二日目の外撮影。
日差しが照りつける中で撮影は目立った滞りもなく進んでおり、現在は序盤も序盤の主人公と敵の首魁が邂逅するシーンの撮影中。
民衆という天然のエキストラ達に囲まれながら演技する男達の間には何者をも寄せ付けない世界というか...... 両者が互いに高め合う様な演技があり、この語らいの中で気分が高揚していることが耳だけでも伝わってくる。
「『いやー良いよね! ヒート様かわたん!
「『オレもヒート様
22話と23話の死闘なんてもう燃えて泣けて〜』」
......脚本が上がって来た段階で読みこそしたが、このシーンに於いてこいつらが何を言っているのかは全くもってわからん。
ただ好きなことを語っているのは確かだろう、横浜のオフィス街には少々場違いな語りだが。
「オーケーだ、切り上げて次の撮影に行くぞ!」
──撮影で何度も撮り直していれば、自然と現場の雰囲気は悪くなる。
スタッフも役者も皆同様。
その観点から見れば陸川ダイチの存在というのは大きく、こちらの求めるものを出してくる時もあれば、こちらの求める
しかしその全てが高水準で纏まっており、それを見た他の役者がやる気を出すと言う良いループを生み出すこの男には苛立つが『さすが』と言わざるを得ん。
『火傷をメイクで隠してでも使え』と言った
「あ、やった、揃った!」
「ダイチさんウノ言ってないよ?」
「何それ?!」
極道と忍に分かれ、ロケバスの中でウノをする役者達を尻目に、ランドマークタワーへと向かう道に建てられたビル群へ意識を向ける。
──永く映画業界に居座って来た。
何度も何度も好奇心の赴くままにカメラを回し、当時己の譲れないプライドを持った役者達とぶつかり合うことも数えきれないほどあり、しかしその結果良いものが出来たことも事実としてある。
全てが黄金の様に輝く世界。
俺は古い監督、古い人間であることは自分自身で分かっているし、誰にも理解されないだろうがそれでもあの時代が忘れられない。
全ての役者が努力した。
全てのスタッフが信念のもとに良いものを作ろうとしていた。
だが今はどうだ?
大して演技の上手くない、かと言って努力の跡も見えてこないアイドル崩れが事務所の力で主演を勝ち取り、本来見られるべきはずの演技派が脇役に押し込められる。
もっと出来るはずなのに、上手くやれるはずなのに、与えられたのは碌に感情も込められないガキの尻拭い。
作り手側も変わり、熱を感じられない。
メリハリのない陰陽の付け方もただ泣かせれば良いと言う小手先の演出も全てが嫌いだ。
だから俺は他人の映画を見なくなった。
唯一見たのは少し基礎を教えた五反田というヤツの映画くらいであり、一年前とかに放映されたやつは時間が無くて見ていない。
映画が一番好きなコンテンツだった筈なのに、俺は何もかもが嫌いになっていたんだ。
ヒットを飛ばせないことに対するネットの誹謗中傷なんぞどうでも良くて、ただ今の映画業界に絶望し、今回の撮影を終えて引退しようと思ったからこそ、こんな素っ頓狂にして頭のおかしい原作の映画化を受けたのだが。
『監督、撮れるシーンを撮りましょう!
