星の大地   作:チクワ

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ハハとコとチチオヤと

 

 ここは県北のとある産婦人科。

 昼休憩が終わって最初の患者なんで気合を入れてこう、そう思い診察室に居る妊婦さんと対面する。

 

 「ほいお待たせしましたっと...... 星野さんは初めてですね。」

 

 「はい。」

 

 カルテによれば16歳と若く、腹の大きさも目測だけで言えば20週程度。

 隣には落ち着きなく女性を心配するスポーツウェア姿の青年、それと少し年の行った男性。

 きょうだいと父親か、おそらくここまで言い出せずにこのタイミングでの初診......と言ったところだろう。

 しかしこれはあくまで推理、事実関係はちゃんと確認しなくては。

 サングラスを室内でも外さない推定父親へ、軽く聞いてみる。

 

 「貴方は親御さんですか?

 そちらの方は......」

 

 「あー、えっと......ち──」

 

 ドス、と先に答えようとした青年に肘打ちが入り、悶えると同時に帽子が外れた顔を見て、思わず目を見開いた。

 医学書で見たことのある火傷跡よりかなりひどい跡が、痛々しく残っていたのだ。

 しかし推定父親は気にする様子もなく、自分と妊婦さんの関係を話し始める。

 荒事はやめてほしいが。

 

 「戸籍上はそうです。

 施設育ちなもので、半ば身元引受人の様なものですが......」

 

 「なるほど。」

 

 げほげほとむせる青年に対し、彼女は心配そうに背中をさする。

 こりゃあ相当痛そうだ、鳩尾に入ったのだろう。

 

 ......しかし、齢16で施設育ち。

 否が応でも、今朝活動休止を発表したあの子に── と、妊婦の彼女が帽子を外す。

 

 

 「ダイチ立てる?

 もーやり過ぎ。」

 

 「いや、いいの。

 変なこと口走りそうになったし......」

 

 無。

 心の保全と医師としてのプライドを持って、無我(バカ)の境地に達する。

 

 「先生、ものすごい便秘という可能性は......」

 

 「だとしたら死んでますね......

 とりあえず検査してみましょう、少々お待ちください。」

 

 適当に検査の理由をつけ、診察室を出る。

 さて、ここで深呼吸。

 ふかーく深く息を吸い込み、そのうちの6割を吐き出して──

 ブワッと冷や汗が吹き出した。

 

 待て待てちょいちょいちょい!?!

 ──えっ、本物!?

 

 

 まて、待つんだ(ゴロー)

 もしかしたらアイのそっくりさんの可能性がある、診察室の窓を覗き込んで...... いや〜〜っ、リアルアイちょ〜〜〜かわい〜っ!

 

 じゃねぇだろバカが!!

 

 頭を思い切り、土下座の形で床に叩きつけて考えてみろゴロー!

 推しのアイドルが妊娠してんだぞ!!

 ショック過ぎてゲボ吐かないだけまだセーフだ、冷静に、冷静に......

 と呼吸を落ち着けようとすれば、診察室の中から声が聞こえてくる。

 盗み聞きがいいことなわけがない、しかしファンがこの会話を聞き逃せようものか!

 

 「アイ、それとお前。

 本当にどうしてこうなったんだ......」

 

 ほんっとうにそれだよ!!

 

 「社長さんのいう通りだよ。

 その、お腹の中に居る子が()()()()だとして。

 それを僕にも相談してくれれば......」

 

 ちょっっっと待って?

 僕との子?

 ......きょうだいじゃないの?!?

 

 だとしたらその、アイの男グセ...... いや、文句を言いたいわけじゃないけど!!

 もっと、その、あるでしょ!?!

 

 「だって社長に言ったら問い詰めるし、ダイチに言ったらどうにか思い直してもらおうとするでしょ?

 だから内緒!」

 

 内緒かぁ! なら仕方ないけどー!!

 

 「「『内緒!』じゃない!」」

 

 

 

 

 

 

 というわけで検査を終え、出来うる限りの冷静さを持って彼女たちと相対する。

 エコーの結果見えたのは二人の子供。

 確かに彼女の中で生きている命だ。

 

 「検査結果としては、20週の双子ですね。」

 

 

 「「「双子......」」」

 

 多種多様なものだ。

 呆れ気味にオウム返しをする大人もいれば、二人顔を突き合わせて生命の神秘を感じてる青年と妊婦もいる。

 こういう認識の差異は幾度となく見てきた。

 無論この後にある口論も。

 

 「アイ、本気で産む気なのか?

