恵理子からの聴取を終えた右京と尊の二人はビジターカードの返却がてら病院の受付カウンターに戻ってきていた。
右京は手に持ったビジターカードを受付の女性に渡しながら、右京は彼女に尋ねた。
「こちらの入館記録なのですが、どれくらい前のものまで保管してあるか、ご存じでしょうか?」
女性は席を立つと、壁際の棚からファイルを取り出した。
「確か、1年分はこの受付で保存しているはずですよ。それよりも前のものは倉庫の方に移してますのでここにはありませんが」
「では、4年前の入館記録を用意していただくことは可能でしょうか?」
「倉庫の中のものを取り出すとなると少しお時間をいただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「それなら大丈夫です。ロビーの方で少し待たせていただきますので」
同僚の職員に受付業務を任せると、女性は早歩きで奥の部屋へと消えていった。
そして10分ほど経ったころだろうか、女性は奥の部屋から分厚いドッジファイルを持って現れた。
「これが4年前の入館記録になります」
「どうもありがとう。こちらのスペース、少しお借りしてもよろしいでしょうか?」
右京は礼を言うと、受付の横に設けられた小さなブースへ女性を促した。
彼女は快くうなずくと、右京たちに向かって会釈をして受付の業務に戻った。
右京は受け取った資料を確認すると、尊と一緒にブースへ向かった。
「4年前の4月18日でしたね。雨宮吾郎が失踪したのは」
尊は手元のドッジファイルを捲りながら右京に話しかけた。尊の言葉も耳に入っていない様子で右京は無言のままページをめくっていく。
やがて目的のページを見つけたのだろう、右京の手の動きが止まった。
「神戸君、ここ……」
「4月18日午後2時15分、来館者『佐藤雄二』入院患者『佐藤一郎』患者との関係『息子』……これがどうかしましたか?」
「この『佐藤一郎』という患者なんですがね。この日以外一度もお見舞いに来た人がいないんですよ」
「だから、この『佐藤雄二』が新田さんの話していた不審者だと?可能性はありますが、病院側の入院患者のリストを確認しないと断定はできないのでは?」
尊の言葉に右京はフッと笑った。
そして、その疑問に答えるべく、右京はファイルを捲りだし、一つずつ名前を指さしていく。
「『鮫島巧』『内藤裕子』『戸倉正吾』『天木史郎』『幸田玄』……同じ日にお見舞いのあった患者さんの名前です。そして、彼らは全員別の日にもお見舞いに来た記録があります。『佐藤一郎』さんの名前が書かれている日は、この日だけなんですよ」
ページを捲りながら書かれている名前を記憶するということをこともなげにやってのける右京の頭脳に、尊は改めて感心させられた。右京の記憶力の良さにはいつも驚かされるばかりである。
「不審者は『佐藤雄二』という偽名を名乗り、存在しない患者の見舞いを名目にビジターカードをもらったってことですか」
「日本で一番該当者の多い苗字が佐藤です。ここの病院は4年前の不審者騒ぎがあって初めてお見舞いの際に入院患者の内諾をとるようにしたそうですから、当時は入館記録についてもよく確認していなかったのでしょうね。ありふれた名前を書けば印象に残らないので、受付でも怪しまれないと考えた」
尊は納得したようにうなずいた。
「そうすると、この佐藤雄二が菅野だと杉下さんは考えてるのですか?確かに、アイさんが極秘裏に出産した当日に、病院で不審人物が目撃され、担当医が消息を絶った。そして、菅野が宮崎のニュースを定期的に確認し、何かを探していた……となると、菅野がこの件に関わっていても不思議ではない、か」
「この入館記録に残されている指紋と筆跡を鑑定すればはっきりするのですがねぇ……」
「流石に指紋はここでは確認できませんね。宮崎県警に調べてもらうわけにもいきませんし」
「ですが、筆跡なら確認できます。神戸君」
「分かりました。写真で取って米沢さんに確認してもらいます」
尊は佐藤雄二の名前が記載されたページを携帯のカメラで撮影すると、写真をメールで米沢宛に送信した。
その後、二人は受付にドッジファイルを返却すると、病院を出た。
雨宮吾郎という人物について聞き取りができたことと、彼の失踪当日に不審な人物が目撃されていたという収穫はあった。しかし、肝心の雨宮吾郎の行方に繋がるような情報は何も得られなかった。
