『もしもし、今ヒマか?』
「晩御飯作ってますけど。
レシピ見ながら親子丼に挑戦してたんで、電話かけられるとレシピ見れなくて作れないんですけども。」
『少し我慢しろ。』
昼時、慣れないものにも挑戦してみようという意志を持ち、珍しくスマホでレシピなんて調べて作ろうとしたのも束の間。
アクアが電話していた番号から電話がかかって来て、出鼻を挫かれる様な形にやる気を削がれながらもスマホを耳に当てた。
ちなみに監督の撮った『これが始まり』という映画は、アイの魅力と演出のおかげかかなりヒットしているらしい。
監督も映画賞ノミネート候補と言われてまんざらでもないんじゃないか?
さて、横道はここまで。
さっさと本題に入るよう促せば、少し訥弁まじりで監督の口が開かれる。
それは驚愕するのにも── 笑みを浮かべるのにも丁度いい情報だったことは、言うまでもない。
『昨日プロデューサーが来てな。
お前がどこの所属だか教えろってよ、つまるところ──』
「オファーですか?」
『そうだ、スキャンダルで降りたヤツの代役だがな。
多分事務所の子連れマネージャーにでも話しが行ってるだろ、明日にでも台本を受け取っとけ。』
小さく身震いする。
燃え尽きたと思っていたチケットがこの手に帰って来たんだ、これ以上の幸福はアクアとルビーが生まれた時ぐらいのもの。
断る理由もない、ノータイムでOKだ。
しかし、電話の向こうにいる監督はまだ何かを言い淀み、それは何かを隠しているようにも感じる。
それは僕を思ってのことか、自分の身を守るための秘密か。
少し問い詰めれば吐いたところを見るに前者だろう、
『アイツが出てるんだよ。
もう一人の気狂い──
早速だ。
妬ましくお前を見ていた、おんなじクラスになった時は心の奥底で、『これで中島の心を削れる』なんて喜んでたかもしれない。
だがここに約束されたのは
ああ、口角が上がる。
アクアとルビーをこちらの実家に預けて来て本当に良かった、こんなだらしのない顔は見せられない。
僕はどうしようもないほど彼女を憎み、そして──
「ありがとうございます。
それじゃあ、また。」
どうしようもないほど、彼女の
テンション上がって来た、さっさと親子丼の方に戻ろう。
「出来たよー。」
「はーい。」
ほかほかと湯気を立ち上らせる丼を両手に、ソファの上でスマホを両手持ちする彼女を呼び出して食卓に着かせる。
子供達がいないと静かなものだ、落ち着けるといえば聞こえはいいが、少し寂しくもある。
スプーンを手に取って丼の中に作られた黄色の庭園をほじくり返すと、『口に入れたらちょっと熱いかな』程度の湯気が経ち、白ごはんが煌めいた。
我ながら会心の出来。
アイが『いただきまーす』と掬い上げたスプーンを口に入れる姿を凝視し、味の感想が届くのを待っていれば、来たのは不味い上手いではなく笑い声。
「見過ぎだよ?」
「ああごめん。」
不安なのはわかるが、流石に変だったと反省する。
でも長時間見ていても飽きの来ない顔...... と言ったら語弊があるだろうが、こうして一緒に居させてもらってから退屈することがなくなった。
彼女にとってアイドルの面とは違う、カラッとした人間の面がこれほどまでに僕を満たし、幸せにしてくれるとは思ってもみなかったと。
果たして僕は彼女に釣り合う人間で居られるだろうか?
そう思った事は幾度となくあって、その度に不慣れなおしゃれ雑誌に手を伸ばして見たりとか、そういう動画を見て勉強したりだとかをした、けれど。
そのどれもが彼女に一蹴されてしまう。
『ありのままでいいのに。』
その言葉にギュッと心臓が痛くなる。
真意はわからない、でもそこには嘘をつき続けるアイドルと普通に居ていい人間との差があって、僕は人間として彼女を支えなきゃならないんだろうと思うわけで。
でもそれで、彼女の嘘に手が伸ばせるだろうか?
親子丼── アイとルビー、アクアを守る丼に、僕はそれで成れるのか?
ありのままに役者という夢に狂い、中島ユキを演技で殺したところで、嘘を突き続けて落ちていったアイに手を伸ばせるわけが無い。
だから僕はありのままに人間として立つのでは無く、イカれた役者として彼女と同じ位まで落ちよう。
矛盾してるだろうが......
中島ユキも到達点じゃ無い。
これから起こる全てが道半ばでの出来事だ。
「食べないの?」
「食べるよ。
ちょっと考え事しててさ、ドラマのオファーが来たんだ。」
僕は
「──あ、中島ユキってその顔の?」
「そう。
せっかくだからそのドラマ、途中まで見ようと思うんだけど、一緒に見る?」
ご飯を食べ終わり、風呂を出てソファに座る。
取り出したスマホの画面に映るのは件のドラマ、『スカーの微笑』。
現在は四話まで配信されており、評判もまあ普通ぐらい。
ただ犯人役を予定していた役者が少し前にDVですっぱ抜かれて降板、結果的に役目が僕に回ってきたという事で、台本を本格的に見る前に流れを確認しようというわけだ。
体を寄せ合い、共有する形で視線を落とす。
『オ、オイ、ナンデアイツガ......』
おっと?
