星の大地   作:チクワ

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変わるコト

 

 早すぎもせず遅すぎもしない健康的な朝の時間、『ただいま』と扉を開けて伝えたところで帰ってくる言葉はなく、ただリビングに繋がる廊下に響き渡るだけ。

 何事かあったのだろうかと少しの心配を胸にアイを背中から下ろして玄関を上がれば、そこには既に起きていた子供達と両親がテーブルを中心に置かれた椅子に座っており、その目線の先にはシノに貰ったプレゼントの箱。

 なに、特別そんな雰囲気にする物ではない筈なのだが。

 

 「どうかした?」

 

 不安な気持ちが滲み出ない様に心の蓋をして、物々しい雰囲気の中にひとつメスを入れてみる。

 するとお父さんは神妙な面持ちのままその箱を開き、中から出て来た物騒な物を手に取った。

 僕にとっては懐かしい物でも普通の人から見れば何とも恐ろしい物なんだろう、加えて父はアメリカに留学していたこともある。

 ()()()()()()の脅威には人一倍敏感な筈だから、こうなってるのも仕方ない事なのかな?

 

 「......その、な。

 アイちゃんを連れて来た時も、社長さんが来た時もびっくりしたが...... いくら何でも()()()()()()()()()()()()は犯罪だぞ?」

 

 「ガスブローバックエアガンだっつの。

 パッケージよく確認しんさいや、変に不安にさせやがって。」

 

 とはいえそんな深刻な物じゃない。

 単純にシノから殺陣の指導を受けていた時、よく使っていたガンアクション用のガスガンの事を『かっこいい』と言っていたから、それを覚えてた彼がくれたというだけ。

 警戒心が強いのは一家の柱としていい事だけれど、その矛先を子供にまで向けるのはちょっとね。

 

 まあ深刻な顔をしていたのはお父さんだけで、あとは皆んな『やっぱりな』と言った感じで胸を撫で下ろしてる。

 こうなってしまったらマッスルな男も形無しと言った感じ、小さく申し訳なさそうに縮こまってしまった。

 

 ......心が安らぐひと時ではある。

 なんやかんや忙しいとこういう風にくっだらない話すら出来なくなって、常々気を張って生きていくしか無くなるのだからこういうのは大切なんだって思う。

 しかしそんなひと時にもタイムリミットはある。

 時計を見ればそろそろ学校に行かなくてはという時間で──と、自室に戻ろうとしたその歩はアイによって止められた。

 

 「──今日は休め。

 落ち着いてまたすぐに倒れられたら、こっちの心臓が何個あっても足りんよ。」

 

 そう言った父の姿に先程までの情けない筋肉は無く、まさに父親そのものといった風格だけがあった。

 いつまで経っても敵わない。

 大人しく座り、役者じゃないただの陸川ダイチとして子ども達と触れ合う。

 

 「本当に、ルビーもアクアも大きくなったなぁ。

 二人とも可愛いし。 将来はモテモテなんじゃない?」

 

 「ママの方が可愛いけどね!」

 

 「何の対抗心だ。」

 

 頭も良くて美人で、何より暖かい。

 両手に抱いたこの子達の心音は絶え間無くその存在を主張し、同時に瞳に輝いている星は彼女の子供だという事を思い出させてくれる。

 僕は人の暖かさが好きだ。

 

 繋いだ手から伝わってくる熱。

 向かい合って話した時に感じ取れる、その人が譲れない熱。

 誰かを想って動き続ける人から漏れる熱。

 その全てが好きで好きで仕方がない。

 

 僕はこの熱を消さずにいられるだろうか?

 何があろうと父親という存在を演じ続けて、終ぞ死ぬまで彼らを想い続けられるだろうか?

 ......きっと出来るさ、どんな事も気持ちから、だ。

 

 『疑いは晴れていないがね。

 ......わかっていながら、それでも()()()()。』

 

 心の中にいる輝島極が言う事を否定はしない。

 それでも、僕がそうあろうと思うならそれで良いんだよ。

 

 

 「──じゃあゲームでもしようかしら?

