星の大地   作:チクワ

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壊れたツナガリ

 

 「......」

 

 今日も碌に寝れなかった。

 何、別にこの事に対して落胆しているとかいう事はなくて、むしろ早くに起きれて子供たちの顔が見れるから役得とすら思う。

 しかし疲れが取れないっていうのも事実な以上喜んでばかりもいられなくて。

 ......でもそうか。

 今日から長い休みが始まるのだから、何もそんなことを気にしなくて良いのか。

 朝早くに起きて準備をして、朝ごはんを食べる暇も無く撮影現場に向かわなくても良い── でも、そうなったら()()()()()()()()()()()

 嵐のように過ぎ去って行った一年間だけれど、同時に何倍にも濃縮された一年でもあった。

 生き残るのに必死で趣味なんかする暇も無く、いつの間にかこんなゆったりとした一日に何をするべきなのかを忘れてしまい、着替えの入っている箪笥を前にして立ち尽くす。

 

 胸に穴が空いたような感覚を消し去りたくて仕方がない。

 どうにかこうにか『暇な時はランニングをしていた』という過去の自分を思い出し、適当なスポーツウェアと帽子を取り出して着替えたけれど少し緩い。

 そういえば筋トレも出来てないなぁ。

 

 ......しかし珍しい事もあるものだ。

 袖を通しながらベッドの方に視線を向ければ、いつもと違ってそこには誰もいない。

 

 つまりアイが僕より先に起きた、ということ。

 これはここ数ヶ月無かったことで大変珍しい。

 

 せっかくの休みだし、時間に追われること無く彼女の気持ちよさそうな寝顔を見てやろうと思っていたのだが...... まあ仕方ないよね。

 着替えを終えて部屋からリビングに向かえば母親がおり、久しぶりに見た息子へ熱い視線を送っては悲しげな表情でため息を吐く。

 それがどんな意図による物かはわからなかったけれど、これが俗に言う親の心子知らずってことなんだろう。

 

 「ダイチ、ご飯どうする? 軽くか()()()()か。」

 

 「食パン一枚でいいよ、あとジャムとか。」

 

 正直高校生男子の食事ではない。

 こう、ダイエットに勤しむ女の子みたいな食事内容であるけれども、それで足りるようになってしまった以上はそれに合わせる。

 ......そりゃあ痩せるよな。

 

 差し出されたパンにいちごジャムを塗って頬張っていると、不意に後ろから肩を叩かれる。

 誰だろう、お父さんかな。

 振り向けばそこにいたのは見覚えのある服装に身を包んだアイで、起きていたこと自体は分かっていたので驚きこそしなかったが、どこかで見たことのあるスポーツウェアに対しての疑問符が消える事はない。

 

 「アイも走るの?」

 

 「うん!」

 

 本人は元気そうで何よりだけど。

 

 「......お母さん、アイの服って──」

 

 「ああ、()()()()()()()()()()()

 サイズも合ってたし。」

 

 「えー。」

 

 それでいいのか。

 女の子にサイズが合ってるからって男の服を着せるのは流石に可哀想ではないか?

 ......しかし本人が良いのならいいか。

 『だってメンズの方がデザイン良いんだものー』とは言っても何か、こう、変な気分。

 

 パンを食べ終わって朝から立ち上がり、玄関に向かおうとした時に聞こえて来た声はとても温かくて優しくて、しかし辛そうな物。

 

 「──辛かったら休んで良いのよ。」

 

 「......わかった。」

 

 ごめんねお母さん。

 そんな悲しそうな顔をさせたかったわけじゃないのに。

 

 『よがっだ〜......!』

 

 あの時みたいに笑っていてほしいのに、僕はずうっと悲しませてばっかりだ。

 

 

 

 

 

 

 「──たまには走るのも良いね。

 んーっ、スッキリするって感じ!」

 

 「そう? 確かに何も考えなくて良いから楽だけれど。」

 

 そこそこの距離を朝の雲雀に祝福されながら走り、適度な汗と全身の熱に心地よさを感じながら河川敷の坂に寝転んだ。

 ああ、一年前までこれを好き好んでやっていた理由がわかった気がする。

 何も考えなくて良い。

 自分のことも他人のことも、何もかも全てを忘れて一つの物事に集中できる。

 成功は無いし、かと言って失敗という概念も無いただ走るという行為がこれほどまでとは思わなかった。

 

 頬を撫でる風が心地よい。

 もうこのまま青空に飛び立てたら──

 

 『『ダメだろ。』』

 

 ......だよな。

 そもそもイマジナリーの二人に言われるまでも無く、こんなところで死んでしまうつもりも止まる気も一切無い。

 ルビーやアクアが居るのに死ぬ理由は無いしね。

 

 草の匂いに子供の頃を思い出しながら寝返りをうてばアイの顔が視界に入って来て、どこか嬉しそうな様子に少しだけ首を傾げた。

 特別何をしているわけじゃ無い、ただ二人で走って二人で寝転がり、互いの顔を見つめ合ってるだけ。

 でもそれが彼女にとっては笑ってしまうほど楽しいのだろう。

 釣られて僕も微々たるものであるが、少しだけ口角を上げた。

 

 ......ルビーともアクアとも話せていない。

 父親なのにこれではダメだな、鈴木修平さんは以前仕事をさせてもらった時に『子供とゲームするのって楽しいぞ』と嬉々として話してくれた。

 帰ったらあの子達と遊ぶ── いや、どちらかと言うと僕が遊ばれる側かな。

 少しだけ楽しみ。

 

 「──♪」

 

