星の大地   作:チクワ

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さよならとアリガトウ

 

 そろそろ秋に入り始める頃か。

 今日も私は布団から起き上がり、未だ眠気が残る目を擦っていそいそと身支度を始める。

 毎日が楽しくて新鮮で、今の私はまさに絶頂と言ったところ。

 この仕事が入るまでは少しオファーが少なくなってたけど...... この映画が日本中で放映される頃にはまた引っ張りだこの生活が待っている。

 

 「ふふん!」

 

 よし、今日もいい感じ。

 自室を出て階段を降り、今か今かと私を待っている撮影現場に向かおうとした── その時。

 お母さんがこの世の終わりとでも言いたくなる様な顔で駆け寄り、私の頬に平手打ちを喰らわせた。

 何がどうして?

 

 「──何で...... なんでこんな事を私にも事務所にも黙ってたの!!?

 もう記事が出来てる、庇うのだって無理よ!!」

 

 そう言って見せられた紙には週刊誌の見開きが載せられていて── そこには、『中島ユキ、有名俳優Rの顔を焼いた8年前!』と。

 驚くほど詳細であり嘘ではない、確かな真実の記事が眼前に広がる。

 

 ここにこの写しがあるって事は、もうこの記事を止める事は不可能という事で。

 それはつまり私の女優としての人生が終わる事を意味していた。

 

 「ぇ......?」

 

 脳の理解が追いつかない。

 この事を知ってるのは彼と私の二人だけのはずで、そこに他の人物が介在する事などあり得ない筈なのに。

 陸川ダイチ本人がこれをタレコミする理由はそこまでないはずだ、私と彼の間にあった確執は少しだけだけれど解決の方向へ進んでいるはずだし、ダイチ自身も私に礼を言った。

 であれば何故、この記事には()()()()()()()()()()()()()

 

 考えられるのは当時に彼が親に対してこの事を話していて、親が今になって先走ったとか。

 それならばある程度は理解が及ぶ。

 『僕の事を自分の様に悲しんでくれた人だから。』と彼が評する人ならばそうする事も分からないわけじゃない。

 

 だが、それならばもっと早くに言うはず。

 私が有名になり始めたとかそんな時に。

 

 加えてこの記事にある情報には真実しかないのもおかしな話。

 その光景を見ていただけの一般人がここまで詳細に覚えているわけがない、これを話したのは知ってる人間。

 であれば── 彼が友達のよしみで話した可能性か?

 

 田仲シノとアイ。

 これは、どっちかだ。

 

 「お母さん、車出して。」

 

 「何言ってるの、こんなのが出たら──」

 

 「いいから早く!!!」

 

 

 

 

 

 

 今日は朝から気分がいい。

 なんかやたらとアイが甘えてくるし、先日行われたお遊戯会で見たルビーのダンスはもう最高。

 可愛さと動きのキレが合わさって化学反応を起こし、ついつい笑顔になってしまった。

 ......とはいえこれから撮影。

 気分を入れ替えなければ始まらんし、こんな時のためにお父さんから習って来たある事を実行しようと思う。

 それは所謂メンタルリセット!

 

 心を落ち着かせたい時、切り替えたい時に()()と考えておいた行動を取ることにより、心の中にある切り替えのスイッチを押して心機一転というもの。

 有名なところで言えば年末年始の番組にて使われている。

 

 僕の場合これにあたるのは...... まあ、彼女とのキスだった。

 寝る前に一度試してやってみたのだが、これがまあクリティカル。

 ぐっすりと眠れた上に頭の中に住まう二人のキャラクターも黙って一石二鳥、今では欠かさない日はほとんど無い。

 アイも1週間前くらいにお母さんと何か話していたが、それの後にはどこかスッキリした様な表情をしていたのでオッケーか。

 

 控え室にてそんな事を考えながら、中島ユキ以外の3人でお菓子をつまみ談笑する。

 

