星の大地   作:チクワ

22 / 39
ファーストインプレッション

 

 うんうん唸りながら着替えを済ませ、新しい仕事の台本片手に悩んでいた頭を抱える。

 オファーをいただけることはありがたいし、せっかく依頼していただいたお仕事を断ることはないのだが、どうにも首を傾げて唸りたくなる内容がその台本には書かれていたのだ。

 例えばこれを他の役者が読んだとして、『何の問題があるの?』と不思議な顔をするに違いない。

 だが僕にとっては大変大事なことであり、同時に初めてのことでもあるため悩んでいると言うわけで。

 朝から食パン齧りながらウロウロとしているのにもちゃんと理由がある。

 

 人間は何にしても最初の一歩が重い存在だ。

 下手をすれば水面の奥に潜む恐怖に対して怯え、飛び込む事を躊躇うペンギンよりも用心深く、かと言って失敗を恐れず向かって行ったファーストペンギンに思考停止でついて行ける訳でもない。

 変に考える事が出来るからこそ物事を難しい目線で見てしまう。

 ......今僕が恥ずかしがっているたった一つのことをすれば、何もかもが解決すると言うのに。

 

 『ユキちゃんは今回の撮影、大変なところとかあった?』

 

 『大変って思うところは無くて、ずっと楽しくやらせてもらってました!』

 

 悩む僕の一方で、朝の情報番組に宣伝で出て来た中島ユキはにこやかに笑っている。

 僕も出させてもらったドラマが話題という事で呼ばれた様だが、撮影で一緒になると常々椅子の隣を狙ってくるのでこわい。

 にこにこで首筋を見つめてくる時なんてもう寒気がするし、ムカつく事にロケ弁を食べている最中だったから唐揚げが喉を通らなくて持ち帰る羽目になってしまった。

 よほどのことがなければ、彼女とご飯を食べることはもう無いだろう。

 そう言いたくなるほど彼女の視線が怖い。

 

 『ふふふふふ。』

 

 ......今度は噛みつかれたりとか...... ないよな?

 

 

 『──特に演技していて楽しかったのは陸川ダイチ君ですね!』

 

 ひえっ。

 もうやだこの人。

 

 

 ......さて、話を変えよう。

 テレビから視線を外そう、そうしないと体調が悪くなりそうだ。

 

 今回出させていただく作品は漫画のメディアミックスとして実写化される『(しのび)極道(ごくどう)』。

 昔々から戦い続けて来た忍びと極道の戦乱と、二人の主人公を取り巻く螺旋を描いた名作バトル漫画。

 監督はアクション映画の巨匠と呼ばれているらしい白澤監督で、共演者たちも名のある俳優女優ばかりと、制作会社の本気を感じる撮影だ。

 その中で言うなら、僕は五反田監督が言うところの『話題の俳優』。

 いわば客寄せパンダに近い。

 

 ──しかし客寄せパンダ上等、最初はDVの穴埋めだったことを考えるとこれぐらい屁でもない。

 何より良い演技をしてもしなくてもどっちでも良いパンダが悪くない演技をすれば、作品の質も上がるだろう。

 僕にピッタリな状況だ。

 

 加えて、シノとの鍛錬が活かされるアクションの多い映画というのも嬉しいポイント。

 教えをちゃんと実践できていると言うことを見せられるはずだ。

 それだけに──

 

 「はぁ〜......」

 

 

 このシーンをアイにどう説明したものか。

 いや、もう説明してる時間もないし、反対されたとしても『やっぱり出ません』なんて言えはしない。

 怒られるの覚悟で言うしかないか。

 

 壁にある時計を確認すれば、もうそろそろ迎えの来る時間。

 覚悟を決めて寝ているアイの横に座り、頬を軽く撫でて起こす。

 

 「ん...... おはよう......」

 

 寝起きでもかわいい。

 一度深呼吸をして、変に畏まらずに思ったことを口に出す。

 

 「今日仕事なんだけど。」

 

 「うん。」

 

 「その...... あるシーンで()()しなきゃいけないんだ。

 で、ほら、ファーストキスだからさ。」

 

 