僕の準備はできてます。』
若造が何を言うかと苛立つ気持ちはあった。
主演は足を折って降板、何一つ先の見えない撮影に苛立ちが無かったわけではないが、あの男の一言が更にその怒りを大きいものにして行く。
大人気ない話であるが、よほど気に入らない演技をすれば怒鳴ってやろうという考えも隅の方に存在していた筈だが、それすら吹き飛ばす怒りがあの青年から吐き出されたのだから驚きとしか言えん。
『
死んでたまるか!!!』
気圧されてしまうなど何年振りのことだろう。
全ての理不尽や無力に怒り、苛立ちのまま全てを吐き出したその男に古き時代を見てしまったのは幸か不幸か。
──この作品をただの引退作にはしない。
沸々と煮えたぎるガソリンの様なやる気は学生時代の自分自身を思い出させ、同時に希望を持つにふさわしいきっかけ。
俺は監督として陸川ダイチのプライドと向かい合おう。
それが年寄りに残された数少ない役目の一つだと、ジジイなりに考えたわけよ。
あの演技力の源泉には何があるのか、探れど探れど見えはしなかったが。
物思いに耽っていれば唐突に肩を叩かれ、運転中に立つのは危険だと言うため振り向けばそこには件の男。
右手にはトランプが握られていて、その笑顔はこちらを輪の中に巻き込まんとしている。
......上等だ、これでも学生時代はババ抜き最強の男。
若造からの挑戦を受けないわけにはいくまい。
「よし若造ども、年の功というやつを見せてやろう!」
「
鈴木修平から言われたその言葉に微笑む。
この業界にいるうちはどれだけ経とうとチャレンジャーだ、まだまだ老害として若者の壁になろうじゃないか。
「
「これでも『トランプの白チャン』で通ってたんでな!」
ランドマークタワー、空いていたオフィスフロアを借り、そのトイレでワンシーンの撮影に挑む。
狭い中でぎゅうぎゅうに敷き詰められた撮影機材の中、息苦しさが年寄りにはちょいと辛いが少しの我慢だ。
ここまでの流れは八極道のクロテがランドマークタワーにて表彰予定だった多村忍を襲撃、殺し屋の子供達と大人達の最悪な鬼ごっこが始まると言ったもの。
そしてトイレに篭っていたのは輝島極であり、扉を開けて邂逅した殺し屋の一人と何故か談笑するというシーン。
ここに関しては細かいカットで割るか一気に撮るかで悩んだが、結局小さいカメラを要所に設置しての長回しということになった。
何よりこの環境が陸川ダイチを輝かせるはず。
ただ話すだけなら誰にでもできようが、問題はこの後に起きる出来事。
心の隙間に入り込み談笑していたはずの子供を容赦無く殺し、無感情のままに叫びを要求するカット。
──どんな役者であれ心は揺れる、その揺れをどこまで消せるか。
「『
正確に
限りなくリアルに寄せた偽物の首を掴み、足元に転がった二つの死体を跨いでから投げ捨てた。
この後アフレコさせるが、今はとりあえず演技をやりやすくさせるために画面外から演者に叫ばせる。
首だけになっても麻薬の影響で生きている、なんてトンデモの脚本に首を傾げそうになるが、今さら文句も言ってられん。
「『──君たちの殺し屋組織...... その創設者にしてOBがこの私だ。
怖かったら叫んでほしい。
君の
張り裂けそうな叫びがトイレに反響し、耳に手を当てて聞き届けた輝島は眉のひとつも上下させずに『はぁ』とため息を吐き捨てる。
無感情にして最強の男、その面目躍如といったところか。
「『ふーむ、いまいちピンとこん。
何を見ても私の心は動かない。 我が子にすら、か。
私は誰にも共感など── いや、忍くん。』」
──新しい扉を開いたか?
これまでは言葉と身振り手振りを交えて表現して来た陸川ダイチが、そのどれもを行わずに
無の中にただ一点の情を浮かべる様な表情は見るものを引き込む。
こりゃあ木村や鈴木のテンションもあがろうと言うもの。
とは言えこのキャラクターは物凄い。
唯一過去で明かされているのは好き好んで女児アニメを見ているということと、
こうして見る中で分かったのは、陸川ダイチの演技には必ず他人の観察が入るという点だ。
台本も監督もスタッフも役者も、全てを観察した上で良いものを繰り出す。
懐かしい、昔もこんな役者に驚かされたものだ。
あの男は
そして今のシーンは無論オーケーだ。
......しかしアクションの田仲、演技の陸川。
この二つが混ざり合った瞬間というのは相当の爆発力を持つだろう。
見てみたい。
何者の邪魔も入らず二人だけの世界で演技する彼らが。
「『言ったよなぁクロテ......!
