミウラさん!」
ミウラが話そうとした途端、ハジメが彼の声を遮るように大声を出した。言おうとしたミウラも、彼の声で言葉を途切らせる。
「いいんです。言わなくて…どうせ…」
「…そっか。悪かった」
「いえ…」
恐らく実家の伝手で行ったGUTSの訓練用シミュレーター・カレンの開発等に携わったことを言おうとしてくれたのだろう。ハジメもそれを理解していたが、偉業自慢をしたかったわけじゃないからミウラに向けて大声で怒鳴ってしまった。それに、どうせ光輝たちは理解を示そうとすらしない。香織がハジメに話しかけ始めた頃から、光輝が遅刻と居眠りの常習犯となったハジメを一方的に批判すると同時に、他の生徒たちも香織との接点を持ったこと理由にハジメに侮蔑と嫉妬の目を向けるという図式が出来上がっている。光輝の信奉者でいれば、少なくともこのクラスでは安泰である。それに甘んじている奴らなんかが、自分が間接的に地球の平和に貢献している事実があっても『認めたがらない』と、ハジメ自身が理解していた。自分の生活態度も一因だし、そもそもオタクの風当たりが未だに根強くあるのはハジメも知っている。…愚かなことに違いないが。
「南雲君…」
俯きながら、自分に理解者がいない現実の非情さを思い知るハジメが悲しそうに見えて、香織も胸を締め付けられる。
「…なんか、俺のせいで騒がしくしちゃってすまないね」
思えば、自分が教室に顔を出してしまった事でさらに火種を大きくしてしまったかもしれない。そう思ったミウラは騒ぎの発端となったことを雫たちに謝罪する。
「いえ、こちらこそクラスメイトがとんだ醜態をさらしてしまいました。同じクラスの者として、本当に恥ずかしいです…ほら光輝、あんたも」
「…す、すみませんでした」
だがそれは自分たちとて同じこと、一人の生徒が、いくら遅刻して送迎を受けたからと言って、全員で一方的にその生徒を糾弾するなんて、もはや説教を通り越してただのいじめとも取られかねない。しかもGUTSの隊員たちの前でだ。これでは、GUTSの隊員らが自分たちを守ってくれることに対して迷いを生じさせることにも繋がりかねない。雫はそれを理解して謝罪するが、対する光輝も口では謝罪しているが、頭を下げた一方でその表情は納得がいかないと物語っていた。
「光輝、南雲君にも謝ってきなさいよ。龍太郎、あんたも」
「ぐ…」
「お、おう…悪かった、南雲」
龍太郎も同じように雫から指摘を入れられ素直に詫びる。龍太郎も光輝同様、やる気が見られないハジメをよく思っていないのだが、だからといって曲がったことを許せるたちでもない。それは自分のことについてもだ。だからこそ自分の非を自覚し、素直に謝罪したのだが、その傍らで光輝はそれでも、頭を下げつつも歪んだ顔を露にしていた。
「…そうだ、実は君たちに訊きたいことがあるんだ。少し時間いいかな」
色々ごたごたが重なってしまい、うっかり任務のことを忘れかけていたことに気づいたミウラ隊員は、改めて雫たちに直接、この学校で何か変わったことがないか質問することにした。
「南雲君、光輝君が…ごめんね」
一方香織も、幼馴染の非礼に対する謝罪を、自分の席に座ったハジメに送る。
「あ、うぅん。いいんだ。謝らないで。白崎さんは何も悪くないから」
確かに彼女は、ある意味自分の生活から平穏を奪っている元凶となっているが、本当に責められるべきは遅刻常習犯で居眠り放題であるハジメ自身と、そんなハジメを敵視する光輝と、そんな彼のお気に入りであろうとする凡愚なクラスメイトたちにある。
そう…悪くはないのだ。彼女自身は。
それでもつい、考えてしまう。
いつもあのように生活態度の悪さを指摘されても、バイトでの実績を上げるために一向に直さないハジメ。そのことはいいのだ、事実なのだから。でも…光輝たちの言い分に一つ、許せないことがあった。
―――宇宙人なんてみんな卑怯な奴らだ
光輝と、彼に同調する連中が肯定したこの言葉だ。
自分のことを悪く言うのは別に良いのだ。でも、別にハジメは全ての異星人を善悪問わずに肯定しているわけではない。当然、悪は裁かれてなんぼだ。創作物でも、大した理由もなく悪が最後に勝つなんてものは個人的にも好み辛い。
だから、内心では…
(宇宙人がみんな卑怯で悪い奴らだと?