 ............文句あるのか。

 

 そうだ、僕はキスをした事がない。

 そもそも順序が逆だろうとか、なんで子供まで生まれてるのにそこでヘタれてるんだとかは受け付けない。

 心の準備というものがあるんだ、こっちにだって。

 なんの準備もせずにベッドの中へ入り込み、慣れない他人の温もりに包まれる中で正常な判断ができる人だけ石を投げてくれ。

 

 で、今回の撮影ではキスシーンがある。

 ちょうど僕が演じる役だけに、ピンポイントで。

 

 だからその。

 ムードもへったくれも無いけど、せめて最初くらいは好きな人とやりたかった。

 面と向かって言うのは恥ずかしい。

 僕の顔がどうなっているのかは分からないが、彼女が笑ってると言う事はよほど真っ赤なんだろうな。

 

 アイは『ふーん?』と眠たそうな目を擦ると、ゆっくり腕を広げて受け入れる体制になった。

 

 「どうぞ?」

 

 言われるがままに近づき、互いの息が触れる。

 ただ合わせるだけの優しいものであったが、それは僕にとってどんな花火よりも激しく全てを突き動かす衝撃。

 唇を離して一度向き合い、お互いの熱を確かめる様に緩く抱き合って心音を重ねた。

 爆発しそうな音と、気のせいかいつもより速い音が混ざり合って溶けていく感覚。

 

 「......頑張ってくるね。」

 

 「頑張ってね。

 ......ねえ。 もし私が嘘をついても、ダイチは──」

 

 「気にしないよ。」

 

 「そっか。」

 

 玄関に向かい、扉を開けて階段を降りて、車に乗り込む。

 やはり朝早くということもあってミヤコさんも眠たそうだ。

 

 「良いことでもあったの?」

 

 どうやらバレていたらしい。

 自然と上がっていた口角を人差し指で元に戻し、窓の外へ意識を向ける。

 胸はまだ高鳴ったまま。

 

 

 

 

 

 

 「おはようございますー。」

 

 「......あぁ、おはよう。

 メイクが終わり次第本読みだ、遅刻は一回までだぞ。」

 

 現場に着くやいなや挨拶をしたのは、今回の撮影でお世話になる白澤(しらさわ) (あきら)監督。

 古くは数十年前から映像業界に関わっており、作り出した名作は海外の監督や映像業界以外の人間にも影響を与えたのだとか。

 しかしここ最近の作品ではあまりヒットを飛ばせておらず、人によっては『オワコン』と手厳しい評価を投げつける者もいる。

 だがそれは他人の評価。

 僕が考えるべきはここで何を為すかであり、監督に対する世の評価では無い。

 

 メイクさんの元へ向かい、椅子に座って鏡に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 「『裏で悪事(わるさ)かましてると、(しのび)が来る......』」

 

 「違うな。

 そんなにひけらかす様な喋り方をこの人物がするか? この作品における忍は自身の行いに誇りを持ちながら、それを決して知られてはならないと自覚している。

 台本に書き足しておこう、あくまで静かに、だ。」

 

 本読みの段階から張り詰める緊張感というのは、今までの現場で感じたことのない新たな感覚。

 まるで監督がこの場の全てを支配し、名のある役者達であっても萎縮してしまう様な()

 

 昨今の役者に任せるタイプとは違う、自身が支配者として一挙手一投足を操る感じ。

 まさかここまでだとは。

 台本を持っている手の甲を掻いていれば、次は自分のセリフ。

 視線が来なくとも注目が集まる、ヒヤリと冷たさが心を撫でる。

 心地が悪い、この演技は──

 

 「『──私は、すべての孤独な者の力となろう......!』」

 

 あまりにも楽しく無く、かと言っていい物になる気もしない、全てが萎縮した嫌な場だ。

 だからこそ僕はやるべき事を、このセリフの様に自分に求められた事をやるんだ。

 誰より早く先陣切って監督に真っ向から向かい合う、先駆者(ファーストペンギン)として。

 

 「悪くはないけど敵意が強いな。

 もっと柔らかくしろ。」

 

 「はい。」

 

 

 

