捜査一課の刑事、伊丹憲一、三浦信輔、芹沢慶二の三人は、マンションの一室、リビングで静かに微笑みながら永遠の眠りにつく少女の前で手を合わせていた。
「……まだ若い。二十歳そこそこだろうに。ひでぇことしやがる」
最年長の三浦は、自身の末子よりも若い少女の最期に心を痛めていた。
「ああ。まだ死ぬには早すぎる」
伊丹が、その強面に似合わぬ沈痛な表情を浮かべる隣で、芹沢は半ば呆然としていた。
「まさか、あのアイが殺されるなんて。正直、信じられませんよ。いや、信じたくないっていうか……」
「芹沢、ガイシャは有名なタレントか何かか?」
伊丹が何気なく放った一言に、芹沢は仰天する。
「せ、先輩、その、マジで言ってます?」
「ん?何だよ、そんな有名なのか?」
「有名なんてもんじゃないですよ!!いや、もう先輩はこれだから……!!」
根っからの刑事で、非番の日や休みの時もろくにバラエティやエンターテインメントに触れることのない哀れな仕事一筋の中年を諭すように、芹沢はスマホで検索した画像を見せつけた。
「いいですか!!B小町のアイって言ったら、今日本で一番熱いアイドルですよ!!弱小事務所の無名モデルのユニットから、今や日本で一番推されるアイドルグループに!!その中でも別格の人気を持つカリスマアイドル、それがアイなんですよ!!」
え?そんな有名なの?知らないのは俺だけ?という問いを乗せた視線を伊丹は三浦に向けた。
「いや、俺も顔と名前くらいは知ってたさ。グループのほかのメンバーとか曲とかは知らないが」
三浦がボソっと呟いた一言に、伊丹は自分だけ世間一般の常識に取り残されていることを知る。
「……死因は、この腹部の出血か」
恥ずかしさから少しだけ顔を赤らめた伊丹は、あからさまに話題を変える。
隣で捜一トリオのやりとりを見守っていた鑑識の米沢守が答えた。
「死因は、腹部をナイフで刺されたことによる出血性ショックです」
「凶器はこのナイフ。正面から、一突きに」
わかりやすく、米沢は沈んでいた。米沢とは幾多の殺人事件の現場で顔を合わせているが、普段から淡々と現場の状況を語る職業人としての米沢の姿は今日見えない。
「……ファンだったんだろうなぁ」
「でしょうねぇ」
沈んだ米沢の姿を見て、三浦と芹沢はボソリと呟いた。
「……東京ドーム公演のチケットは取れませんでしたが、まさか、こんな形でご尊顔を拝することになろうとは……一人のファンとしても残念でなりません。ですが、私もプロです。彼女がテレビの前では常にプロであったように、私もここではプロとして私情を挟まず、作業はさせてもらいます」
手元のボードに視線を移した米沢の雰囲気が変わる。いつもの、百戦錬磨の鑑識米沢守の姿がそこにあった。
伊丹も、あまり米沢が動揺しているようであればさりげなく現場から外させようと内心考えていただけに、米沢の復帰に安堵していた。
「流石、米沢さん。鑑識の鑑ですね」
背後からかけられたその声にいち早く反応して振り向いたのは伊丹だった。
「警部殿、また勝手に現場に!!」
ひょっこりと呼ばれてもいないのに顔を出した二人組。警視庁の陸の孤島、人材の墓場との異名をとる特命係の所属する杉下右京と神戸尊の姿がそこにはあった。
「またお早い登場ですね、警部殿に警部補殿」
「一応、呼ばれたんですけどね」
三浦の言葉に対して尊の返した言葉に反応し、今度は伊丹の視線が米沢を向いた。
「米沢~お前なんで特命を呼んでるんだよ!!」
凄みすら滲ませる伊丹の詰問に対し、米沢は淡々と答えた。
「いえ、早期解決に力を惜しんではいられないと思いまして、私のできる最大限の事件への貢献は、現場にお二人をお呼びだてすることだと思った次第です」
「バリバリ私情だろうがそれは!!私情を挟まないプロの矜持はどこ行った!?」
「鑑識としてプロの矜持は守りますとも。お二方を呼んだのは、一警察官として事件の早期解決のために全力を尽くすというプロの矜持です。それとこれは、別」
「捜査権のないやつらに頼るのが私情じゃなくてなんなんだよ!!」
伊丹と米沢のいつものやりとりを聞き流しながら、右京と尊はアイの前で屈み、静かに手を合わせた。
