星の大地   作:チクワ

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ハナビ

 

 初夏の晴天、気持ちいい風の中で河川敷近くを走る。

 期末テストもあの後無事に終わり、こうして三年生となってもやっぱりこの、走り抜ける爽快さと身体で風を切っていく感覚というのは変わらず魅力的だ。

 

 通りすがる老人たちに挨拶をしながら走っていれば、その流れを切るように信号が赤色の光を示す。

 ......正直、僕はこうやって流れを切られるのが得意な訳ではない。

 一度生まれた流れのまま、その行動をやり切りたい。

 そういう考えと感性は細かくカットを変えるドラマにおいて致命的ではあるが、これでも子役だった男。

 目の前の事だけではなく周りにある自分を取り囲む状況に意識を傾け、忙しなく動くそれらに自分を投影して『あくまでも流れは止まっていない』と自分自身に信じ込ませる事で、気持ちが切れないよう持続させていたわけだ。

 

 今回も自分自身から意識を外し、周りの音や光景に視覚、聴覚を委ねて感じた。

 止まらない流れ、いわゆる世界というやつを。

 

 絶えず聞こえてくる車の駆動音、足元をすり抜けて草むらへ入っていく猫。

 ゴミ捨て場にある生ゴミを狙うカラス。

 

 そして、高架下で花火とライターを持つ綺麗な女。

 ......信号が青になると同時に走り出す。

 ここにある流れに身を任せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 私にとって花火とは、輝かしい過去の記憶。

 家族と共に楽しみ笑って弾けさせた、嘘偽りのない笑顔の記憶。

 それが恐るべき炎になったのは随分前のこと。

 ある日の夏、友達が花火でふざけて手の甲に火傷を負った。

 見れば思わず『うわ』と言いたくなるような傷。

 その時に生まれたのだ、私の中に存在する『花火というものへの尊敬と畏怖』が。

 導火線に火を付ければ二つに一つ。

 美しく心を癒し、皆をにこやかにさせる光の華になるか、その熱で人の肌を焼き、一生消えないマイナスポイントを刻み込む呪いか。

 

 歳を重ねるごとに変わっていったのは、だんだんと薄まっていく尊敬と反比例する畏怖。

 顔が焼けたらどうなっちゃうの?

 火傷の傷は絶対に消えない。

 

 いつしか家族で恒例となっていた花火にも出る事はなくなり、この手で弾ける光の華を持つ事はもうないだろうと思っていた。

 ──はずなのに。

 

 『ユキ、お父さんとお母さん、もう会えないの。』

 

 お父さんが死んで、お母さんはおかしくなっちゃった。

 最初は子役の仕事にも全面的に協力してくれてたのに、少ししたら見てくれるのは私が貰ってくるギャラだけ。

 きっと、あの目には中島ユキじゃなくて金を持ってくるいい子が写ってたんだ。

 私はそれが嫌で嫌でたまらなかった。

 

 中島ユキがこの世界に入ったルーツは親が演技を褒めてくれたからで、お母さんの行動はそのルーツを否定するもの。

 嫌だけどお母さんは好きで、好きで嫌で、頭が痛くて痛くて痛くて──

 

 

 

 気づけば、火のついた手持ち花火をお母さんの脇腹に向けていた。

 バチバチバチ。

 火薬の弾ける音に母親の叫び声はかき消される。

 

 『苦しい時はこう叫ぶんだね。』

 

 これは抗議。

 これは愛。

 

 中島ユキ(わたし)は金を持ってくるパンダではないという事を覚えさせる為、私を愛してくれていた事を思い出させる為の必要な痛み。

 狂ってる。

 そう言われても構わない。

 

 だって、芸能界(じごく)は狂わなきゃ生きていけない。

 演技に狂ってなきゃ生き残れない。

 

 花火が消える頃にお母さんの腹にできていたのは服従のシルシ。

 バシャっとホースから流した水を掛け、ひとつだけ母親に提案する。

 

 『──私を見てくれる?』

 

 

 

 

 

 そこからは早かった。

 天才子役だなんだと持ち上げられ、幅広い仕事がひっきりなし。

 悪い気はしなかった。

 もとより承認欲求は人よりある方、褒め称えられるのも陰口を叩かれるのも私という子役が日本に広まっている証。

 しかしここで止まるというほどの馬鹿じゃない。

 

 目指したのは女優。

 だからこそよく会う監督にもプロデューサーにも媚を売る。

 ある程度のコネも出来て、私にとってこれからの道は盤石だった、筈なのに。

 

 『よろしくお願いしますー。』

 

 あの男が来た。

 出会った当時は正直なところ、見下していた、

 私は主役級、彼は一瞬しか現れない脇役、演技も大した事なかろうと。

 

