ようやく、ここで右京さんが黒幕について語ります。
刑事部長室を後にした右京と尊は、組織犯罪対策5課のフロアの隅にある特命係の部屋に戻る途中、組織犯罪対策5課の主である角田から声をかけられた。
「おう、お帰り。聞いたよ、宮崎で白骨死体を発掘したってな」
「たまたまですよ」
「警部殿のことだから、どうせ目星はつけてたんだろ?まぁ、俺も実際に偶然死体を釣り上げた経験*1があるから、たまたまってこともありうるとは思うが」
謙遜する右京に、角田はそう言って笑いかけた。
「え?課長は以前に死体を釣り上げたことがあるんですか?」
「ああ、大木と小松と一緒に東京湾に釣りに行ってね、そこで焼死体を釣り上げちまったってわけだ。まぁ、アレだな。変死体と遭遇する運ってやつは刑事としては得難い才能だと俺は勝手に思ってる」
「得難い才能かもしれませんが、そんなもの欲しくはないですね」
「ああ、死体は苦手だったっけな、お前さんは」
聞くところによると、尊の前任の亀山薫も髑髏を池で拾った*2ことがあるそうだが、未だに死体への苦手意識を克服していない尊からすれば欲しくはない才能だった。
「死体が苦手じゃなくたって、そんなトラブル体質ごめんですよ。……ああ、そうそう」
尊は手に持っていた紙袋を角田に渡した。
「宮崎のお土産、地鶏せんべいです。組対5課の皆様で召し上がってください」
「ああ、宮崎の名産といえば地鶏だったか。元警察庁エリートのセンスって考えると意外だね。まぁ、現地の名産品の煎餅って全国の観光地によくあるけど結構うまいんだよね、これが。ありがとさん。こいつはウチでありがたくいただくよ」
「いえいえ、こちらこそ雨宮吾郎の資料を集めてもらいましたから」
「いいよいいよ、あれくらい。大した手間じゃなかったし……ああ、そうそうその警部殿が欲しがってた資料なんだけどね、他にも欲しがる人たちがいてね」
そう言うと、角田は特命係の小部屋を顎で指してみせた。
右京が特命係の部屋、内村が言うところのかび臭い小部屋を覗き込む。
「お帰りを首を長くして待ってましたよ、警部殿」
来客用の椅子にふんぞり返ってテレビを見ていた伊丹憲一が顔を上げる。右京のお気に入りのチェス盤でチェスに興じていた三浦と芹沢も膠着状態の盤面から目を離し、この部屋の主に会釈した。
「宮崎で雨宮吾郎の死体、見つけたそうじゃないですか」
「しかも、そこから菅野の指紋が出たそうで。当然警部殿が宮崎に出向いた以上、まだほかにも色々と収穫があるに違いないと思って伺ったんですよ」
芹沢の言葉に続いて、三浦が言った。
「それでしたら、状況の整理も兼ねて説明しましょうか、神戸君」
右京に促され、尊は部屋のホワイトボードに関係者の名前と即興の似顔絵を描いていく。
「……上手いですね、警部補殿」
三浦は尊の意外な才能に感心する。
「特命を首になっても、似顔絵師で食っていけるんじゃないですか」
「いや、食べていけるほどの腕じゃないですよ」
伊丹の軽口に尊は謙遜したが、それでも彼の描いた似顔絵はなかなかのものだった。似顔絵は特徴をよく捉えており*3、伊丹も軽口こそ叩いたものの、内心では尊の才能を認めざるを得なかった。
「4年前、アイさんはアクア君とルビーちゃんを妊娠しており、斉藤社長の判断で宮崎の病院に入院した。その時、アイさんの主治医となったのが雨宮吾郎」
右京が私物の指示棒を手に説明を始めた。
「そして、アイさんの出産当日、雨宮吾郎は失踪。そして同日、彼の勤務する病院には不審者の姿が目撃されています。当日の来館記録には菅野の指紋が残されていましたし、彼の筆跡が確認できたと先ほど米沢さんから連絡がありましたから、この不審者は菅野と見て間違いないでしょう」
「雨宮吾郎は先日我々が宮崎で遺体を発見しました。完全に白骨化していたので死後1年以上は経過していることは間違いありませんが、正確な死亡日時は不明です。死因は頭部の損傷によるものと推定され、全身の損傷から見て、高所からの転落もしくは高速で移動する車等の物体への衝突、それによって頭部を強打したものと思われます。雨宮吾郎の死体遺棄現場には菅野の指紋と、データベースに登録のないもう一つの指紋がありました。下足痕も、2種類確認されてます」
