ある日のインタビュー。
同じ事務所の俳優二人。
『今回の映画に関して俺とショウは脇役ですけれど、メイン三人の演技を見てれば納得が行きますよ。
限られた場面の中で爪痕を残すと言うのも実力ですから、そう言う目線で見れば俺達も実力派ではあるのかも知れませんね。』
『久しぶりにダイチさんに会った時は嬉しかったし、演技を見た時は帰ってきたんだってもっと嬉しい気持ちになりました。
けど......』
『どうした?』
『ここは切ってほしいんですけど、彼は気づいてないのかな......
ストーカーみたいな人が打ち上げの時、チラチラダイチさんを見ていたんです。
女の方で......少し見覚えがあるような人。
何事もなければいいんですけど。』
『少女C』の撮影は一つ二つのハプニングがありながらも無事にクランクアップを迎え、最終的に決まった放映日は来春の下旬くらい。
夏の熱気はどこへやら、世界は冬の冷たい風に包まれて少しだけ寂しさが空に残る。
もう少ししたら冬だろう、それくらいに肌寒く冷たい風は頬を切り裂くように通り過ぎていった。
誰しもが出歩きたくはない気温。
猫がこたつで丸くなるほどの中で何故僕が外を歩いているかと問われれば、それはひとえに誕生日を祝うために必要なものを取りに行っていたから。
忘れるわけがない、来週はアイの誕生日。
遂に
とてつもなく目立つものはなんか違う。
しかし地味すぎるものは彼女と釣り合わない。
何にすればいいのかなーと思考に思考を重ねた結果、変に目立たず着けて行っても怪しまれないものという事で...... レディースのバングルを購入。
ブルガリみたいな名前の店で購入し、来週に対する備えは万全。
気になって少し調べてみたが、ブレスレットやネックレスをプレゼントすると言う事は少なからず束縛の気があるらしい。
......そんな事ないよ?
キモがられるかな、流石にそんな事はしないと思うけど。
不安と期待は表裏一体、当たって砕けろの精神を持ちながら、今は事務所に向かう。
「──ねえ、もう私に関わらないで。」
なんとなく別れた男に連絡を取ってみた。
別にヨリを戻すとかそう言う話じゃなくて、もう私にとって彼は邪魔だからこそ、拒絶の電話を入れただけ。
きっかけがあったわけじゃない。
子供達はダイチのことをぞんざいに扱う時もあればしっかり心配する時もあって、正真正銘の気安い父親として心を許してる。
これは単純に── 私のけじめだ。
「別に週刊誌に言ってもいいけど、こっちにも貴方を道連れにできる動画があるから。
うん、だから
駅前に貼られたでっかい広告には私がいる。
仕事は順調、SNSのフォロワーは100万人を超えて、世間は私を見てくれている。
その中には田仲君もいるだろう。
『幼稚園のお迎え? 行きますよ、暇ですし。』
彼には感謝しなきゃ。
ダイチのお母さんに頼みっぱなしだったのは申し訳なさがあったし、なんだかんだで子供達に嫌われてるわけでもなさそうだし。
でも彼が子供達のことを知ってる事を隠していたのはいただけない。
その日の夜、私なりの折檻をダイチにしたからいいんだけど。
「ガハハ、飲め飲め!」
「森伊蔵だー。」
名前だけは知ってるお酒に興味を持ちこそすれ、別にそれを飲もうとは思わない。
普通に未成年だし。
思えばもうアイドル8年目。
来週にはドームライブがあって、社長にとっての夢はそこに自分の育てたアイドルを連れてく事だって。
ドームがすごいとかみんなの夢だとか、そう言うのってわからないから、みんなが喜ぶ事に私も喜ぶ。
結局8年やっても嘘つきから変わることは出来なくて、きっともう死ぬまでこうなんだろうなって。
アイドルになればファンを愛せると思った。
母親になれば子供達を愛せるって思ってた。
心の底から愛してるってずっと言いたくて── でも、いざ口に出そうとすると嘘になるんじゃないかって怖くて。
ステージの上だったら楽々言えたんだけどね?