 マリオカートなら有るのだけれど......」

 

 「「......?」」

 

 急に母親から提案されたことに対し、アイと顔を見合わせてハテナを浮かべる。

 マリオカートとは何ですか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある居酒屋にて。

 金髪にサングラス、側から見ればあまり関わりたくないタイプの見た目である男に、気安く声を掛けるスーツ姿の男が一人。

 焼き鳥を熱々のうちに口へ放り込み、旨みを楽しんだ後は酒で油ごと喉奥へ流し込んでからとある話が始まった。

 

 「斉藤さん、何も私は無理矢理にでも()を出演させようとしてるわけじゃない。

 ただこの映画について...... 陸川ダイチがどう思い、参加するかどうかの可否を聞きたいと言っているだけなのですよ。」

 

 白いスーツに身を包んだ男は既にジョッキ二本目に突入しているが酔う様子はなく、その真っ直ぐな目は言葉とは裏腹に『絶対に陸川ダイチを出演させよう』という意思が見えている。

 それを見逃す斉藤壱護では無い。

 すでに酔い始めていたが、確固たる意思でその申し出を拒否すると、一気にジョッキに入ったビールを(あお)った。

 それはしつこい白スーツの男── プロデューサーを一蹴する意図があったのか、それとも自身の娘の様に可愛がって来た星野アイから男を奪い取る事を良しとしない事への覚悟か。

 

 「悪いが、アイツが仕事を受けるかどうかは俺に一任されてる。

 だから俺が『ダメ』と言えばそういう事だ、わかってもらえるか、()()()()()()()()()?」

 

 「ですが...... 彼は私の前で言った。

 『この仕事が楽しくて仕方がない』と、『やりますとしか言えない』と。

 ──貴方はこの()()()、彼からその楽しさを奪っているのではないですか!?」

 

 「知った口叩いてんじゃねえ!!」

 

 居酒屋の熱気が一気に冷める。

 その怒号はこの話における主語、陸川ダイチに対する申し訳なさの表れであり、同時に外側からしかアイドルや役者を見れない者たち全てへの怒りでもあった。

 ──聞けばあの男とアイが会うようになったのは、四年近く前からだと言う。

 その時ぐらいから彼女の輝きは一層強いものになって...... 当時はアイ自身の努力が実り始めたと喜んだ物だが、その実は男がいたからこそと言うアイドルとして不味い状況で。

 

 だからこそ万全のバックアップを取った。

 子供がアイから産まれた存在だと知られない様に嫁を使い、限りなくパパラッチにも目を光らせて。

 ──ずっとアイの事ばかりで、もうひとつのファクターを忘れていたのは自分の落ち度。

 人は地球という存在があり、その上に作られた()()に足を付けて初めて生きていける。

 その存在を当たり前だと思ってしまっていたのだ。

 

 自分がもっと考えを持って仕事を入れられていればアイの顔が曇る事は無く、ダイチが折れてしまうギリギリまで追い詰められる事はなかったのかもしれない。

 だからこそプロデューサー、木村の言った事が許せなかった。

 

 (うそ)しか知らない男が真実(ほんとう)などと、アイツらを騙るなと。

 

 「......そういうこった、この話はナシで変わらない。」

 

 「──外側からしかわからない事もあります。」

 

 それでも木村という男は譲らなかった。

 狂気の様な執念、まるで一度食いついたら離すことのないスッポンの如く、そのアキレス腱に噛み付く様に。

 

 「私は彼の内面を知らない、どの様な生活を送り何に幸福を見出し、誰が好きであるのかすら。

 しかし、それでもあの男をスクリーンに連れ出したくて仕方がない!

