星の大地   作:チクワ

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 クッソ長えです
 3話分くらいあります















少女C

 

 

 『この物語はフィクションです。

 登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。』

 

 

 ──始まりは、音楽室。

 親子共にチェロ奏者であり、しかしながら親の才能を引き継げなかった安野(やすの)(みのる)はいつも通り、ひとりぼっちでチェロの弦を押さえては弓を握って音を奏でていた。

 指を動かし、右腕を押したり引いたり。

 決して上手いと拍手される様な演奏では無い。

 だが、安野にとっては別段上手い下手は関係のない話であり、彼がこうして弓を握るのはただ演奏するのが楽しいから。

 たとえ他人に見られずとも、自分が満足すればそれで良かった。

 

 「あ......」

 

 しかしそんな自己満足を破壊するかの如く、一曲弾き終えた彼の前に細身のシルエットが姿を現す。

 彼女の名前は西田(にしだ)純菜(じゅんな)

 美人でこそあるが根が暗く、故にこの学校において居場所が少ない。

 喧騒から逃げる様にして訪れた音楽室で二人は邂逅する。

 

 「決して上手くはなかっただろうけど...... 最後まで聞いてくれて、嬉しかった。」

 

 「そんな事ない。

 ......私には上手く聞こえたし...... なんて言えば良いのかな。

 ──そう、感動した!」

 

 お互いに初めての経験。

 安野にとっては自分の演奏を初めて認めてくれた相手こそ西田であり、西田にとって初めて声を荒げた相手が安野。

 不思議と惹かれあった2人の間には、奇妙な関係性が生まれ始めていた。

 

 「大変なんだねぇ、おんなじ事をしてる親がいるって。」

 

 「大変というか...... 面倒かな。

 どれだけ自由にやろうとしても、うざったいくらいに口出しが飛んでくるから。

 その点西田と一緒だとやり易くて楽しい。」

 

 帰り道の最中、一見キザにも聞こえるセリフに西田は頬を染める。

 彼女にとっては初めての友達だ。

 一対一で話してくれる人物など先生と親、親戚以外では彼が初めてであり、大人ではない他人を独り占めしている自分に内心驚きっぱなし。

 こうして話す中、自分だけが楽しんでいることに申し訳なさを感じながらもこの立場を味わい噛み締めて歩く。

 

 「けど、何もそんなに気配を消さなくたってな。

 堂々としてれば良いのに。」

 

 夏空を見上げながら他人事と思って呟く安野には、きっとその心を察することなど不可能。

 もとより他人よりも自分を優先するきらいのある人間であり、だからこそ大してうまくも無いチェロを『楽しいから』という理由だけで弾き倒してるわけで、そこに他人へ聞かせようとかいう崇高な意思は存在しない。

 ──しかし、そんな彼にも心の変化というものはある。

 彼女との出会い、自分以外に認められたという事実が、安野の心に他人を思うという変化をもたらした。

 

 初夏、青空の下に広げられた青春の譜面である。

 安野に起きた変化の作用は早く、そのうちに久しく話していない幼馴染に挨拶をしてみようか、なんて事を思案させた。

 それはある種、波乱の幕開けであったわけだけれど。

 

 「出来たらやってるし......」

 

 「ふーん、まあ、じゃなきゃ音楽室なんて来ないか。

 でもさ、そのポニテは好きだぜ?」

 

 

 安野には友達がいないわけでは無い。

 少しオタク気質ではあるが頭が良く、興味深い趣味の話を勝手に繰り広げてくれる存在が前の席から振り返る。

 

 「でさでさ、俺はマツダのロードスターに魅了されたのよ。

 曲線って言うのかな、あの艶やかな見た目がどうにもなー......って、聞いてるか?」

 

 「あー、聞いてるよ。

 きらきら星がうんたらかんたらって話だろ?」

 

 「なんだそれ?!」

 

