撮影数日目の朝、電車に揺られながら『これで良いのか』という深いところからの言葉に思案する。
しかしそれに見惚れ、ただ羨ましそうに見つめるだけで良いのか?
オレも成長しなければ置いていかれるのでは?
不安は濁流の様に心を飲み込んで連れ去ろうとする、その流れから心を連れ出せるのは自分しかいない。
行動に移す事こそ進む為に不可欠であり、オレが唯一書き記せる成長への導線。
夏休み特有のうだるような熱気に対して手を扇ぎ、貧弱な風を顔に受けながら、日陰の中で待っていた演出家の元へと言葉を紡ぐ。
「監督、その......」
「──なんだ、お前も中島と同じか?」
食い気味に返された返答に対してギョッとする。
それと同時に心のどこかで『やっぱりか』と思う自分もいて、これが所謂『心がふたつある』ってことなんだろう。
誘導されるままに椅子に座り、雲一つない青空の下でぼうっと蝉の声に耳を澄ませた。
「まあ、なんだ。
どうせ陸川ダイチに置いていかれたくないとか、そういうこったろ。」
「まあ、そっスね。」
不思議と焦りとかは無い。
中島は見てわかる通りダイチさんをライバル視...... とは最近違う視線を送っているが、まあ似たようなものとして考えよう。
だから彼と彼女が張り合うことはわかっていた。
どうしてなのかは分からない、でも...... 不思議と、彼には負けたく無いという意思が燃え盛っている。
それはまるでガソリンをかけられた蝋燭の火。
轟々と胸の中で燃えるそれに逆らえない。
「......わかった、やってみろ。
1発目で大根演技したらすぐに戻してもらうけどな。」
「
「ん、ゲホッケホッ......」
この暑さで機材に不調が出たらしく、それが治るまでは出演者も撮影も待ちの時間。
ハンディ扇風機を回したところで飛んでくるのは生暖かい風だけであり、こんな状況では熱中症になってしまうと水を流し込めば今度はむせる。
なんとも運が悪い。
幸いにも服が濡れることはなかったけど、それでも不快感は喉にこびりついていた。
『サイアク......』と小さく呟けば、横から差し出されたのは大きめのタオル。
受け取りながら差し出し主を確認すると、そこに居たのは共演者であるアイで、年上の余裕とでも言いたいのか『大丈夫?』と腰を曲げて見下ろしている。
......敵視しているとは言えここまで撮影を共にしてきた人間だ。
ここは大人しく受け取り礼を言うことにする。
──私はアイドルとして歌って踊るアイという存在に、全く持って興味が無かった。
なぜ、どうして? 高校でわたしに対して彼女を勧めてきた女の子達がみんな、そうやって疑問符をぶつけてきたことは記憶に新しい。
何も不思議なことじゃ無い、私が
正確に言うならば、アイドル的な考えを持ったことがない。
目立ちたい、歌を届けたい、不特定多数に愛されたい。
そんなの微塵も感じたことがなかったから、私はアイドルという存在に共感も出来なければ興味も抱けなかった。
たった一人の人間と並び立って演技ができればそれで良かったから。
......でもこうやって、業界に於けるトップと一緒に居てわかったことがある。
結局のところ、役者とアイドルの本質は変わらないのかもしれないと。
自分という存在を殺して嘘をつき、常々魅力的に見えるよう振る舞い、そして大した興味も無いファン達に良い顔をし続ける。
そこに個人の人間としての意思は少ない。
ただオーディエンスを喜ばせるための見せ物として死んでいく消耗品。
粗製濫造の刀の様に、切っては捨てられ切っては捨てられの世界。
やはりこの
──しかし、いくら使おうと壊れない消耗品だってある。
それがきっと、横に座って欠伸を抑えているアイドル。
B小町のアイという存在なんだと。
いつからか、家に帰って寝転がってスマホを手に取り、彼女の名前をユーチューブで調べ始めた。
ライブ、バラエティ、ラジオ。
そのどれもカメラに対して一番自分が美しく見える場所を陣取り、ラジオでは一転落ち着いた雰囲気で何気ない話題を語る。
求められたものを成す完璧な嘘つきがそこにいた。
『好きって気持ちは、たぶん信頼の元に成り立ってるんだよ。
なんだっけ、へんぽーせー? 私を好きな人を私も好きになるみたいな。』
深夜に見たあの動画が忘れられない。
返報性の原理。
何かを渡されたら、その分相手に返さなくちゃならないと考える人間の心理。
私がダイチにもらった悔しさを花火で返したように、彼はその借りを『スカーの微笑』で返してくれた。
今度はまた私が返す番で...... それは、
......だってさ、今のダイチがしてるのは演技じゃなくて、本当の本当に素の陸川ダイチ。
シノと話す時は年頃の青年のようで、鈴木さんと同じ画に収まってる時は少し子供っぽい一面が覗く。
木村くんとは兄弟というより親子みたいに笑い合っていて──
『ふふ。』
『......楽しいね。』
アイと向かいあって見せたあの柔らかい笑顔は、私に見せるものとは違う、恋に落ちているような安らかなもの。
あんなところに横恋慕出来るわけないもん。
ぐっと背伸びをして、その時に滲んだ涙を顔を拭くふりをしてタオルで拭う。
勝ち目のない戦いだって気付くと心がこんなにも虚無感で満たされるなんて知らなかった。
──でもね、不思議と昔みたいな感じはしない。
だって友達でも十分! 今の私で満足なんだから!
それに、好きな人が好きな人とくっついてくれたら、これ以上のことはないじゃんね?
