星の大地   作:チクワ

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気狂いドモ

 

 「よろしくお願いしますー。」

 

 朝、予定時刻より少しだけ早めに現場入り。

 特に大した理由があったわけじゃない、あくまで早起きできて、早めに朝のランニングが終わったからというだけだ。

 メイクさんに整えられた顔が移動中に崩れていないか、衣装さんの用意してくれた服を汚していないか。

 僕の落ち度で作品の質が落ちることだけは避けなければならない、確認はしっかりと、だ。

 

 「君が新しい子ね、プロデューサーから聞いてます。

 んじゃまずここからかな、あそこの廃倉庫でのシーンなんだけど──」

 

 台本片手に忙しなく動く中を歩き、監督と体を寄せ合いながら台本内のセリフ、演出の意図などを説明されながらセリフを口に出して確認。

 何が嬉しいって簡単だけど本読みがある事。

 ──本読みというのは監督や役者達を交えて台本を読み、演出や監督からの注文を受ける段階。

 これが五反田監督の時はなかったんだ、そのせいで演出の意図を読むのが大変だったのだから、これは本当に必要な事なんだ。

 

 今回僕がやる犯人役── 森田(つよし)は、設定上の時点で僕と同じ顔面火傷の男。

 仲良し6人組から理由なき排斥を受け、いじめられ、不満の捌け口にされた人物。

 

 「『じゃあ、ね。』

 ......こんな感じですかね?」

 

 「うん、適度な憎しみと苛立ちが込められてる。

 木梨(演出)さんも文句ないんじゃないかな。」

 

 文字通りのキャラクターであり、監督からの注文も基本は『憎しみに塗れた理不尽な殺人鬼』でおおむね間違いない。

 しかし脚本── このキャラクターを我が子の様に描いた人はどうなんだろう。

 ここが陸川ダイチの見せ所ではある。

 

 「おはようございます!」

 

 「おー、ユキちゃんおはよう。」

 

 さて、現れた二人目の役者は中島ユキ。

 登場はもう少し後の撮影なはずだが、ミヤコさんが言うにはスケジュールが空いていたから朝から晩まで帯同しよう、という事らしい。

 空いてた?

 空けたの間違いだろう。

 

 彼女はささっと監督との本読みを終えると、台本に視線を落としてセリフを反芻していた僕の横に陣取る。

 にこやかな笑顔に高架下で見た激情は無く、今は人気女優中島ユキの仮面が表に出ている、と言ったところか。

 

 「嬉しいなぁ、ダイチが戻ってきてくれて!

 私ずうっと待ってたんだ、この退屈な撮影も君と一緒なら楽しい共演(殺し愛)になるよね!」

 

 「そうだね、僕にとってつまらない現場は無いけど......

 出来る限り良い作品になる様良い演技を心がけるから、その時は君も協力してくれ。

 ──()()()()はその後だ。」

 

 さあ、ドライリハは近い。

 彼女はすでに気分の高揚を抑え切れていない様だが、僕は違う。

 ここはまだ心を燃やして気分を上げるべき場所じゃないんだ。

 彼女の口角が下がる事はなく、獣の様な瞳は黒い星を宿して、こちらを狙い続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 「はぁ......」

 

 リハが終わり、諸々の機材チェックが終わればついに本番。

 私が生で久しぶりに見る陸川ダイチの演技── なのに、気分はアガるどころか下降し始めている。

 それはリハーサルであの男が行った、ヌルい演技にある。

 

 『こうだったかな、じゃあ、ねっ。』

 

 感情は乗っていた、表情の演技も悪くはない。

 だが、だが!

 ()()()()()()()

 

 私をむかつくほどに魅了したのはあの狂気、自分を消し去ってでもキャラクターに近づき、周りの人間を物語に引き摺り込む狂気。

 今の彼には四年前の様な演技(わざ)が見えてこない。

 失望した、私の期待を何度裏切れば気が済むのか。

 

 ペットボトルの蓋を閉め、ほとんど期待せずに本番を見届ける。

 このシーンは5話の中盤、役者が降りたから撮れなかった場面で、屈強な大男を軽くいなした犯人がその顔を晒して憎しみと苛立ちの記憶を呟くところ。

 その後にナイフで喉を切るという作品のバイオレンスさを物語る場面。

 

 「本番いきます!

 3、2、1、はいっ!」

 

 監督からの声がかかり、ピリついた空気の中でカチンコが鳴り響いた。

 ワンテンポ起き、最近有名な作品に出ていた中年の俳優が手慣れた演技を見せる。

 恐怖と怒りに塗れ、前の見えなくなった男。

 物語を知らずともその勢いが伝わってくる様で、『さすが』と心の中でつぶやいた。

 

 「『おい、出てこいよ!!

 び、ビビってんのか? そうだったもんなぁ、昔からお前はそうだった!! 

 ヘラヘラヘラヘラ、笑ってりゃいいと思ってたんだろ!?』」

 

 いいね。

 経験値の差とはいえ、あそこまで必死な形相を見せてくれるとこちらの気分も上がってくる。

 さて、ここからが見どころ── と、ゾワゾワって背筋に悪寒が走る。

 なんだ、サプライズ?

 全く思わせぶり、性格が悪いんだから。

 

 

 「『そうだったね...... 僕はずっと笑ってた。

 お爺ちゃんの葬式の日も、階段から落ちて大怪我した日も、ああ...... 弟が何故か飛び出して、車に轢かれた日も。』」

 

 場の空気が凍る。

 森田剛というキャラクターは空想の存在だ、現実にいるはずもなければ生きてるなんてあり得るわけがない。

 ()()()()()()()

 

 これだよ、これを待ってた!

