【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~ 作:???second
「そんな…」
辺り一面は、火の海となった町が広がっていた。ありふれた日常を謳歌する人々で賑わっていた明るい町が、今では見る影もない地獄絵図。
『私』は今、その地獄が広がる路地に呆然と立っていた。
視線の先にいるのは、男性であった。
髪が白くて目が赤い、ワイルドな印象がありつつも、どこか他者と壁を作りたがっているような物静かさもあった。
…いや、あの顔には見覚えがある。
中学生だった頃のある日、ふとしたことで遭遇した事件で見かけて以来、気になっていた少年だ。
髪と目の色が変わってしまっているが、見間違いようがない。
そんな彼が、返り血らしき朱色の液体でその身を赤く染めてこちらを見つめ返している。
「どうして…こんな…」
少年に抱く淡い想いが、絶望と落胆、恐怖…負の感情に染まっていく。それでも信じたいと言う気持ちが、真っ黒に染まりかける心を踏み留まらせる。
少年はなにも答えない。『私』を一瞥すると、その先に広がる深い闇へと歩みだしていく。
「待って!行かないで!」
『私』は彼を引き留めようと手を伸ばして駆け出す。だが、行く手を阻もうと突如、どこからか放たれた紫色の光弾が『私』の進行先の地面に被弾する。爆風に煽られ転倒する間、少年は闇の先へと向かう。
「ま、待って…」
少年を追おうと傷ついた体を起こした時、少年はその身を闇で覆い尽くされた。彼を包み込んだその闇は次第に膨れ上がっていき、やがてその闇は真っ暗な空に溶け込んだような色の人型…菱形の青い宝珠を胸に埋め込まれた巨人となった。
その巨人の向こう側の闇からも、胸と両眼…いくつかの怪しげな禍々しい光が灯る。
白髪の少年が姿を変えた巨人は、闇の向こうにたたずむ巨人たちの下へと近づいていった。
―――だめ!行かないで!戻ってきて!!
『私』は叫び続けた。たとえ彼の耳に届いていないとしても、叫ばずにはいられなかった。
だから、何度も何度も叫んだ。戻ってきてくれ、傍にいてと。
彼の名を呼びながら何度も呼び止め続けていた。
「南雲君!!!!」
香織はハジメの名を呼びながらガバッと起き上がった。
「…あれ?」
我に返った彼女は、周囲の景色を確認する。ちょうど窓から青白い月の光が綺麗に差し込んできている。どうやら、まだ夜中のようだ。悪い夢を見たせいで朝日を迎える前に起きてしまったらしい。
「んうぅ…」
雫の寝苦しそうな声が漏れる。今の叫び声に反応してしまったようだ。
美しく華麗に戦う剣士というイメージがつきものだが、長年親友として共にいたからこそ知っている。雫は、今でこそ皆を守る側に立っているのだが、実はかわいいもの好きで、逆に頼れる男の人に守られたい願望を持つごく普通の女の子でもある。そんな思いとは裏腹に、気が付けば『義妹結社』などという、彼女の女性らしさを残しつつも剣士としての麗しくかっこいい様に惹かれた女子生徒らによる謎のファンクラブが出来上がり、そのメンバーたちからは『お義姉さま』と半ば妄執的に慕われるほどだ。地球にいたころから剣道に励み、厄介な光輝のサポートに徹したり、義妹結社の魔の手から逃れようと気苦労が絶えなかった身だ。それに加え、この世界に来て以来、皆のリーダーとして引っ張っている光輝を傍らで支える役回りで疲れているのに、危うく起こしてしまうところだった。
