【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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 あけましておめでとうございます。
 今年も拙作をよろしくお願いします。

 相棒元日スペシャルに合わせて投稿しようと思っていましたが、どうやら本日放映はなさそうですね。
 北陸の皆様の安全を祈ります。


第29話 兄

 隣の布団からはまだルビーの啜り泣く声が聞こえてくるがアクアはそれに背を向け続けた。アクアには今のルビーにかける言葉が見つからないし、そもそも今の彼女を励ますつもりもないからだ。

 ルビーの様子が昼頃からおかしいことにはアクアも気づいていた。そして、ルビーが眠ってる間に覗いた彼女のスマホの検索履歴から、その原因がアクアの前世である雨宮吾郎の死体が発見されたニュースに関わっているであろうことは想像がついた。

 ルビーはアクアと同じく、前世の記憶を持つ転生者だ。これまで、アクアはルビーの前世について詮索したことはなかった。

 しかし、雨宮吾郎の前世の知り合いで、かつその死にこれほど号泣するであろう人物は両手の指で数えられるほどしかいないだろう。加えて、ドルオタでアイ推しとくれば、該当者は一人しかいない。

 ルビーの前世での名前は天童寺さりな――かつて、吾郎が救えなかった患者であり、その最期を看取った少女だとアクアは確信していた。

 天童寺さりなという少女に対する思い入れは、転生した今でも変わっていない。アクアはそう思っている。

 彼女が心を痛めている姿を見ることは非常に辛い。できることなら助けてあげたいと思うし、自分にできることがあるのなら何でもしてあげたいと思う。それくらい、彼女は大切な存在だ。

 だが、今ここで彼女に自身が雨宮吾郎であると伝えることはできない。

 アイをこんな目に合わせた黒幕。それを突き止め、アイと同じ苦しみを与えて殺すとアクアは心に決めている。しかし、アクアが念願を果たしたその時、きっとアクアはルビーの傍にいることができなくなる。いや、いてはいけないのだ。

 ルビーには、病床で終わった前世で果たせなかった幸せを掴んでほしい。ルビーの本質は、純粋だ。斉藤夫妻の下で育てられればきっと立ち直れるだろう。

 その隣には、如何なる理由とはいえその手を血で汚した殺人鬼がいるべきではないし、アクア自身復讐を遂げた後の人生に未練は何もない。

 いつかは隣にいることができなくなるのであれば、いなくなった時にルビーが悲しむことがないように、今のうちに距離を置いておくことが優しさなのだとアクアは考えている。

 雨宮吾郎が人殺しになったことを知れば、ルビーの悲しみはより深くなる。それは避けたい。だから、せめてその日が来るまで彼女との仲は冷え切っていた方がいい。

 気が付くと、先ほどまで隣の布団から聞こえていた嗚咽は止まっていた。どうやら、ルビーは泣き疲れて再び眠ってしまったようだ。

 これで少しは落ち着いてくれるだろうか? そう考えながら、アクアは再び眠りにつこうとする。しかし、そんなアクアの耳に今度は天井越しに別の声が聞こえてきた。

 男と女の言い争う声。

 いや、捲し立てる女の声と、許しを懇願する男の声。

 声の主はアクアも知っている。許しを懇願する男がつい先日失踪したばかりの苺プロ社長の斉藤壱護で、捲し立てる女がその妻、ミヤコだ。

「勝手に逃げて! ふざけんな!!何が探さないでくださいよ!!」

「謝る!謝るから!」

 怒り心頭といった様子のミヤコは、それでもなお気が収まらないのか、平手打ちの音、さらに何かが倒れこむような音が響き渡る。

 どうやら、上階の苺プロのオフィスで終わりのない残業をこなしていたミヤコの下に、アイの死亡の直後から書置き一つ残して行方をくらませていた夫の壱護がようやく戻ってきたらしい。

