星の大地   作:チクワ

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ウバイ愛

 

 思い出せば思い出すほど懐かしい話ではあるが、小学生くらいの僕は多種多様な事に挑戦しては『これじゃない』と浅瀬を漂い、結局やらなくなっていたわけで。

 その中のひとつにチェロの演奏がある。

 

 半年間一日の休みも無くぶっ通しでやった記憶。

 まさかその経験がここにきて役立とうとは思いもしなかった。

 

 「──んん?」

 

 「おお来た、久しぶり!」

 

 話は変わって撮影現場、車から降りて監督への挨拶に向かおうとすれば、道すがらにいたのはラフな格好でこちらに手を振る鈴木修平さんと木村ショウ君。

 一瞬『コネかな?』なんて思ってしまったけれど、ショウ君に限ってそんな事はあり得ないだろう。

 オーディションの結果に違いない。

 

 しかし久しい面子だ、前の撮影を思い出す。

 ......ここにシノも居れば忍と極道の主要メンバーが揃う感じだが、そう上手く行くわけが── と、手を振り返すこちらに向けられた視線に横を見ればそこには金髪の男。

 僕の後ろからはアイが降りて来ており、その疑いに似た視線は背を冷たくさせる。

 考えてみればあちらは僕とアイが同じ事務所だって知ってたっけ?

 ......とりあえず誤魔化すか!

 

 「シノも出るんだ? 久しぶりの共演だね。」

 

 「いや、アレってアイ──」

 

 「事務所同じなんだ。

 だから車一緒。」

 

 「ああ...... メチャクチャ畏怖(ビビ)った......」

 

 セーフ。

 というか、僕たち二人は子供がいることを秘密にして働いている。

 こちらはアイドル路線とかでは無く単純な俳優としてだからまだ良いけれど、アイに関しては完全なアイドル。

 ファンにバレたら二人とも殺されかねないな、なんてそうそう起こらない事に考えを巡らせていると、背後の彼女からお声がかかった。

 車の中での熱い関係はどこへやら、父親と母親という関係を隠秘するかの如く二人して互いに嘘をつく。

 『あくまでも同事務所の役者とアイドル』という嘘。

 

 「例の子?」

 

 「うん、僕の友達。」

 

 ......とはいえ、互いに向ける笑顔には嘘をつけないが。

 夏の日差しが二人を照らし、汗が滲むような暑さの中で歩き出した。

 ──気のせいかな、もう一人見知った女性がこちらを見ていた気がしたのだけれど。

 

 

 

 

 

 

 

 「......つーわけだ、メインは苺プロの二人。

 説明した通りの流れで撮影は進めてくからな。」

 

 今回の監督である五反田さんから流れの説明を受け、本読みの段階での演技指示を台本に書き込んでは自分のやるべき形を頭の中で作り上げる。

 ......正味、もう頭の中にキャラクターを入れる余裕はない。

 でもこうしない事には演技が難しいので仕方がないのだ。

 

 書き込みを終えて台本を閉じ、表紙に書かれている題名は

『少女C(シー)』。

 物語としては非常に単純で、チェロ奏者の青年と物静かな女性が織りなすラブストーリー...... ()()()

 正直、台本を読む限りではそんなサッパリした物じゃ無い気もする。

 もっとこう、どろりとした『うわ......』ってなるタイプ。

 まあそれでも演じない事には何も始まらない、幸先のいいスタートダッシュを切る為に衣装を着替えようと更衣室に向かおうとした時、不意に五反田監督から呼び止められた。

 『言い忘れてた事があった』と申し訳無さそうにする彼に問題ないと伝えたはいいが、聞き届けたその言葉に対して思わず首を傾げてしまう。

 それは──

 

 「──今回、()()()()()()()()()()()()

 あくまでも普通の学生としてカメラの前に立て。」

 

 役者という存在の否定に近しい事。

 

 

 

 

 

 

 

 ──幾度も無くカメラの前に立って来た。

 小学生の頃からだから、そろそろ10年近くやっている事になる。

 そんな女優生活の中で今が一番気が立っているというか、自分自身が抑えきれないような不思議な感覚に身を包まれている。

 何が原因なのか。

 全くもってわからないが...... 唯一候補を挙げるとすればあれだろう。

 

