【短編】ウルトラマントリガー~Pull the Trigger by Commonplace Alchemist~ 作:???second
『そんな…』
一人の小さな男の子が、もう一人目の前にいる…赤い髪に青い法被を着こんだ同世代の少年に、ショックで打ちひしがれたような顔を浮かべていた。
『どうしてなんだよ…急に帰るなんて!』
『悪ぃな。あの時俺様の正体がSNSを通して露見したってのも響いてさ、俺様たちに向けて世間様の風当りが強くなっちまったからな』
『一緒にいてよ!僕たちでなんとかするから!お願いだよ!!』
『そうもいかねえよ。お前の傍に俺様がいるのもまずい。俺様はもとより、俺たちと関わったお前まで巻き込んで酷い目に合わされるわけにもいかねぇからな。今以上に厳しくなる前にこの星からとんずらさせてもらうぜ。これ以上、お前やお前の親御さんにも迷惑をかけられねぇ』
『…いやだ…嫌だよ!なんでだよ!なんで君がこの街から去らないといけないんだ!君はただ、僕らと同じようにこの星で生きていただけなのに!本当に悪いのはあの悪ガキたちなのに!!』
そんなこと気にしないで、一緒にいてほしい…離れたくない。そんな我儘をぶちまけるように黒髪の少年は赤外の少年に想いをぶつける。
『こいつばっかりは、誰かが悪いとかそういう話じゃなくなっちまってんだ。人の気持ちなんざ、そう簡単に変わったりしねぇからな』
気にすんなよ、と明るくふるまいながら言う赤髪の少年だが、どこか悲しそうな目をしているのを黒髪の小さな少年は見逃さなかった。…見抜いたというよりも、自分が悲しいと思ったからこそそう思えたのかもしれない。
『ふざけんなよ…君は悪いことしてないってのに、あいつら…まるで悪人みたいに吊るし上げやがって…』
ここにはいない、目の前の友達を害する者たちへの怒りをたぎらせるハジメ。
『…へへ、やっぱお前はいい奴だな』
『違うよ。僕はいい子なんかじゃない。自分の大事なものさえ大丈夫なら、後はどうなってもいいって思ってる。だから…』
君が普段通りに生きられるなら、他の奴らがどうなろうと知ったことではない。寧ろ、彼をひどい目に合わせた奴らだ。酷い目に遭ってしまった方がいいはずだ。赤髪の少年を想うがゆえに、黒髪の少年はそう思えてならない。
『それ以上はやめとけよ。お前までこの街に居辛くなっちまう。お前だけじゃねぇ。お前のご両親だってそうだ。お前は大企業の御曹司様なんだぜ?下手なことして、お前の人生棒に振っちまうことになるぜ』
赤髪の少年は、見た目からは考えられない大人の言葉で黒髪の少年を諭す。
『それは…でも…』
『第一、自分さえよければ他はどうでもいい…そんな考え、寂しいだろ。そんな考えの奴が、アニメとか漫画とか…そういったもんを好きに描いたところで、誰からも共感を得られない、独りよがりな中身の作品しか出来上がらねぇぞ?いつかお前も、ご両親みたいなクリエイターになるつもりなんだろ?だったら、なおのことだぜ』
『でも……』
赤髪の少年からそう指摘された黒髪の少年は、押し黙った。友の言葉を受け止めようとしているようだが、その表情からして納得しきっていないのが見て取れた。
『…いつ、こっちに来られるの?』
『…さぁな。そればっかりゃ俺様にもわかんねえ。1年か、10年か…それとも二度とこっちに来られなくなっちまうってのもありうる』
寧ろ今の情勢、彼とは二度と会えない可能性の方が高いらしい。黒髪の少年に絶望と悲しみを突きつける。
『そんなしけた顔すんなって。俺様も折角ここで出会えた縁を手放したいとは思っちゃいねぇよ。
世界は広いんだ。俺様もお前といつか必ず会いに行くつもりだし、お前の良いとこ悪いとこ、全部理解して受け入れてくれる奴は必ず現れる。
だからさ、今回のことがあったからって、
人間を嫌いになったりなんかすんなよ?』
「…君、南雲君。起きたか?そろそろ飯の時間だぞ」
名前を呼ばれて、ハジメは目を覚ました。
そこはホルアドにて用意された宿の一室。昨日まで、ステータス面で皆に劣っている分、知識や練成技術で差を埋めようと思って自習していたら、知らぬ間に眠っていたようである。
(…今度は、
ハジメは、さっきまで見ていた夢の内容を振り返り、胸の中にズキっと痛みを覚える。