 扱いがぞんざいに見えるが、これは彼なりの気の許し方でもあった。

 普段安野が居眠りをすることは無い。

 それは授業中や電車の中、ありとあらゆる場所であれ気を張り続けているが故。

 身の回りを信頼していないからこそ目が覚め、結果的に話が頭の中に入ってくるわけだが── 友人である鈴木(すずき)奈央(なお)の前では欠伸をして、話が耳を通り過ぎるなんて日常茶飯事である。

 

 そんな扱いをされても鈴木が彼から離れないのは、その扱いに隠された真意に気づいているからかもしれない。

 しかし鈴木にとってはもう一つ、安野との関係を切れない理由がある。

 

 「──鈴木、()()()が呼んでる。」

 

 びくりと肩を動かし、苦笑いしながら他クラスの人間へ手を振りかえした彼の姿を安野は不思議そうに見た。

 ここ最近の鈴木奈央は休み時間になるとこんな感じに呼び出され、帰ってくる頃にはひどく憔悴している。

 それがどうにも不思議で仕方がない。

 

 前までは『俺、彼女出来たんだぜ?!』なんて言っていたはずなのに。

 軽く回想しながらその後ろ姿を見送ると、彼と入れ違いに入ってきた女性が躊躇うことなく前の椅子に座り、ペットボトルに口を付けたこちらを覗き込んで来る。

 『誰だこのやろう』なんてヤンキーくさい言葉を頭に浮かべながら無礼者に目を向けた。

 そこにいたのは久しく話していなかった幼馴染。

 

 昔チェロを馬鹿にされてから関係を絶っていた女。

 東山(ひがしやま)望美(のぞみ)

 

 「んだよ、そこ鈴木の席だ。」

 

 「いないんだから良いでしょ。

 ......それはそうと、久しぶり。」

 

 安野には、東山と話したくない理由がある。

 ただ単純にこの女が、目的の為に障害物を蹴飛ばすこの女が苦手なのだ。

 古くは中学生、『一緒に帰ろう』と媚びる様な言葉に対して、彼は普通に断った。

 その日は無性にイラつくことがあり、心の平穏を保つ為にチェロを演奏したくてしたくて堪らなかったから。

 

 『──そんなに上手くないんだから、別に良いでしょ?』

  

 その後はなんて言ったか覚えていない。

 ただその時持っていた語彙を全て使って悪口を浴びせたのは事実であり、だからこそ号泣してた彼女には申し訳ないと思ったし、先生からのお叱りも甘んじて受けた。

 思えばあれは、彼女にとって友情を育みたかったからこそ誘ってくれたのかもしれないと安野は冷静に思考するが、それでも苦手なことに変わりはなかった。

 

 「良かったら夏休み、一緒に花火でも見に行かない?

 ......この日、空いてるでしょう?」

 

 突発的な誘いに目を見開く。

 流石に『げえっ』という表情は抑え込みこそしたものの、彼にとってこの申し出は驚き以上の何者でもなかった。

 確かに昔からの付き合いもある、高校で新しく作った友達と比べると勝手知ったる仲ではあろうが、それでも例の話を頭に入れた上で考えるとおかしな話。

 

 ──だが、それを差し置いて頭の中に浮かんだ一筋の疑問。

 確かにこの日の日程を空けてはいる。

 しかし、この事を言ったのは鈴木だけ。

 偶然の一致であれば何の問題もないが、それを知った上で提案してきたとしたら...... それはなんだか、気持ちが悪い。

 

 「......」

 

 安野は迷いながらも一旦保留にし、帰り道を西田と歩く。

 彼には今の関係を崩す勇気は無い。

 例えばもし、鈴木が自分の情報を東山に流していたとして、それを問い詰めれば彼と鈴木の関係は崩壊する。

 1人にはなりたく無い。

 孤独を好む趣味というものを、安野は持ち合わせていない。

 そちらに考えを回していれば、すでに気を許して軽く小突いてくる西田が左に。

 

 「ああ、悪い......」

 

