今週は美和子さん回ということですが、先週の伏線は一体いつ回収されることになるのやら。
ダイニングスペースを後にした右京と尊はその後各部屋を回り、最後にアイの私室に足を踏み入れた。
引っ越してきたばかりだからだろう。部屋の中はまだダンボール箱だらけで、壁際に置かれた木製ラックにはまだほとんど物が置かれていない。
右京は床に置かれた段ボール箱の一つを開け、中身を検分する。中には、ドラマの台本らしき装丁の本や、ライブやラジオ収録等の打ち合わせ用のノートがぎっしりと入っていた。
彼はその中から一冊を手に取り、ぱらぱらとページをめくる。
連続ドラマの台本らしきその一冊には、アイの直筆であろう書き込みがあった。右京はそれを読みながら、感心したように呟く。
「アイさんは、ずいぶんと熱心に芝居の研究をしていたようですね……」
それは、劇中の登場人物の台詞に対する注釈のようだった。そこには、台詞の意味やその意図、役柄の性格などについての細かいメモ書きがびっしりと書かれている。
右京はさらにいくつかのノートを取り出して、中を確認した。ライブの演出についての提案や、雑誌のインタビュー記事に赤ペンを入れたスクラップ等も混じっている。それらもまた、彼女が真剣に仕事に取り組んでいたことを示していた。
「こっちの箱は全部ファンレターみたいですね」
別の段ボール箱を開けた尊が言う。箱の中には、手紙やらプレゼントと思しき包みが大量に詰め込まれていた。
「……アイは本当に人気がすごくて、デビューしてからずっとこんな調子なんですよ。変なものが入った贈り物や猟奇的なファンレターがアイの手元に届くこともしょっちゅうなんです。それでマネージャーの私が一度中身をチェックしてからアイに渡しているんですが、これも一部。流石に読み切れない分が届いているので、ウチの事務所で借りてる貸コンテナにも保管してるんですよ」
「なるほど、流石の人気ですねえ」
右京はその後も、次々と箱を開封していった。しかし、それらはどれも彼女の熱心な仕事ぶりを示すものばかりであった。
「……杉下警部、これもライブの時の写真とか、記念品、グッズのサンプルです」
「趣味に関係するようなものも、交友関係に関わるものが全くありませんねぇ……」
この部屋には国民的アイドル『アイ』の私物はあっても、『星野アイ』という一人の少女の私物は何もない。その異様さに気付いた二人は、顔を見合わせた。
まだ開けていない段ボールはあるが、それには黒のマジックで大きく衣服と書いてあるだけだ。銃や薬物の売人ではあるまいし、この中に重要なものがあるとは思えない。
「いっとくけど、ママの下着とか漁ったら週刊誌にタレこむからね」
相変わらず不機嫌そうな表情を浮かべたルビーが言った。
「る、ルビー!!そんな失礼なこと言わないでよ!!」
ミヤコが慌ててルビーを窘めるが、ルビーはどこ吹く風だ。流石にルビーの態度を見咎めたアクアが口を開く。
「……そもそも、今回杉下警部がウチを捜索するのは、俺たちが協力しているからできることであって、捜索差押許可状に基づく強制力のある捜査じゃない……でしょう?」
アクアがそう尋ねると、右京は笑みを湛えたまま答える。
「ええ。僕たち警察官も、事件を起こした犯人を捜して捕まえるために働いているとはいえ、好き勝手できるというわけではないんですよ。誰かの家に無理やり押し入って調べものをすることもできないわけではありませんが、そのためには色々な人からお許しをもらわなければならないものですからね。できる限り、皆さんに許してもらうことで、調べものをさせてもらっています」
尊はいけしゃあしゃあと原則論を言ってのける右京に対して呆れ顔である。
右京は真相を究明するために手段を選ばないところがある。
尊は右京と三年ほどの付き合いだが、住居侵入は一度や二度ではない*1。相手が暴力団とはいえ、でっちあげた容疑で令状を発行させて家宅捜索を行ったこと*2もあれば、身分を偽って拘留中の容疑者を連れ出したこと*3だってある。
尊が大河内監察官から聞いたところによれば、尊が特命係に赴任する前から特命係による違法捜査は度々問題となっていたらしい。しかし、右京と浅からぬ仲である故小野田官房長が特命係の違法捜査を訴求しようとする動きを牽制していたそうだ。
特命係の事実上の後ろ盾と言っても過言ではなかった小野田官房長の死後も、右京は違法捜査を止めるつもりはないようだ。
そんな右京の姿勢には、尊も思うところがないわけではない。しかし、それでも彼が真実を突き止めようとする気持ちは理解できるし、それに付き合う自分も自分だと思わざるを得ないのである。
以前は都度右京を諫めていた尊だったが、止めても聞かない右京の性質を理解した今では半ば諦めの境地に達していた。