「おい、聞こえてるのか南雲君。起きてるなら返事してくれ」
「はーい。今出ます!」
扉の向こうから聞こえるミウラの声に、ハジメは返事をする。
(帰る…か)
この世界は、地球とは勝手が違い過ぎるようにも見えて、ある意味同じような異世界なのだ。差別され淘汰される者と、そうではない者とで別れている…厳しさと非常さに溢れた、現実世界。
種族差別が横行しているという…夢の中の彼の願いとは裏腹に、地球と変わらず人間を嫌いになってしまいそうな世界。
でも、住み慣れている世界の方がずっと良い。あんな世界でも、この世界より文明が発達してて暮らしやすいというのもあるし、なにより家族という居場所があるのだから。そんなかけがえのない世界に、僕はいつ帰れるんだろう。そして…いつ、
彼ともう一度会えるのだろう…。
朝食を済ませ、皆の待つオルクス大迷宮入り口へ向かうハジメとミウラ。
「南雲君、本当に君も来るのか?」
「一応、他のみんなと同じ神の使徒って立場ですからね。戦争に参加するかどうかはまだ保留にしてもらえるとはいえ、練成師としても役に立てるところを見せないと、僕の立場 も危うくなると思うんで」
ステータスも他のクラスメイトらと違い、平均的でしかない上に天職が非戦闘型。迷宮に挑むこと事態がお門違いなはず。だが、ハジメはそれでも皆と一緒に潜る意向を示した。自分の価値を、少しでもこの国やクラスメイト達から認められることで、己の生存率をあらゆる方面から高めるために。漫画とかラノベとかで得た未来予想図だ。
ありふれた錬成師に過ぎないから、戦闘にこそ参加するが極力前には出過ぎず、メルドやミウラたちの助力を借りたうえでレベリングをするつもりだ。
「今からでも遅くないんだぜ?あいつらは俺が説得すれば…実際、畑山先生は今回同行しないわけだろ」
「先生はこの国にとって貴重な作農師だから待機を許可されてますし、ミウラさんだって、いくら僕のステータスが低いからって結果的に僕を贔屓してる様に見られたら不味いですよ。地球へ帰すまで僕らみんなを守るのが仕事な訳ですし」
実践訓練には、愛子は参加できなかった。戦争において兵糧は死活問題。加えて魔人族は土地柄上作物が育ちにくい極寒の大地なので、一個人の戦闘力は人間族以上だが兵糧面においては遅れをとっている。故に人間族が魔人族から戦争を仕掛けられることにもなっており、人間族にとって兵糧面において優位性を保てる要因たる『作農師』の愛子を失うことは絶対に避けねばならないのだ。無論、生徒思いの愛子は『子供たちが戦争に行くくらいなら』と光輝たちに代わって自分が危険に身を投じることも考えた。…が、ハジメ同様非戦闘職で戦闘面では見込みがない(それでも総合数値的に十分チートクラスのステータスだったが)、加え上述の理由もあって訓練への参加を認められなかった。故に今も、ホルアドに彼女の姿はなく、まだ王都に待機させられている。威厳や力がなくとも大人として、教師として子供たちを守らねばと使命感を強く持つ愛子としては、己の無力さをとことん呪うしかない。だから、自分以外の貴重な、それもGUTSの隊員であるミウラは非常に頼もしく、ホルアドに来る直前においても「負担をかけることになってしまいますが、どうかあの子たちをお願いします」とミウラはメルドと共に、愛子から頭を下げられた。そのこともある以上、ハジメが実践訓練に参加するのはミウラとしても好ましくない。寧ろ練成師として武具の点検と開発に集中すべきだと思う。
「…けど、練成師って戦えるのかよ」
「まぁそうなんですけど…一応戦い方は考えてます。練成を使ってトラップを仕掛けつつ、魔物を倒していこうとは思います。…正直、僕自身も不安の方が大きいですけどね。それにぶっちゃけ、行かなかったら後で天之河君たちがなんか言ってきそうですし」
(ったく、あのガキは…)