その吸い寄せられるような不思議な引力を秘めた瞳は、永遠に上がることのない瞼という幕によって閉ざされている。しかし、それでもなお衰えぬ存在感を尊はどことなくアイの姿に感じていた。
「米沢さん」
合掌を終え、右京は米沢に向き直った。米沢も右京とは長い付き合いだ。右京が今求めている情報など、察するまでもなく理解していた。
「被害者は星野アイさん、20歳。人気アイドルグループB小町のメンバーの一人です。死因は、腹部をナイフで刺されたことによる失血死」
米沢は手元のボードに視線を移しながら続ける。
「事件発生時刻は午前11時頃、119番通報がありました」
「119番?誰が?」
「それが……いや、私も驚きました。まさか、その……」
尊の質問に対し妙に歯切れの悪い答えを返す米沢。
「アイさんの、お子さんでしたか」
その時、右京が発した言葉がその場の空気を凍らせた。
「え?杉下警部、何を言ってるんですか?彼女、現役のアイドルですよ、しかもまだ二十歳になったばかり、そんな少女に子供だなんて、ねぇ」
尊の言葉に捜一トリオも首を縦に振る。
それに対し、右京はリビング手前の廊下に飾ってあった写真立てを指さす。
「アイさんと写っている男の子と女の子。この子たちが彼女の子供でしょう」
「いや、親戚の子とかじゃないですか、甥っ子姪っ子がかわいくて、写真くらい取ったりするでしょう」
芹沢の言葉を意に介することなく、右京はリビングの一角を指さす。
「子供用に背丈を併せた椅子が二つ、それに、背丈の低い収納。玄関にも、子供用の靴がいくつかありました。二人の子供が、この部屋で生活していた痕跡がいたるところにあります。アイドルという職業につく少女が自分の部屋に子供を住まわせるとは考えにくい。それでも、子供を自宅に住まわせる必要があるとするならば、彼女に実の子供がいると考えなければ辻褄が合わないんですよ」
杉下の的確な指摘に尊は息を吞む。相変わらずの観察力と常識にとらわれない推理力に感嘆の念を抱かずにはいられなかった。
「流石、杉下警部。ご指摘のとおりです。事件発生当時、この部屋には彼女の子供の男の子と女の子がいました。119番通報したのは男の子の方で、駆けつけた救急隊員によって女の子と一緒に保護されました。二人は今、マンションの管理人室でアイさんの事務所の方と一緒にいます。二人には外傷はないそうです」
「その子から、話は聞いたのか?」
伊丹の問いかけに、米沢は首を力なく横に振った。
「救急隊員が駆け付けた時、男の子は亡くなったアイさんに抱えられていたそうです。おそらく、事件の一部始終を見ていた可能性は高いのですが、なんせ、4歳とのことですから。無理に事情を聴くわけにはいかず……」
右京が口を開く。
「では、防犯カメラの映像はどうでしょうか。このマンションの構造上、おそらくロビーを通ることは避けて通れないはずです。そこには、通過者を写せる位置にカメラが2台ありました」
「カメラの映像は別室でご覧になれるよう、手筈を整えておきました。このマンションはエレベーターにもカメラがありますから、そちらも見れるようになってます」
「よし、それじゃカメラの確認するぞ」
伊丹は三浦と芹沢と共にカメラのある別室へと足を向ける。しかし、その直前に伊丹だけが立ち止まり、右京たちに振り返った。
「ああ、警部殿、あとは我々が確認しますので、ついてこないでくださいね。警部補殿も、同じですよ」
態々釘を刺してから立ち去る捜一トリオを見送ると、尊が右京に声をかけた。
「釘を刺されちゃいましたね」
「そうですねぇ」
「どうします?聞き込みでもいきますか?」
「聞き込みは伊丹さんたちが言われずともやるでしょうから、僕たちは別の方向から動きましょうか」
伊丹の釘刺しもなんのその、いつも通りの捜査をするつもりの右京に、神戸は首をすくめながら頷いた。
コナンか杉下右京かで最後まで悩みましたが、コナンだとアクアやルビーと向き合っていく内に思考がAPTX4869の被験者かもって勘繰るルートに行きそうで、本筋からドンドンずれちゃいそうなので諦めました。