 『例の子?』

 

 『うん、友達。』

 

 ......何も同じ事務所の人間と話すなと、そう言っているわけではない。

 そもそも私はダイチのプライベートに色濃く関わっているわけじゃないし、数ヶ月仕事もしてなかったみたいだからその期間に気になる人ができていてもおかしく無いはず。

 

 でも私を見ろ。

 

 歌舞伎役者とかは女遊びは芸の肥やしとして女性とわちゃわちゃ...... そう、()()()()()()する事もあるらしい。

 そう考えると別に、彼が今大人気のアイドルと遊んでいたって『かまへんかまへん』と言ったところだ。

 何があろうとこの私のそばに帰ってくれば構わない。

 ......それに、どれだけ彼が女遊びしようとも、私はどこにも告げ口する気はないし。

 

 だから私と居ろ。

 

 ──さて、気を取り直して自分の置かれた状況を再確認する。

 『少女C』という作品における主な登場人物は5、6人程度で、基本的にはその少人数が織りなす人間関係や心の起伏を描いていく作品。

 主人公、ヒロイン、先生に兄弟、そして同級生。

 私が演じる『東山(ひがしやま)望美(のぞみ)』はその中では同級生にあたり、田仲シノが演じる『鈴木奈央』をいじめていたが紆余曲折の後に和解するという人物。

 その後に待ち受ける顛末は...... まあ、幸せでは無いね。

 

 『──あんまりこっちの方見ないで。

 友達が怖がってるから。』

 

 昔の私を思い出すキャラクターだ。

 あの時はこの対応こそが彼に対する正解だと思ってたし、その時はその時の考えがあったから、今の自分からあの時の自分を否定したりはしない。

 でもなー。

 もうちょっとこう、好きな子に嫌がらせするにしてもやりようがあったよなぁとは思うよ?

 

 それで、これから撮るのはヒロイン役のアイと私が一対一で向かい合うシーン。

 中盤くらいかな、主人公である『安野(やすの)(みのる)』に想いを寄せる東山をヒロインが牽制する場面で、この辺りから物語は青春系ストーリーから方向転換して行く。

 ......ま、物語上はアイドルさんから牽制される形になるけど、現実では私が牽制する形。

 ぜってー私の方がダイチにふさわしい演技できるし?

 これでも貴女と違って何回も共演してるんだから。

 

 「うぃ、カメラ回ったぞ!」

 

 カチンと気味のいい音が鳴り、同時に教室の扉が開いてヒロインが入ってきた。

 貼り付けたような嘘つきの笑顔。

 あー確かに、彼女にオファーが来たのもわかる気がするとこの一瞬で分かった。

 余りにもカメラ映りがいい。

 見られる事に慣れているからとかじゃ無くて、自然と目で追いたくなる様な一挙手一投足。

 演技は並だけれどそこは流石のアイドルだ。

 

 「『東山さんって鈴木くんをいじめてたんだよね。

 彼が止めてくれなかったら、鈴木くん死んじゃう所まで追い詰められてた。』」

 

 「『......何が言いたいの? もう終わった事じゃない。』」

 

 とはいえ私もプロ。

 今の張り合う気持ちは演じる東山とシンクロして、いつもより良い演技が出来ているという自信がある。

 帰宅するために持ち上げた鞄を机に置き、曖昧な言葉で揺らしてくるヒロインを睨みつけた。

 しかし彼女の表情は笑みから変わらず近場の机にゆっくりと腰掛け、『そうかな』と否定を込めて囁く。

 

 「『いじめって、いじめられていた人の方が根に持つんだって。

 もし貴女が鈴木君にまた手を出したら、彼は稔くんに迷わず相談して、稔くんはきっと望美ちゃんを軽蔑しちゃうんだろうなー。』」

 

 悪い女。

 これは牽制というより脅しの方が合っている。

 つまるところ『私の男に手を出したら噂流して貶めるぞ』という事で、あくまでも直接表現せずに伝えてくるところに脚本家の性格が出てるな。

 しかし東山はその脅しには屈しない。

 好きな人がその程度で見限るわけがないと、愛という不確定要素に縋って気丈に振る舞う。

 