だがあの光輝のことだ。ハジメの言う通り、ハジメの不参加を表明したところで「南雲、適当なことを言って訓練をさぼるなんてことは許さないぞ。そんな風だからいつまでたってもステータスが低いままなんだ。俺だったら少しでも訓練の時間を増やして、その分だけ強くなっていこうと努力するのに恥ずかしくないのか」とか言って不参加を決め込むことは許さないだろう。言ってることの理屈自体は、確かに間違いとは言い切れない。だが彼は、檜山たちを馬鹿みたいな理論で庇ったように、大事なことを色々とはき違えている。魔法使いに不得意な剣で戦わせたところで、まともに機能するわけがないのと同じだ。正しいことを言ってるように見えて、本当のところは融通の無さによる横暴と言える。それに、さぼるなとか、訓練の時間だのと言っておきながら、偉そうなことを言っておいて彼自身はハジメに対して直接手ほどきをしてやろうという意思すら感じられない。つまり、表面的なステータスしかものを見ず、知識面や練成の応用で力不足をカバーしようという、ハジメの努力をまともに見ようとすらせず一方的にハジメを批判しているのだ。愛子の不参加は認めておいて、教会の連中と被るほどの身勝手さだ。…とはいえ光輝に、人にものを覚えさせるだけの教練は未だないだけに、光輝がハジメに手ほどきしない点において文句を言うことはできないのだが。
「…まぁなんだ。もうわかってるとは思うが、メルドさんたち騎士団と協力しつつ君のレベリングを手伝う。危なくなったら遠慮なく俺たちを頼れ。場合によっては頼みにくいが、天之河君たちにもな」
「はい…」
「そう不安がるなよ。約束する、俺は命に代えても君たちを守る。君たちが地球へ帰るまで、必ず…な」
ハジメに限らず、クラス全員に対して味方側や将来面において不安が多い。でも、それでも自分はGUTSの隊員。民間人を様々な超常現象から守るのが使命だ。それがたとえ檜山のような卑劣漢でも、光輝のような勇者気取りの横暴な優等生であっても。当然…ハジメのようなちょっと頼りなさげな少年でも。
ミウラに連れられ、ハジメは外にでてクラスメイトたちと合流した。
オルクス大迷宮は、魔石の落とす魔石や毛皮などの素材で国の生活を支えているという側面もあり、入り口側には露天や冒険者ギルドによる素材売買用の店が繁盛していた。層の浅い迷宮が稼ぎ場所としても、悪党の隠れ場所としても利用されていたり、力試しで迷宮に挑んで命を散らしてしまう等の問題もあって、それらを解消するべく設置されたものだ。
しかし迷宮に1度潜れば、外のお祭り騒ぎのような賑やかさは欠片もなく、不気味なほどの静けさと薄暗さに包まれる。
薄暗いが、迷宮の中は少しばかり明るさを維持していた。緑光石という鉱石が壁に埋め込まれており、迷宮は無数に埋まっているこの石をたどるように奥まで続いているという。
光輝たちが田舎から都会へ出てきた世間知らずのごとくそれらの露店を通り過ぎて遺跡の中と入っていく。
ふと、遺跡の入口を見上げて足を止める香織。
「香織?」
雫が真っ先に気付いてその隣に向かう。光輝も気が付いて足を止めて香織の方を振り返ると、それに釣られるようにほかのクラスメイト達も足を止める。
「どうした?どこか体調でも悪いのか?」
「…あ、うぅん、なんでもないんです。ちょっと緊張しちゃってて」
香織は、体調を尋ねてきたメルドや、自分に心配そうな眼差しを向ける仲間たちに、作り笑いを浮かべて
「香織。そんなに不安がることはないさ。メルドさんたち騎士の人達もいるし、ミウラ隊員もいる。そして俺たちが…俺もいるんだ。何があっても君を守る」
いつも通りのきざったらしい光輝の言葉に、「ありがとう…」と、とりあえずの返事をし、香織は前に進み始めた。この様子ならもう大丈夫だろうと思い、他の仲間たちもまた大迷宮の中へと進んでいった。
(まただ。なんだろう…この迷宮…心がざわざわする。あの石像を見たときみたいな感じがする)
みなと共に歩き出す中、香織はこのオルクス大迷宮に対して、ある感情が芽生えていた。そして不意に、先日イシュタルたちに見せてもらった、光の救世主とされる巨人の石像の姿が頭をよぎる。
(気のせい、だよね)
異世界の光景に対して抱いた
その様子を、露店にてアクセサリーを見繕っていたとも割れる、素顔を覆いつくすほどのローブを身に纏った女は、店の方から踵を返す。店の店長が「おい、もういいのかよ姉ちゃん!」と言って引き留めるが、女は聞く耳を持たずに、ハジメたちが入っていくオルクス大迷宮の入口へ向かう。
入口の受付にて、女は受付係員のお姉さんと見張りの兵に引き留められた。
「すみません、ステータスプレートのご提示を…」
