宗教団体ネタをこの時期にぶっこむかぁと思いましたし、内容も次回が気になる中々面白い展開でした。
宗教団体へ潜入して身バレして脱出ってTRICKかよって思いました。山田奈緒子は撃たれましたがね。
後は後編でどのように広げた風呂敷をたたむのかが楽しみです。
拙作が相棒待機中の暇つぶしの一助になれば幸いです。
しかし、後遺症でゼーゼー息を切らしながらタイピングしている自分、我ながら何やってるんでしょうね。
斉藤壱護は、酩酊した状態で、ふらふらと夜の繁華街をさまよっていた。
誰かと酒を酌み交わしたわけでもなければ、行きつけの店に行って酒と店の雰囲気を楽しんでいたわけでもない。
ただ、思考を投げ出したい一心でアルコールに頼り、現実から逃れるために歩いていただけだ。
斉藤は数日前、事務所に所属している看板アイドルのアイを失った。彼女の死が、斉藤にとってどれだけ大きなショックであったか、それは想像するに難くない。
彼女は、斉藤の人生において唯一無二の存在であり、その喪失感はとても言葉で言い表せるようなものではなかった。
そして今、斉藤は彼女の喪失を忘れるためだけに、事務所の社長の立場も投げ捨ててアルコールがもたらす夢の世界に逃げ込んでいたのだ。
事務所を突然飛び出して、飲み屋街に入り浸るようになってから、既に数日が経過している。しかし、いくら酒を飲んでも彼の心は晴れることはなかった。
酔い潰れては近くの安宿に泊まり、夕方まで眠って目を覚ますとまた酒を飲む。そんな生活を繰り返しても斉藤の心を癒すには至らない。それどころか、現実逃避をするほどに、失ったものの大きさを思い知らされるばかりだった。
斉藤は、今日も魂が抜けたかのようにフラフラとした足取りであてもなく歩き続ける。
そして、ふと訪れた空腹感につられて周囲の店を見渡した。
ラーメン屋、焼き肉屋、すし屋……様々な飲食店が並んでいるが、琴線に触れるものがない。バー、居酒屋などアルコールを提供する店にも目が行くが、今はそういった気分でもなかった。
あてもなく飲み屋街を彷徨っていた斉藤は、気が付くと行き慣れた飲み屋街から大分はなれたところにまで足を運んでいた。このあたりにはもうめぼしい店はない。
「行き過ぎたか……」
斉藤はそう呟くと、踵を返すことにした。
その時、斉藤の視界の端に小さな看板が映った。通りに面した階段を下ったところに構えたその店は、ライトアップされた看板がなければ見逃してしまっていただろう。
「小料理屋か……」
なんとなく興味を持った斉藤は、階段を降りると木製の扉を押し開いた。緑の布地に白く「花の里」と染め抜かれた暖簾を潜り、ガラガラと引き戸特有の音を立てて扉を開けると、中から暖かい空気が漏れ出てくる。
店内は和の雰囲気が漂い、落ち着いた色の照明が照らし出す空間が広がっている。テーブル席はなく、カウンター席のみのこぢんまりとした造りになっていた。
まだ開店して間もないのか、客の姿は見られない。斉藤は、店員の姿を探して視線をさ迷わせた。
すると、カウンターの奥から声がかかった。
声のした方を見ると、そこには和服を着た女性が立っていた。この店の女将のようで、年の頃は三十代半ばだろうか?化粧っ気のない素朴な顔立ちをしているが、美人であることに変わりはなかった。
女性は斉藤の姿を認めると、笑顔を浮かべながら声をかけてきた。
「いらっしゃいませ。お一人様ですか?」
「あ、はい。そうです」
斉藤は慌てて答えると、促されるままにカウンター席に座った。女性がおしぼりと水の入ったコップを差し出してくる。
それを受け取った斉藤は、喉を潤しながら店内を観察した。店内は掃除が行き届いており清潔感のある内装になっている。カウンターの奥にある棚には日本酒や焼酎などのボトルが並べられており、銘柄ごとにきっちりとラベルが貼られていた。
メニューらしきものがないなと斉藤は思っていると、女将がメニューを差しだしてきた。
「当店では季節のものを中心に取り揃えております。何か苦手なものはありますか?」
「いえ、特に」