 陸川ダイチが輝くのは画面の向こうだ、それは貴方もわかっている筈。

 一度だけで構いません。

 彼にこの話をして、その上で彼自身に選択の権利を託してください。」

 

 「......」

 

 その牙が心まで届いたのか、そうで無かったのかは定かではない。

 ただ木村という男は熱を持ち、無言のまま店を出た斉藤壱護の背中を見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 「ルビー、幼稚園はどうだった?」

 

 「楽しいよ! 楽しー......けど......」

 

 役者の仕事を休んで数ヶ月、遂に子供達が幼稚園へ入園した。

 都内でも割と有名どころの様で、アイは制服を見るや否や『かわいい』と連呼していたけどその気持ちはわかる。

 

 ......役者仕事は休んでいるが、学校にはちゃんと通う様になった。

 復帰初日は授業中に鼻血が吹き出したり猛烈な頭痛に苦しんだりもしたが、今はそんな事もなくふっつーに授業を受けて単位を取得している。

 高2の二学期から考えさせられる進路にはどうにも悩みがちであるが。

 

 今の状況を考えると『芸能界で生きていきます!』なんて自信満々には言えないし、だからと言って大学に行ったらさらに大変になるだろうし。

 どうにも考えがまとまらない日常だけれども、こうして子供達を迎えに行っている時はとても心が安らぐ。

 

 「けど?」

 

 「......なんでもない。」

 

 「そっか。」

 

 どこか淀んだ様子であるルビーの心配が心をよぎるが、こういう時に心配しすぎてもうざったがられるだけだ。

 それに相談したいことがあれば面と向かって言える子ではあるし、そう考えると過度に干渉してこの子の道を逸させてしまうことの方がまずい。

 ......とは言え大体何で悩んでいるのかはわかる。

 行事予定表に書いてあった『お遊戯会』というやつで、そこで発表する予定のダンスに関する事かな。

 

 苦手なことをやるのが大変なのはわかるけど、僕達はどんな結果でも否定しない。

 それはルビーなりの努力をした結果だし、アイも変わらないだろうしね。

 

 対してアクアにはそういう悩みもなさそう。

 楽しく過ごせているのならそれで良いけれど。

 

 「絡新婦(じょろうぐも)の理......? それ面白いの?」

 

 「面白いから読んだ方がいいよ。

 京極夏彦おすすめ。」

 

 ......難しい本読んでるなぁ。

 

 

 『ただいま』

 そう言って帰宅し、被っていた帽子を適当な場所に掛ける。

 

 「着替えてきなー。」

 

 「「はーい」」

 

 タンスの方向に小走りで向かっていった子供達を見送り、ふと気になって自分の通帳を開く。

 そこには一時期から見ると減ったとは言えそれでもまだまだ多くの金額が書き込まれていて、頑張ればルビー達をずっと良いところの学校に通わせるくらいはできそう。

 しかしこれで良いのだろうか。

 

 積み重ねがあるとは言え今の僕はバイトもしていない学生そのもので、家にお金も入れていない穀潰しみたいなものだ。

 無論自分自身の安定をとるならばこれで良いだろうが、しかしてこのままじゃあいけないという警鐘が鳴っている様にも感じる。

 この家、というかマンションだってアイが住んでいたところに入れさせてもらった形だし。

 ──何度も何度も変わってきた筈だ。

 火傷。

 父親。

 役者。

 そして── 今。

 

 「ふう。」

 

 一息ついて鏡を取り出し、自分を見る。

 そこに映っていたのは──

 

 

 

 

 

 

 

 夜中の11時くらいだろうか。

 体の動かし方や身体の状態を確認するため、ダンススタジオみたく改造された一室で軽く運動する。

 ......とは言っても簡単な物だけど。

 

 中古品のヘルメットを被って自分が見えない様にし、忍と極道のラストシーンでシノとやったアクションを思い出しながらやるだけ。

 回し蹴り三連、バク転の後に落としておいた小道具の銃を拾い上げてトリガーを二回引き、その後すぐに踏み込んで── と、すっ転げてしまった。

 痛い。

 