尊が右京の補足をする。その言葉を受けて、三浦が呟いた。
「菅野が
「そう考えるのが一番自然だな。菅野は
伊丹も同意する。
「そして、先週の事件です。アイさんは東京ドーム公演の前日に自宅を訪問した菅野によって玄関先で刺殺され、菅野はその場から凶器を残して逃亡。皆様の目の前でビルから飛び降りて命を絶ちました」
「犯人にむざむざ死なれた我々に対する嫌味ですか、警部殿」
右京の説明に伊丹が憎まれ口を叩くが、右京はどこ吹く風である。
「菅野の最期について、失態や落ち度を論じるつもりはありませんよ。それよりも、ここで疑問が一つ。アイさんが出産する病院も、アイさんが引っ越した新居も当然のことながら外部への情報の流出には最大限の配慮をしていたはず。一介の大学生でしかない菅野は一体どうやってアイさんの居場所を知ったのでしょうか」
右京がトリオ・ザ・捜一の面々を見回しながら尋ねる。
「そりゃあ、病院関係者か、
芹沢の答えに、右京はさらに質問を重ねる。
「菅野にアイさんの情報をリークした人物が複数いるとも考え難い。となれば、病院も、新居も両方の情報を知っている人物がリークしたとみていいでしょう。では、一体その人物は誰なのか」
「ちょ……ちょっとまってください。
芹沢が慌てて右京の話に割って入る。しかし、右京はいつものように穏やかな表情を浮かべたままだ。そこに、尊が口を挟む。
「まさか、杉下さんはアイさんが自分の入院している病院と新居を外部に漏らしたと考えているんですか?」
「ええ、そのまさかです」
右京は即答する。
三浦が眉間にしわを寄せた。
芹沢が信じられないという顔になる。
伊丹は腕組みをして、右京を睨みつけた。
しかし、尊だけは右京の言わんとしていることを理解していた。
「アイさんが直接菅野に自分の新居の情報を流したわけでなく、アイさんから情報を受けた相手が、それを菅野に吹き込んだということですね」
「ええ。僕はそう考えています。仮にその相手を『X』としましょう。Xは自宅を教えてもらうくらいにはアイさんと親密な関係の人物ということになります」
右京は尊の言葉にうなずく。そして、ホワイトボードに書かれたアイの顔の横に矢印を描き、その隣に『X』と書いた。さらに、『X』の隣にも菅野良介の方を向いた矢印を描きいれてトリオ・ザ・捜一の前に向き直る。
「菅野に自殺されたとはいえ、皆さんが菅野にアイさんの自宅をリークした人物がいなかったか裏取りしていなかったとは思えません。どうでしょう。アイさんの周囲に彼女が自身の住所や入院している病院について漏らすほど親密な人物はいませんでしたか」
「ま、俺たちも目の前で被疑者に死なれたからといって素直に事件を畳むことができるほど物分かりがよくないので、当然調べましたよ」
伊丹が答えると、三浦が続ける。
「
「どうやら、アイさんはXとの接触には相当用心していたようですねぇ。携帯の通信履歴が一切ないということは、おそらく連絡先も登録されていないでしょう。しかし、それほど接触には慎重を期す相手で、かつアイさんから自身が入院している病院や引っ越したばかりの新居の住所を教えてもらえる人物となると、非常に限られます」
右京から視線を向けられた尊には、その答えが分かっていた。
「アクア君とルビーちゃんの、父親」
「ご名答」
右京は生徒の回答に満足する教師のように嬉しそうに頷いた。
SEASON3第9話『潜入捜査~私の彼を探して!』
新春2時間スペシャルとして放送された話です。Season4からは元日スペシャルになるのですが、当時はまだ元日夜に相棒枠はなかったんですよね。
個人的にはガッチャマンを熱唱する亀山君と、警備員コスプレで捕まって留置場でぐっすり眠った右京さんが印象的でした。