始まりはいつだかに見た、テレビドラマと昼の情報番組だったか。
情報番組に宣伝をするために現れた役者の人がすごくカッコ良く見えて、お母さんにこの人が出てるドラマが見たいと頼み込んだ。
......正直子供が見る様なドラマじゃなくて、爽やかでカッコいいと思っていたその人が演じたのは連続殺人鬼。
もう人が違うなんてものじゃなくて、雰囲気も喋り方も目つきも完全な別人の様に見えた。
今考えてみれば、ストーリーは良いものじゃない。
だけど、その時の僕に夢を見させるだけの破壊力がそのドラマ、その役者さんにはあったんだ。
それからは努力に次ぐ努力。
ボイストレーナーの母親に初歩的な声の出し方から上級的なテクニックまで教えてもらい、壊れたレコードが延々と同じフレーズを繰り返す様に僕もそれを繰り返す。
親戚が一堂に会する場面があれば手始めにその全員の所作、クセ、口調や方言までノートに記して、何度も何度も演じる。
そうして迎えた事務所のオーディション当日。
正直言って書類審査どうこうは大体親に書いてもらったので、あの二人には足を向けて寝られないほど感謝しているし、出来る限り希望には応えたいと今でも考えている。
少し本筋から逸れたが、再度オーディションの話。
実技審査に関しては...... 手始めに言うと、歌がてんでダメだった。
上手くもないけど下手でもない、端的に言ってどっちつかずの振り切れない天秤の様な。
その時審査員が見せた一瞬の失望、それがどうにも僕の自尊心を刺激して『なにくそ』と心を燃え上がらせたのを今でも忘れることはない。
実際に台本を使っての演技審査で課された題目は、全身に力のこもった豪放磊落なガキ大将。
いつもの様に心を入れ替える。
しかし自分自身を完全に消して、ただ脚本に書かれたその人物100%を演じるだけでは誰がやったって変わらない。
だからここに
あくまでもキャラクターの邪魔はせず、かつ演じる自分の在り方を失わない様な演技。
これこそが僕の求める
『あっははは!! 良いんだよそんぐらい!
──友達を守れたのが何より、このぐらいの怪我は気にすんな。
なーんてなぁ? サッカーでもやりに行こうぜ、俺ぁ小さい事を気にしねぇのさ!』
文字通り豪放磊落な人間でありながら、ここに友人への強い思いというエッセンスをひとつ。
台本だけでは『何故ガキ大将に慣れたのか?』という要点が抜けていたが、こうすることによって『友を守り、些細な事は水に流す男だから』という答えが生まれる。
みるみるうちに失望から期待へ変わって行くその目が、僕の全力が認められたという高揚が体を支配して。
僕はその光に焼かれたんだ。
結果的にはオーディションに合格。
あの時の喜びようはすごいものだった。
確か動画があったはず。
「......見ます?」
「見る見る。」
二回頷いたアイに見せるため、一旦自室から出て先に寝ていたお父さんの部屋に侵入、ビデオカメラをくすねてそそくさと退出する。
「......」
ちょっと動いた気がするが気のせいだろう。
布団に戻り、古いカメラを起動して数年前のある動画を再生した。
そこにはまだ火傷のない自分と、今よりも若いお母さんが見える。
無邪気で、希望に満ち溢れた顔。
この時の自分には、これからどれだけの未来が待っていたのだろうか。
『──受かったー!!!』
『おめでとうダイチ! 今日はご馳走だな!!』
『よがっだ〜......!』
感涙を流し咽び泣きながら抱き合い、幸せの絶頂を思い出してつい微笑む。
しかしここはスタート。
あくまでも夢のスタートラインに立てたというだけである。
それは家族全員がわかっていて、二人とも惜しみないサポートを送ってくれた。
ちょっと遠めの場所へ仕事に行く時はお父さんが、近くの時はお母さんが。
どちらも僕のために仕事を抜けてくれる時もあって、家族みんなでひとつの目標に向かっているという実感が、演技をさらに上のステージへと連れて行く。
気分はまさに天下無双。
──しかし、ちょくちょく出演のできる地方ローカルの番組やウェブサイトでの仕事と違い、憧れと同じ舞台に立つための映画、ドラマオーディションは振るわない。
しかして諦めることはない。
もとより、何もかもが上手く行くことなんてあるわけ無いとわかっていたのだ。
だからこそ努力を忘れない。
少しでも共演者さんやプロデューサーに良い印象を持ってもらえる様に気配りを絶やさず、その裏で有名どころのテクニックを見て、再現して盗む。
そしてとある日、ひとりの同業者に出会った。
同じオーディション会場で天才的な演技を見せつけて合格を勝ち取った彼女の名前は中島ユキ。
「僕の顔を焼いた本人で、今も活躍中の同級生。」
「......」
その演技はまさに僕の対極。
自分自身というアーキタイプに演じるキャラクターという絵の具を塗り、表面上はそのキャラを演じている様でその本質は彼女が持つ演技力。
僕の演技を技とするなら、彼女は力。
行うことがプラスマイナスで全てプラスになる様な
と、同時に思い至る。
『──僕の
......神がかった決意を持った時、人はその目に星を宿すと先輩が言っていた。
ならば、僕が宿すのは黒い星。
その星を引き摺り下ろす影の星。
学校でも熱を失わず、常に負けず嫌いを目に宿す彼女。
僕の一方的な執着、それどころか
自分で言うのもなんだが、そのオーディションは実質的に僕と中島の一騎討ち。
勝敗を分けたのは台本への解釈の差。
つまるところ── キャラクターを活かす演技のため、台本の裏にある脚本家の表現に気づいた僕の勝ちだ。
『僕は姉さんの弟だけど、別に便利屋じゃないんだよ?』
『私はお姉ちゃんの妹だけど、何でもする便利屋じゃないんだよー?』
この後。
『もう! わかった、やっとくから先行けば!?』
運命の分岐点、ここは普通に台本を読む限りでは、その姉に怒りながらも渋々頼まれた事をやるきょうだいの様に思える、が──
『──ふふ、もう!