 ......もうすっかり普通の人になってしまった。

 これでもとの演技なんて出来るのか、不安が心を埋め尽くそうとした時、扉が開いて小さな訪問者が部屋の中へ入ってくる。

 ヘルメットを外して小脇に抱えれば、そこにいたのはルビー。

 

 「あれ、もう遅いのにダンスの練習?」

 

 「うん。」

 

 そう返事を返したルビーは不安な心の中に確かな光を宿している様で、でも踏ん切りがつかない様なステップを踏みながら練習を始める。

 そう言えば夕方にアイが話していたな。

 

 『ルビーのダンス楽しみだなー。

 ......転ぶのを恐れたらもっと転んじゃう、ちょっとした名言じゃない?』

 

 『確かに。』

 

 ......そういうこと。

 それでも少し怖がっている様に見えたルビーがつまづいた時、地面に当たる直前でその体を支える。

 彼女の心に結びついている恐怖を引きちぎる様にして。

 

 「──惜しい惜しい。

 何度でも転んでいいさ、何度でも受け止めるし助けるから。

 だから、もっと自由にやって良いんだよ。」

 

 「自由に......?」

 

 「そ。」

 

 何度でも受け止めるし、何度でも助ける。

 親って、みんなの立ってる大地ってそういうものだろう?

 

 何度目の挑戦だろうか、自由に輝くかの如く踊るルビーには確かな血のつながりがあることを思い知らされる。

 元気で綺麗で、名の通り『星野アイ2世』...... いや、星野瑠美衣(るびい)のダンスに心からの拍手を送ろう。

 おかげで僕も決断できそうだ。

 

 「──それ、名刺?」

 

 「うん、社長が『電話しろ』って言うから。

 ......なんで持ってたこと知ってるんだろうね?」

 

 「なんでだろうね?」

 

 『汗かきっぱなしのままでは流石に』と言うことでルビーにタオルを渡し、その一方で僕はとある人物に電話をかける。

 それは『スカーの微笑』でプロデューサーを務めた木村志門(しもん)── 木村ショウの父親。

 ......実は彼らが親子関係にあると知ったのは忍と極道の打ち上げで、極道側のメンバーだけでいった焼肉でショウ君が教えてくれた。

 んで、何故か社長からここに電話しろと言われたから名刺を引っ張り出し、こうして二人で『なんなんだろう』と話してるわけなんだけれども。

 

 『──もしもし。』

 

 「あ、夜遅くにすみません、陸川です。」

 

 『......ああ、良かった。

 少し伝えたいことがあってね、斉藤社長とお話しさせてもらったんだ。

 それで──』

 

 彼の語ったのは、僕に新作映画へ出演してほしいと言う旨。

 何度もオファーしていたがその度に社長が止め、今回やっと話せる機会ができたと。

 

 『これは強要ではない。

 ......私からの願いだ。』

 

 不安げな表情でこちらを見るルビーの頭を撫で、『大丈夫』と声に出さず唇の動きで伝える。

 ......バレーボールが当たってうわごとの様に連呼していた時とはもう違うんだ。

 

 「力になれるかわかりません。

 もしかしたら期待外れの邪魔な役者になるかもしれないし、途中で限界が来てしまうかもしれない。

 それでも良いのでしたら...... 僕はやります。」

 

 『......うん、うん。

 君の先を楽しみにしていて、本当に良かった。』

 

 電話が切れ、一息ついて立ち尽くす。

 

 「──ルビーが頑張ってるんだから、僕も頑張らなくちゃね。

 にしてもダンス上手いな、未来はアイドル?」

 

 「うーん...... 私がママみたいになれるわけ無いし──」

 

 「何もアイみたいにならなくても良いんじゃない?

 ルビーはルビーさ、何も変わらない僕の子だよ。」

 

 

 

 『騙し騙しか、悪いとは言わないが。』

 

 『......愛の一つもストレートに言えない男が、気取った事言ってんな。』

 

 『『馬鹿な男だ。』』

 

 

 

 














 そろそろ終わりが近いかな
 活動報告の方もよろしくおねがいします
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