オタクな自分を恥じれだと?
…そうやって思い込みで人を悪者扱いする君たちのそれはどうなるんだよ…人のことを勝手に悪者扱いしておきながら、よくもそんなことが言えたもんだな…!)
脳裏に過った、『幼き日に離別したとある友達』の後ろ姿を思い浮かべながら、ハジメは必死に怒りを笑顔の仮面で覆い隠していた。
(もうこいつら…異世界に飛ばされたりとかしないかな。それかどっかの悪いエイリアンに浚われたりとか。…なんてね)
光輝たちに対して、非現実的なことを心の中でぼやくハジメ。そんな自分を、我ながら何を考えているんだろうなと自嘲しながら、ハジメは自分の席に座る。
「…ねえ、南雲君」
そんなハジメの様子を見て何かを想ったのか、香織は何か言葉をかけようと声を漏らした…その途端、凍りついた。
光輝の足元に、奇怪な魔法陣が突如として出現したのだ。
それと同じタイミングで、次の授業のために教室へ来訪してきた愛子やヤナセが、教室内に起きた異変に気付く。
「みんな、急いで教室から出て!」
教室に入り込んだ愛子は危険を察して生徒たち全員に向かって叫んだ。
「くそ!なんだこの光は!?」
「ミウラさん!!」
ミウラも同様にこの異変から子供たちを守ろうと、ちょうど近くにいたハジメの方を両手でつかみ上げ、彼を引っ張り上げる形で教室の外へと連れ出そうとする。他にも数名の生徒たちが教室の外に出たのだが、全員が逃げ切るよりも、魔法陣の光が教室を包み込む速度の方が勝っていた。
逃げ切った生徒たちの一部は廊下へ脱出するも、光が収まると同時に彼らが教室内で目にしたのは…
消えてしまった生徒たちの、教科書や弁同箱が机の上に散乱した教室の景色だった。
それはたった一瞬と言えることの出来事だった。
誰一人としてそこにはいなかった。そして、ハジメたちと一緒だったミウラ隊員の姿もない。
「み、ミウラさん!?」
ヤナセがミウラの名を思わず叫ぶが、帰ってくる返事は全くない。ミウラの声も、ハジメたちクラス内の生徒たちからのそれもない。
「こちらヤナセ!応答願います!!」
この事態を重く見たヤナセは即座にGUTS極東支部へと連絡を入れた。
光輝を中心に謎の魔法陣に包まれ、教室から一気に姿を消してしまったハジメたち。
いったい彼らはどこへ消えてしまったのか。
その答えは、実に意外なものであった。
「トータスへようこそ、エヒト様の遣わし勇者様、そしてご同胞の皆様。歓迎致しますぞ。
私は、聖教教会にて教皇の地位に就いております『イシュタル・ランゴバルド』と申す者。以後、宜しくお願い致しますぞ」
光が消えると同時に、その白い装束からして宗教の聖職者と思われる老人と、同じような格好をしている集団の出迎えを、ハジメたちは受けた。
「え?なにこれ?ドッキリ番組の撮影?」
「ちょ…ここどこだよ。俺たち、教室にいたはずじゃ…」
ありふれた教室から、一転して素人目から見ても豪勢なシャンデリアに、神話の一端を表したかのようなステンドグラス。一瞬にして異国の大聖堂へと様変わりしていた。
クラスメイトたちは当然、自分達のいる場所があまりにも変わってしまったことに混乱していた。
「立ち話もなんでしょう。あなた方の状況を説明いたしますので、どうぞこちらへ…」
イシュタルはそう言うと、案内してやろうというのか、自分の正面の方角に点在する大扉を指差した。
『………任務、ご苦労だったな。ずいぶん待ちくたびれたぞ』
「はい、我が主。長らくお待たせして申し訳ありません」
『……ふん、全くだ。数百年も待たせおって、貴様も含め相変わらず使えん駒どもだ。あれだけ無数のマルチバースに貴様ら駒共を送り込んで、例の巫女と器、もしくはそやつらの子孫を見つけ出すよう命じたというのに、手掛かり一つ見つけられんとは。
まぁよい。これだけ時間をかけて戻ってきたのだ。収穫はあった…ということだろう?』
「…はい。時間こそかかりましたが、だからこそ、主の『器』にふさわしい者を地球にて見つけることができました。翌日より『器』の調整を兼ねた訓練を施す予定です」
『…せいぜいしっかり鍛えることだな。我と言う存在に耐えられる者でなければ話にならんからな。
我が、全マルチバースにおける頂点たる存在へ進化するためにも…な』