晴天の朝、のどかな山道。
撮影班が多く待機する中で、監督の長く説教くさい話に耳を傾ける。
よくダイチは顔色一つ変えないで聴けるもの...... いや、もしかして聞いていないんじゃないか?
ずっと森の方向いてるし。
「よーしいいか、早熟ベイビーにイカれ役者。
もとよりキャスティングってのは上でだいたい決まってる。
金がかかってる企画ほどコケる訳にゃ行かねえからな、監督にそれが許されるってのは──」
「超大物監督か小規模か、でしょう?
昔に聞きました。」
「そうだ、さあどっちに見える?」
考えてるのか考えていないのか、そう返答した父親の表情は常に無。
しかし、ここはどう考えても媚び売るべきだろう。
横のダイチと息を合わせ、せーので口を開いた。
「超大物かんと......」
「低予算。」
「わかってんじゃねえかイカれ役者、ここは低予算の現場ですよっと。」
なんだよ。
そういうわけで長かった話は終わり、そろそろ撮影が始まる。
アイに出番を回すための生贄として来た僕たちではあるが、一応立場的には役者ということになっている。
苺プロ所属の子役と役者。
何をもって監督が僕たちを選んだのかはまだ理解できかねているが。
「うわぁ...... ダイチ君もアクアさんも、一体何したらこうなるんです?」
「別に大したことしてないよ。」
「うん、やっぱり変わってないな、五反田監督。
子供に気安い態度取られたらすーぐ心許しちゃうんだから。」
「すげー嫌な子供たち......」
ジジババ相手にも仕事してたのがこんなとこで役に立つとは、人生もわからないな。
ともかく控え室に向かうことにした。
「──ママァァァァア!!! ママどこぉぉぉお!!
ママのとごがえりだいぃぃぃい!!」
「ご、ごめんねルビー!
ア── じゃねぇ、ママ別のところ行っちゃったからさ、今は僕で我慢してくれるかな?」
マジで迷惑かけるなこの妹?!
いい年して何言ってんだ、人生歩んでから赤ちゃんになってんだからそれぐらい我慢できないのか。
ほらダイチもめっちゃ焦ってる、幸いにしてその腕に抱かれたら泣き止んだが、それでも未練たらしく『ママぁ......』とうわ言みたいに呟く姿に思わずため息が出た。
「オギャりたいよぉ......」
「どこで知ったのそんな言葉......?」
まぁ見慣れた光景ではあるが、これを家以外でやるってなるとなあ。
と、横からいきなり叩きつける音が響く。
忘れていたが先客の様で、家族間の大騒ぎにやかましさを覚えたのか台本を丸めてこちらを指して来た。
誰だったか、見たことはあるんだけど。
「ここはプロの現場なの、 遊びに来てるなら帰りなさい!」
「あー......」
「私は有馬かな!
共演者よ。」
『ああ!』と父親は勘づいた様であるが、どうにも印象が薄い。
あんまり子役に注目しないからだろうか?
ピンと来ないまま訥弁を繰り返していればダイチの腕から降りて来たルビーが何か思い出した様で、少ない記憶から繋ぎ出した答えを吐く。
「えっと、あれ。
「十秒で泣ける天才子役!」
間違えてるし。
たまに子役に対して異様に厳しい奴がいるが、ルビーも含めてなんでなんだろうな?
答えの出る問題ではないけど。
怒らせてしまったのか、天才子役の有馬かなは口々に言うわ言うわ僕たちの悪口。
コネだとか、監督のごり押しだとか。
......悪口というか事実?
唯一反論しそうなダイチは何も言わないし。
「こないだのドラマ見たけど出番無かったじゃん。
どうせヘッタクソな演技だったんでしょ、媚び売るのは上手みたいだけど!」
は?
言うだけ言って楽屋から出て行った
笑いって攻撃性があるらしいよ。
「お兄ちゃん......!」
「相手はガキだ、殺しはしない......!」
というかダイチは怒らないのか。
一応恋人がバカにされたんだぞ?
「あの子、協調性とか大丈夫かな?」
しかし彼は一言、あのガキを心配するだけ。
見損なったぞ陸川ダイチ。
「じゃあ撮るぞー!」
映画のあらすじを説明すると、自分の容姿にとことん自信のない女が山奥の村にある怪しい病院で整形を受ける...... っていう話。
僕ら3人はその村の入り口で出会う君の悪い子ども。
さて、カチンコが鳴ってここからはミスの許されない本番。
本読みドラリハほとんど無しのぶっつけ本番に近いのだが、ここは天才子役のお手並み拝見といこう。
「『ようこそおきゃくさん、かんげいします......
