「お待ちどうさま、」
ロシア風のおでんが、絵里のカウンターに乗った。
「希?」
「何?」
「他のμ'sのメンバーの様子はどうなの?変わりないかしら。」
「そうやね・・・。そうそう、先日アイドルを引退して絵本作家をやっているかよちんが結婚するとかしないとか言っていたやね。」
希が、絵里にニヤニヤ笑いをしながら言う。ちなみに、「かよちん」とは、絵里達の2学年下の小泉花陽のことだ。
「何よ、その笑いは?」
絵里は、とたんに不機嫌になる。
(結婚か・・・。先を越されたわね・・・。)
絵里は、内心焦っていた。2年も下で、しかも、性格的に奥手な花陽が、もうすぐ花嫁になりそうだったからだ。
「相手もおらんのは、うちと真姫ちゃんとえりちだけになってしもうたな。」
「くっ。」
「・・・まあ、うちらと違って真姫ちゃんは研修医で一番忙しい時期やし、2つ年下やからしょうがないけどな。」
希は止めを刺す。
「ウォッカのおかわりをちょうだい!今度はストレートで!」
「了解しました。」
やけ酒としか言い様のない絵里の注文に、営業スマイルに戻る希。
(えりちはかわいいなあ。)
希は、絵里に見えないように微笑んだ。
絵里は、アイドル研究部顧問であるが、同時に化学の教諭でもある。
音ノ木坂学院高校も2月後半に入る。1、2年の年度末考査も終わり、来年度にむけての授業があった。
今の時期の絵里は、2年生全理系クラスの化学を受け持っていた。
「まず、今日は有機化合物の特徴の復習に入ります。」
有機化合物とは、炭素の原子を骨格とした化合物(2種類以上の元素からなる物質)のことを言う。
「それでは、有機化合物の基本的な特徴を、加藤君、すべて答えてみて。」
「はい。」
加藤と言う男子生徒が立ち上がって説明する。
男子生徒?・・・そう、今の音ノ木坂学院は共学化したため、男子生徒がいる。
現実、今絵里の授業を受けている生徒も半分近くが男子だ。
「正解よ、よくできました。座って。」
加藤と言う生徒がきちんと答えたので、絵里はほめて座らせた。
「それでは、今日は有機化合物の分類について入ります。教科書271ページを開いて。」
絵里は、教室内の机の間を歩きながら、教科書を開いたかどうか確認していく。
このように、生徒の机の様子を歩きながら確認することを机間巡視(きかんじゅんし)と言い、教員がよくやることだ。
今回の内容にあたる有機化合物の分類には、炭素原子骨格のつながり方をみる分類と、有機化合物の中でも、その物質特有の性質を示す「官能基」と呼ばれる部分をみる分類がある。
有機化学は、元素同士がどうつながっているかが重要になってくる。そういう点では、人間関係に似ていると言っても過言ではない。
「では今日はここまで。」
「起立!」
絵里が授業の終了を宣言すると、号令とともに生徒が立ち上がる。
生徒が礼をして、授業終了。
絵里は、熱意ある授業で、男女問わず生徒から人気があった。