星の大地   作:チクワ

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焼かれたダイチ

 

 もしも、自分が理想(ゆめ)であれたならと思ったことがある。

 

 『あんたなんか邪魔なのよ!!

 私の(りそう)を奪って、のうのうと!!』

 

 優れた容姿、一本道に舗装されたコネクションを持っていたら、とも。

 でもそれは願望に近くて、自分には過ぎたことだともわかっていた。

 だから努力した。

 

 『私はかわいいのに! コネだってあって、本当はあなたなんかが出ていい作品じゃないのに!!』

 

 しかし、たったひとつ。

 僕の手にあったその芸能界(せかい)へのチケットは、今の僕のように切り裂かれ、焼かれてしまったのだ。

 

 

 

 

 

 時間は経ち、病院のベッドの上。

 目を覚ました時には母親、父親が泣いて抱きついてきて、何事かと思った。

 

 意識の確認なのだろう、医師が駆けつけ、僕の名前と何があったかを聞いてくる。

 

 僕は陸川(りくがわ) ダイチ。

 東京都の小学校に通っていて、夢は役者。

 所謂芸能界を夢見ていたわけだが、決して芸能界()夢を見ていたわけではない。

 厳しいところであると言うのはわかっていたし、現実に心無い言葉をかけられたこともある。

 それでも諦めずに映画の出演を勝ち取って── 勝ち、取って......

 

 何故だろう、そこからの記憶が薄い。

 単純に覚えていないのか、それとも無意識に思い出すことを拒否しているのか。

 頭を抑えて考えていると、ふとカレンダーに目を奪われる。

 今日は六月のとある日。

 一般の人から見ればただの休日であるが、僕にとっては何より大切な()()()()()()()()

 モヤのかかっていた意識が晴れ、隣にいた母親に掴みかかって『病院にいる場合じゃない!』と叫んだ。

 しかし返ってきたのは啜り泣く声。

 

 気のせいか左腕の動きも悪く、何が起こっているのかわからないまま深刻な表情の医師が口を開いた。

 

 「ダイチくん、本当に言いづらいことだが......

 君はもう、()()()()()()()()()()()()()()。」

 

 「──えっ、いや、そんな。」

 

 急に告げられた夢を諦めろと言う言葉に驚愕し、しどろもどろになったまま味方であるはずの家族へと向き直るが、父親も母親も俯いて何も言わない。

 そんなはずはないのだ。

 僕は努力をしてきた。

 母親は一応ボイストレーナーだから俳優らしくあるための声のトレーニングをしたり、頑張って事務所に入り演技指導を受けながら自分の長所短所をノートに記して悪かった点をじっくり修正したり。

 

 そんな血の出る様な努力をしてきたのは、遠くにあっても絶えず光を放ち続けた芸能界(あの世界)があったからだ。

 どんな努力も、苦痛も、喜びも。

 全てその世界にある夢を手にしたかったからこそ。

 

 そんなはずはない。

 そんなはずは──

 

 「......鏡を見てくれ。」

 

 そう言って見かねた医者から手渡されたのは、小さな手鏡。

 そこに発言の真意が詰まっているとでも言いたいのだろう。

 上等だ。

 『動け』という指示を出してからワンテンポ遅れて動く左手でそれを掴み、ゆっくりと手鏡の蓋を開く。

 そこに写っていたのは、霞んでいた記憶を呼び起こすのに十分過ぎる自身の惨状。

 

 「何なの、これ......」

 

 顔の左側、涙袋の下から左肩、上腕にかけて現れた醜い火傷の跡。

 肩には痛々しい刺突の跡を隠す様に、包帯が巻かれている。

 

 「......左半身の火傷、そして神経損傷。

 その状態で気絶していた君をお母さんが見つけた頃には、すでに数時間が経っていた。

 その火傷はずっと残るだろう。」

 

 きっとこの医師は最善を尽くしたはずだ。

 しかしそれでも、火傷跡というのは残り続ける。

 俳優、役者というのは演技だけでなく顔も必要な職業であり、顔面にこの様な火傷を負った僕は、誰にも見向きされないだろう。

 

 何か僕が悪いことをしたのか?