ちゃんと休ませてあげないといけないのに…と、自省する香織。まぁ他にも、香織のあることに対するブレーキ役も買ってる分、香織自身も彼女に苦労を掛けているともいえるのだが。
今度は静かに眠らなければ。それにしても、本当に嫌な夢を見たものだと、香織は夢の内容を振り返る。
火の海と化した町。なぜか白髪に赤い目になったハジメ。それを引き留めようとした自分だが、ハジメは闇の向こうへと消えて、そして恐ろしい巨人になって…
その巨人の姿が、今日イシュタルたちに見せてもらったあの巨人たちの石像と重なる。
あれを見たときから、ずっと胸がざわざわしている。あれを思い出すたびに、胸の奥から猛烈に不安と恐怖がどっと押し寄せる。無意識に自分の胸の前で手をぎゅっと握る。あの巨人…光輝は『ウルトラマン』と呼んでいた。そのウルトラマンとやらを、見たこともないのはずなに、なぜか見覚えがある。それがなおのこと不気味に思えてならない。加えて…ハジメがあの石像に似た巨人になって…
あの夢の中で、自分とハジメのいた町は炎に包まれた瓦礫の山となっていた。つまり、あの夢の中で町を破壊していたのは…
そこまで考えて香織はぶるぶると顔を横に振った。いや、そんなはずがない。ハジメはあんなことをするような男ではない。確かに練成師というありふれた転職に加え、神の使徒…クラスメイト達の中で最もステータスの低いことが露呈した彼だ。あんなことができるはずがない。ましてや巨人になるなんて…そもそも、檜山のような卑劣な男ならまだ話が分かるが、自分の知る南雲ハジメという男は、町を破壊するだなんてことをするような男ではない。
巨人のことを頭から消し去らないと。夢の内容も早く忘れてしまった方がいい。そう思い、寝直そうとする香織。だが、意識すればするほど、逆に意識が覚醒してしまう。不安な気持ちの方が勝ってしまう。
香織はすっかり目が冴えてしまい、ベッドから降りる。ふと、その拍子にカラン、と音を立てながら香織のベッドの傍らの台から小物が落ちた。あ、と声を漏らし、落としたそれを拾い上げる香織。拾ったそれを、窓から差し込む月の光に照らす。
(この指輪…お母さんがくれた…)
それは、『菱形の紋様が刻み込まれた指輪』だった。
母と、その母である祖母、さらにその前の代の、自分のご先祖様たちが後生大事に持っていたという指輪だ。地球は現在進行形で怪獣や異星人の脅威に晒されているため、お守り代わりにと母が自分に託してくれたものだ。これを持っていると、ほんの少しだけ安心できる。しかし所詮はお守りだ。自分たちは戦乱の中にある異世界という、地球よりも不安に満ちた世界へと来てしまった。しかも、この世界には怪獣やそれらと同等の魔物という脅威もある。
その上、イシュタルたち聖教教会も、神の使徒として自分達を保護してくれているが、ミウラや愛子の抗議、ハジメの推察を経た今では、信用できない相手だ。
…ダメだ。この国、この世界には不安要素が多く、大きすぎる。
(…南雲君、起きてるかな)
雫を起こさないように部屋を出た。さっきのように落として無くしてしまう、などということが無いよう、指輪も右手の中指に着けた。
そこからまっすぐに、ハジメの部屋の前へとたどり着く。
ハジメの顔を見たい。声を聞きたい。不安を消したくて香織はドアノブをノックしようとした…が、叩こうとしたところでその手を止めた。
(南雲君に会って、どうしようって言うの…)
そうだ、よくよく考えたらどうしようもないことじゃないか?
