ある日のインタビュー。
東京都内の一軒家にて。
『『よろしくお願いしますー。』』
『そうねぇ、あの子の傷に関してはもう周知の事。
本人の前で言えはしなかったけれど、辛くて辛くて仕方がありませんでした。
気丈に振る舞うのも大変なんですよ?』
『......立ち直れたのは幸運でしたから。
だからまあ、あの子自身の願いもあって、色々なことをやらせて...... そのどれも息子の新しい夢にはなり得ませんでしたが、今役立っているならやらせて良かったな、と。
もちろん今回の映画も見に行きますし。』
『今あの子が幸せであるのならば、色々と踏みとどまった甲斐があるというものです。
......ふふ。 この写真を見ると、いつでもノスタルジーに浸れるので。
欲しいファンの方とかいらっしゃるのかしら?
良ければ── あ、そういうのはやってらっしゃらない。
そう......』
あの『ドルオタ赤ちゃんヲタ芸事件』から一年。
......今聞いてもバカみたいだが、それから一年が経って、僕は正式に高校生となった。
春爛漫、出会いと別れに胸躍る季節だが、僕にはそんなことで躍る胸も楽しみな部活もない。
ひたすらにバイトだ。
「いらっしゃいませー!」
とはいえ、別にコンビニで接客するとかそういう仕事ではなくて、基本的にはキッチンの方で牛丼を作って出す作業。
これがまあなかなか大変なのだが、僕のことを全く知らない人間にいちいち驚かれたりするのって割と面倒なので、逆に楽なところなのかもしれない。
ちなみにアイはあの事件の後から着実に仕事を増やしており、モデルとかラジオアシスタントとか、もとより持っていた才能を活かして幅広く活躍している。
自分のことではないのだが、繋がりがあるせいで自分のことの様に嬉しい。
にこやかになれる。
「お疲れ様でした、店長。」
「うーっす、おつかれ!」
朝からなので昼に上がり、これで今月は八万円。
これ以上は出れないなと思いながら、そそくさと家にバイト着を置いてワゴン車に乗り込む。
そんなアイがやってきた仕事の積み重ねが、今日この後に行われる撮影。
助手席に座っていたアクアを膝の上に置き、その上からシートベルトを着けて温もりに微笑みを溢す。
「ママの初ドラマ楽しみだねぇ。」
「ちょい役だけどねー。
ダイチ、アドバイスとかあったら聞くから言ってもいいよ?」
「......パパってそんな偉いの?」
ルビーの棘がある質問に苦笑いしながら、バックミラーに視線を向けて問いに答える。
別に偉いわけではない、演技だけでいえば僕の方が昔からやっているというだけ。
どうやらルビーは納得していない様だがまあ...... それはそれでいい。
今はやっていないわけだから。
「えー、そんなふうに見えない。」
「はは......
......アイは何でそんなに笑ってるのさ、拗ねるよ。」
「ごめんごめん、あはは!!」
楽しい。
これが幸せというものだろうか、まさか夢を失った時はこんなに楽しい生活を送れるとは思ってもいなかった。
これもアイというアイドルがいたからこその運命だろう、彼女に足を向けて寝れないな。
「はあ...... いいですか2人とも。
現場ではアイさんのことママなんて言わないでくださいよ? あくまでも私の子供として!
ダイチ君も歳の離れたきょうだいって設定なんですから。
......忘れないでくださいよ!!」
「はーい
「私もしてよ
「お小遣いちょうだい
「ぐっ......」
「
「君だけ洒落になってない!」
そんなー。
──いや、申し訳ないからその視線をやめてくれないか。
ルビーもアクアも『コイツやべえ』みたいに見ないでくれ、僕はあくまでもそういう演技しただけだから。
アイは...... ダメだ、笑い転げてる。
こんな雰囲気が現場につくまで続いたというのだから、少し疲れが溜まるのも仕方ないと思うんだ。
「マネージャーが子供連れで現場にねぇ......」
アイが現場入りし、子供達がどこかに行かない様手を繋いでいたところ、監督の鋭い視線がこちらに突き刺さった。
ああまずい、追い出されるだろうか?
