【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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タイトルどおり、ようやくあの方の登場です。



第16話 白骨死体

 病院で出会った少女から幽霊の出る祠の噂を聞いた右京と尊は、街から病院への続く道を外れ、草木の生い茂る山道を歩いていた。

「いるんですかね、雨宮吾郎の幽霊」

「さぁ、どうでしょうねぇ。僕もこれまで幽霊にはお目にかかったことはないものですから。そもそも雨宮吾郎が既に死んでいるというのも僕の推測にすぎません。ここで目撃されたという幽霊が別人という可能性も大いにあります」

 尊の独り言じみた問いに、右京はのんびりと答える。

「ですが、もしも雨宮吾郎の幽霊が出るのなら、失踪までの経緯を聞いてみたいと思いませんか?」

「そりゃあ、当事者に事情を語ってもらえるならそれに越したことはないでしょう。ただそうなると、ほとんどの殺人事件の捜査に刑事は不要となるでしょうがね。僕や杉下警部もお払い箱です」

「僕たちのような職業が不要となる社会。いずれそれが訪れるならそれもそれで悪くないとは思いますよ。ところで君、これまで幽霊にあったことはありませんでしたね」

 唐突な質問に、尊は眉間にシワを寄せた。

「ええ。生憎、そういうものを実際に見たこともありません。心霊スポットを巡るなんてこともしたこともありませんよ」

「君は幽霊には興味はありませんでしたか」

「生憎、オカルトじみたことは信じない主義なので。……まぁ、死んだ人にもう一度会えるという考え方には共感を抱きますけどね。もう会えない人にかけたい言葉、聞きたい言葉。それなりに生きていれば誰もがそれを抱えているでしょう」

 その時、尊の脳裏に浮かんだのは、数か月前に自身の身の潔白を主張して自ら命を絶った城戸充*1の姿だった。

 城戸は、尊の友人であった綱島瑛子のストーカーだった。瑛子が殺害される事件が発生すると、城戸はその事件の犯人として逮捕され、裁判の結果有罪判決を受けた。

 尊も城戸の裁判において検察側の証人として出廷し、城戸が瑛子のストーカーであったこと、殺害を仄めかすような発言をしていたことを証言した。

 しかし、実際には尊の証言は偽りであった。当時の尊は城戸が瑛子を殺害した犯人であることを疑いもせず、友人が殺されたことへの憎しみから城戸の量刑が重くなるよう嘘の証言をしたのだ。

 結果、尊の証言が決め手になったわけではないが、犯行を否認していた城戸に対して裁判所は懲役17年の判決を下し、城戸は模範囚として出所が許されるまでの15年間服役することとなった。

 城戸は出所後、自身の無実と尊を糾弾する遺書を残して瑛子が殺害された現場のマンションの屋上から身を投げて自殺した。生きて無実を叫んだところで誰もそれを信じることはないとの諦観か、はたまた自身を冤罪で刑務所に叩きこんだ社会への失望か、はたまたその両方か。それは本人にしか分からないことである。

 尊と右京は城戸が残した遺書をきっかけに事件を再度検証し、真犯人を明らかにした。しかし、それは同時に城戸が無実の罪で投獄されたという事実を明らかにすることとなった。

 かつて、尊がした偽証が城戸の有罪判決を決定づけたものとまでは言えない。しかし、尊が城戸が瑛子の仇だと決めつけ、私怨から偽証をしたことは間違いない事実であった。

 そして、それが結果として城戸の命を奪うことになった。

 あの時、無実を主張する城戸の言葉を信じていれば、信じ切れずとも、あるいは事実をありのままに証言していればまた結末は違っていたかもしれない。そう思うと、今でも胸の奥に苦いものがこみ上げてくる。

 もしも城戸にもう一度言葉をかける機会があるのなら、城戸の言葉を聞ける機会があるのなら。

 城戸の冤罪が明らかになった日から尊は幾度となくそんなことを考えていた。謝りたいのか、あるいは城戸に糾弾されたいのか、尊自身も会って何をしたいと具体的に考えているわけではないが、会えるならという強い思いがあったことには変わりはない。

 そんな尊の内心を察しでもしたのか、右京はそれ以上幽霊について何も言わなかった。ただ、尊の隣に立って黙って山道を進む。

 そうしてしばらく草木の生い茂る山道を歩き、二人はさきほど少女が話していた崖の下へとやってきた。見上げると、先ほど訪れた病院の建物が見える。崖の下から病院敷地までの高さは10mと少しといったとこだろうか。

「このあたりだとさっきの子は言ってましたね」

「ええ、上からでも木の屋根が少しだけ見えました」

 僅かに草木が薄くなった獣道のような細い通路をすすむ二人の息遣いと足音だけが辺りに響く。

 やがて二人の目の前に小さな祠が現れた。石の台座の上に置かれた古びた木製の祠の高さは1mといったところである。賽銭箱のようなものは見当たらず、花などが手向けられている様子はない。祠も薄汚れ、蜘蛛の巣が張っている。

