「この店にいらっしゃって助かりました。おかげで貴方を探す手間が省けましたからね」
「……まさか、この店があんたの行きつけとはな。クソっ、ついてねぇ」
「ま、僕たちからすれば幸運ですが」
そう言うと、右京と尊はカウンター席に腰を下ろす。
「それで、俺を探していたってのはどういうことだ、杉下警部」
カウンター席に座った右京と尊の間に挟まれた斉藤は、居心地悪そうにしながらも尋ねる。
「ニュースによれば、アイを殺した犯人は自殺したらしいじゃねぇか。いまさらこんな飲んだくれを探す必要なんてないだろ。それともなんだ?まさか俺がアイを殺した黒幕だとか言い出すんじゃないだろうな」
「僕は、まだこの事件は終わっていないと思っています」
不機嫌さを隠そうともしない斉藤に臆することなく、右京は答える。
「そして、先ほどのアイさんを殺した黒幕という言葉……貴方も、この事件はまだ終わっていないと考えている。そうですね?斉藤社長」
斉藤は顔をしかめながらも首肯する。
「あのストーカーとアイの接点なんぞ、握手会かライブくらいしかねぇんだ。それなのに、アイの新居を突き止められたはずない。絶対に、いるはずだ。アイの住所をあのストーカーにリークしたクソ野郎が」
「その人物が誰であるかは見当がついているのですか?」
右京の問いに、斉藤は決まりの悪そうな顔になる。その表情から斉藤には彼が言うところのクソ野郎の心当たりがないことを尊は察し、ため息を漏らす。
「どうやら、アイさんを殺害した事件の黒幕の見当がついたから姿を晦まして、黒幕を独自に追っていたというわけではないみたいですね」
「……ああ、そうだよ!どうせ俺はおたくらみたいな名探偵じみた推理力も、犯人を捜す手段ももってねぇんだ!そんな頭よくねぇよ!そもそも、お前ら警察の仕事だろうが!!ミヤコのやつに頼まれたのか知らないが、こんなところまで飲んだくれを探しにくる暇があるなら、黒幕をとっとと突き止めてみせろよ!」
開き直ったのか、斉藤は叫ぶようにそう言った。だがそれに対して右京は首を振る。
「我々も、事件の真相をまだ追っているところです。そして、そのために貴方に対して尋ねたいことがあるのです」
「……なんだよ?いまさら俺にアリバイでも聞こうってか?」
右京は幸子に視線を向ける。右京の視線の意味を察した幸子は、小さく頷いた後口を開いた。
「杉下さんは、いつもの料理でよかったですよね?調理に手間がかかるので、少し奥にいます。何かあったら呼んでください」
右京が幸子に聞かれたくない話を斉藤にしたがっていることを察した幸子は手間のかかる料理を出すことを名目にすぐに厨房へと下がっていった。それを見届けた後、右京は再び口を開く。
「斉藤社長、アイさんの担当医だった雨宮吾郎さんと最後に会ったのはいつだったか憶えてらっしゃいますか?」
「……あれは、たしか出産の前の週だったか。俺も仕事があったからアイにつきっきりってわけにもいかなかったし、かといって代理でアイの様子を見てくれるよう頼めるやつもいなかった。周りを誤魔化しながら宮崎に通うなんて器用なことはそうそうできるものでもなかったからな」
斉藤は芸能事務所の社長だ。アイの出産当時、まだB小町は現在ほどの国民的アイドルグループではなかったにせよ、それでも事務所で抱えているアイドルやタレントのテレビやライブなどの仕事の依頼は少なくなかった。
苺プロは斉藤が立ち上げた事務所であり、設立以降急成長を遂げてきたが、だからといっていきなり社員を増やせるほど経営が楽になったわけでもない。
営業や折衝ができる人材が斉藤以外にはおらず、また妊娠中のアイのために斉藤が宮崎でできることなど、彼女に寄り添うことぐらいしかなかった。
診察をしていた雨宮吾郎についても医者として信頼していたし、宮崎にいる間のことは基本的にアイ本人と雨宮吾郎に任せることにしたのだ。
「では、出産当日に立ち会ったわけではないということですか」
「予定日は聞いていたが、俺にも仕事があったからな。雨宮先生がいるなら大丈夫だろうと思って、当日は東京で仕事をしていたよ。まぁ、先生は結局その日から行方知れずで代わりの先生がルビーとアクアを取り上げたそうだが……いまさらこんなことを聞いて何の意味があるんだ?」
斉藤の疑問に答えたのは尊だった。尊はスマホを操作し、ニュースサイトの記事を斉藤に見せた。
「今朝マスコミにも発表されましたが、雨宮吾郎さんの遺体が宮崎で発見されました。遺体は既に白骨化しており、何者かに殺害され遺棄されたものと推定されています……ご存じではなかったんですね」
尊が告げた事実に、斉藤は驚愕のあまり言葉を失ったようだった。彼は震える手でお猪口を掴み、残っていた酒を一気に呷る。
