およそ一月半ぶりの投稿ですが、何とか年内に間に合いました。
今回は珍しく推しの子サイドのみとなっております。
『次のニュースです。……昨日一六時過ぎ、宮崎県高千穂町の山中で男性の遺体が発見されました。遺体は既に白骨化していましたが、所持品等を調べた結果、遺体の身元は宮崎県高千穂の病院に勤める医師、雨宮吾郎さんと確認されました。雨宮さんは四年前に失踪しており、失踪後に何らかの理由で死亡したものとみて警察が捜査を進めています』
「うそ」
朝からつけっぱなしになっていたテレビから流れてきた突然の訃報。それを聞き、ルビーは手元のスマホを取り落としてしまった。テレビ画面に表示されている顔を、見間違えるはずがなかった。
雨宮吾郎。かつて、自分が病室から出ることもできない籠の鳥、天童寺さりなだったころの心の支え。
「うそ、そんな、なんでせんせが……」
せんせが、死んだ?
あまりにも衝撃的な内容に、思考が停止してしまう。
嘘だ、あり得ない、何かの間違いだ。ルビーはそう叫びたかった。けれど、テレビの中で無表情のまま淡々と原稿を読み上げるアナウンサーの姿に、これが現実なのだと悟らざるを得なかった。
突然すぎる死にショックを受けたせいか、それとも悲しみのあまり心が死んでしまったのか、何も考えられない。ただ呆然と、テレビの画面を見つめることしかできなかった。
『……警察の発表によりますと、雨宮さんの遺体が発見された現場からは、先日人気アイドルグループB小町のアイさんを殺害した菅野良介容疑者の指紋も採取されたとのことで、事件との関係性について調査を進める方針です……』
菅野良介。その名をテレビで、ネットで何度目にしたことだろう。その男を、何度殺してやりたいと思ったことか。しかし、その男がもうこの世にいないなんて!
ルビーは大切な人を二人も菅野良介によって奪われた。
悲しみに沈んでいた心に火が灯る。怒り、憎しみ、そういった負の感情がふつふつと湧いてきた。絶対に、許さない。あの悪魔のような男だけは、必ずこの手で殺さなければ気が済まない。
しかし、菅野良介は既に自らの手でその命を絶っている。過去にでも戻れない限り、ルビーが菅野良介を殺すことは不可能だ。行き場のない憎悪だけが、胸の中に渦巻いていた。
「なんでもっと早くせんせをみつけてくれなかったの……」
もしも、雨宮吾郎の遺体がもっと早くに見つかっていれば、菅野良介にも警察の捜査が及び、アイが死ぬ運命も回避できたのかもしれない。
「なんで、あのクズをしなせちゃったのよ」
もしも、菅野良介が自殺する前に警察が逮捕できていれば、刑務所送りにできただろう。いや、刑務所送りでは生ぬるい。刑務所から出てきたところで、生きていることを後悔するほどの地獄に放り込むことだってできたかもしれない。
そう思うと、悔しくてたまらなかった。許せなかった。
涙がとめどなく溢れてくる。最愛の人を失った哀しみ、恨み、そして怒り、様々な感情が次々と心の中を駆け巡っていく。まるで嵐の中にいるように、激しく心が搔き乱されていた。
悲しみに打ちひしがれたルビーはその日ずっとクッションを抱えながら泣き続けた。
いつの間にか眠ってしまったらしい。目を覚ますと、いつも使っている布団の中にいた。どうやら、誰かが運んでくれたようだ。おそらく、社長夫人のミヤコか、交代で様子を見に来てくれている苺プロのスタッフの誰かだろう。
「起きたのか」
声をかけてきたのは、双子の兄のアクアだった。まだ幼さの残るあどけない顔に似合わない口調だが、不思議と違和感はない。むしろ、似合っていると思うくらいだ。
「……強いね、アクアは」
皮肉が籠っている。自分でもわかるくらいに棘のある声が出たことをルビーは自覚していた。