受付に対する彼女は、フードの下からちらっと周囲の様子を観察するように見渡す。ちょうど今は、他に迷宮入りしようとする冒険者はおらず、列も空いていた。ホルアドに用がある人々も、店の方に視線が集中していてこちらを見ていない。
「おい、聞こえてないのか」
見張りの兵も同伴して、ステータスプレートの提示を要求する。それに対し、視線を受付と見張りに視線を戻す女。すると…
「気安く近づくな、下等な人間が」
「っう…」
フードの下に隠れた彼女の目から、異様に強い空気の震えが発せられる。その視線に充てられた受付のお姉さんと見張りの兵は、糸が切れた人形のようにその場に倒れ伏してしまう。女は倒れた二人に目もくれず、マントを脱ぎ棄てる。
女は首から真っ黒に染まった宝石のネックレスに、黒く上等なドレスを身に纏い、妖艶な雰囲気を纏っていた。しかしその一方である特徴を備えていた。浅黒い肌と赤い髪、そして…エルフのように先のとがった耳だ。
彼女は、この世界で人間族と対立する『魔人族』だったのだ。彼女はオルクス大迷宮の奥へと、カツカツと静かにヒールの音を鳴らしながら、不敵な笑みと共に入り込んでいった。
しばらく進んで開けた場所まで来たところで、ハジメたちは魔物とついに遭遇する。『ラットマン』と呼ばれる種だ。最初は毛玉のようなものに見えたが、近づいてその姿を確認すると、上半身ムキムキの二足歩行の人型っぽい魔物である。筋肉を見せびらかすかのようなその変態っぽい姿に、雫をはじめ、数名が気持ち悪がった。
メルドの指示のもと、光輝、龍太郎、雫の3人が前衛としてラットマンと戦った。
光輝は勇者らしく、教会から与えられた聖剣で。龍太郎は天職である拳士と本人の性格に合わせてグローブ。雫は抜刀術に合わせて刀とシャムシールの中間の反り具合の剣で戦う。実家の八重樫流剣術に合わせて刀を持ちたかったのだが、残念ながら刀そのものはないため、これで妥協している。
彼らが戦っている間に、香織と中村恵里、谷口鈴といった魔法を得意とする後衛組が援護する。ミウラも王都での訓練を通して習得した今の自分の魔法がどれほど魔物に効果を表すのかを確かめるべく、今回の戦闘では後衛組に回った。
「暗き炎渦巻いて、敵の尽く焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ!〈螺炎〉!」
結果は圧勝。光輝たちは難なくラットマンたちを全滅させた。
(魔法か…これまでGUTSが処理してきた宇宙人の超能力めいたものかとは思ったが、地球人である俺たちがこうして使えるとはな)
焼き尽くしたラットマンを見て、ミウラは改めて魔法が、もう創作物の産物として捉えられない現実のものとして受け止める。科学文明が進んだ今の地球では本来、魔法は空想の産物に過ぎないはずだっただけに、奇妙な感覚であった。とはいえ、これは不幸中の幸いと言えた。GUTSの隊員に支給されているレーザー銃『GUTSハイパー』だけでは、この子たちを守るには不安が大きすぎた。
「よくやったぞ!次はお前等にもやってもらうからな、気を緩めるなよ!それとな……今回は訓練だからいいが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」
初めての魔物討伐を褒められて頬を緩ませた生徒たちだったが、雑魚の魔物相手に倒すには魔法の威力を高めすぎたこともあって、回収すべき魔石ごと焼き尽くしてしまったことについては注意を受けた。
「はい…すみません…次はちゃんとするようにします」
(香織…)
指摘に対して香織は、力無く会釈しながら詫びた。やけに元気がないことに雫は心配そうに見つめる。
そしてハジメは、ミウラや騎士団に魔物を弱らせてもらいながら魔物と戦っていた。ある程度メルドたちが魔物を弱らせ、それをハジメが止めを刺すというものだ。
「よし、そっちに魔物が行ったぞ南雲君!弱らせておいたから、君でも倒せるはずだ!」
既に倒されてると言ってもいいくらいにボロボロの魔物と戦うというのも、なんだか檜山が自分に向けてリンチをかましてるみたいでかわいそうに思えるが、こちらは生き残るためにも力をつける必要があるため、心を鬼にしてハジメはメルドたちから弱った魔物たちをけしかけられ、それに止めを刺していく。時には仲間の援護の際に落とし穴を作って誘導するということもあった。
「〈練成〉」