「まさか……雨宮先生が?しかも、殺されたってどういうことだ!?」
「雨宮吾郎さんが失踪したのはアイさんの出産当日。そして、雨宮吾郎さんの死体遺棄現場は人気のない洞窟でした。そして、現場からはあの菅野良介の指紋も採取されています」
菅野良介の名前が出た瞬間、斉藤の顔色が変わる。
「あの節操なしのクソ野郎が……!?なんで雨宮先生まで殺す必要があるんだ!!」
「記事のとおり、アイさんの事件との関連も含めて現在宮崎県警と合同で捜査中です。ですが、アイさんの殺害と雨宮吾郎さんの殺害には必ず関係がある。僕はそう考えています。そして、その捜査のために斉藤社長の協力が必要なんです」
マスコミに公表されている情報以上のことを、右京は斉藤には告げられなかった。しかし、斉藤はこの記事の情報だけでも、雨宮吾郎の殺害にアイ殺害の黒幕が絡んでいると理解していた。
「なるほどな……アイが妊娠していた当時のアイの交友関係を洗いなおしたい。そういうことか」
「アイさんが妊娠される以前のスケジュール等についてもできる限り、見せていただきたいと思っています」
「なるほどな、杉下警部。アンタもルビーとアクアの父親が黒幕。そう睨んでいるってわけか」
斉藤の言葉に対して右京は何も答えなかった。右京自身、斉藤はアイの父親でもないし、今回の事件の黒幕である可能性は極めて低いとは考えているが、だからといって捜査中の事件の詳細について答えることはできないからだ。
代わりに、尊が口を開く。
「流石に今日はもう遅いですし、社長も大分お酒をお飲みになっていますから、明日また事務所に伺わせてください」
「……いや、事務所は、その」
歯切れの悪い返事をする斉藤に対し、尊は畳みかけるように言う。
「このまま飲んだくれて、事務所の業務も、加熱するマスコミの対応も、アイさんの子供たちの世話も、全部ミヤコさんに押し付けて逃げ続けるつもりですか?」
その言葉を聞いた途端、斉藤の表情が変わった。先ほどまでの酔いどれた表情から一変して真剣な表情になり、尊を睨みつけるように視線を向けた。
「……なんだと?」
「神戸君」
右京が制止しようとするものの、尊は止まらない。そのまま言葉を続ける。
「ミヤコさんは貴方がいない事務所を必死でまわして、しかも所属タレントの子であるルビーちゃんとアクア君の面倒も見ながら貴方の代わりにマスコミ対応をしているんですよ。ミヤコさん所属タレントにも子供たちにも迷惑をかけないように、一人で頑張っているのに貴方はこんなところで酒を飲んで現実逃避ですか?」
「……お前に何がわかるっていうんだよ!」
「分かりたくもありませんよ!逆に聞きますけど、貴方と同じ痛みを抱える奥さんに、全てを丸投げして逃げて酒に逃げ出すことが正当化される理由というのは何ですか?」
「……俺はっ、おれは」
斉藤は言葉に詰まる。その時、厨房の奥にある勝手口が開き、幸子が現れた。
「お待たせしました、鯵の南蛮漬です」
幸子は額に汗をかきながら両手で器を運んできた。
幸子にはあからさまに席を外してほしいとは言えなかったので、手間のかかる料理をつくることを名目に席を外してもらっていた。
本当に手間のかかる料理をつくらずとも適当な料理を運んでもらえればよかったのだが、ここで態々手間をかけた料理をつくるところが幸子らしいといえばらしかった。
斉藤は彼女の登場で勢いを失い、俯いてしまった。同じような境遇でも逞しく生きている幸子の前で、自分勝手な理屈を振り回せるほど斉藤は腐ってなかった。
「……女将さん悪いな。先、勘定頼むわ。杉下警部、じゃあ、明日事務所で」
斉藤は財布を取り出して幸子に代金を渡すと、フラフラとした足取りで店を出て行った。
暖簾を潜り店を後にする彼の後ろ姿を見て、尊が呟く。
「……戻りますかね、社長」
「戻りますよ、きっと」
答えたのは、幸子であった。
「逃げ出さずに、人生に立ち向かう。私にだってできたんです。きっと、あの人にだってできるはずです」
幸子は確信に満ちた表情でそう言った。
神戸君がミヤコさんのために感情的になるか?と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
個人的な解釈もありますが、神戸君はクールな性格ですけど頼る者がない弱者に甘いというか、そういう人に関わると直情的になるイメージがあります。Season8「通報者」の中学生とか、Season10の「罪と罰」のクローン胎児とか。
そのギャップがまた、常に直情型の亀山君とは違った魅力だとSeason8~10のころは感じていました。