 しかしその予想は派手に裏切られる。

 一言二言しかないセリフの中から演じる人間のキャラクター性を見切り、かつそこにオリジナリティを加える事でそのキャラをさらなる高みへと連れていく。

 私には到底真似できない()()()()()()

 

 冷や汗が抑えきれなかった。

 あの男は── 陸川ダイチは、私の道に落ちてきた落石のようなものだ。

 不意に現れて道を塞ぐ。

 邪魔で邪魔で仕方がない存在、そのはずなのに、いつの間にか目を奪われてしまう。

 

 同級生だと知ったのは少し後のこと。

 友達が言うには『行き過ぎてないイケメン』らしく、確かに美男子ではある。

 しかし、私が彼に向ける感情は恋というにはあまりにもベタついたもの。

 『自分の椅子を奪われる』という恐怖がその恋に近しい執着を汚く染めた。

 

 それから言葉を交わす事はなくとも、オーディションで幾度となく顔を合わせては演技をぶつけ合う。

 経験()天才()、どちらが生きるかくたばるか。

 その時間の中、私は切磋琢磨という言葉の真髄を知ったのだ。

 原石をぶつけ合って中の宝石を手に入れる様に、ずっとこの時間が続けばいいのにと。

 改めて演技の楽しさを知ったのに。

 

 

 オーディションに落ちたと知って、私はまた花火を握った。

 結局は楽しさなど勝者の語る感覚でしかない。

 敗者は心に深い傷を負って、勝利の美酒に酔う者を強く妬む。

 それはこれまで勝ち続けてきた者でも同じ事。

 

 

 陸川は私を超えていくだろう。

 それは嫌だ、許せない、ずっと私とぶつかり合っていてほしい。

 だから消えない欠点を一つねじ込んでやる。

 あの演技狂いが、どれだけ頑張っても私の位までしか立てない様なそんな傷を。

 

 そうすれば永遠に、私は彼を見ていられる。

 彼も私を見てくれる。

 

 『──あぁ。』

 

 火薬の匂いがする。

 

 『ふふふ。』

 

 目に黒い星が宿る。

 苦しそうで辛そうで、その朦朧とした目でこちらを見て。

 きっと届かないだろうけど、耳元で囁くから。

 

 『私とずっと演技しよう。

 私をずっと目の敵にして。

 ずっと、どんなに活躍したとしても、その火傷は私が陸川くんに付けた枷だから。』

 

 私は人の心がそこまでわからない。

 だから台本を読んで、自分自身を前に出して演技する。

 もう少し人の心がわかっていれば──

 

 『ユキ、この前の映画、出れるって。

 あの男の子、()()()()()()らしいから。』

 

 『......は?』

 

 彼に失望することもなかったのに。

 

 苛立ちが募る。

 ムカつく。

 ムカつく、ムカつく!!

 

 期待してたのに! ずっと私と演技ができる人だと思ってたのに、あの程度で諦める人間じゃないって思ってたのに!

 勝手だとかクズだとか、呟いた裏アカに言ってくる人はいっぱいいた!

 でもしょうがないじゃん、こうやって傷をつけたお母さんはすぐに立ち直ったのに、彼が立ち直れない軟弱だなんて思わなかった!

 

 不幸せになっちゃえばいい!

 誰も知らないところで、栄光から離れたところで、ただ普通に生きてればいい。

 私は上に行く、諦めた貴方はその私を見て悔しそうに──

 

 『顔に問題ならお互い様!

 僕も超楽しいよ。』

 

 何で?

 何で演技が出来ないのに、子役を辞めたのに笑ってるの?

 ......もっと辛そうにしろよ。

 苦しめ。

 苦しめ!

 

 楽しく演技できてた私から逃げたくせに!

 

 『──田仲くん?』

 

 『?』

 

 

 

 

 『......そっスか。』

 

 『そうなの、陸川くんってそういう人だから、田仲くんも関わるの辞めておいた方がいいよ?』

 

 『忠告謝意(アザ)ッス。

 でもオレ、そんな()()()()気にしないんで。』

 

 

 小さいこと。

 この男たちは本当に──嫌な気分にさせるのが上手い。

 

 

 『ここの高架下で話したいことがあるの。』

 

 既読されたメッセージを見ながら、遠くの方より近づいてくる足音に心臓が高鳴る。

 花火に火をつけ、柱の影から飛び出すと同時にその体を焼こうとすれば──

 

 「......やっぱり。」

 

 そこにいたのは田仲シノではない。

 手慣れた様子でこちらの手首を掴み、火のついた花火を奪って遠くに投げ捨てた男。

 その男は失望の視線をこちらに送ってくる。

 

 陸川ダイチがそこにいた。

 

 

 掴んでくる手を振り解こうとしても、昔とは違い振り解くことすらできやしない。

 

 「シノから聞いたんだ。

 もう彼は来ない。」

 

 「何っ......なのよ!