冷静で地面を変形させて犬型の魔物の足をからめとり、身動きを封じたところで魔物のみぞおちに鋭い棘を無数に生やして突き刺すことで、ハジメは魔物を倒していく。仕留めきれなかったら、直接自分が身動きを封じられた魔物にナイフを突き立てることで事なきを得ている。
その戦い方に、練成師であるハジメに戦力的な理由から期待していなかったメルドたちも関心を寄せた。
「まさか練成をあのように用いるとはな。これも貴公の入れ知恵か?ミウラ殿」
「いや、これは彼の考えた、練成師としての彼なりの戦闘方法です。事前には聞いていたが、俺も実戦で見るのは初めてだ」
「ほう…」
メルドは最初、ミウラが思いついたものだと思ったが、実際はハジメオリジナルの戦闘方法だと知って驚いた。非戦闘職でステータスも微妙。しかし、そんなデメリットを埋めるだけの面白いアイデアを実践して行うという姿勢が、メルドのみならず、騎士団やミウラ隊員の関心を集めていた。このトータスにおいて練成師=鍛冶師という長年のイメージが根付いていることもあって、こうして戦闘手段に昇華する。これまで誰も見たことのない使い方に、騎士たちのハジメに対する評価は良い方向に向かっていった。
オルクス大迷宮に潜り、ついにハジメたちは20層目に差し掛かった。道中、さすがに入口際の層とは違う魔物や、混在した群れで襲ってくる魔物の群れもいたが、それらも光輝らの手によって蹴散らされていった。トラップについても、メルドたちがトラップ対策として『フェアスコープ』を用いたり、これまでの冒険者たちによる地図を基に安全なルートを辿っているため、比較的安全に彼らは迷宮を進み続けていた。曰く、魔物よりもトラップの方が即死性の高いものがある分危険が大きいのだとか。フェアスコープで見える範囲もかなり限られているため、トラップの確認が取れていない場所については絶対に出歩かないようにメルドから言明されている。それでも順調に進めているのも、ひとえにメルド達騎士団の助力があってこそなのだろう。
「………」
そんな神の使徒一行の様子を、受付嬢と見張りの兵を一方的に気絶させ不法に侵入した魔人族の女が、洞窟の壁の影から覗き見ていた。
(あれが人間族の勇者、か…)
彼女はキラキラと光る白銀の鎧を身に纏う勇者と思われる青年…光輝を見る。人間たちから担ぎ上げられている立場の者と言えば、見た目にもそれが現れることは魔人族から見ても変わらないらしく、一応光輝が優者であることを見抜く。
(見たところ、雇用されたての青二才ってところ。かなり浮かれてるのが見て取れるね。今のうちに殺しておいた方が、今のあたしの立場上都合がよさそうだ)
光輝たちが、まだ戦いの経験が浅いことも、彼らの浮足立っている様子を見て確信する。
魔人族という立場もあり、彼女は勇者である光輝とその仲間たちを、即座に抹殺することを決める。相手は未熟者だらけ、事実上の烏合の衆とも言えるが、騎士団や、神の使徒の中にただ一人だけ混ざっている大人の男性…ミウラの存在を警戒する。別に人間ごときが何人集まろうが、敵対する以上は確実に始末するだけ。それも可能な限り、自分が安全に生存できる確率を上げた上でだ。何より今の自分は……
(ならば…)
すると、彼女は右手のひらに、黒い煙のような靄を発生させ、地面に押し付ける。その靄…いや、闇は爬虫類のように地を這いながら、魔人族の女視線の先に移る神の使徒一行の傍らを通り過ぎる。それに気づくものは魔人族の女意外に誰もいない。トカゲのように這いながら進むその闇は、21層目の階段の方角の通路の天井にたどり着くと、天井の中へとその身を吸い込ませていった。
その途端であった。ぼう!と黒い闇が天井から溢れ出ると、通路の天井から数体の影がドスン!と音を立てて降り立ち、岩のような灰色の体色が変化していく。
「っ!総員戦闘態勢に入れ!ロックマウントだ!」
メルドがハジメたちに向けて大声で叫ぶと、落ちてきた岩と思われるものが、次第に大型のゴリラのような体系へと変貌した。岩に擬態し、近づいてきた獲物に襲い来る魔物『ロックマウント』である。
ふと、ハジメたちに戦闘態勢に入るように命じ、彼らがそれに従っていく傍らでメルドは違和感を覚えた。
(妙だ…ロックマウントが動き出すには、獲物が相応に距離を縮めてきてからのはずでは?)