不安で息を呑めば、その監督は全てを察した様な表情で名推理を発表する探偵の様に、ひとつの単語を口にする。
「
「それでいいのか......?」
『時代だなぁ』と立ち去っていく後ろ姿を見届けながら、ホッと胸を撫で下ろした。
......というか、僕はあの監督の顔を知っている。
確か名前は五反田 泰志、どこかで聞いた様な名前だと脳内を探るが、靄がかかった様にその記憶に辿り着けない。
わからないものに時間をかける必要もない。
その場をそそくさと離れ、とりあえず控え室へルビー達を連れていくことにした。
帽子を深く被り、火傷跡が見えない様にしながら楽しそうにしている2人を見守る。
片やグラビアの人、片や『可愛すぎる演技派』と言われている若手女優に抱かれて嬉しそう。
そこに羨ましいという感情が入ることはないが、彼らが楽しそうなら何より。
と、アクアが部屋を出ようと歩き出したので、ルビーは彼女達に任せてその手を取る、
「トイレ?」
「ああ、うん。」
それはちょうどよかった。
僕としてもあの空間で顔を隠し通すのは無理だし、アイ以外の女の人は...... ちょっと中島ユキの顔がチラつくし。
『行こっか!』と意気揚々に歩き始めたその時、前方不注意で壁か何かにぶつかる。
「いて......」
「ん、マネージャーのガキ2人じゃねえか。」
やっべ、全部思い出した。
四年前のオーディションで、僕はこの人に会ってる。
つまるところ── バレたらミヤコさんの子供じゃないって知られる。
急いで体制を立て直し、落ち着くためにアクアを抱っこして頭を下げた。
「本当にすいません!
現場の進行妨げたのなら謝ります、なにぶんこの様な場所に来たのは初めてでして!」
「は、はい、我々赤子としても粗相をしない様努めますので、今後ともアイをご贔屓に!」
「すっげえ喋るなお前ら!?」
「面白いな、俺の名刺やるよ。
どっかの事務所に入ったら連絡しろ。」
結局名刺貰っちゃった......
これから始まる撮影の間近、教室の窓際に座りながら監督の長話を聞く。
彼が言うに、アイが生き残るかどうかは半々だと言うのだ。
作品は基本的に看板、実力、新人の三要素で構成されて、その中から生き残るのはほんの一握り。
ああ、死ぬほど聞いた話だ。
身にしみてわかっている。
だからこそ一流だけが揃い、皆を熱狂させるものが生まれる。
ビジネスでありながらパッションが渦巻くその沼の中へ突入する者が絶えないのは、その渦に魅了されるものがあまりにも多いからだ。
だから僕にはわかる。
アイは半々の── 生き残る側だと。
「監督、アイドルは一流の目立ちたがりですよ。」
「あん?
そりゃあアイドルの中だけの──」
ランスルーが終わってすぐの本番、カン、と小気味いい音が鳴り響いて、その場にある視線は一つの女性に集中する。
そりゃそうだ、日頃大人数に小分けの愛を振り撒くアイドルの一流が、カメラというたった一つに大きな愛をぶつけたら?
視線は一点集中、みんなアイに心奪われる。
「そう言うことか、嫌に目を引くな。」
「MVみたいなものだって。
監督も一回見た方がいいよ!」
「コイツは......
ピシリと取り繕っていた顔にヒビが入る。
四年前のアイツとは中島ユキの事だろうか。
聞いたら危ないんだろうな、バレてしまうかもな、そんなことはわかっていたけれど、どうしても気になって口を開く。
僕はただ── あの合格が、どうして生まれたのかを知りたい。
「アイツって、中島ユキ?」
「......何で知ってんだ? まあ、だが違う。
陸川ダイチだよ、アイツは一流でありながらイカレてた。
鬼気迫ると言うべきか、こっちの知らない脚本家の真意を演じ始めた時はビビった。
アイツ、どこで何してんだろうな。」
固く拳を握り、口角の上がる口を手で隠す。
──そうだ、この勝利した感覚と僕のやりたかったことが認められていたと知った瞬間!
この瞬間がどうしても、
自分じゃない自分が認められる不思議な感覚が絶頂するほど、おかしくなるほどに心に刺さってくる、最高だ!
そりゃあ僕の子役としての始まりはドラマで見た役者さんだ、でもその種火を業火にまで変えた燃料は── これなんだよ!
