最初はSeason3の「潜入捜査」に宗教ネタを絡めた感じかと思っていましたが、警察内部の勢力争いや復讐劇を絡めてうまくまとめていたと思います。
今週は久しぶりの陣川君なので、それも楽しみです。
「私の夫は司法書士でした」*1
そう切り出した幸子の表情はどこか昔を懐かしむようなものになっていた。
「夫はヤクザに脅されて公文書偽造の片棒を担がされて、警察の捜査が及びそうになったところで首を吊りました。私は夫の突然の死と、夫が残した借金に追われてどうにもならなくなってしまって、そんな時に手を差し伸べてくれたのが、夫を脅していたヤクザだったんです。でも、私はそのヤクザが夫を脅していたことも、夫を口封じのために殺して自殺に偽装したことも知りませんでした」
斉藤は黙って幸子の話に耳を傾ける。
彼女は当時を思い出すように視線を宙に彷徨わせながら続けた。
「私は、夫の借金を肩代わりしてくれると申し出てくれたそのヤクザに言われるがまま、ヤクザの愛人になりました。バカな女ですよね」
「……女将さんは、どうやって真実を知ったんだ?」
斉藤の問いかけに、幸子は悲しげに微笑みながら答えた。
「お客さんみたいに、自分で真実を突き止めようなんて考えもしてなかったんです。なんせ、私は事務所の若い人たちがあの男の所業を話しているのをたまたま耳にするまで、私はあの男を恩人だと信じていて感謝していたくらいなんですから。あの男が私を手に入れるために夫に借金を背負わせ、犯罪の片棒を担がせ、最後は命まで奪ったんです」
「それで、真実を知って女将さんはどうしたんだ?」
「ヤクザの情婦でしたから、事務所に出入りするにも全く警戒されません。あの男も度々自慢するかのように拳銃や麻薬の隠し場所を見せてくれていましたから、あの男に知られずに拳銃を盗み出すことも簡単でした。そして、忘れもしません。あの日……私はあの男に拳銃を向けて、殺意をもって引き金を引きました」
拳銃を奪おうと掴みかかってきた男--向島茂の腹に銃口をあて、引き金を引いた瞬間の衝撃を今でも幸子は忘れることができずにいる。夫の仇であり、残忍で狡猾で計算高い男だった。これまで殺してきた人数や不幸にしてきた人数など数知れない、救いようのない悪党であることは間違いなかった。
引き金を引くことを躊躇する理由など何もなかった。
「血だまりの中に崩れ落ちたあの男を見て、私はやっと復讐を果たしたと思いました。でもなんででしょう。あの時の私はただ、日本から出て別の人生を送ることだけを考えていました。あの男を殺すことをあれだけ望んでいたはずなのに、達成感だとか、喜びだとかは全く感じていなかった」
「復讐を果たしたのに?」
斉藤の問いに、幸子は頷く。
「幸子。私の名前です。幸せな子と書いて、幸子。でも、私の人生は名前とは正反対だった。私は、自分の名前を捨てて、過去を捨てて、一からやり直そう。私の人生はここからやり直せる、そう思ってたんです。思えば、あの男を撃ったのも、人生をやり直すという計画の通過点でしかなかったのかも」
幸子の独白を聞いていた斉藤の背筋には、冷たい汗が伝っていた。
これまでの幸子の話に嘘はない。海千山千、虚実入り混じる芸能界を見てきた経験から斉藤はそれを確信していた。
斉藤の見立てでは、幸子の年齢は四〇に届いた程度である。二十代半ばで結婚していたとして、その後夫の死、ヤクザの愛人、そして殺人、今は小料理屋の女将。彼女の年齢と経歴を鑑みるに殺人で逮捕されていたならば、まだ塀の中にいてもおかしな話ではない。
そして、幸子が口にした「人生をやり直す」という言葉。
斉藤の脳裏によぎったのは、幸子と名乗る女将が殺人を犯しながらも現在逃亡中である可能性だった。
「……その、男を撃った後は?」
もし、この女将が語った過去が真実ならば、彼女は復讐という本懐を果たし、しかも警察に捕まることなくその後の人生を歩んでいることになる。
自分と同じく、愛する人を殺された経験を持つ幸子に斉藤は共感を抱いていた。そして、そんな共感を抱く相手が復讐を成功させ、順風満帆な人生を歩んでいる。
斉藤はどうしても知りたくなった。彼女がどのようにして、幸せを手に入れられたのかを。
「あの男を撃った後、私は夫の残した唯一の財産だった車に乗って、空港に向かいました。夫と協力してパスポートの偽造をしていた香港の業者にわたりをつけていましたから、香港に飛んで、そこで別人のパスポートを受け取り、フランスに飛んで別人として生きる。そんな計画を立てていたんです」
幸子は懐かしそうに目を細める。
しかし、彼女はフランスにはおらず、今東京で小料理屋の女将をしている。一体本懐を果たした後の彼女に何があったのか?斉藤はそれを聞かずにはいられなかった。
「じゃあ……女将さんは何でフランスから戻ってきたんだ?」
「フフフ、私は結局フランスどころか、香港にも行けなかったんです」
幸子は自嘲するように小さく笑う。
