星の大地   作:チクワ

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スカー・ザムザ

 

 「本番いきます!」

 

 連続のシーン撮影の中でさえ、私の興奮は止まるところを知らない。

 それはそうだろう、彼がやけどで子役をやめ、その行動に一方的な苛立ちを覚える裏でこの日を夢見なかった時は無かったのだから。

 いわば長年の夢、憧れの役者と共演したいなんて言う業界に入りたての子達の言葉が、今ならわかる。

 どうしようもないほどの高揚感はもうほとんど麻薬みたいなものだ、やったことないけど。

 

 さて、気を取り戻そう。

 ここから始まるのは湾岸でのカットで、ゴテゴテの縦社会である警察では自分の意見や推理すら聞いてもらえず、このままでは最後の友達を守ることすらできないと主人公が葛藤する場面。

 ベンチに座って悔しさを滲ませていると、そこに互いの事を知らない森田剛が現れ、彼がくれたサンドイッチから話が始まるわけだ。

 

 「『はぁ...... 』」

 

 カメラに映る自分が美人に見える角度でため息を吐き、演じる時に邪魔でしかない彼への興奮を同時に吐き出す。

 台本には『アンニュイな感覚で』とメモ書きが書いてあった事を考えると、ここにおいて重要なのは私自身がそう言う気持ちになる事だ。

 私にとって演じるキャラクターとはあくまでも外殻、魂にまで降りかかるものじゃない。

 あくまでも中島ユキ(わたし)という原点があって、そこに脚色するような形で演じるのが私のやり方。

 ()()()()()()

 

 一度カットが掛かり、最終的な画作りのために監督が確認に来る。

 とは言えすでに頭に入れている事だ、対して問題ではなくて、その台本だって久しぶりに何十回と読み返したんだから。

 

 「ユキちゃんの演技、いい感じにハマってるから。

 さすが今一番話題の女優だね。」

 

 「ありがとうございます、監督。」

 

 おべんちゃらなんだか本当のことなんだか、監督から伝えられた褒め言葉をとりあえず受け取り、少し乾いた喉に水を流す。

 問題はこの後。

 森田剛が現れるシーンだが──

 

 『台本を読み込んでおいてくれないかな?』

 

 気になるのはこれだ。

 さっき本番に入る前、ダイチに念を押して言われたこと。

 そこにどういう意図があるのか。

 

 

 「『サンドイッチ、いります?』」

 

 答えが出ることも伝えられることもなく、シームレスに本番が始まる。

 訝しむようにサンドイッチを受け取り、口に運んでみるとその美味さに主人公は笑顔うわマッズ。

 

 ......いや、表情には出さないけれど。

 もうちょっとどうにかならなかったのかな、なんて年頃の女の子みたいに考えながら笑顔を作る。

 さあ問題はこの後、ここの演技。

 言われるがままに読み込んできたからこそわかる、ここでの森田は普通の男性。

 適度にいい人、適度に普通な存在であるが故の演技の難しさ。

 

 ここをどう彼が演じるか?

 私にとっては何よりの見どころである、が。

 

 「『──いや、喜んでもらえて嬉しい。

 見てて辛くなるような顔、してたから。』」

 

 んん?

 いや、そんなはずない。

 彼は台本から見えてくるキャラクターの真意を見つけ、それを見せる演技が特徴のはずだ。

 ()()()()()、無いよね?

 戸惑いながらも自分の演技を見せるが中々ハマらない。

 

 「『うんうん、美味しい!

 よく出来てますねーこれ!』」

 

 「『ふふ、ありがとう。』」

 

 この違和感はどこから来る。

 この微妙に想像とは違う、さっきまでの演技とまるで違う拍子抜けのような感覚は。

 これでは、森田剛ではなく陸川ダイチそのものだ。

 

 何を考えてるんだこの男は。

 ここは現場、今は本番、演じる事こそ役者の務め。

 

 それをどうして素の自分で── いや、待って、そんな事。

 自分を前面に出した演技。

 それは、()()()()()()()()()()

 全く同じ演技が同一の画面にあれば、そりゃあしっくりこないし、当然違和感だって現れる。

 だっておんなじ様な雰囲気の人間が二人も存在する事、そうそうないのだから。

 

 『出来る限り良い作品になる様良い演技を心がけるから、その時は君も協力してくれ。』

 

 やってくれる。

 やってくれるわ陸川ダイチ!