メルドも長いこと後進の兵士たちを育てた経験を積み重ねていただけに、いつもとちょっと違うロックマウントの動きが違うことに気づいたのだ。いつもなら岩に擬態してこちらの様子を伺いつつ、不意打ちも狙う意図も含めて近づいてきたところを襲う。それがロックマウントの習性だ。だが、今回は隠れていた場所からやや離れていたのに、自ら擬態を解いて出向いてきた。
そう考えている間に、「団長!」と配下の兵士の一人が焦って呼びかけた。メルドの指示がすぐに必要だったのに、いつもと違うロックマウントの動きに気を取られて出すべき指示を怠ってしまう。結果…ロックマウントの咆哮がハジメたちを襲った。
『威圧の咆哮』。名前の通り相手に向けて叫ぶことで、獲物の動きを一時的に封じるロックマウントの固有魔法だ。ダメージはないが、全身にいきわたるほどの衝撃で体がマヒしてしまう光輝たち。
「しまっ!」
光輝たちの動きを封じたことをいいことに、ロックマウントたちは岩を投げつけてくる。それに対し、反応が遅れたせいで防御が間に合わない。しかも、その投げつけてきた岩もまた…ロックマウントだった。
岩の擬態を解いてこちらに飛び掛かる様は、さながらル〇ンダイブ。こちらに飛び掛かってくる変態露出狂のようで、女性陣の幾人かはひぃ!と悲鳴を漏らしてしまう。
「っく!」
それに対し、いち早くミウラが己のマヒを強引に気合で解き、飛び掛かってきたロックマウントに向けてGUTSハイパーの銃口を向け、引き金を引こうとした。
しかし、その前に驚くべき光景を目にした。
「来ないで!!」
魔法も詠唱せず、両手を突き出した香織。ロックマウントが香織に飛び掛かろうとしたその途端、
香織の手が白く輝いた。
そして直後、突然ロックマウントが見えない壁に激突したかのように
バキン!
と音を立てて弾き飛ばされた。
「…!?」
香織を助けようと飛び出そうとしていた光輝も、雫に龍太郎、誰もが彼女を見て足を止め、驚愕した。香織も恐る恐る顔を上げて前を見ると、自分に飛び掛かろうとしたロックマウントが、群れの方に転がり落ちた様を見て呆然としている。
香織は香織で、自分の身に何が起きたのかわからずにいた。来るなとロックマウントに念じて手をかざした途端に、白い光でできた魔法陣のようなものが現れ、それがロックマウントを突き飛ばしたようだが…。自分でも無意識のうちに魔法でも使ったのだろうか。
「か、香織!大丈夫!?」
「雫ちゃん…私…うん、大丈夫だよ」
雫が真っ先に我に返り、彼女の下へと駆け寄る。駆け寄ってくる親友の姿に、心に小さな安心感を覚える香織。雫もまた、香織に目立つほどの怪我が見受けられないことに安堵した。そんな彼女の目に、香織の指輪の菱形の文様が、一瞬だけキラっと光っていたことに気づく。
「その指輪は?昨日まで着けてなかったけど、新しい装備品?」
「あ、この指輪はね…」
雫に向けて、香織が母からプレゼントされたその指輪について説明をしている傍らで、メルドはさっき香織が発動させた光の壁に対し、違和感を覚えていた。
(あれは、〈聖絶〉か?…いや、それにしては…)
さっきのは一体何なのだろうか。不思議なものを見るように香織を見やる。
「貴様ら…よくも香織を!万翔羽ばたき、天へと至れ―――」
が、新たにある種の問題がここで発生する。香織が今の一撃でロックマウントに危うく攻撃を受けたのを見て、怒りのままに光輝が魔法の詠唱を開始、剣に魔力の輝きを集めていく。
「よ、よせ馬鹿者!」
それを見たメルドが好機に止めるように言ったが、光輝は話を聞かず、剣をロックマウントの群れへと振り下ろした。
「〈天翔閃〉!」
直後、ロックマウントたちは光輝の聖剣から放たれた魔力の斬撃によって反撃の魔も与えられず一斉に切り裂かれた。それだけならよかった。しかし、威力の高すぎる一撃は周囲の壁も破壊し、階層の奥の壁すらも粉々に打ち壊した。
「ふぅ…これでもう大丈夫だ。香織、怪我はな…へぶ!?」