「これが噂の祠ですか……」

 右京は祠の前で一礼した。尊もそれに倣い、一礼する。

「幽霊が出そうな雰囲気はありませんねぇ」

 頭を上げた右京は、さっそく周囲の探索を始める。周囲を見渡すと、背の高い木々に囲まれた空間の中にぽっかりと空いた空き地のような場所だった。

「確かに、古びていて雰囲気のある祠ですけど、何が祀られているのかは中が見えないので分からないですね」

 尊は呟くように言うと、じっとその祠を見つめた。祠の戸は閉ざされており、壁面や周囲にも祠の由来が分かるようなものは見当たらない。

「高千穂といえば、天孫降臨、天岩戸といった神話が有名ですが、この祠はどんな神様を祀っているのでしょうか」

「さぁ……見る限りこの祠に祀られている神様についての説明はどこにも書かれてないみたいですが」

「ここまでの道も獣道すらありませんでしたし、だれかが定期的に管理しているようにも見えませんねぇ……」

「幽霊が出そうな雰囲気はありますが、本当に雰囲気だけですね。事件どころか、病院との繋がりがあるようには見えませんよ」

 尊はため息をつくと、肩の力を抜いた。右京の方を見ると、彼はまだ周囲をキョロキョロと見渡している。

「杉下さん……まだ何か」

「神戸君」

 右京は祠の裏側の空間を指さす。ツタで覆われて分かりづらいが、そこには洞窟の入り口のような穴があった。

「こんなところに空間が?」

 尊は驚いてその入り口らしきものに近づく。そして、入口を覆うツタを手でかき分けると、中には人一人通れるくらいの穴がポッカリと口を開けているのが見えた。しかし、薄暗く中の様子はよく分からない。

「どうやら、洞窟のようですねぇ」

 右京は興味深げにそう言った。

「入るんですか?」

「せっかく見つけたのですから、入ってみましょう。もしかしたら、この奥に幽霊がいるのかもしれませんよ」

 尊はちらりと時計を見る。時刻はもうすぐ4時になろうというところだ。既に日も落ち始めている。

「もう日が落ちます。そうしたら、病院まで戻るのも大変ですよ」

「奥には入りませんよ。少しだけ様子を見たら、引き揚げましょう」

 右京はそういうと、スマホのライトを点灯させる。そして、洞窟の入口を塞ぐ蔦を手で払いのけながら躊躇なく暗い洞窟の中へ足を踏み出すが、その足は二歩目でピタリと止まった。

 意気揚々と洞窟に乗り込もうとした右京の足が止まったことに尊は首を傾げる。

「どうかしましたか、杉下さん」

「……神戸君。君は少し下がっていた方がいいかもしれません」

 このタイミングで、右京が尊を慮るような発言をする。その意図は尊も即座に理解できた。

「杉下さん、まさかですけど……」

「その、まさかです」

 尊は元々死体が苦手であり、死体を前にすると気分を悪くしていた。特命係に入り数多の現場に臨場する中で耐性がついてきたのか、最近ではある程度取り繕うこともできるようになっているが、それでも腐乱死体や白骨死体等といった原型をとどめない死体はまだ克服できていなかった。

 尊は洞窟に背を向け大きく深呼吸する。

「だ、大丈夫です」

 短い付き合いでない右京の眼からすれば尊が本人の申告どおり大丈夫だとはとても思えなかったが、部下の強がりに水を差すほど右京も野暮ではない。

 右京は蔦をくぐり洞窟に足を踏み入れた尊の前方にスマホのライトをあて、それを照らし出した。

 その瞬間、尊は息を吞む。

 そこにあったものは、人間の死体であった。

 白衣を着こんだ、そのかつて人だったものは、既に肉が完全に朽ち果てて白い骨が剥き出しになっている。

 喉元までこみ上げて来る吐き気を飲み込み、尊は思わず口を押さえる。

「……雨宮、吾郎」

 右京が口にした名前、それはライトに照らされた先、白衣の上で光を反射してきらめく名札に記されたその骸の名だった。

*1
SEASON10第1話『贖罪』参照




SEASON10第1話『贖罪』

 救いようのないストーリーが多いSEASON10ですが、第1話からしてすごい重い話でした。この次の話が『逃げ水』、第4話が『ライフライン』ですからね……鬱回のクリーンナップか、SEASON10は。
 罪を犯すも、それを償う機会も、方法もない苦悩。そして、かつての自分が心象と私怨で無実の人間に罪を被せたという後悔。
 神戸君も特命係に来て右京の正義と接し続けたからこそ、より一層警察官である自分がかつて犯した罪を苦く、辛く感じるようになったのだと思います。
 城戸の母親が神戸君に、「息子に手を差し伸べていたら何か変わっていただろうか」と問いかけたのに対し、神戸君は、「変わったかもしれないし、変わらなかったかもしれない、ただ一ついえること、今同じことが起これば、全力で手を差し伸べる」と返したところには、右京の正義と接して変わった神戸君の在り方が反映されているのでしょう。
 個人的には、このストーリーの核である『一事不再理を利用して法の裁きを逃れた犯人』を既にSEASON1第8話『仮面の告白』で、『冤罪をつくってしまった判事の苦悩』をSEASON6第19話『黙示録』で、『冤罪による強請を受ける刑事、検事』をSEASON4第9話『冤罪』という相棒の中でも良エピソードで既に使っているにも関わらず、そのネタを再度使ったという飽きっぽさを感じさせない脚本の上手さに唸りました。
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