 

 私にとって自分の演技を変えるって事は死ぬほどの屈辱で、今まで感じたことのないほどの憤りと高揚感が身を包んでいく。

 いいわ、いいよ、やってあげる。

 読み込めって言った理由も私にこれをやらせるため、主役の心情を演技で描写させて、視聴者をよりこのドラマに引き込む── ()()()()()()()()()

 

 私の演技を、曲げてあげる!

 

 

 「『......貴方に言うことじゃないかもしれないけど、少し前に友達が...... その、亡くなって。

 私、無力で。  

 だから── 最後に残った親友だけは、守りたいんです。』」

 

 

 

 

 ──そうだ、それを願ってた。

 役者が嫌に目立つだけの作品は話題になりはするだろうが、それが良いものかと言われれば否と言わざるを得ない。

 それにこの作品は良くも悪くも、犯人役がDVで降板したと言う話題性がある。

 ならそこに演者の独善は必要ない、欲されてるのは皆が魅力を感じるサスペンスな筈。

 

 だから僕はここで一歩引く。

 力と技、そこの演技を入れ替えて注目を中島ユキに移してやる。

 これはある種のミスディレクション。

 演技()()は信頼してるからこそできる一手だ。

 

 この場において森田剛は、雛形真子のその言葉で理解する。

 この女が最後のターゲットであり復讐の終わり、自分がいくら助けを求めようと見て見ぬ振りで逃げた憎むべき傍観者なのだと。

 だからこそ、ここの演技は中島ユキから奪った力の演じ方で表現したかった。

 ──僕が最も荒れていた時、周りの人間に向けて憎しみを向けていた様に。

 全ての憎しみを噛み殺し目で語る。

 

 「『......へえ。』」

 

 カットが変わり、小さくメモで渡された電話番号を握りつぶす。

 終わりへのプレリュードを演奏する様に、感情だけを込めて。

 

 

 

 「『君が正義を語るのか? 笑えるな。』」

 

 

 「っオッケー!」

 

 監督からのオーケーコールが響き、緊張が抜けてふらりとよろける。

 やはり慣れない事はするものじゃない、そう思いながら椅子に座ろうかと思うと、その行為に『NO』と突きつけるかの如く肩を貸す女が一人。

 まるでこっちのことは全てお見通しとでも言うかの如く、ニッコニコで見下ろしてくる。

 

 ムカつくが...... 彼女に嫌な事させたのは事実で、そのお返しと思えば振り払わない理由にもなるか。

 本人も嬉しそうだし。

 

 「へえ〜? 私にあんな事させておいて、君の方が先にへばるんだ?

 情け無いなぁ。」

 

 「ほざけ。

 次はお望み通り演技の食い合いだ、絶対負けないから。」

 

 「ふふふ、待ってました!」

 

 ──やっぱりこの仕事は楽しくて仕方がない。

 歪み合う関係であった中島ユキとも、演技というひとつの事では先の見えない答えに歩き続ける同志になる。

 それの良し悪しはともかく僕にとっては最高の場所で......そうだな、言い方は悪いが、ここなら演技という理由で殺しや復讐も正当化される。

 これから始まるラストシーンの撮影で僕はその許された二つを行い、真の意味でこの火傷から先に進めるだろう。

 

 忙しい主役様は適当な椅子まで僕を連れて行くと、すぐに次の撮影へ向かっていく。

 僕やアイもそのうちああなるのかな。

 いや、それで言ったらアクアも演技が上手かったから、もしかしたら俳優になるかもしれない。

 そうなったら楽しいだろうなぁ。

 

