空気は最悪監督の機嫌も最悪、これまでやってきた仕事の中でどれが一番嫌でしたかなんて聞かれれば、俺や他の皆は間違いなくこの場を選ぶだろう。
衣装さんに渡された黒い喪服のようなスーツに着替え、軽く自分の台本を見直してからスタジオに戻る。
そこには唯一監督の横暴とも言える撮影に向き合い、役者としてこの映画を良くしようともがく若い青年が座っていた。
自分の子供より5歳くらい年上の高校生くらいか。
しかしその肉体、背中に彫られたシヴァ神のフェイクタトゥーは彼の体から立ち上る執念のような気迫を更なるものにし、まるで死地を幾度となく潜り抜けた極道の如く役に入り込む── いや、その場に演じるキャラクターがいるように見せていた。
思わず笑ってしまった。
俺もカメレオン俳優などと呼ばれたことがあるが、それならば彼は
それとも『まほうつかいのようなふしぎなかいとう』か?
分からないが、期待を持たせてくれる存在である事は確かで、彼に負けないよう先達である俺が頑張らずにどうする。
これから始まるシーンのために白い着物、死に装束を見に纏う彼の背中を叩けば現れるのはあどけない年相応の顔。
しかしその奥には父親のような優しい光がある、不思議な男だと息を吐き、勇気づけるように笑いかけた。
「大変だけど頑張ろうや。
気になることとかあったら言ってな、役としても上司と部下なんだから。」
「ありがとうございます、鈴木さん。
......その、筋肉バキバキですね...... お父さんが喜びそう。」
「おっ、分かるかい?
筋トレが趣味なんだよ、機会があれば是非。」
「はい!」
呼び出しが掛かり、リハを終えてカメラが入る。
さあ頑張ろうや
──畳の上に盛り沢山のエキストラが配置され、皆騒々しく敵対し合う極道の如く罵声を浴びせ合う。
スキンヘッドに古傷携えた大男、ふくよかな体に溢れんばかりの悪意を詰め込んだ恵比寿。
ここに現れたるは陸川ダイチ演じるライバルキャラであり主人公の忍に出来た初めての友、
俺はその後ろに側近として控える男、
この場においては見届け人以上でも以下でもない。
さてお手並み拝見、例のドラマを見てその演技力はわかっているが、この大人数の前であの気迫が出せるかどうか。
さあ来るか、背後の襖が開かれて足音と共に陸川ダイチが現れ── その変わりようにブルリと震えた。
「『──皆様善くぞお集まりくださいました......!
音平会傘下竹下組裏組長、輝島極で御座います。
本日皆様にお話しいたしますは、我々極道という種族
極道達が静まり返り、その一挙手一投足に意識を向ける。
身振り手振りその全てが自由自在な触角のように彼の語る全てを彩り、信じられないことに今、まさにここで『忍と極道』の世界が転移したようにも感じ取れた。
関心の息を噛み殺し、貪欲にも糧にするべくその演技を目に焼き付ける。
恐ろしい男だ。
──極道と忍の闘いは明暦の大火から始まり、敗北した極道の租より受け継がれてきたのは打倒忍の意思。
それは世界大戦にて花開き、他国の軍と手を取り合うことで極道は忍を超えた。
「『──
極道は勝利を収めたのです!!』」
夢丸と言うキャラクターは原作にてここで独白する。
輝島極と言う男が味方であることに心底安堵していると、彼の手の上で荒くれの極道達が踊り団結していると。
今この状況も同様。
エキストラ達は一人たりとも粗相をする事なく聞き入り、あまつには演技とは思えないほどの涙を流す男まで。
──
このスタジオに集まった役者達が、陸川ダイチの
「『忍が
戦後闇市に始まり高度経済成長期、民から取り得る地上げで降盛!
ああ栄光!! 栄華!!
山あれば谷あり、それは極道とて変わらない。
栄華を極めた極道の時は終わり、ついに忍は蘇って極道に対し襲撃を開始した。
銃より速く己の肉体のみを武器とした忍に鏖殺されていく極道達の首が見えるように、だんだんと語り部であるダイチの声が小さくなる。
同時に聞こえてきたのは悲しみに暮れる野朗共の泣き声。
「『必死の抵抗虚しく極道は死んで、死んで、死んで......20年!
永い刻の中で忍者に殺られ続け、もはや我々という種族は死にゆく定め......!!!』」
引き込まれて戻れなくなるような、そんな感覚。
彼の演技に取り込まれるな、真似をしたのならそれはもう自分の演技などではなくただの模倣、劣化に降る。
それだけはいけないと目に焼き付けんとした情報を遮断し、自分の中にある『鈴木修平』という存在を守り通す。
これを真似しようとしてできる人間はそういない、いたとしたらその役者はイかれているかもしれないな。
スキンヘッドのエキストラが口を開く。
「『そうじゃ......! ワシらの組長も忍に殺された......!!』」
それを皮切りとして口々に流れてくるのは極道達の悲しみ、後悔、そして忍への恨み。
だが半ば死を受け入れている極道という種族に対し、輝島は固く拳を握って震わせる。
「『......女子供10人、10人ぽっちシメただけで俺の組長も! 奴ら血も涙も無ぇ!!』」
「『極道に救いはねえのか?!