ここはやっとくから、早く先に行って?』
僕は笑った。
そうだ、この映画の本質は『きょうだいの愛』であり、その愛を受け取った主人公が好きな人とのラブストーリーに進むと言うもの。
ならばここで弟が怒るわけがない。
だって、
合格通知が来たのはその二日後。
死ぬほど喜んで、死ぬほど楽しみに寝て──
『......どうしたの? 中島さ──』
呼び出された河川敷の橋の下、誰も見ない様なところ。
当時の僕はまだ弱かった。
不意を取られれば女の子にも押し倒されるぐらいに。
『うあっ!? あぁ、あぅ......!』
左肩に刺さったシャーペンが抜かれ、痛みに眩む視界に見えたのは、目に黒い星を携えた中島ユキの姿。
手に持った花火に親から盗んだんだろうライターで火をつけると、そのライターを川に投げ捨てて慟哭する。
『あんたなんか邪魔なのよ!!
私の
熱い、痛い。
今すぐにでも気を失いたい。
だが、それでもやらなきゃならないことがあって、もううめき声を上げる余裕すらない体を右腕一本で引きずり、使い終わって捨てられた花火を手にする。
入念に、丁寧に、指紋を潰す様にそれを握りしめる。
そして、川へ投げ捨てた。
どうしたのこんな事をしたのかと言われればひとつだけ。
僕は彼女のやった事はともかく、演技力だけはずっと信じていた。
僕から奪い取るであろうチケットを手に、彼女はこれから階段を駆け上がるだろうから。
それにもう、彼女が僕以外にこんな事はしないだろうという根拠のない確信があった。
それは、中島ユキがこの場から去るときに見せた表情に起因する確信。
あくまで彼女が欲したのは芸能界に登るための最初の一歩で、それ以降は絶対に自力で駆けあがろうとするはずだ。
同級生として僕が知る中島ユキはそういう人間だった。
──彼女に僕はなれないから、その唯一性をせいぜい僕を犠牲に頑張ってくれと。
僕は心の底だけで妬ましく君を見ているからと。
......馬鹿みたいにムカつくけどね。
「それが、この火傷の真実。
僕が『自分の不注意』って貫き通した出来事──......って。」
これが今の僕を形作ったルーツ。
誰にも教えてこなかった本当の過去。
どんな言葉が飛んでくるのかとベッドの上に視線を移せば、そこにあったのは言葉ではなく寝息。
体を起こして見ればすっかり寝ている。
その姿を見て出てきたのはため息では無く小さな笑い。
よくもまあ、他人の男が使っていたベッドでここまで熟睡できるものだと。
「......やっぱりかわいいな。」
思えば彼女も高校生の年齢。
すっかり天の上の存在と思っていたが、やっぱりこうしてみるとただのかわいい女の人だ。
......さっきの話をどこまで聞いてくれたたのかはわからない。
けど、誰かに話した事で幾分かは楽になった気がする。
ありがとうと心の中で呟き、アルバムを本棚に戻してから眠ろうと布団から出た。
立ち上がって見えた窓の向こうには、遠く輝く夜空の星。
『ああなりたかった。』
その呟きは誰にも届かないまま、暗闇に消えて。
宵闇の中で煌めいていた。
2023/05/13
少しだけ中島ユキが顔を焼いたと教えなかった理由に加筆しました。
評価とか、よろしくお願いします