 サスペンスとかやるとしたら、もちろん僕が犯人だろう。

 よく言われるけど悪そうな顔してるらしいし。

 

 そんな楽しい未来を夢想していると、不意に頬へ冷たいものが当たり、『ぎゃあ!?』と雑魚の断末魔みたいな声をあげてしまった。

 何事かと後ろを振り向けば、スーツ姿の中年男性が一人。

 プロデューサーだろうか、夢を見る少年の様な純粋な眼で撮影現場を見据えている。

 冷たいものの正体は飲み物だった様で、ちょうど水が切れていたこともあり喜んで受け取らせていただいた。

 

 彼は『失礼』と一言、すぐ隣に座る。

 

 「いい演技をしているね。

 君の様な才能を掘り起こせたのは僥倖だったよ。」

 

 「あ、ありがとうございます。」

 

 「このドラマ、ポシャったら私がヤバかったんでね。

 そこの穴を埋めるどころか抜けてしまわない様強くしてくれたのは感謝しているよ。

 ......もしも映画の主演をやらないか、そう私が聞いたら、君はどう答える?」

 

 その問いは何というか、少し不思議なものだった。

 まるで品定めをしている様だが、僕には一つの答えしかない。

 

 「勿論やりますよ。

 ......この仕事が楽しくて仕方がないんです、だから僕は、やりますという返事以外できない。」

 

 「──うん、やっぱり僥倖だ。

 楽しみにしているよ、君の先を。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜の海岸、溺れ死んだ死体が波に揺らめいている。

 その一方砂浜では、警棒を片手に怒りに震える女性と黒いコートに身を包み、笑っている男が向かい合う。

 すでに友達は皆殺し、残ったのは自分だけな上に犯人は同級生でサンドイッチをくれた人。

 なぜ気付かなかったのか、止められなかったのか。

 

 自分を正義だと信じていた無垢な警察官の叫びがこだまする。

 

 「『森田ァァァァ!!!』」

 

 振るわれた警棒に情けや犯人捕縛という大義名分は無く、ただ鉄の棒を殺すためだけに振り回すその姿に男は笑い、同時に無力だと思い知らせる為。

 そのためだけに鉄板を装備していた左手で受け止めた。

 

 無力に打ちひしがれた者はその頬に拳を受けて倒れ、復讐に笑う男は腕を踏みつける様に馬乗りの体制になって二、三発、追加で拳を喰らわせては満足げに息を漏らす。

 

 「『ぁ、う......!』」

 

 首筋にナイフの刃が当てられた。

 冷たい死の刃が月明かりを反射して、絶望を照らす。

 死にたくない、嫌だ。

 そう願う彼女に向けて男は快感を得た猿の様にケタケタと声を上げた。

 

 自分はグレゴール・ザムザだ。

 誰からも目を逸らされ、最終的にはリンゴで致命傷を負って死にゆく定め。

 それならばやる事やって死のうじゃないか、と言わんばかりに。

 

 「『──砂浜は冷たいか? 月は眩しいか?

 知り合いが死んだのは辛くて悲しい?

 見届けろ、目を離すのは許さない。 おまえがどれだけ正義の人みたいな顔をして綺麗事を言ったとして、俺の全てから目を逸らしたのは変わらない事実だ!!

 ここにある全てが、俺の感じた痛み。

 この火傷だってそうだよ。』」

 

 「『いや、嫌...... やめ、て!』」

 

 「『ああ、楽しくてたまらない、遅れてきた青春だ。

 青春ってのは好きな子に告白して終わるものだろう?

 だから俺もそうするよ。

 俺は君が── 大好きだ。』」

 

 

 血飛沫が砂浜を染める。

 赤く髪を彩る。

 

 少しの静寂を楽しんだ後だろうか、数台のパトカーが到着し、警官達がゾロゾロと現れる。

 その先頭に立つのは雛形真子の上司であり、彼女の推理をすべて突っぱねた男。

 善の立場にいながら善を成せなかった惨めな男。

 

 森田剛は立ち上がり、ふらりと向き直ってまたも笑った。

 ライトに照らされたこの時だけは、笑ってしまうほど主人公なのだと。

 

 「『動くんじゃねえ、森田剛!!

