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とある日のインタビュー。
復活を遂げ、老いてますます盛んなりと世間に言わしめた監督の家にて。
『あの男は異常だよ、演技に於いて。
観察して観察してそのキャラクターを白紙の自分に映し取り、現実にある様やるなんてよくやると思うわ。』
『ああ、教え子の映画だし今回は観るがね。
......こっから先はオフレコだが、俺はなんだかんだであの男を心配してんだ。』
『ここ数週間見なかったが......
──
本当嫌な思い出だよ。』
いやだ。
『──お前にはひとつの青春も無かったな。
小さい頃も今も未来も、何一つとしてお前に日常は存在しなかった。
火傷、子供、役者。
笑っちゃうよ。』
やめて。
『君も分かっているんだろう?
自分がどれだけ良い人間であろうとしても、彼女達がそれに答えてくれるとは限らない。
だが君はそれに向き合うどころか裏切られ、嘘を吐かれて捨てられることを恐れて都合のいい男で居ようとしている。
......随分殊勝なことだ。』
彼女は裏切らない、貴方達が思うよりもずっと優しくてずっと誠実なんだ。
ルビーもアクアも僕の子でそれは永劫変わらない。
だからもうやめてくれ、僕をもう貴方達から解放して、ただの陸川ダイチに戻させてくれ。
もう──
『見失う? 可笑しな事を言う。』
『解放なんて人聞きが悪いな。』
『『
なら死ぬまで付き合ってくれよ。』』
「社長、ダイチに仕事入れすぎ。」
「あん? どうした急に。」
すっとぼけた様にハテナを浮かべる社長にアイススプーンを向け、こればっかりは真面目なトーンで問い詰める。
──ダイチが出演したあの映画は監督の復活を日本中に知らせると同時に、彼が飛躍するには十分なほどの話題性で日本中の話題を攫った。
もちろんそれが悪いって言うつもりは無くて、当時は仕事が増えることにお互い喜んでたし、彼は『子供達に見せないでね』なんて言っていたけどそれは無視して楽しませてもらったし。
ただ人気になって仕事が増えれば自然と休みは無くなっていく、これが世の常。
月9や映画に引っ張りだこ、その上でバラエティ番組に呼ばれたりだとかドッキリにかけられたりだとか、心の休まる暇もなかったはず。
学校だって授業の最中でも奇異の目で見られて大変だろうに、変に有名になったから子供達と遊ぶことすら出来なくなって、ダイチは一年前から見るからに疲弊していた。
──でも彼は仕事を断らない。
社長が『こんな仕事取ってきたよ』と言えば文句の一つも無く『わかりました、行きます』って、それじゃあ身体を壊すに決まってる。
そこまでなら心配程度に留めただろうが、こうして社長に直談判しなければならないと思い立ったのは
『行ってらっしゃい。』
『......ああ。』
まるで別人の様だった。
随分と痩せた身体に加えて疲労に塗れた目元には隈が目立っており、その声色は搾りかすみたく掠れていて、見送った後に深いため息を吐いた事を覚えている。
そんな彼に対して親子関係の診断結果なんて渡せるわけもない。
ずっと棚の奥にしまったまま。
その時はどうすれば良いのか分からず、ずっとソファの上で唸っていたと思う。
私にできることなんてたかが知れていて、しかもその出来る全てをやってみたところで彼が元気になるかどうかなんてわかりっこ無い。
たとえば身体で誘ってみるとか...... 普通に怒られそう。
じゃあ少し程度を落として、一日中くっついてみる?
でも空いている日というのはあまりにも少なくて、それを実行するには── 休みをもらうしかない。
というわけで社長に詰め寄ってるわけだ。
ミヤコさんに最初は聞いたのだけれど、『ダイチに関する仕事は社長が持ってきてるから、聞くならあの人』という事だったので。
社長は少し考えてからメモ帳を確認してため息を吐いた。
「つっても本人の確認無しに休ませるわけにもいかないだろ。
そもそもこれを望んだのは
「......」
「......わかったよ、明日辺りに話してやる。」
「さすが佐藤社長!」
「斉藤だっつってんだろ!」
──気が紛れるから?
それは何から? 彼に何があったの?