 「変なの。

 ......でさ、今日女子トイレにざーっと人が来てさ。

 怖いよねー、()()()にトイレの水飲ませてたっぽいの。」

 

 「──西田、その男の名前知ってる?」

 

 まさかと思いながらも足を止め、安野は西田の腕を掴む。

 安野にとっては友達のことに関する重要な事項、歩みを止めてでも聞きたい事であったわけだが、対して西田はその行為に心臓をバクバクと鳴らしている。

 男の子にここまで迫られることなんて無かったからか、それとも無意識のうちに彼の事を意識していたからなのか、しどろもどろになりながらもその問いに答える。

 

 「えーっ、あーっ、た()かー......

 鈴木がどうとか、なんとか......」

 

 安野は歯を食いしばった。

 どの様な関係であれ、鈴木は自分のネタを話さなければその様な辱めを受けさせられる様な環境にいるのでは、と。

 ならば自分が助けなければならない。

 しかし...... 東山と2人きりにはあまりなりたく無い。

 

 ──ちょうど良い人間がいる。

 彼は左手で掴んでいた西田の手を両手で握り、テレビドラマで見た様に跪いて懇願する。

 西田は西田で訳もわからず顔を真っ赤にして混乱しているが、安野にとってはそんなことどうでも良かった。

 

 「──西田、再来週の土曜って空いてるか?!」

 

 「へぇっ!? あ、あいてるよ?!」

 

 「じゃあ俺と花火大会に行ってくれ!!」

 

 

 

 

 「......で、行くの? 行かないの?」

 

 「──行きはする。

 けど、それならひとつだけ頼みたいことがあるんだ。」

 

 昼休み、そうそう人の来ない下駄箱に寄りかかり、東山はわかりきった事を聞く様な声色で呼び出した安野を問い詰める。

 彼女にとって、安野は昔から友人であった唯一の男。

 長く付き合う中で友人としての気持ちが恋心に変わるなんてことはそう珍しくは無い話だが、それは東山にとってもそうである。

 故に、チェロを馬鹿にした事でぶつけられた罵詈雑言に対し、『嫌われた』と自己判断した末に泣き叫んでしまった。

 彼女自身はその事に対して何か思考することは無い。

 過ぎ去った過去のことであり、今を生きる為には必要のないことだから。

 

 しかし小さな焚き火が如く燃えていた恋心は消えず、自分を避ける彼を追う様にして同じ高校に入ったは良いが、それでも関わりは増えない。

 これではまずいと考え込んだ時、彼女の頭はとある結論に辿り着いた。

 ──あるものを全て使えば良い、と。

 

 幸いにも自分はカースト上位の人間、下に付いている友達はたくさんいる。

 手始めに友達に提案する様な形で鈴木を騙し、色々弱みを握ってから対抗出来ないように()()()

 そうして安野の情報を引き出し、じわじわと距離を縮めていく。

 失った数年を取り戻す様かのごとく。

 

 故に彼女は興奮で打ち震え、頬の綻びを隠し、勝ち誇った様な態度を取る。

 まるで巣にかかった獲物を見て舌なめずりする蜘蛛のように。

 

 「鈴木の事をいじめるのはやめてあげてくれ。

 あれでも俺の大切な友達なんだ。」

 

 「......そうね、いじめているつもりは無かったのだけれど、こういう物は受け取り手がどう思うか、よね。

 わかったわ、言っておく。」

 

 正味、あの男に対しての興味など微塵も無い。

 こうして蜘蛛の巣に目標の人間がかかったのだから、すでに利用価値は無いに等しく、故に手放す事に躊躇い無し。

 それを聞き届けた安野はホッと胸を撫で下ろし── 東山の視線が届かない場所で、ニヤリと笑う。

 時は土曜の夕方へと向かった。

 

 