双子の兄、しかも自分と同じで前世を持つ、アイのファン。ならば、自分と同じくらい深くアイの死を悲しんでいてもおかしくはなかった。
しかし、この兄は、先日刑事から事情聴取を受けてからこれまで一度も涙を流したことはない。今日も朝から自室に籠り、何やらネットの海の情報を漁っていたようだった。
自分のようにエゴサをしているのではない。おそらくは、アイの事件の記事やニュースサイトの情報を整理しているのだろう。
ルビーはそう思った。
だが、何故そんな早く立ち直れるのだろう。悲しみを感じていないわけではないはずだ。それは四年の付き合いだが、よくわかっているつもりだ。
なのに、どうしてそこまで平然としていられるのか。それが不思議でならなかった。
すると、そんな疑問を察したのか、アクアが小さくため息を吐いた。
アクアはルビーとは違い、もともと感情を表に出すタイプではない。冷静沈着というか、クールなところがあるのだ。そのため、周囲からは何を考えているかわからないと言われることもしばしばある。
「……泣いても無駄だからな。そんなことをしても、誰も生き返らない」
抑揚のない声で、淡々と答えるアクア。まるで、自分だけ既に立ち直ったかのような物言いだ。
いや、実際にそうなのかもしれない。少なくとも、自分はこんなにも苦しいというのに、同じ経験をしたはずの双子である兄が平気なのはおかしいではないか。
平気なフリをしているだけなのだろう。普段のルビーならその可能性に気づいたはずだった。しかし、ルビーはアイを失い、さらに追い打ちをかけるように雨宮吾郎の訃報を聞いたばかりだ。冷静な判断力を失っていた。
だから、その言葉が口を突いて出てしまった。
「ママが死んだのに、なんでそんなに落ち着いてられるのよ!」
一度口に出してしまうと、もう止まらなかった。
感情の赴くままに、次々と言葉をぶつけていく。
「アクアにとってママは、どうでもいい存在だったの?」
違う、そうじゃない。
頭の片隅で、もう一人の自分が首を振る。だけど、もう止まれなかった。普段なら、こんな言い方はしない。もっと言葉を選ぼうとするはずなのに、今のルビーにはそれすらできなかった。
ルビーは、怒りに身を任せて怒鳴り続ける。
しかし、どれだけ怒鳴っても、罵っても、目の前の相手は顔色一つ変えず、ただ黙って聞いているだけだった。その姿が、余計にルビーを苛立たせるのだった。
ルビーはひとしきり叫ぶと、肩で息をしながら相手を睨みつける。しかし、それでもなお、相手の態度は変わらない。
「なんで!なんで!!、なんで!!」
もはや自分でも何を言っているのかわからないまま、ただただ叫んでいた。やがて息が続かなくなり、呼吸が荒くなる。
そしてとうとう力尽きたようにその場にへたり込んでしまった。そんな妹の姿を、アクアは静かに見下ろしている。その表情に変化はなく、何を考えているのかまったく読み取れない。
「……何か言いなさいよ」
ルビーの声は震えていた。
「アクアにとって、ママは何だったの?」
アクアは答えに窮したのか、何かを言いかけて口をつぐむ。それでも、答えを求めてじっと見つめ続けるルビーの瞳に根負けしたように口を開いた。
「……大事な人だったよ」
アクアは小さな声でぽつりと呟くように言うと、それ以上何も言うことなくルビーに背を向け、布団に入った。
「本当に大事なら……なんで……」
ルビーは、小さく嗚咽を漏らしながら泣き続けた。
隣で背を向けて布団をかぶる兄に、言いたいことがたくさんあったが言葉が出てこない。代わりに出てくるのは涙ばかりで、ルビーはしばらくの間泣き続け、そのまま泣き疲れて眠りについた。
ルビーは気づかない。ルビーの鳴き声が止むまでずっと背中を向けて待っていたアクアの瞳から、一筋の涙がこぼれ落ちていたことに。