 本読みが終わりドライリハが始まろうかという時、とある人物から声がかかった。

 主人公である多村(たむら) (しのぶ)を演じる俳優の高梨 勇吾さんだ。

 気安い人柄で好かれやすく、気配りもできるのでスタッフさん達の評価も高いという良い感じの人だが、白澤監督には演技に対して手厳しい評価を頂いていた方。

 これからアクションシーンの撮影という事で体を動かしていたらしく、適度に熱を持った体が強い日差しに照らされている。

 

 「よろしくね。

 いやーお互い大変な現場に来ちゃったもんだよ、あの監督を悪くは言いたくないけどさ、まるで演技してる感じがしないんだ。

 どこまで行っても首傾げてて、別に王様じゃないだろってね。」

 

 「はは......」

 

 苦笑いで場を濁したが、言ってる事はわからないでもない。

 どんな環境どんな仕事であれ、モチベーションというやつは非常に重要な事であるはずなのだけれど、この撮影において役者側のモチベーションは下降の一途を辿っている。

 実際何というか...... ここまで見ただけで言えば、スカーの微笑で訪れた撮影現場の方が覇気もやる気も満ち溢れていたものだ。

 とはいえ、それを言い訳にして悪い演技をするわけにはいかない。

 

 「おっ、そろそろか。

 ──じゃ、陸川くんも頑張ってこうね!」

 

 「高梨さんも!」

 

 ......何だろう、嫌な予感がする。

 悪い事は連鎖する物だ、人間万事塞翁が馬とはよく言った物だが。

 この後撮影するシーンは序盤に主人公である忍が政治家を連れ去った極道を相手取って無双するシーンであり、スクリーンに入って来たお客さんを魅了して引き込むにはこれ以上無い展開。

 しかし立ち回りや振り付けなどは非常に複雑で難解、監督自身のこだわりなのか長回しがあるなど少々要求が多い上に、高梨さんはそこまでアクションが得意ではないとラジオで話していた。

 だからこそ嫌な予感がするのだ。

 そしてそれは見事に的中する。

 

 

 「──があっぐ、あぁぁ......!!」

 

 激しいアクションの最中、嫌な音と共に倒れ込んだ彼の足は異常な方向へ折れ曲がってしまっていた。

 痛々しいその姿に思わず現場は騒然とし、少ししてサイレンを鳴らした救急車が現れると彼を連れて行ってしまう。

 これはまずいと口元を抑えるが、それで何かが変わることもない。

 

 現場の雰囲気は最悪。

 悪い空気を笑いに変えられる明るさを持った主演は負傷によって早々に消え、残ったのは苛立った監督と半ばやる気のなくなった役者達のみ。

 どうしたらいい、どうしたらこの状況を打開できる?

 分からないが── 諦めるわけにはいかない。

 

 確かこのシーンの後は僕のシーンだった筈だ、監督の元へ向かい撮影カットの繰り上げを願い出る。

 

 「監督、撮れるシーンを撮りましょう!

 僕の準備はできてます。」

 

 「何だ、客寄せが偉そうに。

 ......そのくらいわかっている、場所を変えてカット96からだ!」

 

 偉そうに言わせてもらうさ、客寄せだってそもそも役者だ! ここには撮影のために来ているのであって、主演が怪我したことに対してお通夜のテンションになるために来たんじゃない。

 この空気を何とかするんだ。

 そのために自分の演技を貫き通してみろ、陸川ダイチ!

 

 

 「僕だって...... 俳優だ!」

 

 

 

 

 

 

 「......監督、流石に主演不在はまずいっすよ。

 何処かから連れてくるにしたって、面倒がつきまとうでしょうし......はぁ〜、何でこうなるかな〜......」

 

 「──アクションだけならちょうどいい子供がいる。

 今は隣のスタジオでやってる筈だ、連れて来てくれ。」

 

 「はい、名前は?」

 

 

 

 

 「お疲れっしたー。」

 

 「ああいた! 君、田仲シノくんだね?」

 

 「え、なんか用っスか?」

 

 

 

 

 

 

 

 







良ければ活動報告の方も見ていただければ
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。