「馬鹿者!!」
中園からの呼び出しを受けて休暇を切り上げ、その日の内に飛行機で東京に戻った右京と尊の二人は、翌日の朝に刑事部長室に出頭した。
しかし、朝から出頭した二人を待っていたのは、内村の怒号だった。
「特命係に捜査権はない!誰の許可を得て調べまわっているんだ!!」
内村はその悪人顔を怒りで真っ赤にして右京たちを怒鳴りつけた。
「そもそも、警視庁でも捜査する権限のないお前たちが、どうして管轄外の宮崎県で捜査をしている!!しかも貴様らは休暇中!!そもそも公務外だろうが!!何を考えている!!」
「僕と神戸君はたまたま有給休暇の消化も兼ねて宮崎を観光しようと思っていただけなのですがねぇ」
「観光中に、たまたま例のアイドル殺害事件の関係者が近くの病院にいたことを思い出したものですから、興味本位で足を運んでみたら白骨死体を見つけてしまったというわけでして」
右京の説明に尊が補足を入れるが、内村がそのような子供だましのような言い訳を鵜吞みにするはずがない。案の定、内村は愛用の椅子から立ち上がると、鼻息荒く右京たちに詰め寄った。その顔はまさに般若の形相である。
「宮崎県警から報告は受けているんだ。その白骨死体は人気の全くない山中の洞窟に遺棄されていたそうだな。そんな場所に捨てられていて何年もその存在を気づかれなかった死体をたまたま偶然見つけたなどという言い訳が通ると本気で信じているのか?」
「白骨死体がその洞窟に遺棄されているという確証があったわけではなかったのは本当です」
「口答えをするな!!杉下ぁ!!」
中園が右京の言葉にかぶせるように吠えた。
「何か手がかりがあるという確証がなければ、あんな僻地の洞窟に行くわけがないだろうが」
尊も助け船を入れようかと一瞬考えたものの、下手なことを口にすると火に油を注ぐようなものだと考えてここは沈黙を守ることにした。流石に、ここで幽霊が出るという噂がある祠を興味本位で調べに行ったら死体を見つけましたなどと馬鹿正直に口にしたらどうなるかわかったものではない。
「……まぁ、貴様が何を根拠にそんな秘境で死体を見つけたかはこの際どうでもいい。どうせ貴様のことだ。いつものごとく突飛な推理か犬顔負けの嗅覚で嗅ぎ付けたかだろう」
内村はフンッと鼻を鳴らすと、自分のデスクに戻り腰掛けた。そして、足を組みながら話を続ける。
「それで、偉そうに菅野良介の送検を待てと抜かした理由はなんだ」
「宮崎で発見された白骨死体――雨宮吾郎の死体遺棄現場から、菅野の指紋が出ました」
「その白骨死体、菅野が殺害したとでもいうのか」
「僕は、そう考えています」
確信をもって語る右京に対し、中園は半信半疑といった様子だ。
「死体遺棄現場から指紋が出た以上、菅野が死体遺棄をしたことは間違いないだろう。だが、菅野が殺害したという証拠はあるのか?凶器は?」
「死因は頭部の損傷によるものと思われますが、全身の損傷から推察するに、高所からの転落もしくは車への衝突等による死亡の可能性が高いので凶器を特定することはできません」
「それではそもそも殺人事件として処理できんぞ。死体が遺棄されている以上確かに殺人の可能性は否定できないが、事故や自殺である可能性だって捨てきれん」
中園が指摘するように、雨宮吾郎の死が事故か自殺か、現場の状況から特定することはできない。
「ですが、菅野が執着していたアイドルの担当医が雨宮吾郎でした。そして、菅野が雨宮吾郎の失踪当日に雨宮吾郎の勤務先の病院を訪れています。そして、死体遺棄現場の状況から、雨宮吾郎の死体をあの洞窟に遺棄したのは菅野の犯行とみて間違いありません。状況からみれば、菅野が雨宮吾郎を殺害した可能性は極めて高いかと」
「だが、それをどうやって立証する。既に菅野は死んだ。凶器も分からん。殺害場所だって特定できていないのだろう」
尊が菅野良介による犯行の可能性を状況証拠から説明しても、内村は納得しない。
「死体遺棄についても、既に公訴時効が成立している。菅野による殺害の可能性も状況証拠に過ぎん。ならば、送検を待つ必要はない」
死体遺棄の時効は3年。つまり、雨宮吾郎が失踪当日に死亡しており、菅野良介がその遺体を遺棄したとしても既にそれから4年が経過した現在、死体遺棄についてはたとえ証拠がそろっていたとしても死体遺棄事件として立件することはできない。
しかし、死体遺棄事件の時効は右京も承知している。
「死体遺棄については部長が仰るとおり時効です。ですが、菅野による殺害についてはまだ否定するには早いかと」
「どういうことだ?」
内村は怪しげな目つきで右京を見つめた。
「死体遺棄現場からは、菅野の指紋と、もう一人別の人物の指紋が検出されています」
右京の説明を尊が引き継ぐように補足を入れる。
「そして、現場に残っていた下足痕は2種類。あの死体遺棄現場にはもう一人、菅野以外の人物がいたことは間違いありません。その人物を特定することができれば、雨宮吾郎の殺害についても菅野の犯行であることを証明できるかもしれません」
「その指紋が誰のものか、特定できているのか?」
中園の問いに尊は首を振る。
「警察のデータベースに登録されている指紋の中で、該当するものはありませんでした。アイさんの事件の関係者から提出された指紋の中にも、該当するものはありません」
「では、お前たちはその現場で発見されたもう一つの指紋の持ち主について、見当はついているのか?」
「菅野はアイさんとはファンとアイドルという接点しかありません。そんな彼が、アイさんの入院している病院とその担当医を突き止められたのは関係者によるリークがあったからだと僕は考えています。そして、その関係者が今回、アイさんの殺害に際して菅野にアイさんの住所を教え、菅野による犯行を教唆、もしくは幇助したとしたらどうでしょう」
右京の説明に、内村の眉がピクリと動いた。
「菅野に被害者の住所を教えた人物が、宮崎の事件にも関与している。それも、事件への関与は共犯と見ることができるぐらいに。そう貴様は考えているのだな」
「はい」
右京が答えると、内村は鼻を鳴らした。
「菅野による宮崎での殺人、そして今回の事件での共犯者。確かに、送検を待つ理由にはなる。しかし、あくまで貴様らの憶測に過ぎん。そのような曖昧な根拠では、送検を遅らせる理由にならない。部長はそうお考えだ」
追随する中園の言葉に内村は黙して肯定する。
「ですが、その証拠が後で見つかったらどうしますか」
「裏付け捜査は一課の手で既に終わっている。捜査が終わり、被疑者死亡で菅野は送検され、不起訴として事件は終結する。新たな証拠が発見されることはない」
内村はそう断言すると、尊を睨みつけた。
「当然、捜査権のない貴様らが勝手に動くことも許さん。これ以上、送検の邪魔をするな」
中園の言葉に尊が反論しようとするものの、それを遮るように右京は尊の前に手を差し出して制止した。
「特命は大人しくあのかび臭い小部屋で閉塞していろ。いいな」
右京はそれ以上何も口にすることなく、一礼すると用事は済んだとばかりに踵を返し、尊を連れて刑事部長室を後にした。