僕はこんなふうに狂いたくて、この
「......そういうことか。」
撮影が終わって数日、ついにオンエアされるという事でテレビ前には3人が固まっており、食い入る様に画面を見つめている。
楽しそうでなによりだ。
キッチンからでもギリギリ見えるので、僕は皿洗いしながら見ることにしよう。
「ママの演技楽しみー!」
「結構撮影してたもんねー、いっぱい見れるんじゃない?」
元気たっぷりなルビーの声を号砲にする様に、ドラマが幕を開ける。
開始数分は主人公が中心的に映されアイの出番はない。
場面は自宅、通学路と変わり──
「このシーンだ!」
教室で主人公達が駄弁るシーンに突入する。
一旦手を止めてテレビに視線を向ければ、流れてくるのは主人公と他の脇役。
身を乗り出して今か今かと待っていれば、ついにその時が訪れた。
「ママ!」
「もっと大きく写せ!」
「主人公ちょっと退いて!」
テンションが上がり子供達と同じ様にガヤを飛ばすが、すぐさま場面が変わってしまった。
『あぁ〜......』と落胆するが、まだまだチャンスはある。
待って、待って、待って──
「「「これだけ!?」」」
番組が終わった。
冗談とかじゃない、マジで番組が終わって天気予報が始まったのだ。
これなんだ、テレビに於いて怖いのは。
例えば苺プロダクションは無名と言ってもいい弱小事務所で、主演の子がいる会社がめっちゃ大きい会社だとすると、パワーバランスは大体9:1とか。
さらにドラマにおける出演時間の尺なんてそのパワーバランスで決まるから、ほんとに事故みたいなもの。
加えて売り出し方の問題もあったんだろう、言ってしまえば
だから極端に少ない時間の出演になったんだろう。
僕も形は違うが経験したことはある。
「演技下手だったのかなー。」
「そんなことないよ、普通に上手かった。
ともかく次の機会に期待って感じかなぁ。」
「──ダイチ、スマホ貸して!」
アイを励まして次に備える様伝えれば、アクアが必死な表情でスマホの使用を要求してくる。
別に構わない、何度もユーチューブを見せているし。
「──監督! アイ使ってないじゃん!」
『あー、まあ事故にあったみたいなもんだ。
芸能界はアートじゃなくてビジネスの場だ、納得いかないこともあるだろうよ。
だが悪いとは思ってる。 替わりと言っちゃあなんだが、
「えっマジで!?」
『だが── お前とあの気狂い...... 陸川ダイチが出るのが条件だ。』
「ん、どうしたのアクア?」
「その......ごめん......」
何が?
要件もなく謝罪されても許しようがないというか...... でもアクアの様子を見るに深刻なことであるのは確かだが。
膝立ちで彼の視線まで顔を落とし、コソコソと耳を向けて『こっそり教えて?』と聞けば、少し迷った末に耳元で衝撃の事実が語られる。
「監督に陸川ダイチってバレて、アイに仕事を振る替わりに──」
頷きながら全貌を聞き出し、しっかり正面から向き合って頭を撫でる。
何も謝る理由はない、この程度であれば笑って受け入れるのが父親だ。
「いいのいいの、アクアなりにアイのことを考えた結果でしょ?
それなら甘んじて受け入れるさ。」
「嫌だったらすぐに電話してやめてもらうけど......」
「いや──」
撫でていた手を頬に移動させ、優しく肌の感触を確かめる様に触れる。
まさかこんな時が来るなんて思ってもいなかった。
『それなら戻ってきてよ!
陸川ダイチがいない
退屈で退屈で、だから! 私を殺したって構わないから!』
ああ、ありがとうアクア。
抱きしめてソファに座り、隣にいるアイとルビーに笑いかけて幸運を喜ぶ。
僕は、僕はようやく。
「──ようやく君を殺しに行けるよ。」
「......」
監督の言葉を思い出す。
『アイツはイカレてた』と言われた男が僕たちの父親で、こうして一緒に過ごしている限りではいい父親として存在している。
この事実がどうしても噛み合わない。
どちらかといえばマトモそのもの、監督が言う様な特異性を感じたことは無いはずなのに、なんで?
顎に手を置いて考えていれば、ひょいと持ち上げられて膝の上に座らされ、抱きしめられた。
手の細さでわかる、アイだ。
風呂上がりの温もりと推しの腕の中という優越感が僕を満たして天上へと昇らせる。
何年経っても幸せって感じ。
「アイはダイチのどこが好きなの?」
ふと聞いてみたくなった。
特別かっこいいわけではない、加えて大衆的に考えれば火傷というマイナスポイントもある男との子供を、何故良しとしたのか。
アイはいわゆる美人で、選ぶだけならどんな相手でも選べたはずなのに。
考えるフリをしたアイは、最初から決まっていたかの様な答えを吐く。
「受け入れてくれたとこ?
どれだけ好意に甘えても何も聞かないし、いたずらのしがいはあるし!」
「都合の良い男ってこと?」
今度はちゃんと考え始めた様で、さっきとは違い唸り声すら上げずに黙りこくった。
帰ってきたのは数分経ってから、少し違う優しい声色で。
「違うよ、私を都合のいい女として見ないでくれた人ってこと。
あとは...... なんだろな、特にないなぁ。
ながーく会ってたらいつのまにか?」
そういうものか。
でもそういうものだよな、好きになるならないって。
どうにも僕は、親のことを理解しきれないみたいだ。
中島ユキと同じ様に陸川ダイチもイカれ役者です