右京と尊が祠の裏の洞窟で白骨死体を発見してからおよそ1時間後、洞窟には二人の通報を受けて宮崎県警の捜査員が駆けつけ随分とにぎやかになっていた。
鑑識の職員が洞窟内で撮影や微物の採取を行っている間、右京は宮崎県警の二人組の刑事と向き合っていた。現場検証をするにあたって、第一発見者から状況を聴取する必要があるからだ。
「警視庁特命係の杉下です」
「同じく、神戸です」
二人が警察手帳を掲げながら自己紹介すると、宮崎県警の刑事二人も姿勢を正し、警察手帳を提示した。
「宮崎県警捜査一課の戸部と申します」
「同じく、捜査一課の谷城です」
戸部は40代半ばくらいの恰幅の良い体格をした男性で、のほほんとした人好きのする笑みを浮かべている。
一方、谷城と名乗った刑事は見た目30代前半くらいの女性で、キャリアウーマンを思わせる雰囲気をまとっている。切れ長の目でこちらを見つめる姿はどこか冷たさを感じさせた。
「しかし……通報者が天下の警視庁の方と聞いて驚きましたよ。失礼ですが、どうしてこのようなところに?何かの事件の捜査ですかね?ウチの課長は警視庁からの協力要請は何も聞いてないと言ってましたが」
谷城がそう尋ねるのも無理はない。何しろここは宮崎県である。東京で起きた事件の聞き込みであれば警視庁の刑事が他県の関係者を直接訪ねることもあるだろう。
ただ、事件に関わる証拠品や現場の検証となれば、その現場を管轄する県警に協力を要請して行われるのが基本だ。ところが、今回宮崎県警には警視庁から事前に通達は何も来ていない。
地元に縁もゆかりもない他県の刑事が、人里から離れた山道を進んだ先にある洞窟で死体を発見したと聞いて、戸部はそれがただの偶然だとは考えられなかった。
東京で起きた事件の捜査の中で、犯人が過去に宮崎で犯した余罪が分かり、犯人の供述か何かからこの地に死体が捨てられたことを知って供述を確認しに来たのだと考えれば筋が通る。谷城と戸部はそう思っていた。
同時に、他県で自分たち宮崎県警捜査一課に話を通すことなく勝手に捜査をされたことに不快感を覚え、それを言外に滲ませて右京たちに尋ねたのだ。
そんな谷城の気持ちを察しながらも、右京はいつものように落ち着いた口調で答える。
「僕たちは東京で起きた事件について調べるために宮崎に来ました。ただ、死体がここにあると分かっていたわけではないのですがね。死体を見つけたのはあくまで偶然なんですよ」
「偶然?こんな道なき道をかき分けた先の洞窟を偶然覗き込んだと?ありえないでしょう」
谷城はまだ納得していないようだ。すると今度は戸部の方が口を開いた。
戸部は谷城を手で制し、右京に対して質問する。
「では、死体を発見するに至った経緯について、その東京で起こった事件のことから説明していただいてよろしいでしょうか」
戸部に促され、右京は自分がここに来た目的を説明することにした。
東京で起きた殺人事件の容疑者について捜査する中で、被害者とごく一部の関係者しか知りえない情報を容疑者が得ていたことがわかったこと、そのごく一部の関係者の中に宮崎の病院に勤務する産婦人科医雨宮吾郎がいたこと、彼が4年前に失踪していたことを把握し、失踪当時の状況を聴取するために彼が勤務していた病院を訪れたことを右京は説明した。
「そして、雨宮吾郎さんが失踪した当日、彼の勤務先に不審者が現れていたことを聞きましてね。彼が既にその不審者に殺害されている可能性に至ったわけです」
「……雨宮吾郎氏が殺害されていると考えた経緯については理解できます。ですが、その可能性に思い至ったとはいえ、どうしてこんな辺鄙なところにある洞窟に死体が隠されているってわかったんですか?」
「それが、お恥ずかしながらここに死体が隠されていると推理したわけではないのですよ」
「では、どうやってこの場所にたどり着いたのですか?」
「実は、このあたりに幽霊が出るという噂を聞きましてね」
「はぁ!?幽霊?」
思わず素っ頓狂な声を上げる戸部と谷城。しかし、右京は特に気にせず続ける。
「なんでも、この祠の周囲に白い服を着た幽霊が出ると聞いたものですから。雨宮吾郎は医師ですからね、当然白衣を着ているはず。となると、その幽霊は雨宮吾郎ではないかと考えて、もしも幽霊にお目にかかれるのであればと考えてこの祠の周囲を散策していたところ、白骨死体を発見したというわけです」
戸部と谷城は唖然としている。
それはそうだ。警視庁の刑事がわざわざ他県の山奥まで来て、幽霊探しをしているなど誰が思うだろうか。