「杉下警部はあくまで俺たちの同意と協力があってこの部屋を調べているんだ。調べられたくないっていうなら、出て行ってもらうことだってできる。でも、それで杉下警部の捜査が進まなかったらどうするんだ?ルビー、お前もこのままほんとうのことが何もわからないまま終わっていいと思っているのか?」
「……ママを刺した人に結局逃げられて、センセが死んでたことも何年も突き止められなかった人たちに何ができるっていうのよ……」
ルビーを諭そうとするアクアに対しても、彼女は頑なな態度を崩すことはなかった。
「警察が!!センセが死んでたことをまともに捜査していれば!!ママを刺した人を先に逮捕していれば!!ママは死なずに済んだ!!ママは、警察が無能じゃなければ死なずに済んだ!!」
ルビーの叫びを聞いて、尊は唇を嚙みしめた。確かに、彼女たちの母親が亡くなってしまったことは、警察の不甲斐なさが招いた結果なのかもしれない。
ルビーがセンセと呼ぶ人物は、おそらく雨宮吾郎で間違いないだろう。直接の面識がないはずの人物であるが、ルビーの反応を見る限り母親から生前に色々と話を聞いていたのだろうと尊は考えた。
右京は膝を折り、ルビーの目を真っすぐに見つめながら語りかける。
「僕たち警察は雨宮吾郎さんの身に起こった事件を調べもせず、四年も放置していました。僕たち警察がこの事件を見逃してしまったために、第二の事件が起こってしまった。貴方達のお母さまに起こった悲劇を防ぐことができなかった」
尊は、宮崎で雨宮吾郎の白骨死体を発見し、調書を作成した際の谷城と戸部のやりとりを思い出していた。
雨宮吾郎の失踪届が出た時点で捜索をしていれば、雨宮吾郎の殺害は早期に把握できた。事件発生から四年が経過していても犯人にたどりつけたのだから、事件当時に警察が動いていれば、菅野良介の逮捕は難しくなかっただろう。
しかし、日本における失踪届の提出件数はおよそ一年あたり八万件にのぼる。失踪届が出た行方不明者の一人ひとりを捜索するだけの人的余裕も、資金的余裕もこの国にはない。
だから、失踪届が出たとしても行方不明者リストに登録し、身元不明の遺体等を把握した時に照合するくらいしかできないのだ。
雨宮吾郎の失踪と、失踪当日に病院で目撃された不審者の存在。その二つを結び付けて考えていれば、雨宮吾郎の殺害はもっと早くに把握できただろうし、その容疑者が菅野良介であることもすぐに特定できたはずだったが、谷城が主張したように、雨宮吾郎の失踪を把握した時点で捜査していれば今回の事件を防げたという考えは結果論に過ぎず、警察が事件を未然に防げなかったことに対して過失があるとは言えない。
同時に、戸部が言ったように幼くして母親を亡くした双子に対して警察には過失がなかったと主張することが正しいとは言えない。
「君のお母さんのこと、雨宮吾郎さんのことで僕たち警察を許せないと思うのは仕方がない。許してほしいとも、言えない」
尊も、右京と同様に膝をついてルビーの目線に合わせて訴えかけた。
「ただ、前に約束したとおり、僕たちは必ず本当のことをつきとめてみせる。お母さんのために、雨宮吾郎さんのために……そして、君たちのために。僕たちがそのために働いている。そのことだけは、信じてほしい」
ルビーの目から涙が零れ、喉が張り裂けんばかりに泣き叫ぶ。
それが、母親を亡くした悲しみからくるものなのか、それとも大切なものを奪われたことに対する怒りからくるものなのかは尊には分からなかった。
ただ、そこには先ほどまで年不相応の言動を連発していた少女の姿はなく、年相応の甲高い泣き声を響かせる女の子の姿があった。
SEASON8第7話『鶏と牛刀』
当時問題になっていた年金問題とそれに伴う新組織への業務移管を取り扱った回です。
組織の腐敗、暴力団との癒着、新組織における懲戒処分歴者不採用への反発等、リアルな社会問題を取り扱いながらも、そこにそれぞれの人間ドラマを上手く合わせていて、導入から終末まで飽きることなく見ることができるSeason8随一の傑作だと自分は思っています。
小野田官房長はいつも上手く右京さんをけしかけて、事件の真相を暴かせ漁夫の利を得るようなパターンが多く、この話もそのパターンなのですが、今回は正に正しく権力を使い、誰の目にも明らかな正義を果たしたという点で珍しいですね。
最期に社保庁っぽい架空省庁の幹部に突き付けた台詞にも痺れました。
感想欄でも少し触れましたが、個人的には、暴力団事務所にガサを入れるための容疑をでっちあげる際の角田課長と右京さんのやりとりも秀逸でした。
右京さんの違法捜査を全く躊躇しないところや、暴力団相手には非合法な手段を取ることに抵抗のない課長の容赦のなさが上手く表現できていたところがたまらなく好きです。