 16で妊娠、出産なんて知られたらお前もウチの事務所も終わりだぞ!?

 陸川も何か言え、お前にも責任がある!」

 

 「僕は......」

 

 そう前置いて彼が何かを言おうとした時、アイはその人差し指で口を塞ぐ。

 それはまるで『私のこの先言う事が、君の気持ちでもある』という様に。

 しかしそこには多少なりの不安があったのだろう。

 視線がこちらに戻ってくる。

 

 

 「......先生はどう思う?」

 

 「......最終的な──」

 

 

 

 最終的な決定権は君にある、よく考えて決めるんだ。

 それが医者としての意見だ。

 

 「医者としては、ね。」

 

 そこにゴローという人間の感情は含まれていない。

 俺はたとえアイに好きな男がいたとしても、それが決して善人とは言えそうにない顔の男だったとしても、君を応援し続ける。

 でも俺以外はどうだろう?

 そうあれる人間の方が少ないはずだ。

 

 いつもの様に金を入れて自販機からコーヒーを買おうとすれば、先んじて金を入れ購入し、それを手渡してくる青年が一人。

 優しそうに微笑んで『どうぞ』と差し出されたそれのプルタブをつまみ、苦味を口の中へと流し込む。

 

 「申し訳ないです、無駄に心をかき乱して。」

 

 「何故?

 俺は医者として当然のことをしただけだよ。」

 

 「え?

 ......だって、診察室から出て少し経ったくらいに()()()()()()()じゃないですか。」

 

 あら、バレてる。

 でも特別焦るとか、そういうのは無い。

 

 「入ってない入ってない、コーヒー溢れてますって。」

 

 失敬。

 

 しかし診察室の前で土下座しただけなら気の迷いかもしれない。

 それがあの3人に関係することかどうかは定かじゃ無いはずで、どうしてそれを関連づけた?

 ......いや、野暮か。

 どこかから読み取ったのだろう。

 

 「君は、星野さんとそういう事をして、こうなるとは思わなかったのか?」

 

 「......わからなかった、という方が正しいのかも。

 手を引かれてその行為をして、『そういうものなんだ』と思っただけで。

 妊娠してたのを知らされたのは今朝だったし、あの行為で出来るなんて知らなかったし。」

 

 とんだ無知。

 彼は何も知らずにここまできたに等しいと言うのだ。

 やる事はやったが、それに付随し生まれるものを知らなかったと。

 知らないという罪とはよく言ったもの。

 

 「でも多分、アイはあの子達を産むって言うんだろうなって。」

 

 「人の心がわかる?」

 

 「いいえ。

 なんて言うか......」

 

 彼は帽子を脱ぎ、多くの患者や診察待ちの客がいる中でその火傷跡を晒す。

 

 「あ、この火傷を日常で気にする事は少ないですよ。

 これでも4年の付き合いだし、何より......彼女に嫌いじゃないって言われたから。」

 

 しかし、そこへ向けられる視線── 俺のものも合わせたそれに見向きすることもなく、持ったその帽子に視線を落として笑う。

 

 「そう言われた日、この帽子をもらったデビューライブの日から四年間応援してきて...... ほんの少しだけ彼女の嘘を知れた。

 だからこれだけは分かる。

 彼女は──」

 

 

 

 

 「「子供は産む、アイドルは続ける。」」

 

 「つまりそれは──」

 

 「そ、公表しない!」

 

 

 

 「アイドルは偶像で、嘘をつく事で自分に魔法をかける。

 どんなに辛くても嘘を重ねて、笑って歌って踊り抜くお仕事。

 嘘は愛だ。

 ......でも彼女も人だから、みんなとおんなじ様に幸せでいたいはずなんだ。

 そのためなら僕も嘘をつく。

 僕の知る彼女は──」

 

 

 

 「母としての幸せと、アイドルとしての幸せ。

 普通は片方かも知れないけど── どっちも欲しい。」

 

 

 

 

 「「星野アイは欲張りなんだ。」」

 

 

 

 