 「シノはサイン貰ったりしないの?」

 

 「いーや、あくまで仕事っスからね。

 プロである以上は仕事優先、立場にかこつけてねだるなんて(プライド)が許さねえ。」

 

 「そう? 書いてほしいなら喜んでするのに......」

 

 「よろしくお願いします!!!」

 

 結局プライド折れてるじゃないか。

 しかし楽しいものだ、こうして楽しそうなシノを見るのも3人で話すのも。

 いつかみんなで、子供たちも含めてご飯にでも行きたいものである。

 

 帽子にサインと一言コメントを書き込まれて歓喜するシノに微笑み、次のお菓子に手を伸ばそうとした時── 蝶番を壊す勢いで扉が開かれた。

 そこには息を切らし、手に紙を持った中島ユキ。

 『何事か』と立ち上がり心配しようとすれば、紙面を写した様な紙一枚を机に叩きつける。

 

 その見出しを目に入れて驚いた。

 何故僕の顔をユキが焼いたという事実が、週刊誌なんかに流れているのか。

 拾い上げて読んでみればお母さん達も関わっており、思わず目を白黒させてしまう。

 

 「何でお母さんが知ってるんだ......?!」

 

 「......そう言うっつー事は、この記事真実(マジ)って事スか?」

 

 シノの言葉にゆっくりと頷く。

 しかし、これでは彼女の女優人生(キャリア)は──

 

 そう考える最中、どこか安心している自分がいた。

 誰だか知らないけれどこの記事を出してくれた事で、対面を取り繕わずにもう中島ユキと関わらなくていいんだろう?

 

 あの熱さを、苦しみを、痛みを。

 何があっても忘れられない恐怖から逃れられるんだ。

 『それでも恨みが無いわけじゃない』と言ったように、僕はずっと負の感情を抱いていたよ。

 

 「......どうせダイチじゃないんでしょ、この記事タレ込んだの。

 貴方の両親か、横にいる二人か。

 どっちよ、どっちがこんな!!!」

 

 彼女の怒りを理不尽と言うつもりは無い。

 しかしそこに向けられるのは三つの冷たい視線だけで、演技ではなく本当のそれにユキは少したじろいだ。

 否定されない人生を歩んできた人間に、この記事は辛いし苦しいだろうけど...... それ以上に辛い事をたくさん知っているからこそ、こうして冷たい視線を送れる。

 全ては彼女の蒔いた種。

 花開いただけの事。

 

 だが、それでもユキの目から歪んだものが消える事はない。

 『何が何でも炙り出そう』という意思はドス黒くこちらの肌を刺し、口に出した言葉に対して僕とシノは目を見開き拳に力を入れてしまう。

 

 「──そう、いいわよ、言わないんなら私が言ってあげる!

 どうせダイチとアイ(あんたら)のどっちかなんだから! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!!」

 

 まずい、どうするか?

 シノがここに居て、何故かその事実を知っているユキがしたり顔で暴露。

 これはいっちばんヤバい。

 

 まずシノは僕に子供がいる事を知ってて、でも母親がアイだと言う事を知らない。

 しかしユキが言ったことが事実だと認識されてしまった場合、その2つがイコールとなる。

 つまり、『アクアとルビーの親=僕とアイ』の図が完成してしまうわけだ。

 これは会社全体で知られる事を避けていた事実。

 もしこの事実が世に出たとすれば、2人だけではなくB小町や子供達の今後も笑えないものとなるだろう。

 それだけは避けなければならない。

 

 出来る限りの平静を装ってアイに視線を移せば、いつも通りの顔と目でこちらを見ている。

 ......こう言う時は全てを任せると言うサイン。

 『はぁ』と馬鹿馬鹿しい事に頭を抱えるフリをしてから、彼女に向き直った。

 

 考えろ陸川ダイチ。

 矛盾なく、かつ誰にもバレないようにしてやり過ごす方法を、僕とアイが幸せになる方法を!

