ぜろよろず 作:しずおか
「のう、おヌシ。……おヌシじゃ、おヌシ。青い衣のおヌシじゃ」
静岡県熱海市、
入り口の鳥居に向かって左側には石碑が立っていて、その更に左側には座るのに丁度良いサイズの丸い石がある。
そこに座っていた僕へ話しかける誰かが現れたのは、丁度遊んでいたケータイゲーム機で巨大なモンスターを捕獲した時の事だった。
「あ、すみません。邪魔ですよね」
足を路上側へ出さないように気を付けてはいたけれど、交通の邪魔になってしまっていたのかもしれない。
直ぐにゲーム機の電源を切って立ち上がろうとする。
こういう時、今のゲームは便利だと思う。姉ちゃんが僕ぐらいの時はオートセーブ機能が無かったっていうんだから驚きだ。
「否。そのままで良い。座ったままで構わぬ。我は話がしたくて声をかけたのじゃ」
あれ? どうやら、声のヌシは僕との会話をご所望らしい。
とりあえず、ゲーム機をショルダーバッグにしまいながらクルリと身体の向きを変える。
「さて。年端も行かぬ童が独り。斯様な場所で何をしておるのじゃ?」
そうして。僕は声のヌシをようやく視界に捉えた。
石碑の土台になっている石垣。そこに腰かけて
「……それ、全部キミに跳ね返るんじゃないかな」
若草色の長髪と、ビー玉みたいにキラキラした赤い瞳。着物のような真っ白な衣服。
アニメのキャラのような、でもコスプレみたいな感じはしなくって。
どこまでも自然なのに、明らかに浮世離れしている。そんな不思議な、小学校3、4年生くらいの
「我は良いのじゃ。なにせ、我は
――中学2年生の夏、僕は神様に出逢った。
◇◇◇
「神様かぁ。それじゃあ、確かに。問題は無いかもね」
「あー、その反応っ! どうせ信じておらんのじゃろ! どいつもこいつも、最近の童は皆そうじゃ!」
僕の返答はお気に召さなかったらしく、神様は腕を組んでそっぽを向いてしまった。
あらら、どうやら誤解させてしまったらしい。
「誤解しないで。僕は本当に信じているんだ、本当だよ」
「……嘘じゃな」
「嘘じゃないよ」
「嘘じゃ嘘じゃ嘘じゃ! どうせ、こんなチンチクリンが神の筈がないとか考えとるんじゃろ! たっぷりフサフサ白髭つるっぱげ老人が神だと勝手に考えとるんじゃろ!」
なんだろう。彼女の地雷を踏んだらしい。
うーん。確かに、神様と聞いてそういう容姿を思い浮かべる人は少なくないかもしれない。イラスト屋とかで検索欠けたら真っ先に出てきそうだもの。
でも、最近はアニメやらソシャゲで神様のイメージは随分と多様化しているし、古くから伝わる神様の肖像画や彫刻もある。ロリ神様も大した抵抗なく受け入れられる気がするけどな。
それに……
「むしろ、僕なんかは神様ってアメーバみたいな姿してても不思議じゃないと考えてたくらいだし。だから、小さな女の子の姿でも衝撃は少ないかな」
「……あめーば?」
「だってさ、だいたいの創世神話は神様が自分に似た人間を創った云々って話でしょ? でも、人間の祖先がアメーバみたいな微生物ってのは常識レベルで有力な説だしさ。だとしたら、神様がアメーバみたいな姿の可能性もあるかなって思ってた。その予想は大外れだったけどね」
恐竜みたいな姿の神様を想像したりもしていたから、むしろ人間の姿で拍子抜け…もとい安心したくらいだ。
「……成程のぅ。これでは信仰の力が弱まるのも道理じゃな。神が不要になる日も近いのかもしれぬ」
「気休めかもしれないけど。僕は結構変わってるって言われるから、みんながみんな僕みたいな考え方をしてるわけじゃないと思うよ」
「おヌシが少々異質な思考回路をしておる事くらい、この僅かな会話だけでも理解できておるわ。問題はそこではなく、ヌシのような童でさえ神話を打ち砕く
出逢って間もない神様に断言されるなんて、そんなに僕は変なのだろうか?
