「行って来まーす。」
あのドラマから数ヶ月、陸川ダイチは適度な間隔でドラマや映画に出演している。
斉藤社長も彼がここまでやるとは思っていなかったのか、忙しそうに営業をかけていた。
......まあ、普通は自分が育てたアイドルを孕ませた男がここまで話題になると思わない。
そりゃあ訳の分からないまま営業をかけに行くだろうし、実際産科医だった頃に見た彼とはまるで違う犯人役の演技には、アイと一緒に見ていたルビーもひどく怯えていた。
『ママァァァ!?』
『よしよし、大丈夫だよー。』
『ままぁ......』
......怯えてたのか?
あれはもはや父親をダシに母親に甘えたかっただけだろう。
それはそれとして、ここ最近彼は出かけることが多くなって来た。
仕事の日は『そりゃそう』と言った感じだが、休みの日に朝早くから出て行っては帰ってくるのが夕方と夜の間となると、少々心配にもなる。
加えて、一緒に風呂へ入る際に見えたのだ。
全身にあったアザ。
一体父親が出先で何をして、何があってこのアザができたのか。
子供として知る権利があるはず。
ドアが閉まる音と同時にミヤコ夫人を呼び出し、気だるげな彼女を連れ出した。
「心配なのはわかりますけど、何もここまでしなくたって......」
そう言う彼女の両側には軽い変装に身を包んだ俺たち兄弟がその手を握り、件の父親の数メートル後ろを慎重に歩く。
尾行というやつだ。
......連れてくるつもりはなかった妹までついて来てしまったが、仕方がない。
ここで連れて行かなかったらひどく拗ねるだろうし、『ママがいるのに浮気!?』と男にとってはとんだ言いがかりの様なことを言い始めたので、連れて来ざるを得なかった。
まあ、もし本当に浮気をしていたのなら証人は多い方がいい。
生傷作って帰ってくる浮気なんて聞いたこともないが。
「浮気現場とっちめてやるんだから......!
ママを悲しませる前に私が引導を渡す......!」
「やり合ったところで絶対負けるだろ。」
意気揚々と拳を突き出す妹に対し、哀しき子供の弱さを突きつける。
基本的にあの男はこちらを甘やかしてくるので忘れてしまうが、そもそも彼の父親からしてボディビルダーで、その上血を引いた息子もそこそこ筋肉質。
赤子という存在からは卒業した俺たちではあるが、それでも細くて強いあの腕から繰り出される拳を受ければサヨナラバイバイ。
旅に出なきゃいけなくなるだろう。
しかしルビーはその事実を受け止めようとしない。
ホントに人生歩んで来た? 転生みたいな形で赤ちゃんになった自分と同じとは思えん。
「勝つし!
いざとなれば、こう...... 親子の情に訴えるから!」
馬鹿野郎、これは尾行だというのに大声を出すな。
幸いにもダイチはこちらの存在に気づかなかったが、あと一歩でバレるところだった。
「親子の情に訴えるとか随分悪質だな!?
悪女になれるぞ。」
「はー?!
レディに対して失礼極まりないんですけどー?!」
なんだこいつ。
さて、追い続けて辿り着いたのはとある家。
そこそこの大きさであるところを見るに、何かで名を馳せた人物の家なのだろう。
ここで怪我して帰ってくることなどなさそうなのだが......
しかし何をしているとかを知る事は他人の家である以上不可能に近く、不法侵入なんてすれば誰がどう考えてもアイに迷惑がかかる。
「帰りましょうか? ......別に尾行なんてしなくても、彼に聞けば教えてくれたと思うんですけど。」
うーん、それを言われると弱い。
ルビー程じゃないけど俺自身もどこかテンションが上がっていたところがあって、少し冷静になれば辿り着くその事実を見逃してしまっていた。
そりゃそうだよな、よっぽどのことが無ければ彼が浮気するなんて事ないし、そうじゃないなら教えてくれるだろうし。
冷静になったら尾行なんて出来ない。
不満げなルビーを引き摺って帰ろうかと思ったその時、どこから現れたのか分からない優しい雰囲気の老人に声をかけられた。
「もし、そこの方々。
違うならそれで構わないのですが、ダイチ坊のお知り合いですかな?」
「え、なんでそれを。」
竹箒片手に笑むその老人は『どこか似ていたもので』と言い、俺たちを家へ招き入れる。
案内されたのは地下室で、そこでは硬いものがぶつかり合う音が響き渡っていた。
びっしりと養生テープが貼られた床の上で戦っているのは二人、陸川ダイチと金髪の男。
片やナイフを振るい、片や素手でそれを受ける。
「──そう、指先まで意識する!