「『──二人は
切り抜けよう、君と私で......!!!』」
撮影三日目、大まかな撮影は全て終わり、残るは最後のアクションと細かい主人公達以外のシーンのみ。
東京都内のスタジオにて田仲と陸川を集め、最も見せ場として扱いたいこのカットについて話し合う。
「言ってしまえば映画オリジナルの展開ですね?」
「ああ、決着が着くことはないが...... 最後の5分間、アクションは
使えるのは匕首と拳銃、流れ的にはそんだけだな。」
「
「うん、ある。」
二人から発された自信たっぷりの言葉に笑みを浮かべ、背中を叩いて送り出す。
4台というカメラをフル稼働させ、老人として若者達の轍を見守ることに嬉しさを覚えた。
「鬼スケジュールだったね。
もう数週間は休みたいよ。」
「
......そういやあの子達と喧嘩なくやれてます?」
「もちろん。
今日で僕たちクランクアップだろ? だから早めに帰って一緒にご飯食べようかなって。
この映画をルビー達に見せられるかは...... いや、見せないほうがいいか?」
二人、ボロボロのメイクで笑い合う。
拳を突き合わせ、互いの健闘を願う様小さく呟く。
──いろいろあったけれど、楽しい撮影だった。
またみんなとウノがしたいな。
「──二人はシノとダイチだ。
やれるさ、僕たちなら。」
照明が当たり、カメラがこちらを写す。
左手には匕首が握られていて、その鏡面には血まみれの多村忍が写っている。
──これより始まるは二人だけの
誰の邪魔が入ることもなくただ息遣いだけが聞こえてくる、極道の意地と忍の誇りが交差する永遠の戦場。
極道だと知りたくなかった男と、忍だと勘づいていたが聞くことができなかった男の悲しい愛。
それをぶつけるのにたった一つの名乗り以外は要らない。
構えを取り、確かめる様に自分の立場を叫ぶ。
「『東都八忍、
──
「『八極道、
「ただいま〜」
全ての撮影を終え、いつもより早い時間に帰宅する。
出迎えてくれたのはアイで、先日よりもどこかすっきりした様な顔つきを見るに悩みは無くなったのだろうか?
それならいいんだ、僕は楽しそうな貴女をみている時が一番幸せなんだから。
彼女は笑顔で『おかえり』と言いかけたかと思うと、何かを思い返した様に咳払いをして悪そうな表情へと変貌する。
......なにかやらかしたかな。
「......ふーん、私の知らない子と
寂しいなー、ふぇーん。」
こう、もうちょっと手心を加えていただけないだろうか。
いやしたよ? キスしたよ?
女性の敵から『
でもそんな言わなくても良いじゃん。
......とは言え、わざとらしく身体をくねらせる彼女の姿を見るに本気で怒ってるとかはなさそう。
それならやるしか無いんだろうなぁ、子供達が見てないのが唯一の救いだけれど。
彼女の頬に指を滑らせ、一つ覚悟の息を吐いて口付けする。
知識として得てはいたが恥ずかしくて出来やしなかった、舌を入れての愛し合う様なモノ。
するりとこちらの背中に回されていたアイの腕がギュッと身体を引き寄せ、全てが溶け合う様に密着していく。
数秒経った頃だろうか、恥ずかしさに負けて口を離せば透明な橋が掛かり、視界を埋めたのは嬉しそうに頬を染めた彼女の顔。
「......ふふ、正解。」
どうしようか、僕はこの行為が好きかもしれない。
......まあ僕の好き好みは兎も角、アイが満足してくれた様で何より!
「私も好きだよ、
顔に出ていたか。
でも悪い気はしない、好きも嫌いも知ってほしいのは当然だろう。
玄関を上がりリビングへ向かう、ゴミ箱に叩き込まれていた手紙にクエスチョンマークを浮かべながら。
「パパおかえり!」
「ただいま。
アクアも、ね。」
「うん、おかえり。」
──輝島極は作中にて八極道のクロテを息子と呼び、クロテ自身も極の事を父親としている。
しかし極とクロテの間に血は繋がっていない。
何故か?
母親が当時14歳の極だけでなく、他の男とも関係を持っていたためだ。
その事実をクロテは知らずに極を『母親を捨てたクソ父親』と狙い、それに対してその事実を知る極はそれでもクロテを『我が子』と表する。
そして二人の最後は、極に対して友である多村忍が忍者であると暴露するという最高の復讐で終わる。
自身の動くことが無かった心を揺らした息子に対し、極は最大限の賛辞を送るのだ。
『──見事だ息子よ。
君は見事に私を......
ご飯を食べ終えて眠った子供達に布団をかけ、気になっていた手紙をゴミ箱から拾い上げて呟く。
「何があっても僕の子だ。
──本当にかわいいな、美人だし......」
僕はこの子達を愛しているよ。
しばらく投稿しなかったら心やってるか忙しいんだという事にしてください
橙評価に戻りたくはないですが
余裕があれば感想にも返信します