いや、そんなことは無いはず。多分、きっと。
「相反する理を心の底から同様に、疑いなく信ずる事が出来る。それほど器用な存在はそうは居らぬ。必ず片方、或いは両方に疑念が芽生えてしまうが道理。その疑いが何時の日か神をも滅ぼすのじゃよ」
……何だか難しい話だ。父さんが好きそうな話ではあるけれど。まだ僕には早い気がするな。
僕なりに噛み砕いて解釈するなら、えっと……
「要するに、科学の広まりで信仰が弱まって神様は困っているって事?」
「大筋の理解はそれで構わぬ。……尤も、我ら神はヌシが考えるほど狭量ではない。確かに、我らの存在は時代と共に不要なモノへと変じつつある。何れは跡形も無く消えてしまうのじゃろう。しかし、それは決して悲劇では無い。怒りや悲しみを抱く事象では無いのじゃ」
どういうことだろう? 誰かに必要とされなくなる。自分が消えてなくなってしまう。それは凄く怖いことのように感じるのだけれど。
「それらは我らの子が我らを超えてゆくという事に他ならぬ。むしろ喜ばしい、祝福すべき事じゃ。子らの成長を喜ばぬ母がおるわけあるまい」
おお。流石は神様。何だか凄く格好良いぞ。
そう。これぞ正に母なる神って感じだ。
でも……。
「……めっちゃ笑顔引きつってない?」
そう語る神様の口元はヒクヒクと小刻みに引きつり、一見笑顔に見える顔も目が笑っていない。
「そりゃそうじゃろ! 信仰が無ければ我らは消えるんじゃぞ! 嫌じゃ嫌じゃ! 信仰欲しいのじゃ! 崇められたいのじゃ! チヤホヤされたいのじゃ!」
「うわぁ……さっきまで格好良かったのに」
僕の一言が図星だったのだろう。
神様はついに、恥も外聞もかなぐり捨てて地面に寝そべって手足をバタつかせ始めた。
その幼い容姿も相まって、見た目は正しく幼児のイヤイヤ期。なんてこった。
ほら、道路の向かい側。バス停のベンチに座っている老夫婦が微笑ましいモノを見る眼差しで見守っているじゃないか。恥ずかしいからマジで止めて欲しい。
よし、こうなったら。
「もしかしなくても、神様がそんなだから信仰が薄れていくのでは」
「…………さて、冗談はこれくらいに留めておこうかの」
一瞬にして姿勢を正す神様。うん、この神様への接し方が何となく分かってきた気がするぞ。
「話を戻すのじゃ。おヌシは斯様な場所に独りで何をしておる? ……待て。答えずとも良い。神には全てお見通しじゃからの」
そう言うと、神様は暫く僕を隅から隅までじっくりと観察し、一度大きく頷いた。
そして、実に見事なドヤ顔で言い放ったのだ。
「おヌシは迷子じゃな! そして、安心せい! この我を崇め奉れば必ず幸福が訪れ、在るべき場所へ戻る事ができるであろう!」
「全然違うね」
「何じゃとぉおおお!?」
「期待に添えなくて申し訳ないけど、僕は迷子じゃない。此処で母さんと姉ちゃんを待っているんだ。2人とも、そこの神社にお参りに行っているから」
母さんは御朱印集めが趣味で、この伊豆山神社には源頼朝と北条政子の2人を描いた御朱印目当てで来たとのことだった。
少し年の離れた姉ちゃんは運命の男性(※但し、超優良物件に限る)と巡り逢って結婚する事を人生の至上命題として位置付けており、その縁結びの為に此処を訪れたらしい。
何でも、この伊豆山神社は頼朝と政子が愛を語り合った場所として知られているらしく、御朱印も縁結びもこの逸話に関係している……と、此処までの道中で母さんが語っていた。
まぁ、とにもかくにも。2人は今まさに、この旅行最大の目的を果たしに行っている。
正直な所、僕は海で遊んでいたかった。けれど、流石に中学生1人で保護者から離れて海水浴は危険という事で無理やり付き合わされているに過ぎない。
とはいえ。一泊二日の旅行、最初の一日は僕に合わせて海水浴にしてくれたのだ。対価として今日一日は二人に合わせるべきだろう。
「……む? それは随分と奇怪な話じゃな。何故おヌシだけが外で待っておるのじゃ。着いて行けば良かったでは無いか」
まぁ、当然そこが引っ掛かるよね。信仰される側の神様なら尚更かもしれない。
変な事は僕自身も分かっている。母さんや姉ちゃんからも良く言われた。昔から何度も。
でも、僕の信念は変わらない。これまでもこれからも。ずっと。
「僕は神社に入りたくないんだ」
「……む? ……さてはヌシ、キリシタンの類かのぅ? ならば安心せい。この