「いや、幽霊なんて……そんな冗談やめましょうよ」
「ごめんなさい、これ、冗談じゃないんですよ。幽霊みたさの興味本位でこの祠に来たってのは本当なんですよねぇ」
尊が申し訳なさそうに補足する。二人はますます困惑顔だ。
「おたくら、正気かね?」
戸部が呆れたように言った。
「いや、僕は幽霊なんて信じていませんよ。僕は上司の杉下警部につきあっただけですから。僕は正気です」
「僕も正気ですよ。幽霊なんて噂があれば気になるではありませんか。細かなことが気になる、僕の悪い癖」
自身の潔白を主張する尊と同様に、右京は悪びれる様子もなく、笑顔で答えた。
戸部は頭痛を抑えるかのように額に手を当ててため息をつく。谷城もこめかみを押さえて首を振っている。
そのとき、洞窟の奥の撮影を終えた鑑識が戻ってきた。
「おう、何か分かったか?」
戸部に尋ねられ、鑑識の男性はメモを見ながら報告する。
「遺体は完全に白骨化していましたから、死後最低1年は経過しているとみていいでしょう。頭部の形状から黄色人種の30代男性であることは間違いないかと。加えて、クレジットカードや名札などの所持品から考えるに、身元は雨宮吾郎と考えていいかと」
「死因はどうだ?」
「頭蓋骨に損傷が見られました。完全に白骨化しているので断言はできませんが、おそらくはこの頭部の損傷が致命傷でしょう。その他にも身体の各部に損傷が見られましたが、何れも致命傷というほどのものではありませんでした」
「つまりは、ハンマーのような鈍器で頭部を殴られたのではなく、高所からの転落若しくは高速で移動する物体と衝突したこと、それによる頭部の損傷が死因というわけですか」
鑑識と戸部の会話に右京が割って入る。
「え、あ、はい。その可能性が高いかと」
「遺体の所持品や、洞窟内から指紋は採取されましたか?」
「遺体の所持品については持ち帰り鑑定という形になりますが、洞窟内からは血液指紋が出ました」
「ちょ、ちょっとあなた!!何勝手に口出してるんですか!?」
谷城が右京を怒鳴りつける。
「ああ、これは失礼しました。僕としたことがつい」
「ここは宮崎です。我々の目の前で捜査に口を出さないでくれませんか。それとも、天下の警視庁の刑事さんが態々地方の田舎刑事に指導をするとでも?」
谷城がそう言って睨み付けるも、右京は動じない。
「別に我々も宮崎県警のやり方に口を出すつもりはありませんよ、ただ、第一発見者としてご協力させていただくだけですので、お気を悪くしないでください」
「第一発見者としての協力でしたら、遺体発見当時の状況について教えていただければ十分で」
「ああ、それと洞窟で見つかった指紋なんですがね、そちらの鑑識で是非照合してほしい指紋が二つあるんですよ」
「人の話聞いてます?捜査に口を出さないでくださいとさっきから」
谷城の怒りなど眼中にないのか、右京は全く気にすることなく鑑識員の前で右手の人差し指と中指を立てる。
「一つは、この近くにある雨宮吾郎の勤務先の病院の入館記録。4年前の4月18日、雨宮吾郎が失踪した日にその病院では不審者が目撃されていましてね、入館記録にもその不審者らしき人物の記帳がありました。事件との関与はまだ可能性にすぎませんが、看過するにはいささか怪しすぎます。入館記録にはその不審者の指紋が残っているはずですから、是非照らし合わせるべきでしょう」
ヒートアップする相方の谷城を横目に、戸部は神戸に耳打ちする。
「この人、いつもこんな感じかい?」
「いつも、こんな感じです。フリーダムで手に負えません」
「目の付け所が悪くないってのが性質が悪いよねぇ」
右京はさらに続ける。
「もう一つは、警視庁管内で起こったある事件の犯人の指紋です。まだデータベースに登録されているかどうかは分かりませんが、データベースに登録されていない場合は早急に警視庁に問い合わせてください」
「その、ある事件の犯人っていうのはどこのどいつなんだい?」
戸部の言葉を受けて、右京は少し声のトーンを落として答える。
「犯人の名は、菅野良介。東京在住の22歳の男子大学生です」
「菅野良介……どっかで聞いたことのある名前だな、テレビかなんかで聞いた気がする」
戸部が首を傾げていると、谷城が思い出したように言う。
「その名前って確か、B小町のアイを殺害したストーカーじゃないですか!!そのストーカーがこの白骨死体の遺棄にも関与しているってことですか!?」
「あくまで、現時点では可能性ですがね」
右京は意味深な表情を浮かべながら答えた。
ようやく出せた、「細かいことが気になる、僕の悪い癖」