南井の再登場なら、前後編ですかね?
右京と尊は、アイの子である双子と保護者のミヤコを連れてアイの自宅に向かった。
アイの自宅は、既に現場検証が終わり、規制線も解除されている。
アイと共に暮らしていた双子は、事件が起きてからはずっと苺プロダクションの事務所の下の階にある社長夫妻の自宅で寝泊まりしているため、この部屋は事件当時のままだった。
ただ、アイの殺害された現場である玄関は床一面がブルーシートに覆われており、玄関とリビングをつなぐ扉もまたブルーシートが被せられて見えないようになっていた。
訝しげに思ったミヤコの視線に気付き、右京がこっそりと耳打ちする。
「まだ血痕が残っていますので、稚拙ですが隠させていただきました。事件現場に残された血痕を見れば、事件当時の記憶がフラッシュバックしてしまうかもしれませんから」
右京の気遣いに、ミヤコは感心したように頷いた。
「いつの間に、ブルーシートを手配したんですか?」
「宮崎から帰る前に、米沢さんにお願いしておきました。アクア君たちにアイさんのご自宅を調べる際に立ち会ってもらう必要があると思っていましたからね」
尊の質問に、右京は答えた。
殺人事件が起きた場合、その現場に残された血痕を掃除するのは警察の仕事ではない。一般的には、清掃業者などの専門家に任せることになっている。
そして、その清掃会社の手配や代金についても事故現場の家主が負担するのが通常だった。
事件発生からまだ数日しか経過しておらず、これまでアイの葬儀や関係者への事情聴取などで忙しくしていたため、こうした細かい手続きについては後回しになっていたのである。
しかし、母親が流した血が生々しく残る事件現場に被害者の子であり、かつ事件の目撃者でもあるアクアを連れ込めば、心の傷を抉る可能性がある。
そのため、右京はあらかじめ米沢を通じて、鑑識で使用しているブルーシートを事前に用意してもらっていたのだった。
「ダイニングはこちらでしたね」
ブルーシートで覆われた玄関を足早に通り過ぎ、右京たちはダイニングに足を踏み入れた。
右京はダイニングに踏み入れると、ゆっくりと見渡した。
ダイニングはキッチンと一体になっており、キッチンの反対側に設置された棚には食器類が並んでいる。
壁は一面ガラス張りになっていて、そこから外に広がる景色を一望することができた。
ダイニングスペースには三人掛けのソファとテーブルが置かれている。テレビの代わりにスクリーンが設置されていて、天井にはプロジェクターが設置されている。
「このソファも、机もですが、家具全般は全て真新しいですね」
尊の言葉に、右京はうなずいた。
ソファにも机にも、汚れひとつない。新品特有の輝きを放っている。
「ここの家具は大体、新しく買ったものばっかりで、前の家から持ってきたのは食器とか雑貨ぐらいしかないよ」
アクアが答える。
「引っ越してからまだあんまり経ってないし、前の家から持ってきた荷物なんかは寝室と、空いてる部屋の段ボール箱に入れたままだから、ここには刑事さんが見たいものはないと思うけど」
右京と尊は、部屋を見回しながら移動する。
アクアが暗に新品の家具しかないこの部屋をそこまで調べる必要はないのではないか、と言っていることは尊も察していた。
苺プロを出てからずっとムスッとした表情を浮かべていたルビーも、双子の兄と同様の意見のようらしく、口は開かずとも目で訴えかけてくる。
だが、右京はまったく気にする素振りを見せなかった。
数々の難事件の解決に貢献してきた右京レーダーは本日も絶賛稼働中。僅かな手がかりも見落とさない観察眼といえば聞こえがいいが、実際はただの好奇心の塊であった。
なお、右京レーダーに周囲からの険を含んだ視線を検知するための機能が搭載されていないのは仕様であり、改修か改良の予定はない。
そして、今日も右京レーダーが俗人には捉えられないわずかな違和感をキャッチする。
右京の視線が、ある一点で止まった。
それは、スクリーンの下に設けられたDVDを収納する棚だった。
「……それは、アイの出演していた番組を録画したDVD。これは確かに新品じゃなくて前の家から持ってきたやつだけど、中身は全部地上波の番組」
暗に見とがめられても全く動じることのない右京の態度を見て、観念したようにアクアが言った。
右京の視線の先にあったのは、アイの出演番組の映像を収めたDVDでぎっちりと埋められた収納棚だった。
右京はその棚に近づくと、しゃがみ込んでまじまじと見つめる。
一つ一つ指差し確認しながら、棚の中のものを出していく。
「あの……杉下警部?何が気になるんですか?さっきアクア君が言ってましたよね、これは全てアイさんが出演した番組の録画だって。今さら、彼女の出演作、それもテレビで放送されたものばかり探す必要はないと思うんですけど」
尊がやんわりと尋ねると、右京はDVDに視線を向けたまま淡々と答えた。
「DVDが二枚足りませんねぇ……」
その言葉に、尊と双子は首を傾げる。
「見てください。この録画用のDVDなんですがね。どうやらこの奥の方に入っていたDVDは全て同じ会社の製品のようです」
右京は、棚の奥から引っ張りだした十三枚のDVDを指差した。透明なケースの中にはおそらく購入時からケースの中に同封されていたであろうインデックスカードがあり、そこには日付とアイの出演番組名らしきタイトルが記載されている。
「この製品のケースに入っているインデックスカードは、赤、青、黄、緑、白の五種類。ですが、黄、緑、白のインデックスカードが入ったDVDがそれぞれ三枚あるのに、赤と青のインデックスカードが入ったDVDはそれぞれ二枚しかありません」
「赤と青のインデックスカードが入ったDVDがそれぞれ一枚足りないってことですか?でも、指紋や汚れがついてDVDが再生できなくなって捨てるってことはたまにあるでしょう」
ようやく右京レーダーが何を探知したのかは理解できたが、尊はいまいちピンと来ていなかった。
「は?ママが出てる番組を録画したDVDに汚れなんかつけたことないから」
これまで口を閉ざし、不快そうな表情を崩してこなかったルビーがここで初めて口を開いた。
「大体、DVDはHDDからダビングした保存用で、鑑賞にはHDDの録画データ使ってるから、DVDはほとんど再生しないし」
尊はいきなり捲し立ててきた幼女に面食らったように目を瞬かせる。今時の幼稚園児がオーディオビジュアル機器をここまで使いこなせるものとは思っていなかった。
尊の反応を見たルビーはすぐにハッと我に返ると、再び口をつぐんだ。
そんな妹の様子を横目で見たアクアは、やれやれといった表情で尊に向かって言った。
「とりあえず、僕の覚えている限りでDVDを捨てたりしたことはない。それに、アイが自分の家で録画したDVDをあげたりする相手にも心当たりはない。アイの親戚や昔の知り合いって話も一度も聞いたことないし」
「そうですか、DVDを送る相手には心当たりはありませんか……」
残念そうにつぶやく右京であったが、その目はまるで獲物を狙う鷹のように鋭く光っていた。
尊は、上司の相変わらずの態度に頭を痛めるのだった。