 ミヤコは相当お冠のようだが、無理もないとアクアは思った。

 何せ、アイという稀代のアイドルのセンセーショナルな死の直後ということもあり、事務所はマスコミによる無遠慮な取材攻勢に晒されていた。

 さらに、看板アイドルを突然失った事務所の立て直し、所属タレントへのフォローなど、社長としてやらねばならないことは山積みだ。

 苺プロに関する仕事だけでも一筋縄ではいかない問題が転がっているところ、さらに親を失ったアクアとルビーの今後という私の問題もあった。

 その全てを社長である壱護は周囲に何も告げることなく投げ捨て、雲隠れしていたのだ。その尻ぬぐいをすることになったミヤコの心労たるや計り知れないだろう。

 アクアが知る限りでも、ここ数日の間、ミヤコは寝る間も惜しんで業務に忙殺されていたのだ。そんな彼女の前に、何の説明もなく姿を現せば、当然こうなるであろう事は想像に難くない。

 一向に収まる気配のない夫婦喧嘩——否、ミヤコの剣幕からして一方的に壱護が責められているだけだが、アクアはこの眠りを妨げる騒音に辟易しつつも、それを終わらせるために上の階まで足を運ぶつもりはさらさらなかった。

 アクア自身、ミヤコの憔悴ぶりを知っているからこそ壱護の無責任さに憤りを覚えていたし、彼女のルビーと自分に対する配慮にはとても感謝している。

 ただ、市井からアイを見出し、その成長を支え、夢を叶える寸前のところまで共に歩んできた壱護にとって、アイの死は大きなショックだったはずだ。それこそ、付き合いで言えばルビーやアクアよりも長い時間を共に過ごしてきた間柄である。

 自分たちと同じ絶望と悲しみを抱えているであろうことを考えると、これ以上責めるのは酷というものだろうとアクアは思う。

 壱護もただではすまなそうな様子であるが、全治二週間くらいの怪我までなら因果応報の範囲内として大目に見るつもりだった。刃傷沙汰にならない限りは静観してもいいだろうとアクアは考えていた。

 それに、今は壱護の怪我の一つや二つよりも考えなければならないことがあるのだ。

 昼に事務所の様子を覗いた時、ミヤコが混乱する事務所のスタッフを激励する意図もあってか、警視庁の刑事に悪質なマスコミの排除と社長の捜索を依頼していることを周囲に話していたことを思い出す。

 そして、その日に例の特命係の二人の刑事が事務所を訪れたこともアクアは知っている。

 壱護が「探さないでください」という書置きを残した直後にノコノコと事務所に戻ってくるとは考え難いので、まず間違いなく壱護を見つけ出し、事務所に連れ戻したのはあの特命係の手柄だろう。

 流石は杉下右京。壱護の話しぶりや例の都民ジャーナルの記事からも推理力は折り紙付きだとわかっていたが、まさかこれほど早く見つけ出すとは思わなかった。

 実際に相対した印象は想像していたような強面の刑事ではなく、物腰の柔らかい紳士といった風情だったが、あの都民ジャーナルの記事のとおり、まさに平成のシャーロックホームズと言っていい実力の片鱗を垣間見た気がした。

「……あの二人なら、やってくれるかもな」

 アクアはポツリと呟いた。

 アイを殺した真の黒幕への復讐。それがアクアの宿願と言っても過言ではない。

 しかし、おそらく自身の遺伝上の父親であること以外に黒幕の正体に繋がる手がかりは一切ない。復讐しなければならない相手すら現段階ではアクアは突き止められないでいるのである、

 未就学児であるアクアが独力でアイを殺した黒幕を突き止めることは不可能に近い。

 見た目は子供、頭脳は大人だからと言って、たった一つの真実を見抜けるとは限らないのだ。

 黒幕を見つけ出すためには、やはり国家権力による捜査が必要になるだろう。そして、僅か一日で失踪していた壱護を見つけ出したほどの優秀な推理力と洞察力を併せ持つ杉下右京がいれば、黒幕にたどり着く可能性はグッと高くなる。

 ひょっとすると、ニュースで報道されていた雨宮吾郎の遺体発見と、そこに菅野良介の関与が疑われるという警察の発表にも特命係の二人が関与していたのかもしれない。

 アイが殺害され、菅野良介が自殺した直後にこのような発表がされた以上、事件の捜査の過程で浮かび上がってきたと考えることが自然だろう。

 彼らに協力すれば、黒幕の正体まできっとたどり着ける。そう確信して、アクアは再び眠りにつくことにした。

 既に、上階の喧騒は収まりつつあった。

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