 

 アイの肩に手を置き、何度も言われてかったるい事実を伝えるかの如く口を開く。

 

 「──そもそも僕とアイは()()()なんだよ。

 気心知れてる友達関係だから一緒にいれば笑うし、事務所が同じだから会う回数も多いに決まってるだろ?」

 

 「......そんなの、知らない......」

 

 「そりゃあ言ってないし。

 付き合ってるとか言われると迷惑なんだ、面倒なファンじゃ無いんだからさ......」

 

 「そうだよね。

 ......少しだけ、迷惑かな。」

 

 『ね。』と二人で向かい合い、そう言う役を演じる。

 誰にも気づかれないように、そしてその嘘を本当にするように。

 ユキの懇願するような目。

 救いを求めるような目に対してトントンと踵を地面に当て、少しだけ考えてみた。

 

 僕が昔に彼女がやった事を言わなかったのは、彼女に対し真っ当に勝つと言う目標と消すには惜しい演技があったからこそ。

 ──しかし、今の彼女にそうするべき魅力があるか?

 

 僕は彼女とやり合い、真っ当に勝った。

 エランドール賞なんて名誉なものをもらったわけだし、この場においても主役をいただいている。

 そして演技に関しては...... 言いたく無いけれど、僕と共演したあの時から常に劣化し続けていたんだ。

 

 ここ最近彼女の出演が減っていたのもそれが理由。

 だってそうだろ? 演技派が下手な演技をすると分かれば呼ばれるわけないんだから。

 つまるところ── 僕にとって、彼女は執着の対象ではなく、手を差し伸べる必要もないと言うわけだ。

 

 監督から緊急の呼び出しがかかり、崩れ落ちているユキを尻目に控え室を後にする。

 台本の修正とか色々だろう、もう出てしまっているところはそのまんま進めるだろうけど。

 

 ああそうだ。

 さよなら。

 

 「うぅぅう...... ゔゔぅぅぅ!!!」

 

 慟哭を響かせたとしても、彼女に手を伸ばす人間は誰一人としていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局あの記事が出る事を考えた結果、中島ユキは降板。

 少しだけ台本が変わるだけで話の本筋が変わる事はなく、今まで通りに作品に取り組んでほしいとプロデューサーからの言葉を受けてやる気を入れ直した。

 

 「少しだけいいっスか。」

 

 修正された台本の確認を進めていると、シノが神妙な表情で僕とアイを呼び寄せる。

 断る理由もない、3人向かい合って集まれば、彼は二人の方にポンと軽く手を乗せて口を開く。

 その表情は覚悟を決めた男のもの。

 

 「その...... まあ、ルビーちゃんやアクア君がもしも、もしも二人の子供だったとしても。

 オレはそれを否定しない、()()()()()()()()()()()()

 だからアイさんはB小町として、ダイチはオレの友達(ダチ)として、大変な時は頼ってくれ。

 ......以上、巨大(デッケ)え独り言、でした。」

 

 ──シノは選んだ。

 ファンとして好きなアイドルが友達と付き合っていたら、普通は妬みとか嫉みとか色々吐き出すだろうに。

 彼は僕たちを助けていく道に進んだ。

 それが少しだけ申し訳なくて── でも、すっごく嬉しくて、台本を捨てて抱擁する。

 

 アイと共に『ありがとう』と。

 

 

 「──っしゃ。」

 

 「やろっかー。」

 

 「さあ、撮影撮影!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 苦しいよ。

 悲しいよ。

 

 誰か手を差し伸べてよ。

 

 「──大丈夫ですか。」

 

 見上げた空にいたのは、金髪の髪と黒い星を宿した目を持った王子様だった。

 (カミ)様の贈り物か。

 それは()の生えた路地に燦々と現れた一番星のように、暗闇の中で(ヒカ)ってい()

 

 

 

 

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