「ママー。」
「んーよしよし......」
ルビーを撫でて抱いた私に、ダイチが優しげな目線を向けた。
その視線に、想いに、私はふさわしいものを返せるのかな。
私と彼はずっと一緒にいるだろうけど、彼の愛に返せるものが私にあるのかはわからない。
「新居かあ。
まさかこの年で買う事になるとは......」
その新居に新しく設置したソファーの上、彼はクッションを抱えながらボソリと呟く。
普通はこんな生活しないんだろうけど、私たちって普通じゃない。
でもそれだから出会えたと思えばいい事なのかも。
......あの時監督に撮ってもらった動画は今もスマホの中にあって、何かあった時のために保存してある。
これを使わないで死ねれば最高だけど、人生そううまくはいかない筈。
明日はドームライブ。
やり残したことがないかと色々考えていたら、行き着いたのは昔の個人ブログ。
みんながまだ中学生だった頃のもので、好きな俳優だとか好きなタイプとか、今じゃ怒られちゃうような文章ばっかり。
懐かしさに目が眩んだ。
B小町の皆んながギスギスし始めたのは私が原因。
それは分かってたし、すっごく悪いなって思ってる。
出来ることなら......今からでも、みんなとあの頃みたいに馬鹿なことをやって笑っていたい。
ランチにも行きたいし、遊園地にでも遊びに行きたい。
これが私の本心なんだ。
管理者ページを開いて文字を書き殴る。
推敲とか確認とかは無し、ただの思いの丈をぶつけるように。
「直接言えばいいのに。」
覗き込んでいたダイチから野次が入る。
それが出来たらもうやってるよ。
「んー、でも心でそう思ってるんなら、口に出せる筈だよ。
怖がるんじゃなくて、受け入れてもらうために前へ進む。
それが僕は一番いいと思うんだけどな。」
──怖い。
そうかもしれない。
私は怖いから嘘をついて生きてきたのかもしれない。
なら、うん。
少しだけでも、勇気を出してみるかな。
「ルビー、アクア。」
朝、子供達を抱きしめる。
ダイチはランニングに行ったのかな。
──私はまだ、三人に愛してるって言ったことがない。
それが嘘だと分かってしまった時が怖くて仕方がないから。
でも勇気を出してみるよ。
ライブが終わって、帰ってきて1発目。
『愛してる』って言ってみる。
嘘を吐き続けた代償が、いつか訪れるとしても。
「──ドーム公演おめでとう。
双子の子供は元気?」
「......ふう。」
ステージに立つのは僕じゃない。
でもなんか緊張してしまって、いつも通りの心に戻す為にマンションの周りを走ってきた。
僕は昨日彼女に対して偉そうな事を言ったけれど、本当は僕自身も怖いことがある。
彼女達に『愛してる』と言う事。
何があっても好きな家族だけれど、果たして漠然とした意識の中で愛してるって言ったとして、それが変質して呪いになってしまわないだろうかと。
塞翁が馬。
もし── もし、アクアやルビー、どっちなのかはわからないけど、前にゴミ箱に叩き込まれていた紙が。
僕の名前と『親子関係否定』と書かれていた紙が本当だったとして、あの子達がそれを知った時、この愛が呪いになるんじゃないか。
それが怖い。
でも、僕は家族の前で嘘はつかないと決めた。
たとえ嘘を吐かれても、僕は真実の中で彼女達と接しようと。
だからまあ、ライブが終わって家で出迎えた時に、でっかく愛してるって迎えよう。
そうすれば先に進めるんだから。
エレベーターから出て角を曲がる。
アイや子供達が待っているはずの扉の前には男がいて── その男は、花束の裏にナイフを持っている。
思考より先に足が動く。
なんでどうしてなんか考えてる暇はない。
僕は、僕は!
何があっても守ると言った!
「──ぐっ?!」
飛びつく形でタックルをかまし、最短距離で腹を突き刺そうとしていた男のナイフは狙いを外して足を掠めた。
くるぶしの辺り、アキレス腱が切れたらなんてことより、命の方が大事なのは言うまでもないだろう。
しかし一度で諦めるならばこの男もこんなところまで来はしない。
再度立ち上がってアイを狙う彼と揉み合いになって──
「......あ。」
視線がぐらつく。
ピリッとした痛みと流れ出る冷たさに既視感を覚えた。
ああ、これってあれだ。
顔を焼かれた時と同じ──
腹に刺さった包丁を男から奪い取り、その場にへたり込む。
アドレナリンがどうとか、そのせいなのか不思議と痛みは少ない。
ただ口から出てくる血の味と、新居の玄関を染める己の血が不快で仕方なかった。
彼に僕はどう見えてるだろう?
