【偶像×相棒】   作:後藤陸将

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 先週の相棒元日スペシャルは面白かったですね。
 流石にあの状況では放送は絶望的かと思っていたので、まず驚きました。


第30話 苺プロダクション

 斉藤と花の里で別れた次の日、右京と尊は約束通り苺プロの事務所を訪れていた。

 相変らず慌ただしそうに働くスタッフたちを眺めながら窓口に向かうと、受付の職員に応接室に通された。

 応接室に続く廊下を進むと、途中で若い女性と会話するミヤコの姿が見えた。ミヤコもこちらに気づいたらしく、女性との会話を中断して会釈した。

「杉下さん、すみません。社長は今ちょっと来客中でして」

「かまいませんよ、我々が少し早く来すぎてしまったようですし……そちらはひょっとして」

 右京の視線がミヤコと話していた女性に向けられると、ミヤコが彼女を紹介した。

「ええ、彼女もB小町のメンバー、ニノです。あんな事件があったものですから、これからしばらくの間の対応について説明するために呼んでいたんです」

 紹介されたニノは、二人に軽く頭を下げた。

「は、初めまして、ニノです」

 ニノと名乗った小柄で童顔な少女は十代後半か二十代前半のように尊には見えた。長髪を三つ編みにして眼鏡をかけた姿は一見すると地味な印象を受けるが、おそらく、アイドルとして顔が売れているが故の変装なのだろう。

「警視庁、特命係の杉下です」

「同じく、神戸です」

 右京と尊が名乗ると、ニノは少し驚いたような顔をした。

 そして、おずおずといった様子で口を開く。

「警視庁の……ということは、アイの事件を?もう犯人は自殺したってニュースでやってましたけど」

「ええ。ですが、警察もお役所仕事ですから。事件の幕引きをする前に、色々と裏付けをしなくてはならないんですよ」

 右京が答えると、ニノの表情が曇った。

「ニュース、見ました。アイを殺したストーカー、宮崎でも人を殺してしまっていたんですよね。しかも、その人を隠して……」

「遺体の遺棄現場に彼の指紋があったというだけで、彼が殺害に直接関与していたかどうかは分かりません。そのあたりはまだ捜査中ですので、宮崎県警からまた発表があるでしょう」

 右京の言葉に、ニノは暗い表情で俯いた。

「ほら、ニノは休憩室で待ってて」

 ミヤコはそう言うと、ニノの背中を押して廊下の奥へと促した。

 それから、右京たちに向き直る。

「申し訳ありませんが、社長の用事が終わるまで応接室でお待ちいただいてもよろしいですか?」

「分かりました。ああ、場所は前回伺った時に教えていただいているので、おかまいなく」

「重ね重ね、申し訳ありません」

 彼女はそう言って頭を下げると、ニノを連れて廊下の奥へ消えていった。

 残された二人は、言われた通り応接室へと向かい、ソファに腰を下ろした。

 しばらくすると、社長の斉藤が応接室に姿を現した。傍らには妻のミヤコの姿もある。

 二人の表情は対照的であった。斉藤の顔には痛々しい青あざと紅い紅葉のような手形が残っていたし、昨日花の里で別れた時よりも明らかにやつれていた。

 一方、ミヤコの顔には先日会った時と同様に目の周りに隈があり、泣きはらしたためか少し腫れていたが、その表情には重荷が取れたような清々しさがあった。

 二人の対比を見たとき、尊は改めてこの夫婦の力関係が見えた気がした。

 二人は右京たちに向かい合うようにソファに腰かけると、深々と頭を下げる。

「この度は夫がご迷惑をおかけしました」

 そう言って謝罪をするミヤコの姿は、まるで憑き物が落ちたかのように晴れやかなものであった。

 隣で頭を下げている斉藤の昨日とは別の方向で憔悴しきった顔と、ミヤコの機嫌を伺うように恐る恐る視線を巡らせている様子からも昨夜この夫婦の間でどのようなやりとりが交わされたのか想像がつくというものだ。

 そんな二人を目の前にしても、右京は特に感情を表に出すことなく淡々と話を進める。

「いえ、ミヤコさんのご依頼がなくとも、我々は事件の解決のために斉藤社長の居場所を探し出すつもりでしたから」

「それでも、ありがとうございます」

 再度頭を下げるミヤコの横で、斉藤が居心地悪そうに身じろぎをしたのがわかった。彼は横目で妻の様子をうかがいつつ、口を開いた。

「それで、アイが妊娠する以前のスケジュールや交友関係について知りたいということだったな?」

「はい、その通りです」

 尊が頷くと、斉藤は机の上に置かれていたノートパソコンを立ち上げて画面を操作する。

「悪いが、記録が残ってるのは事務所で管理していた全体のスケジュールのファイルぐらいだ。個人的な手帳については既に裁断して処分してしまっていたし、タレントに送っていたメールについても既に削除されているから残ってない」

「拝見します」

 右京はそう言って差し出されたパソコンを受け取った。横から尊もそのディスプレイを覗き込む。そこには、確かに事務所として管理しているであろうタレントのスケジュール表が表示されていた。

 いつ、どこで何時からロケ、何時から打ち合わせ、といった具合に細かく記載されてある。そのほとんどが仕事に関するもので、中には雑誌のインタビュー記事なども混じっているようだった。