『し、知らないわよ?!
私たちに殺される理由なんてない、一体誰が......』
ああ、セーフ。
びっくりするくらいの大根役者から上手い演技が来ると、落差のせいで余計すごく見える。
さて、このドラマは分かりやすいサスペンス。
主人公の女刑事が同窓会に出席して仲良し6人組に再会するところから始まり、一話ごとにその友達が死んで行って互いのことが信じられなくなる。
そんなストーリー。
現在配信中の四話まででは、これから6人組の一人が真犯人に接触しようというところで終わっている。
ここからクライマックスに入るというのに犯人役が駄目になったというのは...... 裏方さんの心中お察し、と言ったところ。
しかし──
『許さない......!!
絶対捕まえて後悔させてやる!!』
やはり主役である中島ユキの演技には目を見張るものがある。
その姿はストーリーのてっぺん、最も注目されるべき人物が立つにふさわしい場所にふんぞり変える女王のようで、まさに実力派と言えるだろう。
しかしこれはあくまで
いい役者であっても、この作品が良いものになるかどうかはまた別。
視界を狭めさせては意味がないなんて、変な話だ。
だからここで僕に求められている役目というのは──
と、結論に達しようとした時。
横にくっついていたはずのアイがこちらの膝上に倒れ込み、かまって欲しそうな猫のようにごろごろと自分の存在を主張してくる。
どうしたものか、とりあえずスマホを置いて対応することにした。
「どうしたのー?」
聞いても答えてくれない。
それどころか、むくれた表情になって脇腹の方へ両手を回して抱きつかれてしまった。
かわいいね...... じゃない。
台本ばっかり見て撮影風景を見ないことが駄目なように、好きな人に聞いてばっかりで察しないのも駄目なんだろう、ここは頑張って彼女が不機嫌な理由を見つけ出さなければ。
例えば...... ドラマばっかり見ててアイに構わなかったから?
んなことある?
でも取り敢えずやってかなきゃわからないし、僕なりに構ってみることにする。
手始めに頬のエラ周辺に優しく手を這わせてみることにした。
傷つけないように優しく。
「ん......」
お気に召したようだ。
首筋から伝わってくる脈と暖かさが、彼女がここに生きている人間で、どのような形であれ僕に甘えているという幸福感を演出する。
だからと言って機嫌が治ったかと言われると否と言わざるを得ない。
もはや取り繕えてすらいないむくれかたに苦笑しながら、まだあるであろう彼女の不満に向き合う。
......そういえば、ここ最近彼女の愚痴を聞いていない。
二人が生まれる前は話せていたが、ルビーにもアクアにも弱い姿を見せたく無いのかそういう話はしなくなった。
つまるところこれは、二人きりだからこそ互いの弱さを話せると思ってたアイからの抗議?
だとしたら首の辺りを撫でて満更でも無さそうだったのはなんだ?
......普通に喜んでたのか。
そうとわかれば善は急げ、ベリっと抱きついていたアイを引き剥がし、膝の上に乗せて後ろから脇腹の横に手を通して抱く。
「アイは最近愚痴とかないの?
ほら、色々さ。」
正解だったようで、むくれ面は笑いに変わって饒舌になった。
「うーん、パパの察しが悪いとこかな?」
「善処します......」
つけっぱなしだったテレビをBGMに気兼ねない話を続ける。
誰かが言っていた、母親は子供に、父親は母親に愛を与えるべきだと。
それは確かにそうかもしれない。
「ほい、今日の布団は一つ!」
「いいの? 暑くない?」
「理由つけて逃げないの!」
その日は久しぶりに二人一緒の布団で朝を迎えた。
陽光に照らされて体を起こし、横に寝転がってぐっすりと寝ている彼女の髪に触れる。
一番大切な家族の一人。
演技より何より──
僕は、星野アイの全部が好きなんだ。
「ユキ、この前のサスペンス撮影再開だって。」
「えー...... あの現場大根多すぎるのよ。
北海道よりも多いんじゃない? 犯人役は誰? お母さん。」
「んー? あ、昔オーディションでよく会った子。
陸川ダイチね。
あぁ、アイの映画にも出てるわ。」
「マジ?
............」
「よっしゃあァァァァァァ!!!!」
「人気女優がする声とガッツポーズじゃないわね。
大股開くのやめなさい。」
中島ユキの優先順位は陸川ダイチがNo. 1ですが、ダイチ側は今回のことで家族第一になりました
ただ中島ユキに陸川ダイチが何したところで悦ぶので、一つのこと以外何しても復讐にはならないです
赤評価は嬉しいもんですね、ありがとうございます