「それで……次はどうするつもりなんですか、杉下さんは」
病院を出て駐車場に向かう道すがら、尊は右京に声をかける。
「菅野が雨宮吾郎の失踪の当日にこの病院に姿を現していた可能性は確かに高いでしょう。ですが、分かったのはそこまで。菅野がいたということが証明できたとして、そこから彼がこの病院にどうやってたどり着いたのかを探る糸口は他になし。まさか、宮崎まで出向いて収穫がこれだけってわけにもいかないでしょう」
「さて……次はどうしますかねえ」
「どうしますかって……何か他にもあてがあったんじゃないんですか?」
呆れ顔で尊は右京を見つめるが、右京は意味ありげな微笑みを浮かべただけで何も答えようとしない。尊はため息をつくと、それ以上追及するのを諦めることにした。
「ねぇ、おじさんたち」
突然、後ろから声をかけられて尊と右京は振り返った。
そこにいたのは小学校高学年くらいの金髪の少女だった。少女の纏う黒いワンピースに色素の薄い髪と白い肌から、尊はまるで人形のようだと思った。
「病院をブラブラと歩き回って、もしかして暇なの?」
尊と右京は一瞬顔を見合わせたが、すぐに笑顔を取り繕う。
「いや、僕たちはお仕事でここに来たんだけど、ちょっと探し物が見つからなくてね。色々探してたんだ」
「こんな山奥の病院で探すものなんて野生動物か幽霊くらいしかないわよ」
尊の返事を聞いて、少女は揶揄うように笑った。
「おじさんたち、そんなものを探しに来れるってことはよっぽど暇なのね」
尊は遠慮のない少女の口調に少々ムッとしたが、右京は人当たりの良い笑みを浮かべると、優しく話しかけた。
「まぁ、暇なのは否定しませんよ。そもそも、僕たちはお休みをいただいてここに来たのですから」
「へぇ、そうなの」
「ところで、君はさっき面白いことを言っていましたね」
右京の言葉に、少女は首を傾げた。
「幽霊ですよ。この病院には幽霊が出るという話ですが、君は見たことがあるんですか」
尊は手で顔を覆った。
イギリスで幽霊スポット巡りしたり、夜な夜な描かれている女性が飛び出してくるという噂のある掛け軸を見るために尼寺に行ったり*1と幽霊や心霊現象に右京が興味津々であるということは、尊も<花の里>の先代女将にして、右京の元配偶者である宮部たまきから聞いていた。
尊自身、右京が自分には霊感がないのかなかなか幽霊にお目にかかれないと呟いていたことを聞いたことがある。だが、いくら何でもこの年端もいかぬ子供から話しかけられ、よりによって幽霊の話に食いつくとは思わなかった。
案の定、少女も何か奇妙な物体を見るような表情で右京を見ている。
「おじさん、暇人だとは思ってたけど、違ったな。変人だよ」
「そうですかねぇ。ところで、幽霊のことですが」
「見たいっていうなら、こっち」
少女は、病棟の反対側の崖を指さす。
「あの崖の下に古い祠があってね。そこで白い服を着た男の幽霊が出るんだって。おじさんみたいな変人の前に出てきてくれるほど幽霊も暇人なのかは知らないけどね」
そう言うと、少女は右京にクルリと背を向けて走り去っていった。
「折角ですし、行ってみましょうか。噂の祠」
少女の姿が見えなくなると、右京は尊に声をかける。
「お言葉ですが、杉下さん。当初の目的を忘れてないでしょうね?」
尊の問いに、右京は肩をすくめた。
「少しくらい寄り道をしてもかまわないでしょう。それに、白い服を着た幽霊……気になりませんか?」
「白い服が白衣で、幽霊が雨宮吾郎だと考えてらっしゃるんでしょうけど、夜の病院に幽霊、幽霊に白い服なんてありきたりな話ですよ……って聞いちゃいない」
尊が言い終わるよりも先に、右京は尊に背を向けて歩き出している。尊は大きくため息をつくと、慌てて右京の後を追った。
SEASON3第18話『異形の寺』
薫ちゃんが初っ端幽霊を見て、髑髏を拾ったことから始まるストーリー。
SEASON3の亀ちゃんは浅倉の幽霊を見て、ここでも幽霊を見てとなぜか霊感が強い。
性同一性障害を題材にした作品ですが、よくも悪くも当時の認識というか、空気が伝わってきますね。今ならイタミンの「化け物」発言なんて炎上不可避ですよ。
この回のキーパーソンである蓮妙さんがまさかSEASON16で再登場するなんて思いもしなかったです。