しかも、まだアイの葬式すら終わってない……
後、この話でストックが底をついたので、毎日更新はこれで終了します。
次話は今週中にあげられればいいなぁと思ってます。
苺プロダクションの事務所の窓から、走り去るGT-Rの姿をアクアはただ静かに見つめていた。
「特命係か……」
アクアは、先ほど事務所を訪れ、自分たちに聴取を行った二人組の刑事の名前を呟く。
既に報道でアイを刺した犯人の名前が菅野良介であること、そしてその菅野良介がビルから飛び降りて自殺したことは知っていた。
事件が終わったことを何となく理解し、行き場のない感情を持て余していたところに、刑事が訪ねてきたという話が聞こえてきた。
このタイミングで刑事が事務所を訪れたことを知り、何かアイが殺害された事件について新しい情報が入ったのではないかと期待してミヤコの言いつけを破って応接室にルビーと共に突入を試みた。ルビーを伴ったのは、アイの死によって感情が不安定となっているルビーが癇癪を起して刑事たちから強引にアイについて分かったことを話させることを期待してのことだった。
しかし、結局新たな情報は何も得られなかった。刑事に情報を話させるどころか、アクアが事件の一部始終について話さざるをえず、4歳児の身体は情動に引っ張られて涙腺が止まらず泣きじゃくる羽目になってしまったのだ。
犯人が逃げ去った後のアイの言葉を話さなかったのは、あの言葉がアイから自分とルビーだけに向けられたものだったからだ。自分たちだけに向けたアイの言葉を、他人に話すことはできなかった。
それでも収穫が無かったわけではない。
帰り際に右京からもらった名刺をアクアは眺める。
――警視庁特命係 杉下右京
アクアは、事件の直後にその刑事が苺プロダクション社長の斉藤を訪ねていたところを目撃していた。そして、斉藤がその刑事のことを「シャーロック・ホームズ」と呼んでいたところも。
そして、斉藤が語る何人かの人物の名前に、アクアは心当たりがあった。かつて、雨宮吾郎だったころに聞いたことのある芸能人--それも逮捕されて芸能界から姿を消した人物の名だったからだ。
警視庁のHPには特命係なるセクションについての説明はなかったが、インターネットで『警視庁』『特命係』を検索すると、5年ほど前の都民ジャーナル電子版の記事*1にたどり着いた。
『警視庁に和製シャーロック・ホームズ』という見出しで始まる記事は、読者からの投書を掲載したものらしい。
その投書によると、警視庁には特命係という部署があり、そこに所属する東大法学部を出ているというその刑事は、ささいな手がかりをつなぎ合わせてあらゆる謎を解いてしまう。 まさに和製シャーロック・ホームズというべきおもむきをしており、実際に投書者が警察が自殺と判断した変死事件の相談を受けるや否や、もう一人の刑事と共に捜査に乗り出し、いとも簡単に真犯人までたどり着いたのだという*2。
この投書だけならば眉唾な話であるが、アイが殺害されたあの日、アクアは斉藤が右京に対して、芸能界でも右京の名前は知る人ぞ知る人物であることを匂わせていた。
特命係は二人組であるが、『和製シャーロック・ホームズ』という言葉が似あうのは神戸と名乗ったモデルのようなイケメンではなく、あの紳士然とした男の方だろう。
そうなれば、この杉下右京なる人物が、『和製シャーロック・ホームズ』と讃えられるだけの実力を持っていることはほぼ間違いないと見ていいとアクアは判断していた。
そして、その『和製シャーロック・ホームズ』が、既に犯人が自殺した事件について、まだ真実が明らかになっていないと言うのだ。
アクアが見たアイを刺した犯人の顔と、報道されていた自殺した男の顔は同じだった。アイを刺した男が死んだというのは事実とみていいだろう。にも関らず、あの杉下という刑事はまだこの事件に隠された真相があると考えている。
犯人が死んだことは間違いない。なのに、まだ真相が隠されているというのはどういう意味だろうか。
その時、思案するアクアの中で点と線を結ぶようにある仮説が生まれた。脳裏を過ったその仮説に、思わず口元に手を当てて笑みを浮かべそうになるのを抑える。
思えば、今回の事件は不可解な点が多すぎた。
――アイを殺害したあの男は、かつての自分、雨宮吾郎を殺した男と同一人物
――宮崎の病院にアイが入院していることを知っていた
――雨宮吾郎がアイの担当医であることを知っていた
――転居して一週間で関係者しか知らないアイの住所を突き止めた
――あの男は、取り立てて経歴のない一般人で、だれかの個人情報を調べる技術など持ち合わせてはいない
あの男にアイの情報を提供していた人物がいる。アクアはそれを確信した。
そしてそれは間違いなく、アイの関係者。その人物があの男にアイの情報を与え、犯行へと導いたのだ。その人物こそ、この事件の真犯人と言っても過言ではない。
では、その真犯人は一体誰か。
アイの住所を知っていた人物は、アクアの知る限り、アイと社長夫妻だけだ。
社長夫妻にはアイを殺害する動機はない。ドーム公演当日ともなればなおさらのことだ。
そして、アイには親類縁者は誰一人としておらず、プライベートの付き合いがある友人も全くいない。B小町のメンバー仲は冷え切っていて、舞台裏で彼女たちが和気藹々と話す姿など見たことがない。
となると残る可能性は一つしかなかった。すなわち、真犯人はアクアとルビーの父親だ。
アイは社長夫妻にもアクア達の父親については頑なに語らなかった。ただ、アイはプライベートの付き合いをしている相手は皆無だ。となれば、仕事で知り合った人物である可能性が非常に高い。
現状のアクアにできる考察はここまでだった。これまでの推察は全て彼自身が体験したこと、見てきたことに基づいたものであり、圧倒的に情報が不足していた。またその情報を検証する術も、情報を集める術もない。
しかし、アクアには唯一希望があった。
「特命係……杉下右京」
アクアは、右京の名刺を握りしめながら呟く。
和製シャーロック・ホームズと讃えられるほどの推理力、それがもしも本物であれば、あるいはアクア達の父親、つまりは事件の真犯人を見つけ出せるのではないだろうか。今日、苺プロダクションを訪ねたのも、アクアが導き出した推理と、同じ推理をしたからではないだろうか。
捜査情報は何も伝えてくれなかったため、右京がどのようにしてアクアと同じ推理に至ったのかは分からない。しかし、アクアが前世の記憶がなければたどり着けなかった推理に、既にたどり着いている刑事だ。その優秀さは間違いなかった。
あの刑事ならば、きっといつか真実にたどり着く。
そう考えた時、アクアの中に一つの決意が芽生えた。
杉下右京が真犯人を見つけ出した時、アクアは父親であるその男を殺す。法の裁きなど生温い。
自身の手で裁きを下すのだと。そうすることでしか自分はアイの死を真の意味で乗り越えることはできない。
「待ってるよ、杉下警部」
アクアは右京の名刺をそっと胸ポケットにしまい込む。
右京が真実を明らかにする日が、アクアにとっての復讐のスタートラインであった。
SEASON4第8話『監禁』
亀山君が美女と冴えない中年に監禁されてえらいことになるお話ですが、作中の美女のイカレっぷりがまたすごくて。なのに喜劇っぽいストーリーでまた面白いという。
実はどうする家康の脚本家の作品なんですよね、コレ。なんとなく似た匂いがします。
このストーリーの中に、同じ脚本家のSEASON4第2話『殺人講義』のネタも入っているのですが、こちらの作品も傑作とまではいかないまでも、相棒らしい味のある作品なのでぜひ一度視聴することをおすすめします。