 

 「『......』」

 

 そうだろ、経験値のある俳優でも息を呑む。

 だって演じるどころか本物がそこにいる錯覚だ、ズルすぎてむかついちゃうよ。

 陸川── いや、森田剛は黒い上着からナイフを取り出し、その背をコンコンと手に持ったスマートフォンの小道具に当てた。

 適度に響いた音は倉庫に反響し、マイクがそれを拾う。

 

 「『ずっとずっとずっとずっと!!!

 ──過去は消えない!

 だから俺は......』」

 

 くる、くる!

 私の大好きな瞬間、彼を()()だと認めた出来事!

 

 

 

 「『今も、笑ってるのさ。』」

 

 フードが外れ、顔が露わになる。

 私のつけた()()()()()()()、そして森田剛の呪いの証。

 そして── 指で口角を吊り上げる、歪んだ笑み。

 

 それは彼が読んだ台本の真髄、この物語が『善人無し』と評されるに相応しい一つのカタチ。

 辛い理由があれば大衆はそれを容認したがる、でもそれじゃあこのドラマはつまらない、起伏がない。

 だからここで復讐者も悪者にするんだ。

 

 恐怖に振り切れた男の拳が森田を襲うが、それを容易く避けて彼は首を抑える。

 絞めて絞めて、悶える男の後ろには狂気に笑む森田の表情。

 それは『昔にやられた事をやり返している』と想像させるのには十分過ぎる恍惚の笑みで、ナイフを首筋に当てて呟く。

 楽しむ子供の様に、失った青春を取り戻す様に。

 

 「『確かこうだったな...... それ、じゃあ、ねっ!』」

 

 その目が自分に向けられてるようで、ついイッてしまった。

 

 

 

 

 

 「──カット、オッケーです!」

 

 ふう、とひとつため息を吐き、なすべき事を成せたと一安心する。

 これで視聴者が盛り上がれるシーンは作れたはずだ、編集でどこが切り取られるかはわからないが...... それでも全力で挑んだのだから文句はない。

 この後の出番を調べようとすれば、図々しくも中島が台本を開いてある欄を指差してくる。

 それはちょうど次の出番であり── 二回あるうち一回目の共演(殺し合い)だ。

 

 彼女は仮面の剥がれかけた恍惚の表情で吐息を漏らし、まるで遠足が待てない小学生のようにウズウズと手を閉じたり開いたり。

 何かの間違いでコイツに復讐なんてしなくてよかった、多分この調子だと何しても悦ぶだろコイツ。

 

 「良かったよー、スカッとする演技で気持ち良かった。

 ......やっぱり変わってない、()()()()()()()()()

 狂ってなきゃ生き残れないこの芸能界(せかい)で、みんな後付けみたいにそのジャンルごとに狂ってくのに、私も貴方も()()()()()()()()()()

 四年間待ってこんなに嬉しいんなら、オリンピックなんて要らないかも?」

 

 「オリンピックは絶対にいる。

 卓球が楽しみなんだよ。」

 

 やっぱり分かり合えない。

 どこまで行っても中島ユキの狂気には理解が及ばず、彼女もどうせ僕の狂気に追いつく事はないだろう。

 面倒な話を始めた彼女に辟易していれば、監督が中島を呼び出す。

 

 本人は名残惜しそうな顔をしているが僕にとっては助け舟。

 ワンシーンやった後くらい休ませてほしい。

 

 「楽しみにしてるよ、次のシーン!

 気持ちのいい演技を、ね?」

 

 「勝手に気持ちよくなって勝手にイッてなよ、視界の端でビクビクされたらなかなかウザいよ?」

 

 本当に最低な人だ、現場で絶頂するな。

 アクア達に頼まれても絶対連れてこないようにしよう、この現場は......

 

 少ししてまた本番が始まった。

 さっき森田剛が殺した人の死体を主人公である雛形真子(マコ)が見つけ、次の被害者は自分かもう一人かと疑心暗鬼になるシーン。

 

 ストーリーとして見ると、真子自体には対して殺される理由がないように見える。

 しかし森田剛の視線で見てみれば、いじめを止める事なく見て見ぬ振りをした雛形真子は最も忌み嫌う殺すべき存在。

 無垢で純粋だからこそ、それが鼻につくキャラクターだ。

 

 「『そんな、ユウヤまで......!

 なら次は私か、あの子。』」

 

 緊張感が伝わってくる。

 流石の実力派、怒りと信念のこもった雛形真子というキャラクターを自分のものにし、中島ユキの演じるキャラとして扱っている。

 この方法はミスれば見てられない独善的な演技になるが、やっぱり天才は伊達じゃないと思い知らされる。

 

 「『絶対に守ってみせる......!』」

 

 きっとオーケーが出るだろう事は監督の表情からも明らか。

 自分の演技に絶対の自信を持ち、曲げない。

 そんな彼女に笑う。

 

 きっと彼女は次のシーン、僕と同じ方向性での演技で食い合いをしてくるはずだ。

 だがそれじゃあいい作品はできない。

 嫌いなことかもしれないが── ちょっとだけ我慢をしてもらおう。

 僕の顔を焼いてんだから、演技の一つや二つくらい曲げてみせろよ。

 

 昼になろうかという時刻、撮影は滞りなく進んでいる。

 

 

 













 マーシャル・マキシマイザーはいい曲ですね
 ずっと聴いています
 更新されない日はグランブルーファンタジーをやっているか、単純に書けなかった日です
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