「あぁ〜〜......」
やってしまった、地面に埋まれるならば埋まって小一時間反省したいほどの後悔に包まれながら、頭を抱えて椅子に着席する。
何もふざけていたとかブランクがあるからとかじゃあ無いんだ、本当に頭が混乱していた結果とんでもない棒読みになってしまったというか......
いくら言い訳をしたところでどうにもならないのはわかってるし頑張らなきゃならないんだけど、考えれば考えるほどドツボにハマって抜け出せない。
監督の求めた
まあ予定を変えてもらって僕の撮影シーンは後回しにしてもらったが、それも時間の問題。
必要な事に追われている時の一時間なんて、宿題が終わらない時の夏休みくらい早く過ぎる。
ユキに関しては『いやごめん、私にアドバイスする権利無い......』と言ってそそくさと離れて行ったし、アイに聞こうにも中学高校とも碌に行っていないのだからダメ。
「どーしよ......?」
シノは撮影中だし...... あと聞ける人っているか?
──いや、いる。
二人だけいる!
思い立ったが吉日、早速明日から立ち上がり、その二人の元へ足早に向かう。
「──で、俺たちか。
とは言っても学生だったのは20年前だしな、協力できる事は何も......
ショウ君は?」
「うーん、日常は日常だし、教えられることなんてないよ?」
終わった。
鈴木さんもショウ君もわからないとなるともう無理に近い。
『どうしようもないから今回だけは普通に演技させて』と五反田監督に懇願するか? いや、それだけはダメな気がする。
しかしそうでもしなければ、僕の棒読みが全国のスクリーンに流れること必死!
『そうですか......』と小さく返事を返し、これまでに経験したことのない悩みでうんうん唸っていれば、不意にショウ君がその体を縮こまった背中にぶつけてきた。
彼の役はヒロインの弟役で、奥手な彼女を勇気づけたり相談を受けたりする── いわば、僕が初めて手に入れた映画の役みたいな存在。
鈴木さんも似た様な立ち位置の役を演じている。
彼はにこやかにもう一度背中に衝撃を与えると、どこかで聞いた様な懐かしいセリフをドヤ顔で吐いて見せる。
「『──気味が悪いと思わせるためには、現実にあるその類の人間を限りなく真似るべきだと思うんだけど。』」
「......? どうした急に?」
......恥ずかしくないのか?
どうやら僕の答えは予想外だった様で、怪訝な視線を向けるこちらに対して彼はあたふたしながら『違う違う!』と自分自身の言葉ではないことをアピールする。
──ああ、思い出した。
それは僕が彼と初めて会った公園で放った言葉。
「僕にとってダイチさんは大人なんだ。
演技の楽しさをもう一度思い出すきっかけをくれて、あの時から憧れ。
だからさ、無理に『普通の学生』をやろうとするんじゃなくて、
僕はそんなダイチさんが見たい。」
そのまんまの僕、大人の陸川ダイチ。
それを肯定してくれるのは嬉しい話だけど、それでは監督の求める『普通の学生』には辿り着けないのでは?
疑問が生まれ、瞬時に増長したそれを今度は鈴木さんが笑い飛ばした。
急に鼓膜をつんざいたその声に目を見開き、滲む涙を袖で拭いポカポカと緩い拳で反撃すれば、彼は『それそれ』と優しげに、慈愛に満ちた笑みでこちらの頭を撫でる。
それは久しくて、どこか新しい感覚。
「何も普通じゃなくていいんだよ。
演技前は不安で年相応の子供に戻って良いし、父親みたいに優しい目を持ってたって良い。
普通なんてそれぞれだ、
年相応の僕。
......良いのかな、本当に何も演じないで、ここにいるただそのままの陸川ダイチで。
どうしても踏ん切りがつかない。
それは不安というか、この映画を見るすべての人に僕自身を、全裸、素っ裸の陸川ダイチを見せるのが怖いっていう潜在的な恐怖。
「んー......」
「......何、悩んでんスか?」
自分を曝け出すという飛び降り自殺を決断できず崖側で下を見続ける僕の元に現れた最後の使者は、つい先程自分の撮影を終わらせてきた田仲シノ。
その姿は全開共演時とは違い髪を少し伸ばしていて、まるで違う印象を持たせる。
しかしその表情はどこか怒りを感じさせ、その怒りの原因を探るより先に胸ぐらを掴まれた。
苦しい。
「アンタはオレの師匠だ。
B小町の話に花を咲かせて、一緒に走ってぶっち切り、みんなで飯を食った。
──それで良いだろ?