 全部貴方が悪いのに!」

 

 苛立つ。

 その視線が、その表情が、私の神経を逆撫でする。

 これがドラマの撮影か何かであれば絶賛される様な感情の乗り方だが、これは現実。

 誰に見せるわけでもなく、ただ心の起伏だけが高架下に響いた。

 

 「信じてた。

 僕以外にこんな事はしないって。

 ......根拠のない信頼ではあったけど、信じてた。」

 

 「はっ、とんだ買い被り。

 ......そもそも貴方が火傷なんかで辞めなければ、こんなこともしなくて良かった。

 最初に期待を裏切ったのは貴方でしょう。」

 

 「勝手だね。」

 

 「お互い様!」

 

 そのすました顔をやめろ。

 私の方が上のはずなのに、さらにその上から醜いものを見る様にこちらへ意識を向けるのをやめろ。

 

 「──文句があるなら役者になって、貴方のお得意な演技でねじ伏せてみればいい。

 出来るなら── っ?!」

 

 「『君は、ずっとそうなんだな。』」

 

 首を掴まれて目と鼻の先、黒い星が輝いた。

 そうだ、その顔だ、その視線だ。

 私は陸川ダイチが立ち直り、その表情で私と演技する時を待ち望んでいたんだ。

 

 「ええ、ずっとそう!

 あなたがその火傷のことを誰かに話してたら、今私がこんなに退屈することもなかったのに!

 優しさだと思ってるわけ? 傲慢でしかないの!」

 

 「優しさじゃないよ。」

 

 「え」

 

 「妬ましく君を見てやろうと思った。

 君が残したこの傷は、同時に生きてさえいれば君の心を削るだろ。

 それと── 僕は、演技で君を殺す事をまだ諦められてないのかも、しれないね......」

 

 首を掴んでいた指から力が抜け、ヘロヘロとその場にへたり込む。

 『もう辞めた方がいい』とだけ言って背中を向けた彼に対し、心からの悲鳴を叫ぶ。

 河川敷のあの時と違って今回はきっと届くから。

 

 

 

 「......っ、()()()()()()!!

 それなら戻ってきてよ!

 陸川ダイチがいない芸能界(この世界)は、私にとっては誰にも見られていないのと同じ!

 退屈で退屈で、だから! 私を殺したって構わないから!」

 

 

 「戻って、来てよ......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 何とも言えない感情のままランニングを終え、今日は軽い筋トレでもしようかなと家の前に着くと、まず最初に目に入ってきたのは見覚えのない黒い車。

 誰か親戚でもきたのかなーとドアを開けてみれば、ちょうどそこには帰る準備をしていたのであろうスーツ姿の男と、お腹の大きい女性。

 

 よく見てみれば男の方は見覚えがある。

 確か...... やばい。

 アイの所属、苺プロダクションの社長。

 

 男はこちらに気づくと同時に肩を掴み、低く唸る様な声で聞いてくる。

 

 「──お前が陸川ダイチか?」

 

 「()()()()()です......」

 

 「じゃあ違うな。」

 

 

 

 

 「あ、お父さん、ダイチ帰ってきた!」

 

 「やっぱ陸川ダイチじゃねえか!?」

 

 しまった。

 どうしよう、アイと繋がっている事がバレたのなら殺されるかな。

 殺されるだろうなぁ、今アイ大人気だし。

 ......しかし、横のお腹が大きい女性は誰だろう。

 マネージャーさんとかだろうか。

 

 と、件のその人が帽子を脱いだ時、遥かに大きい衝撃が襲う。

 

 「──アイ?!」

 

 「ごっめーん、色々バレちゃった!

 ......あと、このお腹のこともね?」

 

 「太ったの?」

 

 「ばか!」

 

 そう言って殴られたが、あとは何がある?

 僕に向けてお腹の話をするっていう事は少なからず関係があって、ここ最近のことで言うと...... 保健体育の勉強──

 

 『──私、教えられるよ?』

 

 あ。

 サーっと顔から熱が引く。

 もしかして、いや、まだわからない。

 震える指でそのお腹を指しながら、恐る恐る彼女へ聞いてみれば返ってきたのは元気な返事。

 

 

 

 「──もしかして、()()()()?」

 

 「そう!」

 

 

 そこから僕はどうしたのか。

 わからない。

 わからないけど、気づいた時には黒い車に乗って宮崎の県北へと向かっていた。

 

 「グミ食べるー?」

 

 「それどころじゃない...... えぇ? いや、あぁ......

 その......ごめんなさい......?」

 

 「謝んのは後にしろ、今はとりあえずものすごい便秘の可能性に賭けるぞ。」

 

 「ぜっったいにありえん......」

 

 

 














 中島ユキはやべーやつです
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