 

 『あんたなんか邪魔なのよ!!

 私の(りそう)を奪って、のうのうと!!』

 

 僕をこんなにした彼女から夢を奪ったからか?

 

 『私はかわいいのに! コネだってあって、本当はあなたなんかが出ていい作品じゃないのに!!』

 

 かわいいのは知っている。

 だが、血の滲むような努力の末に手に入れた権利をどうこう言われる筋合いは無い。

 ......何を言ったって、僕が夢のチケットを手に入れる事はもう無いのだ。

 涙が溢れてくる。

 悔しさと情けなさと、その他諸々の感情を乗せた涙が頬を伝ってベッドの白を灰色へと変えていく。

 

 花火で焼かれた顔と共に、僕の夢は初夏へと消えて行ったのだ。

 

 

 

 

 ──さて、時は流れて一年。

 僕も晴れて小学四年生と相成ったわけだが、今も顔には火傷という名の十字架がくっついているわけで。

 僕を含めた子供は残酷に、その十字架に石を投げる。

 

 もうキモいとか気色悪いとか言われても何も感じないし、怒ることもない。

 それどころかそれをネタにして『キモいのがうつるぞー』とふざけてしまわなければ、どこかで心が壊れるだろう事は火を見るよりも明らかだ。

 そんな僕も本日で十度目の誕生日。

 何が欲しい、ということもないが、それでも何かを願おうという気持ちは人並みに有る。

 家に帰ってランドセルを自室に放り投げると、お母さんが『お疲れ様』とインスタントの甘酒を出してくれた。

 

 「学校、大丈夫だった?」

 

 「......うん、いつも通り。」

 

 暖かさが心に染みる。

 お母さんは僕の努力を一番近くで見てきたこともあり、同じくらい悲しんでくれた人の一人でもあった。

 そんな彼女を心配させないために学校でのことはたいして話さず、話したとしても『いつも通り楽しかった』という程度に留めている。

 もう悲しませたくない、という()()()()()()()()だ。

 

 「あまり無理はするな?

 ......父さんも、お前のやりたいことはサポートするさ。」

 

 「ありがと。

 ごめんね、迷惑ばっかりで。」

 

 「まだ子供なんだから迷惑上等よ。

 なんかあったら遠慮なく頼れ、な!」

 

 お父さんもずいぶん老けた。

 たった一年だというのに、人というのはこれほどまで極端に変わってしまう。

 最近は趣味のジムにもキャンプにも行けていないみたいで、目に見えて気落ちしているのはすぐにわかった。

 今度、また筋トレにつき合わせてもらおうか。

 

 そんな感じで静かな団欒を過ごしていれば、唐突に母親のスマホからけたたましいアラームが鳴り響く。

 流石に毎朝となればこれにも慣れが来るが、それでも心臓に悪い。

 話を戻して、このアラームはこれから向かうところへ行く時間を知らせるもの。

 

 皆カバンなり何なりを持ち、僕は着替えたパーカーの帽子を深く被って火傷を隠し、車に乗る。

 今年の誕生日プレゼントを受け取るために。

 

 

 

 

 

 「......なぁ、本当にここで良かったのか?

 もっとこう、有名どころのやつとかでも......」

 

 「いいの!

 有名なところだと高いし取れないでしょ、それに歌う人たちの熱量は変わらないんだからいいの。」

 

 『こんなところじゃなくても』と言うお父さんを一喝し、最前列でステージ上に視線を向ける。

 一年前に夢を失った僕ではあるが、これでもいろんなことをやってきた。

 

 ひとつだけしかなかった目標を失ったのなら、いい機会だと思って色々なことに挑戦し、色々なことを知るべき、とはお父さんの言葉。

 そう言うわけで色々なこと......