それがアンタの持つ──
手を離され、開放感と共に頭の中がスッキリする。
そう、それで良かったのに、僕はずっと悩み続けて...... だけどもう迷わない。
この作品の中で、僕が演技することはもうない。
これから先は── ずっと陸川ダイチのまま。
「......行けるか? イカれ役者。」
「
タイムリミットは来た。
いまだに不安の残る陸川にそれとなくイエスかノーかを聞いてみれば、帰ってきたのは『待ってました』の表情と反論。
ならば撮らないことには始まらないだろ。
撮影の為に借りている校舎の中、音楽室にてカメラが回った。
このシーンは序盤も序盤、ヒロインと主人公が音楽に誘われて邂逅する場面。
奥手で物静かなヒロインの『西田
自慢じゃないがこのシーンの演出には相当な自信がある。
だからこそここで、アイと陸川には俺の求める最高にピッタリな演技を要求する。
さぁ、どこまで寄せてくるんだ?
音楽室内に入ってきて一曲聞き届けた西田に安野が気づいて椅子から立ち、ゆっくりと歩いて行って微笑んだ。
どうくる。
「君も、音楽が好き?」
「あ──『うん。』」
「僕も好き。
決して上手くはなかっただろうけど...... 最後まで聞いてくれて、嬉しかった。」
──マジかよ、ここまで修正を効かせてくるか。
そりゃあアイも驚いて一瞬素が出るはずだ、さっきの大根演技とは打って変わって現実にある人間そのものが現れたんだから。
ここに於いて、陸川ダイチは俳優という名の嘘つきじゃない。
本当に演技を行わず自身を安野稔として、俺の求めた『大人びた高校生』という存在を表現してきやがった。
自分の演奏を下手と遜る様な、そんな舐めた高校生を。
であれば、残るはアイの方。
陸川に負けない演技を見せられるのか? ただ目を引くだけでは誤魔化せるものじゃない。
物静かな女が声に出して卑下を否定し、心惹かれたその演奏を肯定する。
「『そんな事ない。
......私には上手く聞こえたし...... なんて言えば良いのかな。
──そう、感動した!』」
立ち位置のアドリブ。
モゴモゴと言い淀みながら一歩一歩近づく事で気持ちが逸っているのを表現し、その上で興奮気味に自身の感想を語って顔を上に上げればそこには安野の顔。
二人して頬を染めながら顔を逸らし、初心な両者にある胸の昂りがこちらにまで伝わってきた。
──誰が言ったか、大成する人間の瞳には黒かろうと輝いていようと、どの様な形であれ星が宿ると。
そこに立っているアイや早熟ベイビーなんかがそうで、事実あのアイドルはとんでもない大成をしてテレビにモデルに引っ張りだこ。
しかしその反面、陸川ダイチに星は無い。
だがそれでも、その目からは炎が走る。
天から授かった星の様な才能ではなく、自分自身を燃やして手に入れた人としての到達点。
その炎は導火線を持つ他の役者にも広がっていき、結果として関わった者を導いて行くのだと。
木村Pに礼を言わなくては。
『──この、ララライの看板役者とか......』
『いいや、何があろうと陸川ダイチだ。
私は彼に火をつけられたからここにいる、彼がまたこの業界に対し燃えることのできる舞台を作れるのは、私と五反田監督しかいない。』
全くもってその通り。
「カット!! オーケー!」
そろそろ終わりが近いかな
活動報告の方もよろしくおねがいします