フードの外れたその顔は── 四年前に知り合った、熱狂的なファンの人と同じだったから。
「っ、ダイチ......!」
足の痛みに苦痛を浮かべながらもこちらを心配するアイに、汗を滲ませながらも微笑みを向ける。
そんなに心配しないで、こちらも辛いよ。
「ア、アイドルのくせに子供なんて作りやがって!!
ファン裏切って、裏ではずっと馬鹿にしてたんだろうが、この嘘吐き!!!」
「ちがう。」
それはちがう。
彼女は彼女なりにファンに向き合ってきた。
自然な笑みを求められればそれが出来るように努力をしていたし、アイドルとしての自分を崩さないようにファンの前では定型文のような生活を演じて。
そこには確かに、ファンを愛してるって言う事実があったんだよ。
「......玄関のここに置いてある星の砂、
すごく大事にしてましたよ、『嬉しかった』って。」
「......嘘だ、適当な、でまかせ......」
「そっ......か。」
彼女は彼に手を伸ばした。
そこには、今でも彼を愛そうと言う意思がある。
「──私ね、嘘を本当にしたかった。
だから努力して、頑張って全力で愛してるって言えるように、みんなに喜んでもらえる嘘を吐いてきたつもり。
私にとって嘘は愛だから。
今も、君の事を愛したいなって思ってるよ。」
「嘘だ...... 俺は、そんなんじゃ......!!!」
リョースケさんは狼狽し、玄関から逃げ出していく。
その手にはナイフの代わりに、置いてあった星の砂を掴んで。
──嵐は去ったわけだけれど、どうにもぼうっとして意識が定まらない。
歪み始めた視線の先ではアクアがどうにか止血をしようと血管を押さえていて、その横ではアイが泣きそうな目でこっちを見ている。
どうか泣かないでほしいんだけれど、うーん。
携帯がその辺に転がっているところを見るに早いところ通報してくれたんだろう。
じゃあ救急車が来るか。
あんしん、か。
一つため息を吐いて、二人を抱き寄せる。
ナイフが刺さったままの腹ではどこまで話せるかわかんないけど、僕なりに色んなものを残したいから。
「ルビーはまだ寝てるのかな...... まあ、後から伝えてね。
とりあえずは守れて良かった、何にしてもそれが一番嬉しくて。」
「ダメだ喋るな! 出血が......!」
そうは言ってもな。
話してたほうが楽なんだ。
「アイに怪我させちゃったのだけはごめん。
ドームライブ、どうなるのかな...... まあそれは横に置いておこうか。
これから先、何かあったら僕の両親やシノの事を容赦無く頼ってあげて。
割と他人の厄介を引き受けちゃうタイプの人だからさ、喜んで聞いてくれると思う。
......せめて小学校の入学式にはアイと二人で行きたいな。
お遊戯会のダンスはさ、録画してきてもらったのを見る感じになっちゃったから。」
「......ぇ、お父さん......?」
ああ、ルビーも起きてきたらしい。
手をこまねいて近づいてきたところを抱き、おしくらまんじゅうみたくぎゅっとひとつになる。
あったかい。
「ダンス凄かったね。
僕、あんなに踊れないから...... 大人になったらアイドルかな。
アクアは役者?
二人とも可愛いしかっこいいから、大人気になるかもね。
......そう言えばアイ?」
「うん......」
「ゴミ箱に物を捨てるときは、文章が見えないように切ってから捨てる事。
個人情報とか面倒な事になるからさ。」
まだまだ話したいことはいっぱいある。
誕生日プレゼントとか、お礼とか、色々。
でももう眠い。
最後に一つだけ言って眠ろう。
一際強くみんなを抱きしめて、全員に聞こえるように囁いた。
「──みんな大好きだ、愛してる。
......うん、恥ずかしくないや。」
「ダイチ? ......ダイチ!!」
おやすみなさい。
次回は3話投稿です。
最終回でふので