 土曜夕方、都内の駐車場にて、西田は弟に『似合ってる』と煽てられて来てしまった浴衣の裾を弄りながら男を待つ。

 母からの借り物である浴衣は古臭さを感じない模様で彩られ、湿気が多く蒸し暑い日本の夏で汗ばんだうなじからは日頃の彼女からは感じられないほどの色香がある。

 それもこれも彼女がこれから共に見る存在、彼に対する意識の変化が現れ始めたからこそ、こうして少し背伸びしたというところ。

 

 西田望美は初心である。

 故に恋に落ちた時、その心がどう変わるかというのは誰にもわからない。

 変わり始めの自分に戸惑いながらも、視界の端からこちらに近づいてくる彼にブンブンと大きく手を振る。

 ──しかし、ウキウキの心はその横にいた人間のせいで軽く曇りを見せた。

 

 「ごめんな、鈴木が駐車に手間取った。」

 

 「あー...... うん...... そだねー。」

 

 なんで普通に友達を連れて来ているのか?

 彼女の胸の内にはこう、頑張った事に対する肩透かしとも、期待した自分が馬鹿だったと戒める様な気持ちも両方あり、半ば混乱状態。

 しかし安野はどこ吹く風。

 少し居心地が悪そうな鈴木からの視線をはたき落とす様に『後でお前も謝っといたほうがいいよ』と伝え、彼女の容姿に対してなんの反応も見せないままにまた別の場所に向けて歩き出す。

 

 「もう1人待たせてるんだ、コンビニまで歩こう。」

 

 「......何それ。」

 

 不満が出るのも当然。

 結局のところ、意識していたのは自分だけだったのだから。

 

 加えて新しく増えたのは美人。

 カースト上位の人間、東山であり、彼女も安野に怒っているところを見るとおんなじ感じで呼び出されたんだろう、そう察した西田は東山に同情する。

 

 「ともかくさ、俺は友達と花火に行きたかった。 

 ......というかそもそも俺、西田や東山と2人で行くなんて約束してないぞ?」

 

 ぐ、と2人して歯を食いしばる。

 どちらも変なところで素直な女性、確かに勝手に期待したのは自分。

 言い返そうにも反論の余地がない── いや、ある言葉によって反論を先んじて潰された。

 

 「でも2人とも綺麗に見えるよ。

 西田は浴衣着ただけなのにすげぇ美人に見えるし、東山モいつもと違う髪型で新鮮だから。

 夏ってすごいよな。」

 

 真正面から褒め倒されては、2人ともぐうの音も出ない。

 西田は顔を真っ赤にして『ありがとう』と小さく呟き、東山もいつもとは違う生娘の様な反応を見せた。

 鈴木にとっては何が何だか分からず、困惑しきりではあったが。

 

 「......お前、そんなセリフ吐けるヤツだったか?」

 

 「んだよ、俺だって人の事褒めるくらいするさ。」

 

 

 その後、花火大会は一瞬のうちに全てを攫っていくゲリラ豪雨に飲み込まれていったが、雨が止んだのちに鈴木の乗る車に4人乗り込み空き地へと向かい、小さな手持ち花火で楽しむ。

 

 奇妙な関係性だ。

 安野を結び目として集まったこの4人には、遊ぶ中で確かな友情が育ち始めている。

 プールの清掃、昼ご飯、そして帰り道。

 誰が何を言うでもなく集まり、何気ない話で笑い合って鐘の音と共に解散する。

 それは最高の青春。

 誰にも邪魔できない、夏の思い出。

 

 「......」

 

 時は進んで夏休み直前、安野は音楽室に置いてあるチェロに触れ、まるで親が子供に向ける様な笑みでその弦を撫でた。

 彼にとってチェロを演奏すると言うことは楽しいことであり、同時に嫌な事があった時の逃避先でもある。

 しかし、ここ最近は逃げとしてチェロを使うと言うことは無くなっていた。

 至極単純、嫌な事が少ないから。

 

 多少の嫌な事なら友人たちが消してくれる。

 鈴木が、西田が、東山が。

 かけがえのない3人がもたらしてくれた変化を大切に受け取り、彼らにも楽しく過ごしてもらいたいと思う。

 安野にとってこの関係性は最高級の親愛。

 