どうぞゆっくりしていってください......』」
流石だな、演技が上手い。
少し舌足らずの様に発声することで幼さと不気味さを同時に演出するなんて、良くやるものだ。
さて、こんなのをズブの素人であるこちらが真似たところで目も当てられない、本当に舌足らずの赤子になってしまう。
ならどうする?
ただ台本通りに気味の悪い子供を演じて...... いや、求められてるのはそれじゃない。
このシーンは元々無かったもので、監督が後からねじ込んだ、つまり俺のことを知ってから書いたものだ。
なら、そこに演技は必要ない。
「この村に民宿は一つしかありません。
一度チェックインしてから村を散策するといいでしょう。」
むしろ演じない事こそが演じる事だ。
求められたのは演出の意図、監督の意思に応えること。
『演じなくても十分気味が悪い』ってね。
──それは恐らく、ダイチも同様。
「ええ! あそこの民宿はいいですよ、ご飯がなかなか!
いやぁこの村に人が来るのも久しぶりですね! 楽しんで!
それじゃあ──」
よし、監督も満足げの表情を見せている。
これなら何事もなく── と、背筋を強烈な寒気を襲う。
同時に手を繋いでいた3人の真ん中、ダイチの手に痛くはないけど確かに感じるほどの力が伝わって来た。
なんだ、なんだこれは?
これがヨシなのかダメなのかはわからない、わからないけど、自然な俺とするならばここで
見上げた先にあったのは──
「『行くぞ。』」
理不尽なまでの恐怖。
過冷却された水の様に冷たい視線が首筋を這い、変わらず笑顔な表情の中にいつもの父親があるのだ。
この冷たさが視聴者に伝わるかわからない。
これが監督の言った
震えながら歩き出して画角の外に出た時、監督の元気のいい『オーケー』が響いてやっと戻って来れた。
ホッと息を吐いて、もう一度父親の顔を見てみる。
「お疲れ様、アクア。」
優しい父親だ。
陸川ダイチだ、演じていたキャラクターじゃない。
「すごかったね、他人として見たらぞくってするよ。」
「......マジで言ってる? まあ良かったけど......」
こっわ。
「よくないわ。
監督、撮り直して。」
「いや、問題なかったから──」
「大アリよ!
今のかな、あの子達より全然ダメだった......!!」
「役者に必要なのは演技力だけじゃねえ、結局のところコミュ力だ。
小さいうちから大御所気取りなんてしてたら未来はねぇ。」
『あの子、協調性とか大丈夫かな?』
あの時心配してたのはそういう事だった。
見直したよ、陸川ダイチ。
「しかしお前もいい演技してた。
俺の想像にぴったりだったぜ。」
「でもあの子とかダイチの方が演技凄かったよ。」
「イカれ役者はともかく、俺はぴったりの演技を求めたんだ。
何もすごい演技だけをしろってわけじゃない。
演出家の頭には正解がある。
お前はその正解に限りなく近づいたのさ。
ぴったりの演技ができる役者になれよ。」
頭を撫でられ、複雑ながら眠気が夕焼けに現れる。
「ダイチがイカれ役者なの、わかった気がする。
演技というか、本物かと思った。」
「アイツは馬鹿だ。
お前の演技が演出家の脳内イメージ100点中85点なら、アイツは95まで行った上で上限を100から110に広げちまうんだよ。
一人で歩き出したキャラクターの魅力ってやつに演出家はやられ、そのストーリーの幅が広がった様に錯覚し、加えて四年の期間を経てそれを見てるだけの一般人にも伝播させる
火傷とプラマイゼロだが、もしジャストフィットする役があれば...... いや、夢物語だよ。」
「あれ、アクアが人に懐いてる!」
「おいこれ持って帰ってくれ、メシ食うのに邪魔で仕方ねえ。」
「んー、珍しいなって。
......そういえば監督さ、ウチの事務所でB小町のドキュメント撮ろうって企画があるの!
監督が撮ってよ!」
「駄目だ、俺は忙しい。」
「お願い!」
「駄目だって。」
「お願いお願い〜!」
「だから駄目──」
「ふぅ...... いい感じの収入で文句ないでしょう。
なんだってこんなとこ呼び出して酒飲ませるんすか?」
居酒屋にて、スーツ姿の快活そうな男が日本酒を喉へ流し込む。
その男は『もう少し飯を楽しみたかったが』と前置き、刺身を箸で持ち上げながら薄ら笑いを浮かべた。
「いやね五反田くん、最近スキャンダルあったろう?
アレのせいで急遽ドラマの犯人役、そろそろ最終回だってのに降板させることになっちゃってね。
そこで失意の中映画館に足を運んだんだが── いたんだよ、ちょうど良さそうな新人。」
「......
「いいね。
ネット局とはいえ僕もプロデューサーだからね、やれるやれないの違いはわかる。
男の方さ。」
更新ペースが落ちるかもです、1日1話くらいで