……何だか凄く真面目でスケールが大きな話をしてくれているけれど、ごめんなさい、そんな大それた話じゃない。
「違う、そういう事じゃないんだ。僕は神社にもお寺にも教会にも入りたくないんだよ」
僕はキリシタンでもムスリムでもないし、神道や仏教を信仰しているわけではない。
「…………先程、おヌシは神の実在を信じる旨の発言をしておったはずじゃがの? まさか、あれは嘘か? この神を欺いたのか?」
「信じているよ。嘘偽りなく、僕は神様を信じている」
良く用いられる言葉で表現するならば、『無宗教』
けれど。神様の存在を否定している訳じゃない。
「昔、父さんが言っていたんだ――」
◆◆◆
「こんなに緻密に、果ての果てまで計算され尽くした世界。人類の生み出した如何なる芸術品より美しい宇宙。これを創造した“ナニカ”が必ず存在する。父さんはそう考えているんだ」
「三位一体の神、唯一神、八百万の神々。そうした人間の信ずる何れかの存在かもしれないし、全く異なるかもしれない。別の宇宙の生命体かもしれない。そもそも意思なんて有さない現象そのものかもしれない。ただ、『ソレ』は必ず存在する」
◆◆◆
「僕は父さんの考えを全て理解できてるわけじゃ無いけれど。でも、僕も信じていた。必ず僕らの想像を超えた超常存在がいるに違いないって」
「……ならば尚更、我ら神を信仰するべきではないのか? 畏れ、敬い、力に縋るのが道理であろう」
うーん。
他の人にも同じような指摘をされたことがある。
でも、どれだけ考えても、その発想に頷けないんだ。
だってさ。
「
「……狡い、とな?」
「うん。初詣やら旅行の時にフラっと思い出したように立ち寄ってさ、お金が欲しいとか長生きしたいとか自分勝手な願い事を一方的に押し付けていくんだよ? そんなの卑怯じゃないか」
物心ついた時には既に、漠然とだけれど似たような事を考えていたと思う。
参拝する人を見ると、そういう考えが自然と沸き上がってしまうのだ。
「毎日毎日、雨の日も風の日も欠かさず百度参りを続けた人が願うのならまだしも、普段神様の事なんて何にも考えてない人がさ、神様の都合も考えないで願いを押し付けていくんだ。僕が神様の立場だったら滅茶苦茶ムカつくだろうなって思う」
神様が登場する話を見聞きする度に、神様はどう考えているんだろうと、そういう思考が止められなかった。
ずっとずっとそうだった。何故かは僕にも分からない。父さんの影響が強いのは間違いないけれど、詰まる所は“それが僕だから”としか言えない。
「何千人も何万人も願う人がいる中で、神様がわざわざ僕の願いを拾ってくれるなんて考えるほど自惚れてもいないしね。僕の願いを聞き届けるくらいなら、もっとずっと困っている人の願いを叶えて欲しいとも思うし。それにさ――」
何よりも。
「人事を尽くして天命を待つ、って言葉があるだろ? それなら僕は、全然尽くせてない。僕に出来る事はまだまだある。だから、僕は神様に祈りたくない。頼りたくない」
僕に出来る事がまだまだあって。
毎日のように祈りを捧げるなんて面倒くさくて嫌で。
優先すべき願いを抱く人はたくさんいて。
ほら。これで神様に頼るなんて凄くみっともないじゃないか。少なくとも、僕はそんな恥知らずな真似は出来ない。
「……成程のぅ。誰よりも神の実在を信じているからこそ。信じているが故に、信仰しない。信ずる存在無き者。無神論者ならぬ、無
“無信論者”……なんだか、その言葉は凄くしっくりと来た。
流石は神様。僕の本質を的確に見抜いたのかもしれない。
「何とも奇怪で面白いではないか。気に入ったぞ、童。ヌシの名前を聞かせてくれぬか」
「僕は
「それはなんとも、らしい名前じゃな。良き名じゃ。父母に感謝すると良い」
「ありがとう、神様。……そうだ、神様の名前も教えてよ」
深い意図があったわけじゃない。いつまでも“神様”呼びは不便だと思っての単純な発言だった。
けれど、問われた神様は少し困ったような顔をして、暫し黙り込んでしまう。
そして、ややあって申し訳なさそうに口を開いた。
「すまぬ。我から聞いておいて道理に反するのじゃがの。我に名は無いのじゃ」
「名前がない?」
「この伊豆山の奥底に、いつ誰が建てたかも分からぬ小さく寂れた
なんてことは無いように神様は語る。
けれど、それは。