 恋に発展する事が無かろうと、それ以上に皆のことを思っている。

 

 

 

 ──しかし、女性2人はどうだろうか。

 距離が近くなれば近くなる程手を伸ばして引き寄せたくなり、何を代償にしても手に入れたくなるのは恋する人間の性。

 加えて目的を同じにする簒奪者── この場合は好意を寄せる人間の横を奪い取るライバルのことだが、そんなライバルに負けると言うことは未来永劫後悔すると言うことでもある。

 

 東山はともかく、異常とも言えるのは西田の衝動。

 最初は近くにいて話せていればそれで良かった。

 しかし、あの花火大会の日から彼の隣にいたいと思う様になり、それは願いから『私が彼の横にいるべき』『彼は私の横にいなければならない』という運命に姿を変える。

 安野の気を引くためにボディタッチを増やし、帰り道ではさりげなく彼の服を握って擬似的に手を繋いで。

 その独占欲は異常という他なく、同時に目的を同じとする他者に対してはその命を脅かすことすら当然とでもいう様な衝動で迫り、安野の周りから雑音を取り除く。

 まるで、彼の演奏を聴くのは自分だけでいいと言わんばかりに。

 

 「このこと誰かに言ったらさ、どうなっちゃうか、わかるよね。」

 

 トイレの壁際に彼を狙う泥棒猫を跪かせ、顔の横ギリギリに思い切り蹴りを入れる。

 壁から鈍い音が鳴り、それは了承しなかった場合自分がどうなるか、という未来をいたいけな後輩に見せた。

 その後輩が彼の話題を出すことは2度とないだろう。

 逃げる様に教室へと戻っていった彼女を横目に、西田はスマホを取り出して笑顔を見せる。

 彼からの連絡。

 『演奏するけど、聞く?』と簡単な文章だけど、彼女にとっては自分が好きな人に誘われているという事実が嬉しくてたまらない。

 ──けれど、まだやるべき事がある。

 名残惜しいが『ごめんね、音楽室にはいけないかも』と心からの謝罪を返信し、教室へと戻る事にした。

 

 何故西田がここまで歪み、そしてその歪みをよしとする人間になってしまったか。

 それはひとえに、昔から認められて生きてこなかった彼女自身の、自己肯定感の低さにあった。

 認められない人生が、たった1人の男の子から伝えられた『ポニーテールが好き』という言葉によって色づき、灰色の世界を彩った── いや、彩ってしまったのである。

 

 色が付いていなければ、どんなに血飛沫が舞おうと『濃いめのぶどうジュースかな?』とすっとぼけることもできたかもしれない。

 だが、彼女の色づいた世界は吐き気を催す様な鮮血の地獄。

 その中で燦々と輝く安野稔という存在は彼女を構成する柱へと変質してしまった。

 ──誰が、自分を作り上げた柱が奪われる事をどうぞと言える?

 

 そう考えれば彼女の恋は正当なのかもしれない。

 ただ、自分を見るのは彼だけで、彼を見るのは自分だけでいいという思想があるというだけ。

 

 教室へと戻り、下の階から聞こえてくるチェロの音に耳を澄ませながら東山の前に立った。

 彼女も泥棒猫の1人。

 先に好きだったからなんて、彼女にとってはどうでもよくて、ただ安野に恋する人物は友達であろうと邪魔でしかない。

 

 「東山さんって鈴木くんをいじめてたんだよね。

 彼が止めてくれなかったら、鈴木くん死んじゃう所まで追い詰められてた。」

 

 「......何が言いたいの? もう終わった事じゃない。」

 

 食い下がることくらい予想できない女ではない。

 無理矢理彼から引き剥がす方法もあるにはあるが、それでは自分が彼に嫌われる可能性がある。

 それだけは避けたかった。

 

 「いじめって、いじめられていた人の方が根に持つんだって。

 もし貴女が鈴木君にまた手を出したら、彼は稔くんに迷わず相談して、稔くんはきっと望美ちゃんを軽蔑しちゃうんだろうなー。」

 