武器も自分の一部だ、手を抜けばすぐに
「わかっ、た!」
激しい肉弾戦、冷や汗が出てくるほどの気迫。
蹴り飛ばされて、それでもナイフを投げつけて攻めの起点を作り手を止めない。
引き込まれる様な殺陣の迫力から引き戻す様に声がかかり、その方向に視線を向ければ優しげな好好爺の顔がひとつ。
「......かの方には感謝しております。
私にはそれが嬉しくてたまらない。
だからこそ、我ら家族は彼らの修練に全力で協力しているのです。」
なんだ、そうだったのかと胸を撫で下ろす。
全ては杞憂であり、同時に楽しそうな彼の姿に少しだけ微笑む。
全ては演技のためであり、その帰結は俺たちの為?
わからないが、それでも少しだけ不安として靄をかけていた浮気が無かったというのは、子供としても大人のゴローとしても二人を見て来た自分にとって深い安心だった。
「......帰ろうか、ルビー、ミヤコさん。」
「あれ、もう帰るの?」
ああ、帰る。
疑いはもう晴れたし、邪魔をするわけにも── ん?
前にはお爺さん、横にはミヤコ夫人とルビー。
この声は後ろから。
冷や汗が吹き出し、キリキリと錆びついたブリキのおもちゃが如く振り返れば、そこには休憩しようとしていたのだろう陸川ダイチと金髪の男がいた。
上裸で。
上裸で!?
「──
やたら鋭い視線でこちらを見る男は俺たちがダイチの子供であることをわかった様にそう言い、それに対して
いや焦れよ、バレそうなんだけど?
「いいんだよ、子供なんて似てる似てないじゃなくて愛してるか愛して無いかだから。
どんな血を引いていたとして、僕の子供なら愛するさ。」
「──言っちゃってるじゃん!!?」
「ご馳走様でした。」
......結局昼ごはんまでご馳走になってしまった。
美味しかったけれども。
聞けば金髪── 田仲シノは俺たちがダイチの子供であることを知っている様で、そのきっかけは
マジで申し訳ないと思ってる。
だがアイが母親である事には気づいていないらしく、そこは首の皮一枚セーフって感じだ。
言う気もないらしいし。
「そういえば母親って誰なんすか?
中島ユキとか?」
「ちょっと表出ろお前ぶん殴ってやるから。」
この男、本当に中島ユキが嫌いだな。
「えっきし!!
......うー、誰か噂してる?」
「人気女優なんだから噂くらいするでしょ、ほらティッシュ。」
帰り道、とある言葉が喉に詰まる。
『──
忌憚のない意見というやつ、そう言われるならばそうなのだろうが、それでも心を曇らせるには十分な言葉だった。
確か陸川ダイチはそもそも性行為に付随する出来事を知らず、その手を引いたのは恐らくアイ。
しかし全く経験の無い男を、もし知識があったとして同じく実際の経験が無い星野アイが導けるだろうか?
可能性というものはどの様な人間、どの様な出来事の中にも存在している。
星野ルビー、星野アクアマリン。
この二人が全く違う父親の遺伝子で生まれている可能性というのは確実に否定できるものでは無い。
悪魔の証明に近いことだ。
星野アイが陸川ダイチ以前に肉体関係を持っていた男がいる。
それをあり得ると言えたとして、絶対に無いとは言えない。
その物事を無いと言い切ることは不可能だから。
「どうしたの?」
「なんでも無い。」
でもそれで良いはずだ、今の父親は陸川ダイチで、それに変わりはないのだから。
『おめでとう。』
それだけ書かれた手紙の中には、毛根付きの髪の毛数本が小さい袋の中にまとめられていた。
それとDNA家族鑑定ができる場所の電話番号。
これを彼がどういう意図で送って来たのかは分からないが、悩みの種である事に変わりはない。
私以外誰もいないもはや懐かしい様な孤独感の中、椅子に座ってその手紙と睨み合う。
怖い。
アクアとルビーに髪の毛を貰って鑑定に出せば、きっと親子関係を否定する結果が出る。
出るはず、なのに。
「......やだなぁ。」
きっと彼は自分の子じゃなくても育てるだろう。
でもそれは、彼にとってどういうことでどういう気持ちにさせるのか。
私がこれをやらなければあの子達は彼の子のまま。
それは幸せのままであることを意味するはずだが、ここに来て嘘をつくのが怖い。
私はアイドル、嘘をつくのが仕事で、愛してるって振り撒いてる。
でもあの3人の前ではアイドルじゃなくて母親だから、嘘をついて良いのかとブレーキがかかるんだ。
どうしようかな。
視線の先には、病院の屋上で撮った親子勢揃いの写真があった。
私個人の話として、推しの子で星野アイの次に好きなのはMEMちょです
かわいいスね
こんな話題の後ですが、23日0時時点で感想と評価数が同じ数であることに気付きました
ちょっと嬉しい
そういえば0ってひらがなの『の』に似てます、似てますね?
つまり星0→星の→星野、星野アイってことなんですよ
これは嬉しい
くだらない話をしましたが、評価等も出来たらよろしくお願いします