「──弁当を食べるんですか? この四人で?」
「そうだ、そこの階段に座って食え。
日常風景に飯食うシーンは必須だろ。」
「だったらショウ君や鈴木さんも一緒が良いけど......」
そんな文句を挟めるほど雰囲気のいい現場の中、持ってこいと言われていた昼ごはんを取り出すや否や要求されたのは『食事シーンの撮影』で、リアリティの追求も込めて普通に食えという事らしい。
無論五反田監督の表現に文句を言うつもりはないけれど、せめてご飯くらいは心を休めて食べたいんだが。
仕方なし、これも青春の一環だ。
弁当をそれぞれ取り出してみれば多種多様、シノはわっぱ弁当の中にぎっしりと古風なおかずが詰め込まれていて、彼のお爺さんが作ったのだろうなとすぐに分かった。
しかしひとつだけある不恰好な卵焼きは...... いや、これを散策するのは野暮だろう。
「わっぱの弁当箱って洗うの大変じゃない?
昔お母さんが使っててさ、一年くらいでカビて凹んでたんだけど。」
「まぁ...... シミが出来るし、面倒っちゃ面倒っスね。
爺さんに感謝はしてますけど、もう歳なんだし......んな無理しなくていいとは言ったものの聞いてくんねぇんで。」
煮物を口に入れながらやれやれという様に首を振るシノの表情には呆れというか、自分を育ててくれた存在に対して休んでほしいという気持ちと拒否しきれない嬉しさが垣間見えた。
なんやかんやで想っているからこその在り方、僕も久しぶりに両親へ感謝を伝えてみようか?
真正面からそういう事をするのは少しだけ恥ずかしいが、たまの我慢も必要だしね。
......しかし、念のためにアイの物と弁当の形を変えておいて本当に良かった。
こういう小さなところから綻びというのは生まれる、だからこそ手を抜かない事が今後の為になる。
ま、たいそうな事を言ったところで僕の弁当は晩御飯の残りなのだけれど。
白米詰めて唐揚げ入れただけのシンプルな昼ごはんだけどもこれで良い。
これぐらいシンプルな方が、他のおかずに目移りしないで普通に食えるから。
とは言え彩が足りないなぁとユキの弁当を見ていたら思ってしまう。
「──ん、な〜に〜?
羨ましいの〜? 分けてあげようか?」
「......いや、綺麗な弁当だなって。
別に羨ましいとかは無いかな。」
ニマニマといたずらっ子の様に笑う彼女からの申し出を断り、四個ある唐揚げのうち一個を口の中に放り込んだ。
醤油の風味と生姜の香りが混ざり合った味は一晩経っても変わること無く、初めてお母さんに教えてもらいながら作ったにしては上手くできていると自画自賛。
......図々しいかもしれないが、受け継いだ物として得意料理を語りたいくらいには良い感じ。
対して申し出を突っぱねられたユキは『素直じゃない』と口をへの字に曲げて悔しそうに、宙に浮いている足をばたつかせる。
いや、本当に羨ましくなんて無いんだ。
トマトソースが絡んでいるペンネとか、黄金色にその身を光らせる大学芋とか。
ちっとも、全然全く、これっぽっちだって羨ましく......
......ちょっとだけ、美味しそうだなとは思うけど。
そんな僕の葛藤をどこから察知したのか、彼女は左手に持った箸を伸ばして僕の生命線、数少ない唐揚げをなんと強奪しやがった。
「わー!? 何するのさ!?」
「いただきまーす。」
くそう、なんて事を......
こちらが怒りに打ち震える理由は至極単純、食べ物の恨みは恐ろしいという言葉で片付く。
しかしその怒りもすぐに悲しみに変わり、食事という喜びへ土砂降りの雨が打ち付けられる様な気分へと落ち込んでしまう。
どう嘆いたって僕の血肉となるはずだった唐揚げは帰ってこないのだから。
しかし、エルサレムの破壊を嘆くエレミヤの様に項垂れあ僕の眼前にある弁当箱が差し出される。
まるで『お好きにどうぞ』というかの如く。
「いいの?」
「もらったからにはねぇ?」
ならば遠慮することもないか。
大学芋を貰って齧れば、広がる甘味。
普通に美味い。
「......
「なんか言ったー?」
「なんでも
しかしよく出来た芋。
パサパサしてるわけでもなくて芋本来の甘みもあり、砂糖の甘さといい感じに五分五分。
見ただけでは唐揚げと芋のシャークトレードではあるが、実態は結構公平なものだ。
ご飯も進んで二つ目の唐揚げに箸を伸ばそうとした── その時、不意にユキとはまた別の箸が現れて奪い去っていく。
なんで?
「......んむ、美味しい。」
次の強奪者── 星野アイ。
......いや、アイに関しては昨日食べただろう?
なんで強奪、僕の弁当からこんなに奪われるん?
しかしこの世はギブアンドテイク、『お返し』と入れられたウインナー二つは悔しいけど美味しい。
でもやっぱりさ、そんなにこちらを虐めなくたっていいと思うの。
最後に残った唐揚げも仕方がないので、唯一心配してくれたシノに卵焼きと交換であげた。
だし巻き卵は少ししょっぱかったけど、ご飯を食べるのにはちょうど良い。
なんなら唐揚げの次にこれが一番美味かったまである。
「よく出来てる唐揚げだ、うっま。」
「そう? まあ美味しいならいいか。」
......でもなぁ。
なんでアイとユキはあんなにバチバチなんだろう?
どっちも外には出さない様にして競っているのはわかるんだけど、どうにもいつもと感じが違うからすぐにわかる。
女優とアイドルのプライドかな?
んー、あんまりこっちに飛んでこないといいな。
「飛び火しないと良いね。」
「え、何がスか?」
「ゥゥルウアッチィ!!! 飛んでる飛んでる、火花飛んでるってぇ!!!」
食事風景の撮影からプール掃除の撮影やらを終え、初日の終わりに花火を行う。
......なんかこれじゃあ一日中遊んでたみたいに見えるが、監督曰く『辛いことより先に楽しい場面とった方がいいだろ?』とのことなので、まあそれなら僕たちも楽しむまで、なんだけど。
どうにも花火には怯えるよね。
激しく燃えるやつとかには顔を焼かれた経験上手が伸びないし、その結果楽しんでいるシノやアイを横目に離れたところで線香花火をつまんで癒されていた── のも過去の話。
夜空に煌めく流星群が如く火花を散らす手持ち花火を両手に襲いくるは中島ユキ。
僕はさながら逃走中の指名手配犯が如く、必死の形相で走り続けている。
マジでキツいしコイツ反省してない。
死ぬ死ぬあっつい死ぬ死ぬ!!
「イェーイ!」
「『イェーイ』じゃないんだって、また火傷するってば!!」
逃げて逃げて数十秒、やっと火が消えたのを確認して地面に寝転がる。
砂で汚れるとかそんなん言ってる場合じゃない、息を整えなくては。
吸って吐いて、吸って吐いて。
胸の辺りが落ち着いたところで── 手持ち花火を手に取った。
悪いが今は高校生だ、やり返そうという気概くらい多量にある。
「オレもいいすか?」
「私も!」
味方もいるし。
『うわー......』と彼女はドン引きしてるけど、そもそもこの戦いを始めたのはそっち。
「そのー、普通に花火しない?」
「──追いかけ回した後ね!」
「えー!?」
花火って楽しい物だったんだ。
17年生きてきて初めての経験。
きっと死ぬまで忘れる事のできない思い出。