 ......友達マージンが無かったわけではない。

 出来ることなら早々に諦めてほしい。

 あの関係性を捨てることで彼を悲しませるという結果はあまり選択したくない。

 西田にとって心からの願いである。

 

 しかしそんな願いなど知る由もない東山は引き下がらず、徹底抗戦の構えを取る。

 

 こちらにはどうせ実行に移す気概もないんだろうと笑った彼女を見送り、窓の外から流れてくる曲に胸を踊らせて軽く鼻歌を混じらせる。

 溶け合う様な感覚が心地よい。

 西田はスマホに取り付けていた、4人の関係性を担保するキーホルダーを取り外して── 思い切り踏みつける。

 静と動、怒りと虚無。

 ぐちゃぐちゃの心を一刀両断する様に振り下ろした足の下には、原型をとどめないほどに砕けたキーホルダーが一つ。

 

 「......あーあ。」

 

 壊す事に躊躇いはない。

 ただ、面倒だった。

 

 

 

 

 夜中、鈴木はアイスを食べたくなってコンビニへと向かう。

 夜中に食べるアイスというのは格別で、ここ最近はこうして夜を歩く事にも楽しみを見出していた。

 明日は友達とどんな話をしよう、夏休みはドライブにでも連れ出そうか。

 そんな事を考えながらの帰り道。

 階段に差し掛かったところで── 背中に衝撃が走る。

 

 「え──」

 

 最後に見たのは、真っ黒な服装の人間。

 なんでどうしてと考え、答えが出る前に終わったのは思考か命か。

 歩道橋の下には溶けたアイスと冷たくなった人間が横たわっている。

 

 

 

 

 

 翌日の学校には異様な雰囲気が流れていた。

 在校生が死んだということもあるだろう。

 しかし、それ以上に恐ろしさを醸していたのは、死者の机に手向けとばかりに置かれた花瓶。

 枕花として挿してあるのは白いカーネーション。

 

 誰一人泣く人間はいない。

 仲が良かったのは3人だけであり、その中でも最も友情を感じていた男はあまりに唐突な死に心が追いつかず、失意の中で拳を固く握る。

 そんな彼を心配する様に現れたポニーテールの女性はこっそりとある事実を耳打ちすると、男は突発的に立ち上がって前の席に置かれた花をゴミ箱に叩き込み、肩を上下させる。

 

 ぶつけようのない怒り。

 知りたくない事実。

 

 どうにかして保とうとする心をかき乱す様に、ある人物が教室へと入って来た。

 彼女は強い怒りを持って西田の頬を叩き、馬乗りになろうかという勢いで詰め寄る。

 

 「お前!!! お前でしょ、ありもしない噂を流したの!!!」

 

 周りの視線が東山に集まる。

 侮蔑、軽蔑、憎悪、不快感。

 その全てが年頃の高校生である彼女に向かえば、心の一つや二つ壊れそうになっても仕方がない。

 『東山は鈴木を虐めており、彼はそれを苦にして自殺した』なんて噂が流れてしまえば。

 

 何度も何度も、何度も何度も顔を叩く。

 無言で受け続ける西田を殺さんとする様に渾身の一撃が繰り出されたその時、横から安野が突き飛ばした。

 苦虫を噛み潰したような顔で、声を絞り出す。

 

 「......もう、やめてくれよ。」

 

 「ちが、ちがう...... 違うの──」

 

 「やめろって言ってんだろ!!」

 

 もう耐えきれない。

 ボロボロと涙が溢れ、それが小さな水たまりを地面に作り出す度に関係性が崩れていく。

 何があろうと親友は帰ってこない。

 

 もう── 修復は不可能なのだと。

 

 

 