 ......もう逃げられねえぞ...!』」

 

 逃げる気などなかった。

 森田は迷いなくそのナイフを首筋に当て、学生時代を思い出しながら当時愛した言葉を呟き──

 

 「『悪は善のことを知っている。 しかし善は悪のことを知らない。

 フランツ・カフカ。

 ......気取りすぎか。』」

 

 「『──おい、やめろ!!』」

 

 もう一つの血溜まりに倒れて、この復讐は終わり。

 その男の顔には、死の寸前まで微笑が浮かんでいたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影が終わった帰りの車、私はジタバタと悶えていた。

 だってそうでしょ、彼は言っていた通りに私を演技で殺してくれた。

 心からの感情を込めて、精一杯。

 

 「きゃ〜〜っ!!!」

 

 「どうしたのよ......」

 

 お母さんのことなんて気にしてる場合じゃなくて、今はただ私自身が幸福なことに喜びたい。

 彼はあの火傷があってもやれる、補って余りある魅力があって、もっともっと大きな仕事も来るだろう。

 それってつまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 次の共演はいつかな、今年中は難しくても後2年くらいなら待てそう!

 花火を使って人の顔を焼く?

 しないしない、それするのってダイチ君関連だけだもん!

 

 私は彼がとっても!

 

 「だいすきー!」

 

 

 

 

 

 

 

 「ただいま。」

 

 ミヤコさんに送ってもらったとはいえ、シャワーとかを浴びていたらこんなに遅くなってしまった。

 まだ起きているだろうか、ちょっとした希望を持って電話をかける。

 

 「もしもし、お母さん?

 実はドラマに出てさ...... うん、復帰。 実は2作目だけど。

 ......そのドラマで僕、火傷させてきたやつに色々やり返せた。

 ──なんだ、加害者がいるって知ってたの?

 でもやけどの話はここでおしまい、これからは僕も役者、陸川ダイチだから。

 前に進むよ。」

 

 電話を切って玄関を上がる。

 もう0時近い、流石にみんな寝ているだろうと思えば、少し眠たそうに瞼が下がっているアイが出迎えてくれる。

 寝てもよかったのに、なんて言ったらまた不機嫌モードになるだろう、彼女の『おかえり』を受け入れて椅子に座った。

 そのくらいはわかるさ。

 

 「現場、どうだった?

 ......他の女の子に靡いたりしてない〜?」

 

 「アイ以外には靡かないかな。」

 

 「揶揄い甲斐が無いなー。」

 

 そう言って彼女は笑うけれど、それが照れ隠しだっていうのはすぐにわかる。

 でも本当の事だ、仕方ない。

 美人だとか可愛いだとか他人に思うことはあるだろうけど、どこまで行っても好きな女性はアイだけだよ。

 

 ......とはいえ、疲れた。

 ラストシーンの撮影だけやたら場所が遠かったし、なんだかんだでNGカットも多かった。

 遠足は楽しいけどめっちゃ疲れる、みたいな感じ?

 

 「寝よっか。

 ほら着替える着替える!」

 

 「はーい......」

 

 察してくれたのか、彼女の提案を飲んで眠る事にした。

 寝室には寝息を立てるアクアとルビー、今日もママのことを応援してたんだろう。

 横になり、さらりとした髪と子供特有の柔らかい頬に触れる。

 二人ともアイ似ではあるが、逆に僕と似なくてよかったなって。

 変なのが寄り付いたら嫌だもんね。

 

 「アクア、ルビー、また明日。」

 

 

 この火傷は理不尽な変身だけれども。

 僕は、ザムザにはならなかった。

 

 

 

 

















ザムザっていう曲が好きです
日刊ランキングにのってました、ありがとうございました
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