 しかし、B小町のスケジュールだけを見ると、お世辞にも埋まっているとは言えなかった。

「当時、B小町の知名度はそこまで高くなかったからな……テレビ出演はほとんどなくて、地方のライブ活動がメインだったよ」

「なるほど……」

 右京は相槌を打ちながら、マウスを動かして過去のデータを遡っていく。

 しかし、特に目にとまる記述があるわけではないらしく、スクロールバーを動かす手は止まらない。そんな中、ふと右京の指が止まった。

 右京の視線、それは画面ではなく応接室のドアに向けられていた。それに気づいた尊も同じようにそちらへ視線を向ける。

 ドアの曇りガラス越しに人影が見える。それも、とても小さい。

 右京は音を立てることなく椅子から立ち上がると、そっと扉に近づき、音を立てないようにゆっくりと開いた。

「アクア……どうしてここに!?」

 扉の向こう側に立っていたアクアの姿に驚き、ミヤコが声をあげた。

「神戸さんの車が見えたから、前に杉下さんが言ってた、ほんとうのことが分かったんじゃないかって思って……」

 そう言って、不安そうに見上げるアクアの頭に右京の手が優しく置かれる。そして、彼を安心させるように穏やかな口調で語りかけた。

「アクア君、申し訳ありませんが、まだ色々と調べているところでしてね。もう少し時間がかかるでしょう」

 右京の言葉に、アクアはしゅんとした様子で頷いた。

「杉下さん、申し訳ありません」

 慌てて謝るミヤコに右京は首を振る。

「アクア君にほんとうのことを調べると約束したのは僕です。その僕がまた事務所に来たのですから、気になるのは仕方がないことでしょう。それに……」

 右京はしゃがみこんでアクアと視線を合わせる。

 突然近づいてきた右京の顔に、アクアは少し戸惑った様子を見せた。

「その携帯。君たちが生まれたころに流行っていたタイプの古いものですね。とすると、これはアイさんの昔の携帯ですか」

 右京が指さしたのは、アクアのズボンのポケットからはみ出していた折り畳み式の携帯電話だった。アクアは、右京の問いに対して、静かに首肯した。

「え……なんでアイの携帯を?」

 驚きを隠せないミヤコに対して、右京は落ち着いた声で答える。

「アクア君。君は僕と神戸君が先日ミヤコさんを訪ねた時の会話を聞いていたのではありませんか?」

 右京の問いかけに、アクアはゆっくりと頷く。それを見たミヤコは思わず声をあげる。

「え……、ですが、先日杉下さんたちとお会いした時にはこの子は応接室にはいませんでした。壁に耳をつけたからと言って中の会話まで聞こえはしないはずです」

「今時のスマートフォンには録音機能がついています。先日、僕たちが事務所に来たことを知った君は、この部屋のどこかに録音機能をオンにしたままのスマートフォンを置いておいた。そして、僕たちが部屋を出た後にそれを回収し、僕とミヤコさんのやり取りを聞いたのでしょう」

 右京が尋ねると、アクアは観念したように首を縦に振った。

「そのとおりです。ごめんなさい」

 右京は小さくため息をついた。

「君は、僕たちが君のお母さんのお腹の中にいたころのことを調べていることを知り、そのころの記録が残っているお母さんの昔の携帯電話をもってきてくれたのでしょう。ですが、どんなに知りたくとも、盗み聞きをしてはいけません。君も、他の人には内緒にしておきたいことの一つや二つ、あるはずです。それを無理に暴こうとする人は、誰からも信じられなくなりますよ」

 右京の言葉を聞いて、尊も思わず苦笑いをした。流石に盗聴することはなくとも、興味本位で他人の隠していることに遠慮なく首を突っ込む人間が子供に道徳を説くというのはなんとも皮肉な光景であると思ったからだ。

 尊のもの言いたげな視線をものともせず、右京は再びアクアの方を向く。

「この携帯電話を調べれば、お母さんの昔のことが分かるかもしれません。ですからこれは僕が預からせてもらいましょう」

 右京はしゃがみこみ、バツが悪いのか顔を背けながら古い携帯電話をポケットからまごつきながら取り出したアクアの手から携帯電話を受け取った。

「ああ、それと、一つ、君とルビーちゃんにお願いしたいことがあるのですが」

「アクアとルビーに……ですか?」

 怪訝な表情を浮かべる斉藤夫妻に対し、右京は頷いて答えた。

「昔のアイさんについて調べるにあたって、アイさんのご自宅を調べる必要があります。その際に、ご自宅のことをよく知るルビーちゃんとアクア君にも、同伴してもらいたいのです。もちろん本人たちと社長からの了承が得られればの話ですが」

 ミヤコは斉藤に目をやる。斉藤はやれやれといった様子で肩をすくめた。

「ミヤコ。残っている業務とマスコミ対応は全部俺が引き受ける。杉下警部の対応はお前に任せるから、ルビーとアクアと一緒にアイの家まで行ってこい。その後、お前はしばらくルビーとアクアに付き添って道徳を教えといてくれ。……流石に、身内が事務所内で盗聴をやらかしたってのはマズいからな。きっちりとその辺は叩き込んでおけ」

 ミヤコは少し考えてから小さく頷くと、斉藤に向かって頭を下げた。

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