 西田にとっては僥倖の一日だった。

 顔は痛いけれど東山という目の上のタンコブを潰す事に成功し、なんなら殴られた事によって彼にとても心配された事が嬉しく、それだけでお釣りが来る。

 しかしパフォーマンス的に教室で受けたのは悪手だったと言えよう。

 彼女にとって話したい相手は安野だけだと言うのに、勝手に心配をした人間たちが邪魔をする様に立ち塞がってくる。

 彼らを蹴散らしながら進む方法もあるにはあるが、少々リスクが伴う。

 やらない事には始まらないが。

 

 「稔くんは、私がどんな事になっても一緒にいてくれる?」

 

 「......どうしたんだよ急に。」

 

 「んー、不安なんだ、色々と。」

 

 「まあ...... 友達、西田だけだしさ。

 よっぽどのことがない限りは、見捨てたりしないと思うよ、俺。」

 

 その言葉は彼女にとってのガソリン。

 数日後の朝、路地裏にて二人の女性が相対する。

 かたや虐める側からいじめられる側に転落した女、かたや人畜無害に見せかけた地獄の擬人化。

 包丁を向けられながらも西田の顔から笑みが抜ける事はなく、監視カメラを背に目の前から走ってくる東山を待ち受ける。

 衝突の瞬間、包丁を奪い取ってから返しの刃を腹に突き刺すまでものの一、二秒。

 監視カメラにはまるで正当なる防衛かの如くその光景が映り、たとえ何があっても彼女が有罪になることはない。

 

 「これで、ね。」

 

 

 

 西田純菜は人殺しである。

 しかし安野稔はそんな彼女を見捨てることなく、他の生徒から繰り出される身勝手な正義の行使から守り抜き、同時にその使命感がチェロの腕を上昇させた。

 もう失いたくない、自分しか彼女を守る者はいない。

 その脅迫の様な使命感こそが、彼に足りなかったものだった。

 才能は確かにその腕へと引き継がれていたのだ。

 

 めきめきと頭角を表したのは言うまでもなく、なんとコンクールへの出場が決まる。

 彼にとっては嬉しい出来事であっても── 彼女にとっては否である。

 だってそうだろう? そんな事をすれば注目されてしまう。

 自分から離れてしまう。

 それはなんとしても避けなくてはならない。

 

 「ごめん、コンクールの練習しなきゃ。」

 

 「そればっかりー!

 もー、こっちも寂しいんだよ?」

 

 「まじでごめんな、どっかで返すから。」

 

 今日も昨日も、きっと明日も明後日も。

 彼はずっとチェロに向き合うだろうが、そうなっては自分を見てくれないじゃないか。

 結局恋なんて自己満足である。

 

 赤信号、飛び出したのは他人に押し出されたのか、それともつまづいただけなのか。

 どちらにせよ、安野の左腕に痺れが残ったのは変わりない。

 

 「......ダメだ。」

 

 コンクールを棒に振り、夏休みが終わって一ヶ月。

 九月の下旬、何度も何度もチェロの弦を左手で押さえようとするが、手の痺れが故にまともに押さえて後を慣らすことすらできやしない。

 彼にとってこの事態は絶望である。

 やっと楽しい以外の気持ちが芽生えて来た趣味が、唐突な出来事で攫われていったのだから。

 

 西田にも罪悪感というものはあり、そうやって苦悩する彼に申し訳なさを感じるところはあった。

 でもやった事に後悔はない。

 事実として彼は西田に視線を向ける時が増え、彼女にとっては嬉しくてたまらない事である。

 

 何かできることはないか。

 彼女が矛盾の中で問うたその言葉に対し、安野は軽く考え込んでから自分の膝の上に西田を座らせる。

 

 「......これでチェロを弾くのも最後だろうけど、西田は弦を押さえてくれるか?

