評価がオレンジになりましたが、一応最後まで書いてあるので完結はします。
私は元気です
──ちゃんとした服を全て昨晩洗濯してしまい、ミスったなと思いながら無事だったスポーツウェアに袖を通す。
正直に言って今回復帰作みたいな扱いで出させていただくわけだが、監督だとか共演者の話だとかは全く聞いていない。
その為知ってる人間がいる安心感とかはまるで無し。
忍と極道の初顔合わせの時かそれ以上に緊張するし、なんならブランクとか色々あって不安感が強い。
......ただ、前までよく出ていた鼻血が出なくなってきたので、それのせいで撮影が止まる事はなさそう。
「本当に大丈夫?」
「うん。
......アイも撮影?」
心配してくれる彼女に今度は嘘じゃない笑みを向けながら準備を進めていたが、よく見れば彼女はすでに着替えを終えて出かける準備を完了していた。
何の撮影だろう?
モデルかな、それとも普通にバラエティとかの撮影?
彼女の人気は上がりに上がって絶頂と言って良いほどで、もう一年を切ったドームライブのことを考えると胸が熱くなりますよって。
......まあ、僕はチケット当たらなかったんだけど。
さて、それはそれとして彼女は何しに行くんだろうか。
「映画のね。
一応ライブ前最後の映画出演になるのかなー。」
あら、じゃあこちらと同じ感じか。
ならば一緒に向かった方が早いかもしれないし、もしやそれを見越してミヤコさんが車を出してきてくれたのかも。
着替えを終え、幼稚園に送り出したアクア達に想いを馳せながら車に乗り込んで到着を待つ。
その間台本を読んでおこうと思ってカバンから取り出せば──
「あれ?」
「ん? あ、一緒じゃん!」
なんとアイの持っていた台本と一緒という...... まあ、報告不足故の事故というか。
『二人とも知らなかったの?!』とミヤコさんは驚いていたけれど、そもそも互いの仕事に深く関わり過ぎるとお互いすぐに嫉妬してしまいそうな為、あまり詳細は共有しないが故のこと。
まあ色々理由はつけたが嫌というわけじゃない。
むしろ安心する。
「それじゃあよろしくお願いしまーす。」
「どうしたのさ、急にかしこまって?」
「だってダイチの方が
そう言って微笑んで見せた彼女の指を掴み、這う様に手のひらと手のひらを合わせて優しく、かつしっかりと熱を奪うかの様に握る。
視界は台本に向けたまま。
......僕なりの強がりであり、軽い仕返し。
どうにも彼女にかしこまった態度を取られるのが他人事みたいで嫌で、だから繋がりを求める様にその手を握った。
──しかし考えてみればこういうのは彼女の得手だ。
「......ん。」
シェイクハンド握りと呼ばれる基本形からするりと手のひらを抜いたかと思えば、すぐさまこちらの指とアイの指が絡み合う。
台本から目を離せない。
余裕な感じでそれをするという事はつまり、僕の考えていた不安感なんて杞憂に過ぎないと言われているのとなんら変わりがないわけで。
......休養中に星野アイと言う沼にどっぷりと浸かってしまって抜け出せなくなってしまった。
別に優しくされたらすぐに惚れるラブコメのヒロインとか男とかそういうわけじゃないんだよ、普通に献身的に世話された上に精神もギリギリだったからもう依存するしか無かったというか。
だから台本を持つ右手が禁断症状みたくなってるのも仕方ない。
......仕方ない!
確かめる様にニギニギと力を入れたり抜いたり、少しくすぐったいその行為に意図を掴みかねる。
僕を揶揄うだけならば恋人繋ぎをしたという事実だけで十分な筈なのに、これ以上こちらに何を求めようというのか。
白旗を上げるように台本から目を離して彼女の方を向き、その意図を問おうとすればそこには驚くべきもの。
「──うわっ!」
「......そんな反応されたら傷つくなぁ。」
とても近く、吐息が当たり唇が触れようかという距離に彼女の覗き込む様な目があったのだ。
あまりに驚き仰け反ればガラスに後頭部を激突させてしまい、鈍い痛みに悶える。
しかし彼女は不満げにつなぐ手の力を強めた。
少し痛いかなという程度のそれに込められたのは、先ほどこちらが顔を見て驚き飛び退いたという事実に対する怒りだろう事は明白。
「きーずーつーくーなー?」
「はぁ......
迫るアイは待って欲しいし、呆れるミヤコさんは本当にごめん。
しかし僕には抵抗できる材料がない故押されることしか出来ない。
右手には台本、左手はがっちりと繋がれていて横から彼女が迫ってきている。
しかも何が大変って、飛び退いた事に対する対応を
これはいけません。
というかそっちが急に迫ってくるのが悪いんじゃないかな?
「いやでも──」
「きーずーつーくーなー!!」
ああごめん聞く耳持ってないわ。
......だがこちらにだって雀の涙ほどのプライドがある。
ミヤコさんがバックミラーに『さっさとやれ』みたいな視線を向けていたとしても、アイがやたら可愛い上目遣いをしてきヴッ!?
──失礼、死ぬかと思った。
気を取り直して......してきたとしても、他に人がいる空間でそういう事はしたくないという感情が。
だから実家じゃなくてアイの家にお世話になってるわけで、というかそもそも両親共にすぐ囃し立てるし関係性の進展をF1観戦の如くメチャクチャ盛り上がって見てる節があるしで二人きりの時に居たくないというか!
まあ、とりあえずここは逃げの一手を打つしかない。
「や、やらないよ。
......ミヤコさんいるし、これから撮影だからそういう気持ちが入らない様にしなきゃだし......」
「ふーん。
──じゃあ、
「
......ん?」
......やったかなこれ? 誘導されたかな?
『そっか!』とやたら元気に納得するアイと、『うわマジかこいつ』みたいな反応をしているミヤコさんがいるという事は── やってるね、これ。
恋愛のABCだったらどこまで行くのかな、ちょっと命の危険というか色々危ない気もする。
しかし出し抜かれたままでいるというのはどうにもモヤモヤが残る。
最後の抵抗と言わんばかりに繋がれたままの左手を持ち上げ、こちらに向いていた彼女の手の甲に小さく口付けをした。
「今はこれで、我慢してほしい。」
キョトンとした表情の後、少し頬を染めて笑った彼女に釣られて僕も笑う。
「私は良くないんだけど!?」
本日の勝敗、引き分け。
強いて言うならば斉藤ミヤコの精神的敗北。
「ハッ!?」
「どうしたんスか、中島さん。」
「なんかこう、私が認めちゃいけない事が何処かで起きてる気がする......!!」
「何言ってんだアンタ。
......? あー、確かに変な
「でしょ!!?」
かぐや様見たことも読んだこともないんですけどね。