一匹残らず消え去ったのを確認し、香織たちに安心のイケメンスマイルを向けようとしたのだが、直後にメルドのげんこつが炸裂する。
「この馬鹿者が!こんな狭い場所で使う技ではないだろう!崩落したらどうするつもりだ!」
「メルド団長の言う通りだ。1層目で言っただろ、今の君の一撃はオーバーキルだ」
「す、すみません…」
魔物たちが落とす魔石も欠片もなくなった21層目の階段への道を指差しながらきつく指摘する二人に、光輝はすっかり縮こまった。現に今、光輝の魔法攻撃で壁が崩れだしている。
「君はGUTSに入りたいとは言っていたが、ああやってすぐに冷静さを失い、加減を忘れるようでは、たとえ才能があっても認めるわけにはいかない。理由は、わかるな?」
「…はい」
香織のことを案じるあまり、加えてミウラに自分の有能性を、戦いを通して訴えんがためと逸るばかりに、他の仲間たちのこと…メルドから指摘を受けた、崩落の危険を完全に失念していたことを反省した。
(でも、香織があやうく魔物の餌食になるところだったんだぞ…仕方ないじゃないか…)
しかし、心の中ではその指摘にあまり納得がいかない様子であった。
「ねぇ、なんか光ってない?」
ふと、その崩れた壁の向こうから緑色に光る輝きが発せられていることに香織が気づく。するとさらに崩れた壁から、青白く光る鉱石が顔を出した。
「あれは…グランツ鉱石か。珍しいな。特筆した効能があるわけではないが、あの輝きはご婦人、ご令嬢に人気でな。イヤリングや指輪などの贈り物にすると大変喜ばれるぞ。無論、結婚指輪にされることもな」
メルドからそのように説明を受け、女性陣は熱を帯びたような目を鉱石に向ける。
「素敵…」
「お?お?もしかしてエリリン、興味津々?」
「ひゃ!す、鈴…別にそんなんじゃ…」
脳裏に何か華やかなIFの未来を描いたのか、恵理がそのように声を漏らすと、鈴が背後から飛び出てくる。
「怪しいなぁ~?何を隠してるのかなぁ~?ホレホレ、さっさと吐いちまいなよ~」
「ひう!?ちょ、どこ触ってるの!」
鈴はセクハラ親父のごとく恵理の体をまさぐり出す。鈴は体内にちっちゃいおっさんを飼っているのだ。男子勢はその様子に下半身が元気になり出して気まずくなって上がりにくくなった。女性陣からは軽蔑を向けられるが仕方ない。生物としての本能には強固な理性をもって抗わないといけないのだから。
(本当、綺麗な石…でも…)
香織はというと、グランツ鉱石を一瞥し、ハジメへチラッと目を移したものの、すぐに目を反らした。あのハジメの言葉がなければ、あの鉱石を嵌め込んだ指輪を贈られる未来を描けただろうが、その相手からそんなものを贈られるという現実が来るとは思えなくなっていた。
「だったら俺たちで回収しようぜ!」
すると、突如檜山が立ち上がりそそくさにグランツ鉱石の出ている壁をよじ登ろうとした。
「こら戻れ!トラップが出るかもしれないんだぞ」
「あーはいはい」
メルドすぐに止まるように呼び掛けるが檜山は適当に聞き流して聞こえない降りをする。
(あのキモオタと気まずくしてるのはラッキーだぜ。今あれを渡せば、白崎は俺に…)
胸中にあり得ない未来を描きながら、石の壁に手を着けよじ登ろうとしたその途端、檜山は急に背後に引っ張られ、地面に背中を打ち付けた。
「グェ!ってぇ…何しやがる!」
邪魔をされてイラッとくるあまり声を荒げる檜山だが、直後に彼の前に立っていたミウラの眼光に晒される。
「っ…」
「団長、やはりトラップです!」
騎士団の兵士の一人がフェアスコープでグランツ鉱石の壁を確認すると、トラップの反応を示す警告表示がレンズに写し出されていた。やはりトラップだったようだ。
「そうか。なんとか止められてよかった。ミウラ殿、感謝する」
「いや、気にしないでください。間に合ってよかった…」