白崎香織が南雲ハジメを知ったのは、中学生の頃からだった。
下校中、老婆と孫の二人組が、偶然ぶつかった不良に絡まれていたのを見かけた時だ。前方不注意でうっかり孫のたこ焼きが不良の服を汚してしまい、それでキレた不良がクリーニング代を請求してきたのだ。不注意だったのは確かに老婆と孫の方だったとはいえ、不良はあろうことか法外な代金を請求したうえに、あまつさえ子供に手を出そうとしたのだ。香織はそれを見て、不良への義憤もあったが、それ以上に恐怖のあまり声も上げられなかった。もしここに光輝たちがいたのなら不良たちに立ち向かうこともできただろうが、その時の香織は一人。他にいた周りの人達も、関わらない方が良いと決め込んでみて見ぬふりだった。
だがそんな時だった。同じ年くらいの中学生の少年が割り込んできて不良に土下座をかましたのだ。周囲が、老婆や孫も、そして不良もドン引きしているにもかかわらず、それでもハジメは不良へ土下座を見せつけた。ひたすらすいませんすいません!と謝罪を繰り返しながら。結局その土下座が功を期したのか、周りの奇異の目もあって不良は老婆たちから取り上げようとした金を諦め立ち去った。見ているだけの周りの連中もそうだったように、助けてもらった老婆と孫は、お礼も言おうとせずにハジメにドン引きしたまま歩き去ってしまった。
だが、香織だけは違った。光輝のように才能と力を持ったことで悪さを働く者を懲らしめる。これは何度も見てきたことだ。でもハジメは、自分が弱いにもかかわらず、自分にできる手段で困っている人を救ったのだ。その結果助けた対象から引かれてしまったとしても、それでも『勇気』を出して見事救って見せたハジメに興味を抱いた。
幼馴染らと共に入学した高校でハジメと出会えたのは、まさに彼女にとって運命的な出会いと言えたかもしれない。非力であっても勇気を出して他者を救ってみせたハジメと、少しでも仲良くなるべく香織は、ハジメの趣味でもあるアニメやゲームに触れていき、度々その話をハジメに持ち掛けて頻繁に会話の機会を得ていった。気が付けば何度もハジメの姿を目で追い続けていた。ひとたびハジメが教室から別の場所に移動すれば、その移動先へ密かに着いて行くこともしばしばあった。
異世界トータスに転移していこうもそれは同じであった。気が付けばハジメが今なにをしているのか、密かに後を追うことがあった。自分を含めた彼以外のクラスメイト達と違ってステータスは一般人と同じ平均的な程度でしかなく、技能もまるで多くない、大した才能もないありふれた錬成士であるハジメ。それだけに、自分たちと違って大きな力を得られず成長もままならない状況に苦心しているかもしれない。だから心配でもあった。何か困っているなら、力になってあげたいと香織は、ハジメに声をかけるタイミングを計りつつハジメを追い続けていた。そうやって心配するあまり、図書館にて一人自習していたハジメの下にも向かった。
当初、香織は本棚の陰に隠れながら、ミウラとハジメの会話を聞き入っていた。予想した通り、ステータス面での成長に伸び悩んでいたようだが、ミウラの提案もあってそれはひとまず置いてもよさそうだと一安心した。また、ミウラがやたらハジメに対し、付き合っちゃえよと茶化すように言ってきたときは、ぼっと顔が熱を帯びるのを覚えた。なんてこというんですかミウラさん!と、恥ずかしくなって口を挟もうかと思ったが…
『僕は白崎さんのこと苦手なんですよ?』
『…え……』
自分が、ハジメから苦手意識を抱かれていると聞いて、頭の中が真っ白になった。
棚の影から二人の会話を聞いていたハジメの率直な認識の下での言葉に傷を負った。そこから聞いたのは、自分が構っているせいでクラスメイトたちがハジメをますます厄介者として扱うようになったという事実。
無意識のうちかは不明だが、彼女は二人に悟られぬように、重い足取りで図書館を後にした。
それ以来、自分もハジメのことを避けるようになった。少しでも構おうとすれば、ハジメが他のみんなに傷つけられてしまうと思ったから。
気が付いた時には、自分に宛がわれた部屋の前にいた。そんな彼女を見つけて、雫が傍まで駆け寄ってくる。どうやら部屋に香織がいないことに気づき、心配になって探してくれていたようだ。
「香織、ここにいたのね……香織?」
彼女の今の様子に違和感を覚えて言葉を切る。