「信仰が無かったら死んじゃうんでしょ!? どうしてそんなに平然としているのさ!?」
それはつまり、この神様が消失寸前だという事。
さっき消えたくないと手足をバタつかせていた癖に、何を格好つけているのだろうか。
「僕が神様を信仰すれば幾らか足しになるの?」
「構わぬ。心の底からの信仰でなければ意味など無い。ヌシの愉快な考えを捻じ曲げたくはないしの。それに、我は生まれたて。直ぐに消滅はせぬ。これから地道に信仰を集めていけば良いのじゃよ」
……もしかしたら、変に気を使わせまいとしているのかもしれない。
けれど、僕が役立たずなのも事実。如何なる神であろうと、僕は心の底から崇めることは出来ないだろうから。
「なに、我は神じゃからな! 本気を出せば信仰くらい直ぐに集まるのじゃ! 遠からず八百万の頂点に立ち、ゆくゆくは国境を超え世界一の神になってやろうぞ!」
それに、この決意を踏みにじるのは何だか違う気もする。
「そんなことより、レイよ。神に縋らぬ人の子よ。我に名を与えてくれぬか?」
「名前を…僕が?」
「信仰を集めようにも、我には象徴となる名がない故な」
これは何とも責任重大だ。どうしよう。
何ちゃらの
…………駄目だ全然思いつかない。
あ、でも。そういえば、さっきの話の中にそれっぽい単語があった。
「……
「祠に居たからか。あまりに安直じゃな」
「お気に召さなかった?」
「いや、なかなか可愛らしくて当世風じゃ。気に入ったぞ。感謝する、レイ」
「どういたしまして、ほこら様」
互いに名前を呼び合えば、なんだか無性に擽ったくなった。
目を合わせていられず、右手の人差し指で鼻の下を擦る仕草と共に顔を伏せる。全く同時のタイミングで神様も明後日の方向に顔を逸らすのが視界の端に見えた。
神様と人間。全く異なる僕達だけど、それでも照れくさく感じる感性は共通している。それが何だかオカシクって、僕と彼女はどちらからともなくクスリと笑い合った。
その直後――
「おーい! 零〜っ! 待たせてごめんね〜っ!」
母さんが僕を呼ぶ声が響く。
声の方向へと目を向ければ、鳥居の向こう側で母さんが大きく手を振っている。まったく、相変わらず人目を気にしない人だ。もう諦めの境地だけど、それでも恥ずかしいから止めて欲しい。
視線を少しずらせば、母さんの後ろに姉ちゃんがいるのも見えた。
どうやら、別れの時間が来たらしい。
「母さんと姉ちゃんが来たみたい。ほこら様、僕そろそろ……」
そこまで言葉を発して、ようやっと少女が何処にも居ない事に気付く。
さっきまで確かに存在した少女は、音も無く消えてしまった。
夢幻のように、とは思わない。それは実に神様らしい別れ方だと、そんな風に僕は思った。
「ありがとう、ほこら様。話しかけてくれて楽しかったよ」
最後に、精一杯に気持ちを込めて言葉を紡ぐ。
たとえ姿は無くとも、神様なら聞こえているはずと信じて。
「あれ? さっきまで誰かと話してなかった? 」
「うん。可愛い女の子と話してた。もう帰っちゃったけどね」
「きゃ~! あらあらまぁまぁ! 今夜はお赤飯かしら!」
「おい愚弟。姉を差し置いて中坊が異性をナンパとは一体どういうつもりだ? あぁ!?」
「怖い怖い、姉ちゃん怖い! そんな性格だから男に逃げられるんだ!」
「貴様ァ! 言ってはならぬ事を言ったなァ!」
「痛い痛い痛い! 姉ちゃん痛い! 頭割れるって! ごめん! ごめんってば! 謝るから! 謝るから頭を握りつぶそうとしないでぇええええ!!!」
◇◇◇
――それはきっと、いつの日か思い出す宝物。
――温かくて優しくて、どこか切ない。キラキラと煌めく一夏の思い出。
そうであってくれれば、良かったのに。
あの日だけの邂逅であれば。ただ綺麗な宝物で終わったのに。
だけど。
後悔は先に立たず、全ては後の祭り。
覆水が盆に返ることはないのだ。
「後生じゃ! 我を崇めるのじゃ、零!」
「……うち、神様の押し売りはお断りしてるんだよね」
「そんなぁ!?」
あぁ、本当に。
どうしてこうなってしまったのだろうか。
◇◇◇
神を崇めぬ人間と。
崇める人を持たぬ神。
偶然の邂逅は波紋を広げ、運命となりて物語を紡ぐ。
是は神話の続きのボーイミーツガール。
お読み下さいまして、ありがとうございました。
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