『わー!』と叫んで立ち上がり、スカートのお尻側についた砂を叩いてからスマホを取り出してアイに詰め寄る。
色々吹っ切れた。
「その、連絡先交換しませんか?
今回の撮影、みんなで遊べたのが楽しくって! またこの四人で遊びたいんです!」
「......うん、良いけど......」
どこか困惑しきりの表情のまま了承した彼女に『ありがとうございまーす!』と抱きつき、耳元で小さく囁く。
『私あんまり自分の事話すの得意じゃないし、変な事言って嫌われるもイヤだし。
でも別に自分の事話すのって嫌いじゃないんだよね、矛盾してるみたいだけど。
知って欲しい。 私の汚いところとか、やなところも全部ひっくるめて、それで良いって言って欲しい。』
あの動画で彼女が言っていたこと。
きっと彼ならそれら全部をひっくるめて『良いよ』というだろうから、何一つだって心配は無いはず。
でもファンは怒るだろうな。
それでも私は、二人の味方であり続けたいとお節介ながら思うんです。
「──ダイチとアイさんの事、ずっと応援してますから。」
敗者だって見方を変えれば勝者かもしれない。
だから私が人を焼く為に花火を待つことは今後一切無いだろう。
私が花火を持つのは── その光で、誰かを照らしたい時だ!
負けるの、さいっこー!!
「それはそれとしてサイン貰っても良いですか?!」
「あー、うん、いいよ。」
死ぬほどやだ。
なんで普通に話しかけられるんだろう、別に彼女が私とダイチの関係を暴露したところで構わないしどうでもいいけれど、そもそも彼と同じ立場で話す事がどうにも嫌で嫌で仕方がない。
ダイチは彼女を罰さない。
何故なの、どうしてと聞いてみたことがある。
『怒ったところで何も帰ってこないから。
もっと大事なものがあるのに、無理して地雷原を歩く必要もないかな、と。
それはそれとして、今日のご飯は何がいい?』
結局その日の晩御飯はパスタだったけれど、それはまあ置いておく。
──加害者は未来永劫加害者だ。
私を大切にしてくれる、汚いところもやなところも全部知った上で包み込んでくれる彼。
そんなあの人を傷つけたあなたと私が本当に友達になると思う?
こんなこと言いたくないけれどヒッドイ馬鹿。
あの日見たビデオの中にあった笑顔を消した貴女が彼を花火片手に追いかけ回した時、花火着火用のライターで人目も憚らず焼き尽くしてやろうと何度思い、歯を食いしばったことか。
傷つけたく無いし傷つけさせない。
貴女だけを幸せには絶対にさせない。
ダイチの言葉にひとつだけ間違いがある。
──怒りの先には、全てを置き去りにするほどのカタルシスがあるんだよ?
思い立ったら行動に移すべき。
貼り付けた様な笑顔のままに監督を校舎裏に呼び出し、私のプライベート用スマホを持たせてある動画を撮影させた。
「んだよ、これから撮影だってのに......」
「ごめーん監督、少しだけ!
......少しだけ、本当の私を撮ってほしいんだ。」
これから話す言葉は多分だけど嘘ひとつない真実。
あーあ、こんな感じでルビーやアクアにも愛の言葉をまっすぐ伝えられたらいいのになー。
そんな事を考えながら撮影を終え、呆然とした表情の五反田監督からスマホを取り戻し人差し指を唇に当てる。
「ナイショ。」
──因果応報は誰しも受けなきゃ。
貴女をぜーったいに、不幸せにしてみせるよ。
暇な時間に校舎内を散策する彼の背中に突撃し、誰も見ていないのをいい事に白昼堂々抱きついた。
ふふ、ドキドキしてる。
少しだけ早まった心臓の音に合わせて私の鼓動も早くなり、だんだんとシンクロしていく感覚に快楽すら覚え、彼に気づかれない様にしてプルプルと小刻みに震えちゃう。
筋肉も少し戻って来た様でお腹は硬く、がっしりとしながらも細身なウエストは抱きしめるのに丁度いい。
「──びっっくりしたぁ、どうしたの?」
「んーん、なーんにも?」
でも余裕そうなのはちょこっとだけ予想外。
慣れて来たって事なのか、それが少しだけ面白くなくて、ついイタズラ心を燃やして彼の首筋にある汗を舐めとる。
おぅ、しょっぱい!
他人の汗がここまで塩辛いとは。
でも不快じゃないよ。
「きゃあっ?!
......ちょっとー。」
満足。
少し恥ずかしげに頬を染めて、こちらを少しだけ咎めながらもまんざらではない表情。
わたしがいっちばん好きな彼の顔だ。
手を繋ぎ、少し高い位置にある顔を見上げて聞いてみる。
「ダイチは私を守るよね?」
「そりゃあもう、大切な人だから。
たとえ炎上したとしても庇うよ。」
「何があっても?」
「何があっても!」
そういうとこだよ?
女の子にそういう事言ったら本気にするんだから。
もちろん、私も。
私は嘘つき。
不純で汚くておまけにずるくて、そもそも人を愛することなんてわからない私だけど。
可愛いだけのアイだけど。
たとえ始まりが外を見ただけのありがちなものだったとしても、彼は私に対して『正当に愛する事』を教えてくれた。
結局よくわかんなかったけどさ。
時限爆弾が起爆した時── ちゃあんと私を守ってくれる彼だから、私はここまでするんだと思う。
「こうしてると本当の高校生みたい。」
「高校生にこんな可愛い女の子いないよ。」
そんな私を受け入れてくれてありがとう。