斉藤はそう答えつつ、手渡されたメニューを開いてみる。そこに並んでいるのは旬の食材を使った料理の名前だった。煮物や刺身、焼き魚など家庭的な料理が多い印象を受ける。
とりあえず適当に注文してみるかと、斉藤は目に付いた料理をいくつか指差していった。
「じゃあ、このブリ大根とだし巻き卵、揚げ出し豆腐に枝豆、ほっけと、あとは日本酒で」
「かしこまりました」
斉藤の言葉に女将は笑顔で頷くと、調理に取り掛かった。トントントンという包丁の音が心地よく耳に響いてくる。
しばらくすると、湯気を立てた料理が次々と運ばれてきた。
料理をつまみながら、日本酒を口に含む。すっきりとした味わいが口の中に広がり、じんわりと染み渡っていくような感覚を覚えた。
酒と料理の相性がよかったのか、はたまた店の雰囲気によるものかはわからないが、酒がすすみ、アルコールが身体に回っていく。
満腹感と、アルコールがもたらす酩酊感が斉藤の身体を満たすが、それは彼の心を癒してくれることはなかった。むしろ、いくら酒を飲んでも気分は晴れることなく、現実を突きつけられているようで余計に辛さを感じてしまうほどだ。
しばらく無言で酒と調理を味わっていた斉藤だったが、ぽつりと独り言のように呟いた。
「やっぱ、ぶっ殺さないと気が済まねぇわ」
口に出して、斉藤は改めて実感した。自分はアイを殺した犯人を許すことができないのだと。
斉藤の脳裏に浮かぶのは、血まみれになって倒れている彼女の姿だ。思い出す度に怒りが込み上げてくる。
「物騒ですね」
不意に声をかけられて顔を上げると、先程の女将が新しい銚子を持って立っていた。
「わるい。ちょっと酔っててね……」
斉藤は言い訳をしながら、差し出された銚子を受け取るとぐいっと呷る。胃の中に流れ落ちていく液体と共に喉元まで出てきていた言葉も一緒に飲み込んでしまおう。斉藤はそう思ったが、女将は気にする様子もなく穏やかな笑みを浮かべながら言葉を続ける。
「お気になさらないでください。心の中に溜まって外に出せないものを口にして、少しだけ心の重荷を下ろす。それも、こういうお店の役割ですから」
そう言って微笑む女将の表情を見ていると、自然と言葉が口をついて出てくる。
何故、初対面の女将に対してこんな話をしているのか。たった一度店にふらりと来た客と女将、ただそれだけの関係でしかないはずだった。
しかし斎藤は自分の胸の内に留めきれずにいた思いを吐露せずにはいられなかった。
自分が見出したアイドルの卵、アイ。そのアイドルの卵と駆け上った芸能界、そしてデビューしてから数年でトップの座に立った……全てが順調だった。
彼女の栄光を、自分の娘の栄光のように感じていた。父親ではないが、娘のような存在だったのだ。
しかし、その栄光の絶頂に至る寸前でアイは殺された。
アイが殺害されたことに対する恨み言に始まり、犯人が何も語らぬまま投身自殺を遂げたことへの憤り、被害者遺族としての悲しみ……そして、投身自殺した犯人の背後にいるはずの黒幕、何者かも分からぬ相手に抱いた憎悪の念……様々な感情が入り乱れ、ぐちゃぐちゃになった心が口から溢れ出してくるようだった。
自分でも何を言っているのかわからないくらいに支離滅裂なことを口走っている自覚はあったが、それでも女将は黙って耳を傾けていた。
「……つまらない話を聞かせてしまったな」
しばらくして、一通り話し終えた斉藤は自嘲気味に笑うと女将に向かって頭を下げた。
それに対して女将は首を横に振って答える。
「お客さんの気持ち、私も分かりますから」
「ハハ……女将さんも誰か大切だった人を殺されて、復讐してやろうって思ったことがあるってのかい」
「ええ。夫の仇を拳銃で撃ったんです」
どうせ、自分の殺意も、憎悪も理解できるはずはない。そう思いながら斉藤は軽口で返したつもりだったのだが、女将が平然とした顔で打ち返してきた言葉に驚きのあまり目を見開いた。
そんな斉藤の様子を余所に、女将--小料理屋「花の里」二代目女将、月本幸子は自らの数奇な人生について語り始めたのだった。