間一髪だったこともあり、ミウラとメルドはほっとする。もし檜山が鉱石を手に取っていたらどうなっていただろう。即死性のトラップだったら犠牲が出るところであった。
そんな危険もあっただけに、周囲から檜山への非難の目が集中する。
「な、なんだよ。し、知らなかったんだぜ俺は。それにこのおっさんが止めてくれてみんな無事だったんだからよかっただろ」
「それが仲間を危険に晒した奴の言う態度か、馬鹿者!」
謝るかと思いきや見苦しい言い訳を言い出す檜山にますます非難の目が強くなる。当然この無責任な言動にメルドの怒鳴り声が響き、檜山はひ…と悲鳴を漏らす。
「檜山、素直に謝るんだ。そうすればこれ以上は責めない」
光輝からも厳しく謝罪を要求され、檜山は気まずそうに「…悪い」と謝った。まだ檜山への否定的な視線はあったが、クラスカーストトップの光輝がこれ以上責めない宣言を下したことで、それ以上檜山の失態に言及をしなくなった。だが、無責任な態度を取られたことから檜山から目を反らした。同じ小悪党組の近藤たちですらも、危ない目に合ったこともあってフォローの言葉もかけようとしなかった。一人取り残された檜山は、くそが、と密かに毒づいた。
(さっきのは…!)
そんな彼らを、魔人族の女が遠目で見てほくそ笑んだ。試しにロックマウントたちを操ってけしかけてみたが、思わぬものをその目にした。
彼女が頭に過らせたのは、自らに襲い掛かってきたロックマウントを、詠唱もなしに光の壁を作り出して弾き飛ばした香織。この魔法に満ちた世界、詠唱もなしにあのような芸当をできるものは魔物くらいだ。でも今、香織はそれをやってのけて見せた。
魔人族の女は、香織の姿を目を凝らしながら観察する。
(…あの指輪は…それに、あの女は!!)
香織の顔と、その手に付けている指輪をはっきりと見て、魔人族の女は表情を一変させた。
魔人族を嫌う人間族から見ても美しいと評されていたであろうその美しい容姿を…憎悪で酷くゆがませていた。石壁を握る力が強くなり、バキッとヒビを入れる。憎悪と殺意が、彼女の中で激しく渦を巻いた。負の感情の赴くままにその足を突き出してハジメたちの前に姿を表そうとする。
…が、彼女は決してそこからハジメたちに姿を現すことはなかった。彼女自身が、必死に己の中に渦巻く闇を、憎しみの感情を抑え込んでいたからだ。
(落ち着け、落ち着くんだよ…今、あの女を殺すわけにはいかない…!)
この日会うどころか、目にすることも初めてのはずの香織に対し、まるで親の仇のごとき深い憎しみを、それも遥か遠い昔からのもののように抱いている魔人族の女。そのうえで今すぐ殺してやりたいという衝動を抑えつけている。
(…なんとか、落ち着いてきた)
かろうじて殺意を抑え込み、冷静さを取り戻した彼女は、改めて香織の姿を物陰から拝見する。
(まさか、『あの女』を再びこの目で見ることになるなんてね。忌々しい……
…が、好機だ。
『あれ』を手に入れるためにも、あの女を捕まえておこうじゃないか)
魔人族の女は、香織を捕まえ、攫うことを画策し始めていた。
しかし魔物をけしかけようにも、さっき勇者の感情の赴くままのバカでかい魔力光線であっさりと全滅させられてしまった。どうやら未熟者ではあるが、この階層の魔物程度では相手にならないらしい。どうしたものかと考え、彼女は他に使えるものはないかと考える。
あの女は、先ほどからちらっと度々、ある一人の少年へと目を向けている。どうやら、あの少年のことが気になって仕方ないらしい。本人は隠しているつもりのようだが、視線でこっちにはバレバレだ。あの少年、戦いからしてかなり地味で、実際弱っちぃのが目に見えてるが、使えるかもしれない。
他には何かないか、改めて見渡してみると…檜山が回収しようとしたグランツ鉱石に目が留まった。
「…ふふ」
少しばかり、手を貸してやるとするか。魔人族の女は、グランツ功績の方に手を向けると、パチンと指を鳴らす。すると、グランツ鉱石はひとりでに根元からひび割れていった。