 例えば筋トレやら、知り合いにチェロの弾き方を教えてもらって半年みっちり練習やら、あとはキッザニアでの職業体験とか。

 そんなわけで、今回訪れたのはアイドルのデビューライブ。

 事務所の名前は聞いたことがないし、そろそろ始まると言うのに観客数は思っていたよりも少ないと言う予想外があるが、それはそれ。

 僕が見にきたのは偶像(アイドル)になった人たちがどんな()を出すのかという興味から。

 ......少なからず、アイドルと役者は似た所がある。

 自分に限りなく近くて遠い虚像を演じる、という所が。

 

 「この子達...... B()()()

 なんていうか、赤坂小町を思い出すわね。

 ......あら、センターの子かわいい、ほらダイチ。」

 

 「......わかんない。」

 

 母親が開いたパンフレットのメンバー紹介を見せるが、美人美人じゃないの話をされたところでわからん。

 この顔になった時点で美醜感覚はどこかに飛んでいってしまったし、別に顔を見にきたわけじゃないし。

 ......ニヤついてこちらを見る母親の頬を軽くつねる。

 別に恥ずかしがってるわけではない。

 

 と、そんなことをしていたらステージが暗くなる。

 開始時刻なのだろう、ゾロゾロと四人のメンバーが現れ、各々自己紹介をして行く。

 ......まるで映画のオーディションの様だ。

 ハキハキと自分はこうだと簡潔に伝え、次々にこちらの頭へ情報を詰め込んでくる。

 まずったな、と若干後悔した。

 母親が貰ってきたパンフレットをちゃんと読んでおけば、こういう場での彼女らの名前もすぐにわかっただろうに。

 しかしどうやら次はセンターの子のようで、そういえばさっきお母さんが言っていた。

 名前は──

 

 「B小町のアイです!」

 

 アイ。

 苗字とか無いのか...... なんて思っていれば、すぐに曲が始まる。

 ゆっくり考える時間もないなとため息を吐こうとしたが──

 

 その息はすぐに喉の奥へと引っ込んだ。

 耳の奥から震わせる音、心を撫でるように吹き抜けて行く歌。

 役者と似たようなものと評したが、すぐに訂正しよう。

 役者はひとつのカメラへ意志を向ける。

 それは良くも悪くも、自分たちの演技を届ける先がテレビやスクリーンの前にいる個人だからだ。

 

 しかしアイドルはどうだろうか?

 ステージの上で踊り歌い、偽りでも真実でも不特定多数へその愛を送る。

 一度編集を通したものではなく、目の前に生きた人間として現れる彼女たちは、目の前にいる人たち全てに意志を向けているのだ。

 

 「「「おぉ〜......」」」

 

 家族3人感嘆の息を漏らす。

 洗練された歌と踊り。

 人間である以上得意不得意があるのは当然で、一人の不得意を他の得意がカバーする姿はグループの理想。

 しかし、一際目を引く人間が一人。

 

 まるで一番星のように煌めいた笑顔を向けていた。

 

 「......アイ、すご......」

 

 

 デビューライブが終わり、想像以上にウキウキなテンションで会場を出る。

 

 「アイドルってすげえな、お前のところにも来たりするのか?」

 

 「たまーに、くらいだけれど......

 あの子達中学生でしょ? すごいわねぇ、うちに仕事が来たりしないかしら。」

 

 「凄かった......」

 

 衝撃の時間だった。

 ライブはもう終わっているというのに、心はまだ上の空。

 熱と刺激の奔流に呑まれ、ポケットから手鏡が落ちたことにすら気づかないまま外へ出る。

 感じることの多過ぎる1日だった。

 

 

 

 

 「あれ、あの鏡......」

 

 「どしたのアイー?」

 

 「......ちょっとごめんね!」

 

 

 

 

 「──よし、じゃあ飯食って帰るか!」

 

 「サイゼリヤがいーなー。」

 

 「本日の主役がそう願うんなら!」

 

 すっかり夜。

 車に乗ってご飯でも食べに行こうかという会話の最中、熱が抜けたことである事実に気がついた。

 手鏡が、無い。

 

 身体中どこを探しても見つからない。

 あれは世話になった医師からもらった大切なもので、大事に使ってきたお守りみたいなもの。

 肌身離さず持っていたというのに......