わからないことに頭を回していれば社長の電話が振動し、知らない番号からかかって来た電話を取る。
『ええ、はい』と外向きの声で話している姿に何故か面白さを感じていると、不意に現れた素の声に驚愕した。
「──はあ、はい...... は?! 早退ですか?!」
変な感覚だった。
今オレは目の前にいる友達と話しているはずなのに、何故かその向こうにいる謎の何かと話している様な......
しかし返答は返って来ているし、なにもおかしい所は無いはずなんだが。
「......んで、B小町も遂にドームっスよ。
「うん。
私?
こう言う人だったかな、ダイチさんって。
いや、これは陸川ダイチというよりは── と、ひとつ答えが出かけた時、チャイムがその思考をぶった斬った。
次の時間は体育、さっさと体育館へ向かわなければ。
......だがその前に。
カバンの中からとある箱を取り出し、彼の机の上に置く。
少し早いが誕生日プレゼント。
「......ありがとう。」
「いえ。
......少しくらい休んだ方がいいっスよ、ダイチさん死にそうな顔してるし。」
「いや...... 仕事をしてた方が楽なんだ。」
そう言った彼の顔は辛そうで、それでも笑っている。
──その時止めとけば良かったのに、止められなかったのはオレの落ち度かも知れない。
バレーボールが転がって行って...... その先に倒れていたのは陸川ダイチ。
呼びかけても返ってくるのは弱々しい声の『大丈夫、大丈夫』と言う言葉だけであり、立ちあがろうとするその足はカタカタと震えていた。
肩を貸し、いくらなんでもと言うことで保健室まで連れていく事に異論を立てる人間は存在しない。
ベッドに寝かせ、一息ついてさっき彼に感じた感覚の正体を探る。
彼は演者として狂っている。
キャラクターを現実に連れてくる、まるで憑依させる様なその演技は見る者を魅了して今や中島ユキと肩を並べる人気俳優。
つい先月にはエランドール賞を贈られ、友人として授賞式のライブ配信は楽しく見させてもらった、が。
──
古い時代にはひとつの役に対してとてつもない程に入れ込み、そのキャラクターが抜けずにクランクアップ後虚脱状態になって自死した俳優がいると爺さんが話していた。
それが当てはまるならば、もしかしてだけれどダイチさんは......
「まだ、輝島極が
窓際から見えた車には、きっとダイチさんが乗っているんだろう。
......オレが彼にできる事は一つも無い。
無力を噛み締めペンを握る。
『『なら死ぬまで付き合ってくれよ。』』
「......ッ!!」
嫌な夢を見た。
自分が自分で無くなっていく様な感覚に恐怖を覚えて飛び起きてみれば、周りにあるのは少し懐かしい実家の風景であるが、布団のかけられた膝下にはアイの姿が見える事を考えれば夢と言うわけではなさそう。
確かバレーボールが顔面に当たって、そこから意識が無くて...... ベッドに寝かされていたところを見るに早退扱いになったんだろうな。
両親かミヤコさんか、それとも社長か。
誰にしても迷惑をかけたことは確かだから謝りたい。
......なにも好き好んで頭の中にキャラクターを住まわせてるわけじゃない。
台本を読み込んで、原作があるなら原作を読み込んで、そのキャラクターを創造しては3Dモデルの様に動かす。
その人物がしそうな仕草、反応、声。
想像の中で補完して演技に挑んでいたわけだが、僕は輝島極と森田剛に対して
バカみたいな話だけれど、結果として彼らは僕の解釈の中で自立しこちらに語りかけてくる。
陸川ダイチは惨めであり同時に盲目であると。
肉体的な疲労が原因なのか精神的なものなのか、考えてみたり解決策を試してみたりもしたがそのどれもが忙しさの中では続くことなく、彼らを消し去ることはできていない。
......極端な解決方法として
だから半年前に諦めたのだが、遂に悪い結果として形になってしまった。
制服に袖を通したまま項垂れる。
どうすれば良いのか。
頭痛や不安感は無いが、それも今だけの話。 もしそれらが撮影中に現れたとしたらと考えると背筋が凍る。
暗くなってしまった空を窓越しに見上げながら考えていれば、膝下で眠っていた彼女が起床しその寝ぼけた目をこちらに向けた。
