「単位制の高校に進路変えるのか。
まあそれも選択だ、否定はしない。
こっちでやっておくよ。」
「ありがとうございます。」
担任の先生に進路を変える旨を話し、受理されたことに一安心しながら廊下を歩く。
どうにもこうやって職員室に向かう時は不安でしかない。
遅刻して呼び出されたりなんてしたら心臓バクバク、いつ怒鳴られるか心配で辛い。
さて、単位制に進路を変えたのは、単純に時間に余裕が生まれるからだ。
その時間をバイトと育児に費やして、できる限り他の人たちに降りかかる負担を減らそうと言う魂胆である。
......まあ、僕だけの問題であるならここでガッツポーズして終わりだが、今回はそうもいかない。
教室に戻り、前の席にいるシノの肩を叩いて深く頭を下げた。
「ごめんシノ。
単位制だから、高校に一緒に行くことはできないと思う。」
「......っとぉ、どうしたんスか急に。
別に
本当に助かる言葉だ、不義理な行動を取ったのは僕であり、田仲シノにはそれを糾弾する権利がある。
しかし彼はその権利を捨て、僕の選択を肯定しようと言うのだ。
その精神性、心の広さには感謝しなければならない。
しかし──
進路の話を早々に切り上げたかと思えば、彼はおもむろにスマホを取り出してとある画面を表示する。
それはいわゆる電子チケットというやつで、抽選の結果当たったんだろうB小町販促イベントのミニライブを見るための重要な鍵。
そういうところだぞ、田仲シノ。
「当たったんスよ。
早めの誕プレじゃないっスけど、CDとかいります?」
「うーん、いや、大丈夫。
これはシノが楽しむべきだし。」
鐘が鳴り、授業の開始を告げる。
そそくさとスマホをしまって前を向いた彼を見ながら、僕は机の中に隠しておいたスマホの画面を見る。
そこには社長夫人からのメッセージがあり、彼女が言うには『販促イベントに双子を連れて行くから、保護者役として来てくれ』とのこと。
保護者役というか保護者なんだけど。
......さて、最近気になることが一つ。
何故か社長夫人がルビーとアクアに敬語を使い始め、これまでよりもっとやる気を出してベビーシッターに勤しんでいるのだ。
時折『イケメンと再婚』とか不穏なワードが飛び出すようにもなっているし、一体あの3人の間で何があったんだろう。
見てないからわからないが、命を救われたりしたのか?
だとしたら褒めてあげたいがそうじゃない気もする。
答えは闇の中だ。
あとやたら2人を外に連れ出す。
......外の世界を見るのは大事だし、別に文句はないけど。
そうそう、それと中島ユキはあの日から意気消沈したように項垂れている。
友達が来た時は笑うが、それ以外では抜け殻のように無言だ。
まあ他人の女の子を心配するより、身内のアイがやるイベントが成功するよう願おう。
今月の給料、二十と数万。
『給料渋いよー』とアイがぼやいていたが、どうにも申し訳なさが募る。
その給料の中に僕が貢献できていることは何もなくて、お金を落とせるのは頑張っても高校生になった4月から。
中学生でも稼げる手段があればいいが。
「CMとかドラマのオファーとか、来ないよね......」
「知名度はあるはずなんだけどね。
そこはどうにもならないか、プロデューサーの機嫌次第だし。」
そうぼやきたくなる気持ちもわかるが、グループアイドルという立場な以上アイ個人に仕事が来ることは難しい。
アイドルである、というアドバンテージを失った時、残るものを考えると難しいところがあるのだろう。
たとえば、綺麗な顔を彩るもう一つのピース── それが埋まれば、もっと躍進できるはず。
彼女自身もそれはわかっていたのか、今朝は随分気落ちしている様子でリハーサルへ向かっていった。
帽子を深く被り、顔が見えないようにしてベビーカーがどこかに行かないよう抑える。
子供達の興奮は絶頂のようで、泣き叫び始めないようにミヤコさんの手によっておしゃぶりを加えさせられている。
......かわいいので写真撮っておこう。
「ルビーさん達もですけど、ダイチ君も騒ぎ過ぎないこと!