 「『どうせやらない事に対して思考を割く理由は無いわ。

 ......脅しなんかで諦めるのなら、私は安野を好きになったりはしないもの。

 それじゃあ、また明日。』」

 

 

 「......カット! OKだ。」

 

 まあ及第点かなって。

 結局メインはヒロイン、私は脇役に徹するべきだし。

 ......疑問点は演技の方じゃなくて、演じていたアイの方にある。

 私は東山望美としてのセリフに自分の感情を乗せて言い放ったのだけれど、何故だかそれが彼女に響いている気が全くしない。

 むしろ...... ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 水を一口含んで喉を潤し、カメラに映らないようにして次のシーンを覗き見る。

 別に見なくて良い場面のはずなんだけど、不思議とアイの姿を追いたくなってしまう。

 どうして?

 

 さっきの場面の続き、教室を出て行った東山を見送るヒロインの姿にカメラが向いた。

 司会を手元に戻してから窓の外を見て、下の教室から聞こえてくるチェロの音楽に耳を傾けると同時に手元からキーホルダーが落ちる。 

 カランカランとプラスチックの軽快な音が鳴って── ぐしゃり、踏み潰されて無惨に砕け散って。

 それに見向きもしないまま部屋を後にする彼女に、私は不思議な魅力、恐怖が見えて来て混乱せざるを得ない。 

 

 「『......あーあ。』」

 

 ()()()()()()()()()

 危機感が走る。

 しかし同時に── 尊敬もあった。

 よくやるものだ、私はアイという人間を認め...... いや、偉そうすぎるかな。

 

 牽制云々ではなく、真面目に貴女を敵視する。 

 女優として。

 ......もちろん顔は焼かないけどね?

 

 

 

 

 

 「──ふぅ。」

 

 現場入りした時、私がダイチに聞いた事。

 『例の子』の意味を彼は間違えてたみたいだけれど、私が問うたのは中島ユキに関して。

 あの時こちらを見て、信じられないものを見るような視線を送って来た彼女を蹴落とす様に演技をしたのだけれど、この程度じゃああの子を引き剥がすのは無理かも。

 やっぱり真似事は真似事、どこまで行ってもダイチには追いつけないかぁ。

 

 ......親子診断の結果が出たのはもう随分前だけど、今のところその結果を知ってるのは私だけ。

 色々な事が重なったから言えていないと言うのはある。

 でも失うのが怖いから言えていないというのも真実で、いつか私が本当を言える日が来るまで── 貴女には奪わせない。

 私は欲張りで、一度手に入れたものは離したくないから。

 

 「よーし行くぞー!」

 

 カメラが周り、復帰1発目であるダイチの演技に皆が注目する。

 帰ってきた彼の魔法の様な演技を──

 

 

 「『──サイキンコンクールガチカクテサ、アンマリアソベナイヤ。』」

 

 「......ハァッ!!??」

 

 わーお。

 びっくりするほどの棒読みに世界が一瞬止まり、少ししてユキちゃんの聞いた事ない野太い声と叫ぶ監督のカットコールが最低のマリアージュを生み出して...... いや、なんでこうなったの?

 家で軽く合わせた時はもっと良かったのに。

 

 めちゃくちゃ焦っているところを見るに彼にとっても予想外だったのかな。

 いやそれでもこれは......

 

 「どっ、どうしたイカレ役者!!?

 自然で良いんだ、いつもの学生生活みたくやればいいんだぞ!?」

 

 「嘘でしょ、どうしちゃったの......?」

 

 「だって! だって僕、()()()()()()()()()()()()()()()()()!!」

 

 監督、ユキちゃん、そして私が頭を抱えて天を仰ぐ。

 なんだったっけ、小学生の頃は火傷痕のせいでいじめられて、中学生はシノがいたとは言えおんなじ理由で嫌われて、高校生は子供の都合で単位制。

 ......ごめんね?

 

 

 謝ろうにも口に出せない二人と泣きそうな男の3人が、虚しく空を見上げている。

 

 

 

 

 

 

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