「あの男を撃った後、拳銃と返り血がついたコートと一緒に男を床下に隠しました。あの男が見つかるまでは数日かかるでしょうから、その間に出国しようと夫の残した車に乗って空港に向かっていたらエンストしてしまって。香港行きの最終便に乗る予定だったので慌てていたら親切な二人組の刑事さんに呼び止められたんです。そうしたら空港へのバスが出てる新宿のターミナルまで送ってもらって、そこから空港行きのバスに乗ったんです」
その時のことを幸子は今でも鮮明に覚えている。
「まだあの男を撃ったことは誰にもバレていないはずでしたし、私が何か犯罪を犯したのだと怪しまれる要素はない。そう思っていましたけど、どうしても刑事さんに空港まで送ってもらうというのは気が引けてしまって、空港まで送ってもらえるところをバスターミナルで降ろしてもらいました。そして空港行のバスに乗って、後はもう計画通り空港に行くだけ……そう思っていたら、隣にさっきターミナルに送ってくれた刑事さんの一人が座っていたんです」
「なんで、刑事がついてきたんだ?」
「私のズボンの裾に血痕がついていたんです。米粒のような小さな染みだったんですけどね。それと当時私が着ていたコート。あの男を撃った時に返り血がついてしまったので、やむを得ず男の家でベンチコートを拝借してたんですが、やはり服装が合わなかったので新宿で新しく買ったコートに着替えてベンチコートは捨てていきました。その一連の行動から刑事さんは私が高飛びをすることを見抜いて、それを止めるために乗りこんできたんです」
「どんな洞察力だよ……」
斉藤は思わず言葉を漏らした。血痕と服装。そこから犯罪の匂いを感じ取ることができる人間はそうそういないだろう。
「すごいですよね。バスが新宿を出てから、飛行機が離陸するまでは3時間と少し。刑事さんは血痕とコートで私に疑いの目をむけてから、飛行機に搭乗するまでの間に私の名前、私が撃った男の身元を特定して、床下に隠した男を見つけたんです。私はその場で刑事さんに逮捕されました」
そう語る幸子の口調からは、何故かその刑事に対する感嘆や尊敬の念が込められているように斉藤には感じられた。
自分を逮捕した刑事に対して抱く感情としてはいささか妙ではあったが、斉藤はその疑問を口にはしなかった。幸子の話はまだ終わっていないのだから。
「逮捕されて、送検されて起訴。懲役三年の実刑判決を受けて服役しました」
「……懲役三年?人一人殺しておいて、それだけだったのか?」
斉藤は訝しげに眉をひそめる。
殺人罪においては死刑または無期もしくは5年以上の懲役刑に処されるケースがほとんどだ。それがたかだか三年だなんて信じられない話であった。
「私を追いかけてバスに乗ってきた刑事さんの相棒があの男を見つけた時にはまだ息があったんです。あの男はその後病院に救急搬送されて一命はとりとめました。私はその後、あの男と男の所属する組についての捜査に協力したこともあって裁判では軽い量刑で済んだんです。三年で出所できたとはいえ、出所後は前科があるってこともあって中々いい仕事がなかったんですが、私を逮捕した刑事さんの紹介でこの店を任されることになって。色々ありましたが、今はとても充実しています」
幸子はそう言って笑った。それは過去の辛い出来事など一切感じさせないような、晴れやかな笑顔であった。
「女将さんは、旦那さんの仇を討てなかったことに罪悪感を感じていないのか?」
斉藤は尋ねた。結果的ではあるが、幸子は夫の仇を殺せなかったのだ。斉藤にとってはそれで満足できる結果とは思えなかった。
しかし、幸子は小さく首を横に振った。
「あの時は、そうするしかないって思っていました……でも、今は違います。私ね、自分が撃った男が生きているって知って、自分が殺人犯じゃなかったって知って、ホッとしたんです。人殺しにならなくてよかった、そう思っているんです」
その時、花の里の引き戸が開かれた。ガラガラという音と共に暖簾をくぐって店内に入ってきた客の姿を見た幸子が笑みを浮かべる。
「いらっしゃいませ!」
引き戸が開く音に反応し、斉藤も入口の方に顔を向けた。そして入ってきた人物を見て目を丸くする。
「探しましたよ、斉藤社長」
「杉下警部……なんであんたがここに」
驚きを隠せない斉藤に対し、続いて店に入ってきた尊が声をかける。
「ここ、杉下さんの行きつけなんですよ」
その言葉を聞いた斉藤は、自身の間の悪さを呪うしかなかった。
SEASON4第19話『ついてない女』
幸子さんの初登場回です。
飛行機の時間というリミットが迫る中、細かなことを拾い上げて事件の真相に近づきながらも最後まで説得を試みる右京さんと、同時進行で右京さんの無茶ぶりを受けながら、とにかく街中を駆け回って地道に足で事件の真相に繋がるパーツを拾い集めていく亀山君の対比が二人のキャラを上手く生かしていて飽きませんでしたね。
因みに幸子さん、中学の修学旅行に盲腸で欠席、初デートで海で溺死しかけ、大学受験の当日自宅が燃えて、新婚旅行に行ったら空き巣に入られて、旦那が借金こさえて殺されて、夫の仇の愛人になって、刑務所入ったら脱獄に巻き込まれて命を狙われと本当についてないんですよね……。