『おはよう』と笑顔を作って小さく手を振れば、アイは少しの間を置いてからゆっくりとこちらに抱きつく。
......相当心配させたらしい。
「ごめ── うぐ。」
ぐりぐりと頭を押し付けられ、圧力に思わず呻き声を上げてしまい謝罪がかき消された。
きっとさっき見せた笑顔が嘘なのだとバレたからで、この咎め方なだけ有情な方。
舌入れるキスとか要求されても今はできないし。
「......ちゃんと休んで。」
「うん、わかってる。」
「わかってない。
明日だって予定でギチギチだったくせに。
......火傷の犯人を隠すみたいに辛い事を隠さなくても良いでしょ、私たちにだって助けさせてよ。」
そう言って絞り出した様な声の震えを受けて笑顔が崩れる。
やってしまったな。
心配させまいと仕事に精を出していたとして、結局こうなってしまったのならそれは全て失敗だ。
──そう、失敗。
みんな
そのうちそれが当たり前になって。
んで、僕だって人間だから凡ミスの一つでもすれば他人の数倍は聞こえてくるため息、落胆に心動かないわけじゃ無い。
成功しなくちゃ。
彼女との関係も子供を育てることも、仕事も心も体も全部全部全部全部──
「おい起きてるか?」
「......はい。」
欲深な感情に全てが染まりそうになった時、不意に部屋の外にいた社長から声がかかる。
胸の辺りにあったキシキシと軋む様な痛みはその声とアイの体温の中に混じって消えて行き、しかしで何もしていない事に対する不安感というのは僕の中で確かに育っている。
『んじゃ入るぞ』と言って扉を開けた斉藤社長の目に僕はどんな感じで映っているだろう。
醜いか、それもそっか。
しかし彼は何を言うでも無くドカッとキャスター付きの椅子に座ると、よくボールペン片手に開いてるスケジュール帳をこちらに見せた。
驚いた事に明日からの予定は白紙となっており、向こう数週間はすっからかん。
『何故?』と思うより喋るより先にアイの手が僕の頬をつまみ、ちょっと痛いかなと言うくらいの強さでその部位を横に引っ張る。
......いや痛い。
かなり痛いに訂正しよう。
「こうやって見て確信した。
「
「これは決定事項だ。」
キッパリとそう言われては返す言葉も出てこない。
そこに僕の意思が介在する隙間は無くて── いや、介在していたならば確実にそれを否定するだろうから、むしろ無くて良かったのかも。
そう言う判断の仕方はさすが社長というか、大人なんだなぁって感じがする。
「まあ、暫くはこの家で
しかし、演技の出来ない僕に
二人の子供の父親であり、一応人気の俳優であるという事は陸川ダイチという人間が己である事を構成する条件だ。
俳優である以上その条件を捻じ曲げて他人にならねばならないが── それでも譲れないアイデンティティというものはあった。
演技である。
怒った演技、悲しい演技、ワクワクを抑えきれない演技。
それらを表現する事こそ僕を僕たらしめる自己で、同時に......この火傷がなければこうはならなかったという意味も含めれば、忌まわしいとさえ思っていたこの火傷跡すらアイデンティティのひとつ。
しかしどうだろうか。
最近出演させてもらったドラマも映画も、その全てにおいてこの火傷は消されてしまう。
メイクを施されて演技もしていない自分を鏡で見た時に戦慄し、心の中にいた輝島極が語りかけて来たのを覚えている。
『──これは本当の君なのかな?』
だから常に
さっきアイに送ったぎこちない笑顔も、今朝シノと話したB小町のドームライブに関する話も全部。
そうしなきゃ僕がどこにいるのかわからない。
ずっと愛用しているサイン付きの手鏡で自分を見たところで── そこに映るのは誰?
自己同一性の喪失。
アイデンティティクライシス。
演ずることが辛いと思う日が来るなんて、初めてだった。
......中島ユキに感謝したのもね。
出て行った社長を見送ってからアイを引き剥がし、ベッドの上に座らせる。
服装を見るに風呂は入って、寝ようと思えば寝れる状態のはず。
結局はこうして縋ることしか出来ない自分が気持ち悪い。
「一緒に寝てもらって良い?」
「......いいよ。」
自立神経失調症
自己喪失