自身のスマホの着信画面を見て右京は小さくつぶやく。
「おや」
「お呼び出しですか」
右京の反応で、電話の主が誰なのか察した尊は苦笑しながら尋ねた。
尊の問いに返答することなく通話ボタンを押す右京。
「杉下です」
『私だ』
右京の耳に、中園参事官の苛立ちを隠さない声が響いた。
『お前たち、宮崎で一体何をしている』
「有給休暇が溜まっていたので、消化がてら観光しようかと思っていたところです」
『何が観光だ!!』
しれっと答える右京に、中園は怒りを爆発させた。
『行方不明者の白骨死体を山中の洞窟から探し出すのがお前の観光か!?しかも、その白骨死体の発見場所で採取された指紋と照合するために先のアイドル殺害事件の被疑者の指紋を照会させたらしいな!!』
どうやら、宮崎県警が正規の手続きを経て菅野良介の指紋を照会したことで、警視庁でも右京と尊の動きを把握したようだ。
『どうせ、神戸も一緒なんだろう。貴様ら、一体何を調べている』
「我々は観光で宮崎を訪れただけですので、調べるもなにも」
『口答えをするな!!そもそも、そんな言い訳が通用すると思っているのか、貴様らはいつも『いつまでやっとるんだ!!とっとと呼び戻せ!!』はっ!!』
中園がその勢いのまま怒鳴り散らそうとするも、それを内村刑事部長のだみ声が遮った。どうやら、中園の近くには内村もいるらしい。
その内村の声には電話越しでも分かるほどの怒気が含まれていた。これはかなりご立腹の様子であると右京は思った。
『すぐに戻ってこい!!まだ休暇が残っているなどという言い訳は聞かんぞ!!神戸も同様だ!!東京に戻り次第、部長室に顔を出せ!!いいな!!』
「わかりました。ああ、それと菅野の送検はしばらく待った方がいいかと」
『何?』
「菅野には共犯がいた可能性がありますので、その検証を終えてから送検しても遅くはないと思いますよ。では、失礼します」
中園の返事を待つことなく、右京は言いたいことを一方的に伝えるとそのまま電話を切ってしまった。
右京は小さく息をつくと、そのままスマホを懐にしまった。
「聞いてのとおりです。すぐに帰りの飛行機の手配をしなければなりませんね」
「宮崎名物の元祖チキン南蛮とか地鶏もまだ食べてなかったですけど、残念です」
スピーカーホンモードになっているわけでもなかったが、怒鳴り散らしていた中園と内村の声は全て尊たちに丸聞こえであった。
「え……ちょ、ちょっと待ってください。休暇中?お二人は正式な捜査のために東京から出張中だったんじゃなくて、休暇中だったんですか?」
自然な流れでその場を後にしようとする二人を谷城は慌てて呼び止めた。
彼女は右京たちが東京で起きたアイドル殺害事件の捜査のため、つまりは公務の要請で宮崎を訪れたものだと考えていたのだから、当然の反応であった。
「ああ、そういえばお伝えしていませんでしたか」
「伝えてなかったって……ふざけているんですか」
右京が思い出したように言うと、谷城の顔色がみるみると赤くなった。
「休暇中なら、そもそも正式な捜査はできないでしょう!!捜査中だと言って私たちを騙していたんですか!!」
騙されていたことを知った彼女の怒りは頂点に達したようだった。巡査部長が警部に対してこんな態度をとって大丈夫なのかと思うほど、激しい剣幕で右京たちに食ってかかる。
「僕はあくまで個人的な興味から休暇を取って雨宮吾郎のことを調べていただけなのですがねぇ」
「なんで個人的な興味で調べているだけなのに、堂々と正式な捜査をしているように振る舞えるんですか!!しかも、当然のように他県の捜査に口を出すし、捜査情報を聞き出そうとするし、なんなんですか、あなた達!!」
谷城の主張は全く反論の余地のない正論である。
しかし、戸部は右京の洞察力と推理力には一目置いているので、捜査に口出しされたことはあまり気にしていないし、昭和の刑事は多少の無茶をしていたものだと知っているため休暇中に雨宮吾郎のことを調べていたこともまぁ、目を瞑ってもいいかと思っていた。
そこで、戸部は助け船を出すことにした。
「谷城さん、そこまでにしとこうや」
「戸部さん!!」
右京たちを庇おうとする戸部に谷城はますますヒートアップする。だが、そんな彼女を宥めるかのように、戸部が優しく語りかけた。
「まがりなりにもウチの管轄で未解決だった失踪事件を進展させてくれたこの人たちを非難する資格は僕たちにはないよ」
「し、しかし、他県の刑事、それも捜査権のない休暇中の刑事が私的好奇心から捜査をする法的な根拠はありません。彼らのやっていることは違法です」
「確かに、彼らの捜査は法律に則ったものではない。こちらが正式な抗議をすれば監察も動いて処分をするだろうし、そこは否定しない。でもね」
戸部は谷城の肩に手を置くと諭すような口調で言った。
「彼らがいなければ雨宮吾郎の失踪の真相は後何年も分からなかったかもしれない。そして、現場に残された指紋や下足痕も風化して採取できなくなっていたかもしれない。この事件はそもそも、我々宮崎県警が解決しなければならなかったのに、我々は何もできなかった。そんな我々が、まがりなりにも成果を出した彼らを責めるのはどうかと思うよ」
「……失踪届が出た行方不明者の一人ひとりを捜索するなんて、不可能な話です。我々が雨宮吾郎の遺体を発見できなかったことは事実ですが、我々に落ち度があったわけではありません」
「そう、我々に落ち度はない。ただ、我々が雨宮吾郎の遺体をもっと早く発見し、現場に残されていた指紋を証拠に例のアイドル殺害事件の犯人を死体遺棄容疑で逮捕できていたら、あのアイドル殺害事件は起きなかったかもしれない」
「それは結果論じゃないですか」
「君の言うとおり、結果論に違いない。でも、君はあのアイドル殺害事件の被害者遺族や関係者にも同じことを言えるかい?」
戸部が穏やかな口調で告げた鋭い指摘に、谷城は言葉を失った。
「被害者遺族にしてみれば、事件は未然に防げたかもしれないと思うのは当然の考えだし、我々の無能、怠慢だと考えるのも当然の感情だ。公的な見解として我々が非違を認めることはできないけど、事件の発生を未然に防げなかったことを責められても僕は反論できない。それでも君は、我々に彼らの捜査の違法性を指摘する資格があると思うかい?」
「…………」
戸部の言っていることが正しいと谷城は頭では分かっているようだ。ただ、それでも規則を重んじる気性故か、どうしても納得しきれないところがあるらしく、谷城は複雑な表情を浮かべていた。
黙り込んでしまった谷城に、今度は右京が声をかける。
「他県の捜査に休暇中でありながら口を挟んだ無礼については、謝罪します」
右京は谷城と戸部に向かって深々と頭を垂れる。尊もそれに倣い頭を下げた。
「……頭をあげてください。私も、頭に血が上って失礼なことを言ってすみませんでした」
谷城がバツの悪そうな顔で言うと、右京と尊はゆっくりと頭を上げた。
「それでは、色々とご迷惑をおかけしましたが、我々はこれで失礼します」
そう言うと右京は一礼して、西臼杵警察署を後にした。