俺たちこのまま死ん、死んで──』」
さて、ここがターニングポイント。
たとえどんなにいい演技をしたとしても監督に『良し』と言われなければ、ここまで長回しで続いて来たこのシーンも藻屑と化す。
──さあ見せてくれ、君の答え、その演技の先。
客寄せではなく監督を黙らせられるほどのポテンシャルを持つ、君だけの怒りを。
目を見開き、歯を食いしばって──
「
死んでたまるか!!!」
極道達が気迫に慄く、恐怖に咽ぶ。
輝島極と言う男の心から生まれた怒りをまるで自分自身の様に叫び叩きつけるその演技── いや、本物の怒りに俺は演者としてでは無く物言わぬファンの様に興奮していた。
──俺は星山夢丸として、輝島極の先を見たい。
その意思はこの撮影現場を明るく魅せて、かつ俺の負けず嫌いな心をたぎらせる。
ノセられちゃったが、あまりにも心は清々しい。
この
「カット!! ......オーケーテイクだ。」
片手にはトカレフ、もう片方には匕首。
作り物である屍のカーペットを歩き、ある事柄に思いを馳せていた。
目の前で待ち構える忍役の方に、この現場にいるスタッフさん達に僕の演技は響いただろうか?
もし響いてくれていたらそれは嬉しい、是非ともこの現場を盛り上げていこう。
盛り上がっておらずどん底の様な現場から名作が生まれるわけもなく、そこをどうにかできるのは今この場にいる僕たちだけだから。
忍に対する極道の対抗策、それは肉体を強化する薬。
それを口に含み輝島極は忍へと走り、忍はそれを迎え撃つ。
見切れれば勝ち、見切れなければ死ぬだけの簡単な戦場。
......シノと何回も繰り返したことだ、ここにキャラクターは全てをかける。
だからこそ僕たち演者もNGを許さない気持ちで行かなければならないと。
だから。
──さあ、さあ、さあ!!
どちらがくたばるか、ここで決めよう!
「「『──いざ!!!』」」
「......ほい、水。」
「あ、鈴木さん。」
優しい表情と共に手渡された水を受け取り、次の撮影準備に忙しいスタッフさん達を見やる。
彼らも大変だ、当たり前だけど。
「やるね、つい手に汗握った。」
「......ふふ。」
どの様な形、意図であれ、同業者から褒められることに悪い気はしない。
いつだかに独白したことだけれど、僕にとって褒められる事や認められる事は勝利であり快感でもある。
これは僕と一緒に演技する事に快感を得る中島ユキや戦いを通して己を正当化する田仲シノと同じで、なんだかんだ僕含めたあの3人と言うのは似たもの同士だったのかもしれない。
畑は違えど3人とも何かを演じているし、ね。
そんなこんなで僕にとっては同業者からの褒め言葉こそが最高の褒美である。
わしゃわしゃと頭を撫でられ、幸福感に包まれながら彼と笑い合った。
「君の演技には監督も驚いてるだろうな。
あの人『自分の作ってない映画は見ない』ってメディアに言った手前、君のことを知らないんだと思うよ。
......さて、あとは主人公かねぇ?」
背もたれに鈴木さんが体重をかけると僕の体も傾き、同時に言い放たれたその言葉に小さく俯く。
そうだ、結局主人公はどうなるんだろう?
撮影も進んできたが、なんだかんだで主人公が登場するシーンは未だゼロ。
やはり明日以降になるのだろうかと思案していたところ、不意に背後から知った声が聞こえてくる。
振り向けばそこにいたのは金髪の男であり、両者同じ様に驚愕して向かい合った。
「──ダイチさん?」
「──シノ!?」
主人公である忍の代役として招集されたのは、隣のスタジオで撮影を終えたばかりの友達。
これはつまり、僕と彼との殺し合いが確定したと言うことでもあった。
「『
忍は構えられた銃に頭をくっつけると、自身から笑みを奪った元凶に向けて叫ぶ。
『やってみろ』と、それがけじめであるかのように。
「『──撃てやァァァ!!!』」
「『うぉぉぉお!!?』」
「凄いな、スーツアクターだろ?」
「僕の友達ですから。」
これは彼にとってのセカンドキャリアで、僕が対価に教えた演技の使い所。
俳優としては初参加であるはずなのに手慣れた様子で演技するシノの姿に思わず微笑み、同時にこの先へ期待が募る。
──もっと楽しい撮影になりそうだ。
キャラクターの元ネタは活動報告に記載してあります
きっつい