 

 「ごめんなさーい!」

 

 親にも言うに言い出せず困っていた時、遠くから帽子を被った女性が走ってくる。

 その視線の先にいたのは僕で、何事かと思いもう一度フードを深く被り直した。

 その女性はこちらに追いつくなり僕と視線を合わせ、ポケットからピンク色の手鏡を取り出す。

 無くしたと思っていたものだ。

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 「良かったー、大切なものなんでしょ?

 子供のお客は一人しかいなかったからすぐにわかったんだ!」

 

 助かった...... が、疑問が生まれる。

 例えばあの場にいた観客だったとして、他の人間なんて注意して見ているものだろうか?

 ともなればスタッフさん?

 ゆっくり考え事をしていれば痺れを切らしたか、女性がフードと顔の間に手を突っ込んで被り物を剥がした。

 あまりに急な出来事に対応できず、暗くなり始めた道の上で顔を晒してしまう。

 

 「恥ずかしがり屋めー...... あ、なんかごめん。」

 

 「......いえ、大丈夫です。」

 

 誰だかわからないが、また嫌われるだろうか。

 これは十字架だ、十字架を持ってしまったのなら、それはゴルゴダの丘という()まで共に歩かなければならない。

 すぐに鏡をしまってフードを被り直そうとすれば、それを防がれて笑顔が視界を埋める。

 

 「私は嫌いじゃないよ?」

 

 「嘘。」

 

 「んー...... 嘘もつくけど、これは本当。

 ほんとのほんとに、私は君の顔、嫌いじゃないんだけどな〜?」

 

 「へ......?  ワッ!!??

 

 そう言いながら帽子と眼鏡をおもむろに外した彼女の顔を僕は知っている。

 さっきまでステージの上で歌ってた、アイ本人。

 

 奇声を上げながら金縛りにあったように動けないこちらへ背を向けた彼女に、バクバクの心臓で絞り出した声を伝える。

 

 「あ、あのっ!」

 

 「うん?」

 

   

 「──ファン、です......」

 

 アイはその言葉を受けて笑い、被りなおしていた帽子をまた脱いでこちらの頭に被せた。

 

 「君、なんて言うの?」

 

 「えあ...... ダイチ......」

 

 「じゃあファン一号のダイチくんにサービス!

 ......これからもアイのこと、よろしくね?」

 

 もうすでに頭はパンクしている。

 『???』と頭に浮かべながらご飯を食べたことは覚えているが、どうにもまとまらないまま布団に入ったことは覚えている。

 

 

 

 

 「ダイチー?」

 

 「......」

 

 「ダイさーん?」

 

 「......」

 

 「ふむ...... ちくわ好きなおっさん?」

 

 「誰がおっさんだ!!

 すり身にするよ?!」

 

 「おお起きてた。

 家着いたぞ。」

 

 「......ありがと。

 先に寝るね。」

 

 

 

 「いや、アイドル様様だな。

 久しぶりに見たんじゃないか? あいつが嬉しそうなとこ。」

 

 「そうね。

 このままダイチも前に進めればいいのだけれど。」

 

 「えーっ!?

 

 唐突な叫び声に何事かと思い、二人が部屋に突入すればそこでは鏡を両手で持って狼狽える者。

 何だ何だと覗いてみれば、手鏡の蓋に油性ペンで『アイ』とサインが。

 

 「どうしよ、嬉しい!」

 

 

 

 

 

 

 「......どうした、アイ。

 やけに上機嫌だな。」

 

 「別になんでもないよー、()()社長。」

 

 「惜しいな、斎藤だ。」

 

 

 

 これはあることが起きる四年前のこと。

 僕とアイの間に出来た繋がりの始まりだった。

 

 

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