斉藤社長から聴取するために右京と尊は事務所前で群れるマスコミをかき分けて苺プロの事務所を訪ねた。
事務所の受付で身分を名乗ってからおよそ15分ほどであろうか、彼らを出迎えたのは、数日前に顔を合わせた時よりもさらに憔悴した社長夫人のミヤコだった。
「すみません。先日アイの葬儀を終えたばかりで、まだ色々と立て込んでいるもので」
事務所の電話はひっきりなしに鳴り続け、スタッフも忙しそうに動き回っている。そんな中で応接室に現れた彼女は疲れ切った様子だったが、それでも右京たちのために貴重な時間を割いて応対した。
「お気になさらないでください。こちらこそ、お忙しいところお時間を割いてもらって申し訳ございません」
「もう最近は本業だけでも大混乱なのに、ゴシップ目当てのマスコミが四六時中張り付いているし、もういっぱいいっぱいですよ」
彼女の話ではアイの葬儀を終えてからというもの、連日のようにテレビ局や新聞の記者が押しかけてくるという。
「マスコミの取材も酷くて、ウチの業務に支障をきたしている状態なんです。杉下さん、警察の方で何か対応していただけないでしょうか?」
「悪質な取材をする記者がいれば、個別に注意しましょう。所属や名前、取材時の録音を押さえておいてくれれば迅速に対応することを約束します」
右京の言葉を聞いてほっとしたのか、ミヤコの顔色が少し明るくなった気がする。右京の隣に座っている尊も笑顔を浮かべて言った。
「本庁で、厳重に注意するように申し伝えましょう」
「ありがとうございます。これで一つ肩が軽くなりました」
笑みを浮かべたミヤコに右京たちも微笑んだ。
「そういえば、ルビーちゃんとアクア君はどうしていますか?前回伺った時には下のフロアに一時的に住んでいるとのことでしたが」
「今も下のフロアにいます。……今日も、二人から話を聞く必要がありますか?」
ミヤコはちょっと困り顔をして右京を見た。右京は子供たちを案じるミヤコの視線を受けて首を横に振る。
「いえ、今日は子供たちに聴取する予定はありません。ただ、前回彼らには酷なことをしました。僕が言うのも何ですが、気にしていないか気になったものですから」
「そうですか。二人の様子は、あの時よりは少しはよくなっていると思います。流石に事件の前のように明るく活発な様子には程遠いのですが。今日もお二人が来たことには気づいていたみたいですけど、後で刑事さんたちとした話は説明するから大人しく下で待っておくように伝えました」
「肉親を失った悲しみは、大人でもそう簡単に割り切れるものではないでしょう。仕方がありません」
「……実は、二人は今後、私が養子にすることになりました。もちろん、二人にとって母親はアイさんだけなんでしょうが、それでも自分の子供としてあの二人を支え、守っていくつもりです」
被害者遺族となった子供たちの今後を内心憂いていた尊であったが、ミヤコの言葉を聞き、彼女ならば大丈夫だと思った。そして、事務所の所属タレントの子を我が子として迎え入れる決断をした彼女に敬意を抱いた。
「それで、今日はどのようなご用件でしょうか?」
ミヤコが本題を切り出す。右京は尊に軽く目くばせすると話し始めた。
「実は、今日は斉藤社長から4年前の、アイさんが妊娠していた当時の話を聞きにきました」
「アイを刺したストーカーと、アイが妊娠していたころの話に何の関係があるのですか?」
ミヤコは怪訝そうな顔をして右京を見つめた。
「まもなくマスコミにも公表されますが、アイさんが出産した当時の担当医の雨宮吾郎さんの遺体が白骨化した状態で宮崎県にあるアイさんの入院先の病院の近くの洞窟で発見されました」
理解が追いつかないといった表情をしていたミヤコに対し、尊が説明を引き継いだ。
「雨宮吾郎さんが失踪したのは、アイさんの出産の当日です。そして、遺体発見現場にはアイさんを殺害した犯人、菅野良介の指紋が検出されました。警察では、雨宮吾郎さんはアイさんの出産当日に菅野の手で殺害され、死体を遺棄されたものと見て捜査をしているところです」
捜査情報であるため敢えて尊は遺体発見現場にもう一つの指紋があったことを伝えなかったが、それでもアイを殺害した犯人の余罪が明らかになったことだけでもミヤコにとってはショックであったようだ。
ミヤコはしばらく呆然としていたが、やがて絞り出すように声を出した。
「あの男、まさかアイが妊娠中に入院していた病院にまで関わりがあったなんて……一体どこからそんな情報を手に入れたんでしょうか」
「それを、我々は調べています。それが明らかになればアイさんの転居直後の住所を菅野が突き止められた謎も、分かるかもしれません。……ところで、斉藤社長はやはり今回の事件の対応でお時間をいただくのは難しいでしょうか?」
右京の問いにミヤコの顔に陰りが差す。
「実は……社長はアイの葬儀の日から連絡が取れないんです」
意外な答えに右京たちは驚いた。
「葬儀の日の前日、社長は事務所に泊まり込みで葬儀やB小町の今後の活動についての段取りをしていました。ですが、葬儀の日の朝には事務所にいなくて、家にも帰ってきてないし、携帯電話も圏外で繋がらなくて。デスクに書置きだけ残して消えてしまったんです」
ミヤコが右京の前に茶封筒を差し出した。中には一枚の紙が入っているようだ。右京はそれを手に取って眺めた。
それは斉藤社長の直筆の手紙であった。
――探さないでください。ミヤコ、後は任せた。
ただその一言だけが書いてある手紙を見て、右京は険しい表情をした。横から手紙を覗き込んだ尊が言う。
「……まだ、警察に捜索願いは出されていませんよね?」
尊の質問にミヤコは静かに首を縦に振った。
「先日のアイの葬儀にも社長の姿はありませんでした。社長が失踪したこともマスコミが感づき始めてる節があったので、警察にもまだ相談できてません。これ以上事務所を取り巻く騒動が大きくなることを考えると得策ではないと思いました。それに、もしも調べてもらって、社長が亡くなってるなんてわかったらって思うと」
震えるミヤコの声を聞いて右京と尊は何も言えなくなった。
この文面だけを見れば、遺書とも取れなくはない。所属タレント、それも目をかけて育ててきた娘のような存在が、人生最大の大舞台の当日に突如殺害されるというショックが斉藤から生きる気力を奪ったという可能性は捨てきれなかった。
「社長が生きているのかも分からない。でも、会社のタレントに迷惑はかけられない。マスコミ対策も、あの子たちの今後も……もう、もう何をすればいいのか」
ミヤコの目からは大粒の涙がこぼれていた。いきなり20代の若さでトップタレントが所属する事務所のかじ取りを任され、しかも事務所は日本全国を巻き込んだ大騒動の渦中。この状況でアイの残した子供の未来まで考えなければならないという重圧によりミヤコの精神はギリギリの状態にあることは明らかだった。
「ミヤコさん、斉藤社長には僕たちからも聞きたいことがあります。ですので我々が行方を捜すことをお約束しますよ」
右京は優しく語りかけるようにミヤコへそう告げると、苺プロを後にした。
多分、現時点で一番出番が多い推しの子側の登場人物って拙作だとミヤコさんなんですよね。それでいいのか。