 タイミングよく教える場所を押さえるだけでいいんだ、こうしてやれることが、俺にとっては楽しいんだから。」

 

 「......うん。

 やってみるね。」

 

 音楽室に響いたのは、いつだかと同じ様な上手くもなければ下手でもない演奏。

 ところどころ音が跳ね上がるところもあれば、上手くいって美しい音色を奏でる時もある。

 でこぼこだとしても── 二人の間には愛がある。

 歪みきったものではあるが。

 

 一曲弾き終わって帰り道、踏切の前で彼は語る。

 

 

 「──俺さ、近々引っ越す事になったんだ。 

 色々あったからって親が気を利かせてくれてさ、少し遠いところの学校に行くんだけど。

 西田には言っておこうと── 西田?」

 

 「......なんで?」

 

 「いや、だから色々あったから...... 勿論離れたくはないんだけど、もう決めちゃったらしいし。」

 

 「親だけ遠くに引っ越して、私の家に居候でもしてこっちの学校通えばいいじゃん。

 なんで遠くに行っちゃうの?」

 

 「女の子の家に居候はまずいだろ。

 ......というかどうしたんだよ、今日の西田、なんか変だぞ?」

 

 「──変なんかじゃない!!!」

 

 青空の下、怒号が響く。

 西田の目には涙が浮かんでおり、彼と決して別れたくないという意思がそこには宿っていた。

 

 「ここまで私の心をかき乱して自分だけサヨナラなんて許さない!!

 稔くんにとって私はなんだったの? 見捨てたりしないって言ったのは嘘だったの?!

 私は── あなたのことが、好きなのに。」

 

 安野は降りた踏切のギリギリまで近づき、天を見上げてから人差し指を彼女の唇に当てた。

 我慢する様な表情で、まるで諦める様に。

 

 「......きみは友達。」

 

 

 西田にはそれが許せない。

 どんな形であれ諦めて、消えようとした彼が。

 人差し指を払って彼の顔を掴み、奪い取る様な口付けをする。

 貪る様に、今生最後の食事を楽しむ様に。

 

 血飛沫が青空を染め、ひとつの呟きが地獄の中で聞こえてくる。

 

 「これでずっと一緒......」

 

 

 

 

 

 三月。

 ある家の机の上、スマートフォンには動画が流れていた。

 それは死んだ男からの遺言みたいなものであり、最後に残った友達へ向けた決意表明みたいなもの。

 

 『撮れてるな。

 ......よし、西田がこれを見てる時は、俺がもう転校することが決まった時だと思う。

 正直お前を置いてどこかに行きたいかと言われれば嫌だって言いたいんだけど、もう決まってしまった以上俺に拒否権はないみたいだ。

 ......俺はお前が好きだし、なんなら抱きしめて愛の言葉でも囁きたいところなんだけどさ。

 どうにもこの体じゃあ西田のことを幸せに出来ない。

 だから、ここは自分の心を切り殺して我慢して、今度の夏休みにこの心を伝えようと思う。

 できたらその時まで、待っていてほしい。

 

 ──身勝手だけども...... 俺も西田純菜が好きだよ。

 じゃあね。』

 

 少女は踏切の前に立っている。

 向こう側ではみんなが手を振っていて、線を一つ越えればそっちに行ける。

 

 一歩を踏み出して聞こえて来たのは鉄の音色。

 

 春に響いた愛の終わりである。

 

 

 

 

 少女とチェロ(cello)、二つを愛した男の末路であり、男の愛し方を間違えた女の行く先でもあった。

 

 

 

 

 

 

                    ──少女C

                監督 五反田泰志

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もしもし、お母さん?

 週刊誌の記事なんだけどさ、僕とユキの事知ってたの?」

 

 『四年前にアイちゃんに話したんでしょう?

 お父さんが知ってたわよ。

 部屋に入ってきてビデオ持って行ったから、何事かと思ったって!』

 

 「ああそう。

 いやまあ、その、色々とありがとうね。」

 

 

 

 

 

 「......アイちゃん、本当にこれでよかったのかしら。

 誰しも因果応報は受けるものだけど。」

 

 

 

 

 

 

 











 ちなみに没にしたオリジナル小説と同じ話です
 もしかしたらこれをメインに書いてたかも知れませんね
 後3話くらい
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