「何があったの?」
「…雫ちゃん。あぁ…うぅん。なんでもないよ」
名前を呼ばれて雫の方を見やる香織。別になにもないと口ではいっているものの、長年彼女と共にいた雫はすぐに察した。香織は嘘をついていると。
「なんでもないって顔じゃないわよ。一体どうしたのよ。第一、こんな夜中に抜け出して」
「…ごめんね、起こしちゃったかな」
「そんなことはいいから、話してみなさい」
「…わかっちゃうかぁ」
参ったなと言いたげに苦笑する香織。
二人はそれから香織の私室に入り、香織は気持ちが沈んでいたその理由を雫に明かした。
「変な夢、見たの。南雲君が、その…」
香織は雫に、簡潔に夢の内容と結果を告げる。火に包まれた、闇夜の町。髪と目の色が変わったハジメが、今日イシュタルに見せてもらった石像に似た巨人となり、闇の向こうへと消える。自分はそれを止められなかった…と。
「それで南雲君の声を聞きたくて、彼の部屋に行こうと思ったんだけど、結局引き返して来ちゃった」
「…それって、あのピラミッドに入った時、檜山たちから南雲君がまた馬鹿にされた時と関係あるのね」
「本当に、わかっちゃうんだね…」
そこまで読まれていたかと香織は苦笑する。
「実を言うとね、王都にいた頃、図書館で南雲君を見つけて、話しかけようと思ったんだ。檜山君たちに酷いことされたこともあって心配だったから…ミウラさんがいたから、話しかけるタイミング逃しちゃったけど。
そこでね、聞いちゃったんだ。……」
そこで少しの間を置く香織。今でも信じたくないという思いから口にするのを躊躇するが、雫を相手に誤魔化し切れない。
辛いが、香織は振り絞って雫に事実を明かした。
「…南雲君が…私のこと……苦手だって……」
「え…」
雫は、香織が返してきた言葉に戸惑う。
「南雲君、私が話しかけてくるせいで、みんなから疎まれてたって…言ってた……」
「…!」
その話を聞いて、雫は自分のことのようにショックを受けた。
香織から度々、ハジメのことは聞いていた。高校に入学する以前から、老婆と孫を不良から助け出したことから今に至るまでのことも、香織はよくハジメのことを話していた。それはもう、何でも知っているのではないかとさえ思えるくらいに。話を聞いていくうちに、雫もまたハジメのことを、力はないが心が強い人間なのではと思いつつあった。実際、檜山たちの嫌がらせも、光輝の思い込みにまみれた指摘も笑顔で流し続けていただけに真実味を感じていた。
更に言えば香織は、幼馴染みの自分から見ても愛らしい美人。加えると、実家の関係で剣道をやっている自分よりも女性らしくある。それもあって大多数の人々が彼女に対して好意を抱くように、ハジメもいずれは香織のことを異性として意識することになるかもしれないと。
だが……そうではなかったらしい。いや、考えてみればあり得なくもない話だったのだ。光輝や檜山たちを筆頭にクラスメイトたちから受ける妬みと蔑みの視線、人間である以上ハジメが我慢していないわけがない。疎まれるきっかけになった香織のことをよく思わなくなることは、あり得ることだった。
雫は、ハジメのことを誤解していたことに気付かされた。
「…私、ただ南雲君と仲良くなりたかっただけなのにな………」
「で、でも香織!それはあなたが悪いわけじゃ…」
「だとしても、私が南雲君に嫌な思いをさせてたことにかわりないよ!
…同じなんだよ、私も檜山君たちと…少なくとも、南雲君にとっては」
香織はひたすら悲しげに呟いた。ハジメに好かれていなかったと言うのもあるがそれ以上に、気づかぬ内に自分がハジメを嫌う者たちを彼に注目させ、結果ハジメを傷つけていたこと、それに気付きもしなかった自分への怒りとなっていた。振り返れば、それらしい節はあった。気が付けば二大女神だのと雫共々揶揄されるようになり、ことあるごとに光輝はハジメに言いがかりめいた事ばかりを言うようになっていたし、檜山がハジメに絡むようになったのも、思えばハジメに話しかけてからのことだ。
雫はどう言葉をかけるべきかわからなかった。何を言ったところで、香織は間接的にハジメを傷つけていた自分をますます許せなくなるかもしれない。
「…今日はもう寝ましょう?暗い場所にいると、人はどんどん沈んだことしか考えられなくなるわ」
「うん……」
言えることはそれだけ。香織に休むことを勧めるしかできなかった。