 アイというアイドルは思っていたよりずっと図太く、ダイチというスカーフェイスの青年は思っていたよりもずっと彼女を想っている。

 そして、2人ともずるくて強い。

 

 まるで一番星の様な眩しさと、宇宙(そら)を支える大地の様な優しさ。

 

 「和解した。」

 

 医者とファンの意見が一致し、2人に伝える。 

 言葉に重みのある嘘を乗せる彼と、愛という嘘を乗せる彼女に。

 アイの幸せがそうだっていうなら従うさ。

 だってアイはどうしようもないほどアイドルで。

 

 「僕が産ませる。

 安全に元気な子供を。」

 

 僕はどうしようもないほど、アイの奴隷(ファン)だ。

 

 

 

 

 俺が医者になったのは、この時のためだったのかも知れない。

 

 「君の場合、帝王切開の可能性が高い。」

 

 「お腹に傷は仕事に......」

 

 「大丈夫なんですか先生、死なないよね?!」

 

 「だいじょーぶ、自然分娩でいけるよ。

 だって私の子なんだから、小顔で美人に決まってる!」

 

 「そうかな...... そうかも......」

 

 「そうかもじゃねえだろ。」

 

 より確実に。

 

 「くそ、降参だよ!

 産むだけ産め!!」

 

 「社長ありがと。」

 

 「本当にすいません......」

 

 君の子供は俺が守る。

 

 「ダイチ、名前考えたよ。

 じゃんっ、愛久愛海(あくあまりん)瑠美衣(るびぃ)!」

 

 「わぁ...... ワァ......!

 もうちょっと、せめて(マリン)のとこだけ消さない?」

 

 「ダメでーす、決定考でーす。」

 

 正直言って複雑な気持ちはあるけど、それは全力で隠した。

 

 「ちょっと運動が激しくない?

 体労わらないと。」

 

 「もー、お父さんは心配性だねー。

 ね? アクア、ルビー?」

 

 嘘は愛。

 少しいい言葉に聞こえてきたんだから、この2人はすごい。

 そして、出産予定日。

 

 「お疲れさま、せんせ。

 呼んだらすぐ来てよ?」

 

 「おう、家は近くだしな。

 手を握ってやれよ。」

 

 「はい、もちろん。」

 

 これが終わったらこの2人との繋がりも消える。

 ただのアイドルとファンと、中学生に戻ってしまう。

 

 ちょっと裏の面も見えたし、彼の情けないところも知ってしまったけど、その2人のことをもっと好きになった感すらある。

 

 俺は医者としてもファンとしても、彼女たちを心の底から応援──

 

 

 「あんたあいつの...... 星野アイの担当医?」

 

 病院を出て数歩、黒い服装に身を包んだ男に声をかけられる。

 嫌な予感がした。

 何故彼女の苗字を知っているのか、もしかして関係者か?

 問い詰めようと近づけば、今度は一目散に逃げていく。

 

 「ちょっと待てよ!」

 

 もしかしてストーカー?

 出産も控えたこのタイミングで、そんなに都合良く?

 

 山道を数分走るが、この暗闇と変わらない景色にストーカーを見失う。

 スマホのライトを起動して周りを見渡しても黒ずくめの男はいない。

 ──少し前、陸川ダイチに聞いた話。

 

 「......くそ、どこ行った?」

 

 山では遭難をしてはいけない。

 遭難して仕舞えば探す範囲が広過ぎて、見つからないことの方が多いのだと。

 それは──

 

 

 ......んー、あー、びっくりした。

 

 急に頭が真っ白になって、足滑らせて。

 電話、鳴ってる。

 

 はやく行かなきゃ。

 元気な子供産ませるって、約束したから。

 

 起きて、あの子達の子供を......

 

 

 

 

 

 

 

 山で遭難をしてはいけない。

 それは、()()()()()()()()()()

 誰にも見つけられずに朽ちていくだけで、自分の全てが忘れ去られてしまうから。

 

 

 「──はぁ、かわいい......!」

 

 「良かったぁ、無事に産まれてきて......!」

 

 死んで産まれて。

 その日2人の人間が親に変わる。

 

 

 そして── 1人の男が、赤子となった。

 

 

 











 橙色の評価を維持できる様な作品を作っていきたい





 あと主人公の保健体育成績はザコです
 
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