これがバレて社長から怒られるのは私ですから!」
「え、許可取ってないんですか!?」
「いいんですその辺は!
推さない駆けない喋らない! 3人とも大人しくしててくださいね!」
「ウス......」
まあ、もとより騒ぐ気は無い。
これはあくまでも落ち込んでいたアイへの応援、遊びに来たわけではなく関係者として見に来たんだ。
それはそれとしてサイリウムは持つ。
持ってみたかったし。
『アイの笑い方って良くも悪くもプロだよな。
人間っぽく無い感じ。』
会場に入る前に見た呟き。
おそらくこれを彼女は見て少なからずダメージを受けたんだろう。
彼女はプロのアイドルで、人ではなく偶像を求め続けるファンへ求められるまま笑顔を振り撒く。
このつぶやきはそんな努力をしてきたアイを真っ向から否定するものであり、アイドルファンが常に抱えるアンビバレントを象徴するような一文でもある。
人間っぽく無いのを求めているのはファンなのに、その逆を見たいとわがままを言ってしまう。
それが誰の耳に入るかもわからないのにさ。
「......ん、サイリウム欲しいの?
いいけど、結構眩しいから目に近づけないでね。
あ、ルビーもか。」
子供達の伸ばした手に光らせたサイリウムを託し、ファンとは違う目線で彼女を見てしまう。
計算して、調整して。
目の細め方や口角の上げ方、全てが打算で喜んでもらえる笑い方。
何度も見た努力から生まれたそれに、熱狂ではなく優しさの目で写してしまうのだ。
彼女自身はそれを望んでるわけではなかろうが。
軽くサイリウムを振りながら横を振り向けば、ミヤコ夫人がとんでもない顔をしながら双子の方を見ている。
何か粗相でもしたのかと下を覗き込んだ、その時。
「「バブッ! バブッ! バブゥッ!!!」」
「なんで?」
?????
とんでもないヲタ芸を披露している2人に思考が停止する。
何が......何で何?
わけがわからない、生後数ヶ月の子供がこんなヲタ芸を?
もうめちゃくちゃだよ、全部疑問符がつくよ。
「ミヤコさん、これバカ目立っとるわ!」
「応援しにきただけって言ったじゃ無いですか!?」
これはいけませんわ。
一部観客の視線もこちらに向いてるし、なんならステージ上のB小町まで── と、その時笑顔が見えた。
アイの、心からの笑顔。
僕はその笑顔を知っていた、数年前に一度だけ見たんだ、それを。
『──私も!』
僕が握手会で間違えて『大好き』と口走った時の、あの笑顔。
あれがアイに足りなかった最後のピースだったんだ。
「
──ダイチさん? 何で子連れ?」
『『バブッ! バブッ! バブゥッ!!!』』
「21万リツイート、転載も200万再生......
これは......ちょっと......」
ずるずると首根っこを掴まれて連れて行かれたミヤコさんを尻目に、アイはコメント欄を見てニヤリと笑う。
それは何かを掴んだ時の笑い方で、思えば初めて僕の実家に来てご飯食べる時もやっていた。
まだ一年経っていないはずなのに懐かしい。
「懐かしいね。
覚えてるかな、握手会で僕が『大好き』って口走った時の。」
「うん、大胆だったねー。」
「これ、あの時見せてくれた笑顔と似てるんだ。
だからその......」
「答え、近くにあったんだ。
......覚えちゃったぞ〜、コレがいいんだ?」
笑い合ってからご飯の準備を始める。
これからアイにはどんな仕事が来るんだろう、楽しみな反面、
買ってきた本が汚れないように机の上から退かし、説教中のミヤコさんと社長を無視して『いただきます』と手を合わせた。
カフカの『変身』
僕の好きな本であり──
「というか、乳児がヲタ芸するのすごくない?」
「私の子供だもん。
ヤバいくらいの天才が遺伝したのかもね?」
「あー確かに。
天才ならできるか......」
ツッコミはいません。