 そんな安寧を切り裂くように声が聞こえて来た。

 そもそもアイは人気アイドルで、何なら僕だって人気の役者である事に変わりはない。

 その二人が仲良く向き合って寝転がってるなんて、余裕でスキャンダルになっちゃう。

 帽子を被り直して飛び起き、彼女を抱えて橋の下まで降りる。

 

 「え、なになにお姫様抱っこ?」

 

 「人来たから!」

 

 何が面倒ってその人間が河川敷の坂を降りて来やがった事。

 しかも──見知った顔。

 彼女を影に隠して立ち向かう事にした。

 

 

 

 「──あれ、ダイチじゃん。

 どしたのこんな朝早くから。」

 

 「ランニングしてて休んでた。」

 

 中島ユキが涼しげな服装で現れ、物思いに耽るが如く透明な川を見つめている。

 ──ここは僕が彼女に顔を焼かれた場所。

 加害者と被害者の関係性ではあるが、彼女なりにいろいろ思うところがあったんだろうか。

 『ふーん』といつもより静かな雰囲気を放ちながらしゃがみ込むと、見上げる形でこちらに視線が向けられる。

 疑る様な目はこちらの心を指す様で、何だか嫌な感じがした。

 

 「そいえば収録休んだんでしょ? ......珍しいね。」

 

 「何で知ってる?」

 

 「これでも大きめの事務所所属なんだから、君と共演する予定だった後輩から話聞くくらいできるし?

 ......それに私、これでも『才色兼備』で通ってるんだから!」

 

 「嘘つけ。」

 

 絶対才色兼備ではあるんだけど、それを認めたく無い。

 残念美人の方が似合っている筈だけどそれ言ったら殴られるのでやめておく。

 

 「私だってたまの休みに出かけるの。

 どーせ君が休んだのだって、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 何故、わかるのか。

 誰にも悟られない様に過ごして来たつもりだったし、事実そうやって一年間騙し騙しやって来た。

 他人に気づかれるわけが無いと。

 

 しかし目の前にいる女は暴いてみせ、イタズラ好きな少女の様に笑っている。

 何が面白い?

 

 「──ダイチがいなくなった後、ずっとこの業界にいたんだからわかるに決まってるじゃん。

 当時のオーディションでやってたあの演技を真似してみた事だってあるし...... でもその結果、私は一ヶ月で駄目になった。

 一年なんてよく持った方じゃない?」

 

 ──何故彼女が『スカーの微笑』で、事前に台本を読み込ませていたとはいえすぐに演技を変えられたのか?

 その答えがここにある、つまるところ中島ユキは辞めた僕の幻影を追って演技を真似ていたという事。

 

 そんな彼女でも一ヶ月で心をやりかける物を一年間フルにやっていれば、そりゃあ壊れるか。

 変な納得があった。

 

 「まあ休みなよ。

 休んで休んで、万全で最強の状態になってから私とぶつかり合ってくれれば良い。

 その顔の火傷がある限りは、私も君も歪に繋がったままなんだから。」

 

 顔の火傷に対して僕がマイナスに思う事がなくても、彼女はこの跡を永遠に残る恨みとして捉えている。

 少し前までだったら僕もその考えのまま向かい合っていたが、今は少し違う。

 思えばコレが有ったからこそB小町のライブに行ってアイと出会えて、シノと友達になり、結果的に芸能界へ舞い戻ることができた。

 むしろ感謝するべきだったのかもしれないが──

 

 「......そうだね。

 この火傷が無かったらなんて考えられないや。

 ──()()()()()。」

 

 「......は?!!」

 

 それでも恨みがないわけじゃない。

 

 「もし僕のお母さんと会うことがあったら形だけでも良い、謝っておいてくれ。

 僕の事を自分の様に悲しんでくれた人だから。」

 

 「──し、しらねー!!

 知らんし! ありがとなんて要らないし! ばばば、バーカバーカ!!」

 

 ......行ってしまった。

 走り去ってしまった彼女を見送ってから橋の影にしゃがんでいてもらったアイの元へ向かえば、何ともいえない怪訝な顔をこちらに向けて来る。

 

 「ふーーーーん?」

 

 「どうしたのさ...... うわっ!?」

 

 お気に召さない事があったらしく、不満げな声と共に飛びついて来た彼女を受け止めておんぶの体制になる。

 もしかしてコレで帰れって事? すっごいキツイよ?

 しかし現実は無情、悲しいかな予想通りに彼女の手は首に回されて離さない体制に入った。

 ......懐かしいな、当時は胸が当たって死ぬほど焦ってたっけ。

 今も焦っているけれど、何故か安心の方が強い。

 

 「帰ろ!」

 

 「はいはい。」

 

 日が上りきる前、朝の出来事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私は自分を許せない。

 彼の顔を焼いたのは私だけど、彼を折ってしまったのは誰あろう私だけれど、私はそんな自分自身が許せなかった。

 あの火傷がある限り『最強の陸川ダイチ』と演技し合う事は叶わず、かと言って今からやり直すことなんてできるわけが無いのがもどかしくってたまんない。

 

 しかも、何?

 ありがとうって言った?

 

 ......バカじゃないの。

 バーカ、バーカ。

 

 「......ばーか。」

 

 そんなのもっと自分が嫌いになってしまうから、もうどうしようもないほど恨んで私を許さなくてよかったのに。

 早く元気になって、また会える日が楽しみで仕方がない。

 歪な繋がりが音を立てて変わる音がする。 足が浮いてしまう様なフワフワとしている不思議な感覚で、辛さとかはない。

 ......ねえ、その火傷が原因で最強じゃ無くなったらもっと自分を許せなくなっちゃうから、誰よりも強い君のままでいてよ。

 チグハグな願いだとわかってるけど、それでもお願いだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

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